将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:舞姫

12080109 森鴎外を思い出していました。

2012/08/03 07:57昨日の夕刊の「真野響子『こころの玉手箱』」を読みました。彼女は東日本大震災の被災地で朗読をしているとのことです。
「梅ちゃん先生」をみています。雨の中での二人を見て、そして抱き合う二人を見て私は嬉しいです。
2012/08/03 11:24今ケーブルテレビで「森鴎外『高瀬舟』」を見ています。ただテレビをここに回しただけなのですが、すぐに私は『「高瀬舟」だなあ』と思いました。この小説は中2の5月くらいに読んだばかりです(でも見ているのがつらいので、先ほど番組を変えました)。京都へ初めて行きました1973年の9月、この川を見ました。「ああ、これが高瀬川か」と深く思い出していたものです。森鴎外は、「青年」「ヰタ・セクスアリス」は好きになれないのですが(「雁」が好きですが)、後に鴎外が書いた時代もの(鴎外は後半はこれしか書かなかった)はやっぱりいいです。好きです(あ、「阿部一族」は嫌いです)。思い出せば、私は鴎外もほとんど読んでいるのだなあ。
12080203 そういえば、「舞姫」も一昨年私の娘ブルータスの家へ行くときに、ミツ君の車の中で電子辞書で声で音で聞いたものでしたね(その前に郷ひろみ主演の映画も見ました)。でもあれでは森鴎外のことは好きになれないなあ。この当事者の彼女は東京で鴎外に会うのですが(彼女はベルリンからシベリア鉄道へ経て東京に来るのだ。これは「普請中」という作品)、実に鴎外は冷たい。彼女は悲しさと、怒りで震えています。
「舞姫」の小説の中では彼女はエリスと言います。小説の中では彼女はパラノイアになります。なんせ彼女は太田豊太郎の子どもを身ごもるのですから。この小説でも彼女を捨てる豊太郎が私は許せません。
 でもあれは嘘なのです。真実は鴎外は会うことを拒否し、彼女ははるばる東海道、山陰本線を乗り継いで島根までいくのです。そこでも鴎外は会わず、鴎外の母親が会うのです。会って息子が会うことは当然拒絶するのです。
 この「普請中」の一節です。

 渡辺はすわったままに、シャンパニエの杯を盛花より高くあげて、はっきりした声でいった。
 “Kosinski(コジンスキイ) soll(ゾル) leben(レエベン) !”
  黙ってシャンパニエの杯をあげた女の手は、人には知れぬほど顫っていた。

12080204 なんだか、彼女を思うと、実に鴎外が嫌いになるのです(でも私の思いこそが違うのかもしれない)。鴎外は母親こそが好きだったのだろうな(鴎外はそのことを強烈に言っています)。
 でも「Kosinski soll leben !」って、どういう意味なのかな。私はその程度の人間なのです。そもそもこれはドイツ語なの。

 とにかく森鴎外を思います。
 今またどうでもいい営業の電話がかかってきました。昼休みでも働いているんだ。「あなたのところは前にも電話があったよ」。本当にいらいらします。

11051505  このエリスと愛しあったのは、太田豊太郎でした。でもそれは『舞姫』という鴎外の小説の中の話です。ただし、これは鴎外がドイツに留学していたときにあった実際の出来事でした。そのときの体験を鴎外は小説に描いたのです。
 私はあえて鴎外の名前にして、女性は小説の中のエリスにしました。でも実際には、この女性はシベリア鉄道に乗って日本まで来るのですね。そして鴎外だろうという人物と会います。それを書いたのが『普請中』という短編の小説です。そこでの会話です。

「キスをして上げても好くつて。」
 渡辺はわざとらしく顔を蹙めた。「ここは日本だ。」
 叩かずに戸を開けて、給仕が出て来た。
 ……
 渡辺は据わつた儘に、シヤンパニエの杯を盛花より高く上げて、はつきりした声で云つた。
  "Kosinski soll leben! "
 凝り固まつたやうな微笑を顔に見せて、黙つてシヤンパニエの杯を上げた女の手は、人には知れぬ程顫つていた。

