将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:舜

12110603 私は司馬遷『史記五帝本紀第一丹朱・象』で次のように書きました。

 また舜の弟の象(しょう)ですが、これも最初には父と母と一緒に舜を殺そうとしたとあります。でも私は宮城谷昌光がけっして象を貶してばかりは書いていません(作品名が何だったか思い出せない)。象もまた兄舜を認めたのだろうと思います。

 この宮城谷昌光の作品を読みました。前に読んでいたことを思い出しました。王子図書館にて「宮城谷昌光全集第1巻」を借りてきたのです。
 最初の「暮れのこる野畦(のみち)に、二つの影がある」という文を読んで、私は思わず涙を浮かべていました。もう昔読んだこの小説の中身を思い出したからです。どうしても舜(この小説では俊となっています)の気持の美しさに私は涙となるのです。
 でもこの父親瞽叟は盲目でした。それは司馬遷も書いていたのです。私はそれを覚えていない自分の恥ずかしさにたまりません。
 でもこの小説には他にも幾人の人物も出てきます。でもみな司馬遷が本紀に書いている人物ばかりです。舜のあと禅譲によって後を継ぐ禹の父親鯀(こん)も出てきますが、堯帝に罰せられるだけの人物です(彼が悪いわけではないのですが、治水事業で失敗します)
 この悪いとしか思えない父も亡くなり、俊は「ーわたしが今日こうあるのは父のおかげである」と悲しみます。
 一旦は俊を殺そうとまでした象ですが、この俊がやがて亡くなったときの、この葬られた遺体の陵を守って死んでいったのは象でした。
 最後に

  俊はまた舜とも書かれる

で、この作品は終わっています。

12110107 この舜は、この『史記五帝本紀』で一番多い記述です。たくさんのことが書かれています。「舜も人なり、我も亦人なり」という孟子の言葉が思い出されます。
 堯は自分の実の息子の丹朱ではなく、普通の民間人であった舜を一切の天子の仕事をやらせますが、亡くなると、舜は位を丹朱に譲り退くのですが、もはやみなは丹朱ではなく、舜のところへ来ます。
 それで舜は「天命かなあ」ということで天子になります。
 本紀には、それから舜の生涯が描かれます。舜の父親も母親(これは父の後妻でした)も弟の象(しょう)も舜を殺そうとしますが、舜のあまりな従順さに、それができずに、ついには堯の目にとまります。そのときは舜はもう30歳でした。
 堯は二人の女(娘とあります。名前は娥皇と女英といいます)を舜の妻とします。この二人も、舜の父親にも母親にも象にもよく仕えたとあります。
 もうこの本紀を読む限り、舜の父親瞽叟(こそう)も弟象もなんとか舜を殺そうとしますが、それがこの本紀でそのまま描かれていきます。舜がせっかく掘った井戸の中で上から土を入れて殺そうとして、舜がそれを察知してあらかじめ横穴を掘って置くところは圧巻です。それでも舜は父瞽叟を敬い、弟象を愛するのです。
12110108 このような舜を知り、堯はますます評価し、好きになっていったものでしょう。
 この舜は30歳で堯に使え、50歳で天子の仕事に就き、58歳で堯が亡くなると61歳で帝位につきます。思えば、現在64歳の私も舜のこのような生涯を知ると、「我も亦人なり」という言葉をまた思い出すのです。

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