 日本は「普請中」で、もうエリスの相手はしていられないのです。彼女はドイツに去ります。だが実際には、このシーンは小説の中だけです。実際にエリスと会ったのは、鴎外のお母さんでした。しかもエリスは東京ではなく、鴎外の住んでいる島根県まで出かけているのです。そこでも鴎外は彼女に会わないのですね。
 でもでも、私はこのごろ、このときの鴎外の気持が分かるような気がしてきました。もうこのときの鴎外には、このエリスは、妻としても愛人としても必要ないのです。普請中の日本にも鴎外にもいらないのなのです。だが友人としてなら、大事な存在ではなかったのでしょうか。その後いつまでも二人は手紙の交換はしているのです。(2011.05.16)

2017031721 昨日私は、長女家族4人と私の次女ブルータスの住む君津市へ行ってきまして、ブルータスとナオキ君の案内で、マザー牧場に行ってきました。
午後1時頃牧場に入りまして、ようやく雨がやみ、みるみるうちに、実にいいお天気になって行きました。かなり大時間を過ごして、そのあとブルータスとナオキ君の家へ行き、そしてある素敵なお店に食事に行きまして、そして帰りました。
その帰りの車の中、私は電5d1aa4fc.jpg子辞書で、「森鴎外『舞姫』」を聞いていました。もうあと3分の1くらいをまだ聞いていなかったのでした。
太田豊太郎は、エリスとの間に赤ちゃんができるのですね。

戸の外に出迎へしエリスが母に、馭丁を労(ねぎら)ひ玉へと銀貨をわたして、余は手を取りて引くエリスに伴はれ、急ぎて室に入りぬ。一瞥(いちべつ)して余は驚きぬ、机の上には白き木綿、白き「レエス」などを堆(うづたか)く積み上げたれば。
エリスは打笑(うちゑ)みつゝこれを指(ゆびさ)して、「何とか見玉ふ、この心がまへを。」といひつゝ一つの木綿ぎれを取上ぐるを見れば襁褓(むつき)なりき。「わが心の楽しさを思ひ玉へ。産れん子は君に似て黒き瞳子(ひとみ)をや持ちたらん。この瞳子。嗚呼、夢にのみ見しは君が黒き瞳子なり。産れたらん日には君が正しき心にて、よもあだし名をばなのらせ玉はじ。」彼は頭を垂れたり。「穉(をさな)しと笑ひ玉はんが、寺に入らん日はいかに嬉しからまし。」見上げたる目には涙満ちたり。

でもでも、エリスとの愛で、職場を失った豊太郎も、友人の相沢謙吉のおかげで、復職でき、やがて、日本に帰ります。
でもこの小説の最後には、次のようにあります。

嗚呼、相沢謙吉が如き良友は世にまた得がたかるべし。されど我脳裡(なうり)に一点の彼を憎むこゝろ今日までも残れりけり。

でも私から言わせてもらえば、この豊太郎は勝手な男だよなあ。エリスはパラノイアになったということが書いてあります。
実際には、再び鴎外に会うために、東京までくるわけですから、そういうことはなかったのでしょうが、実は、この真相はよく判っていないのです。
でも思えば、この森鴎外の舞姫のことを、私に教えてくれましたのは、吉本(吉本隆明)さんの講演の中でのことでした。

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 義母は、今朝は、どうにもならなくなりまして、食事を終えて、自分の部屋で眠っているとばかり思いましたら、オーバーを着て出かけようとします。私はあわてて止めますと、「弟を迎えに行く」といいます。それで、「そんな話は私は聴いていない」ということで、山口の弟さんの家に実際に電話して、弟さんと義母で話してもらいます。話は、弟さんが「自分のほうから行くから、家は知っているから、迎えにこなくていい」ということで、それは義母も納得したようです。でもすぐ5分後、今度は「四国の息子に会いに行く」と言いまして、また出て行こうとします。これまた私が止めます。なんだか、今朝は私は義母と格闘(義母は軽い身体なので、「格闘」なんて言えませんが)ばかりしていました。
 でもちょうどそのときに、「わが家」が迎えに来てくれる電話がありました。お泊まりがなくなりましたので、ニチイの方が頼んでいてくれたのです。
 それで、義母は四国に行く気で、そこに向かいました。
 でも実に有り難かったです。

 でもでも、とにかく明日マザー牧場に家族全員で行くつもりでしたが、私の妻は無理になりました。私の次女のブルータスとポコ汰とポニョがどんな愉しい顔をしてくれるか、それを見つめている妻を見ていたかったのですが、それは無理です。

 私は、ここで鴎外の「舞姫」のことを書いていましたが、もうそれはパソコンの前でのことで、もう散々の大騒動でした。

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09031703 一つ前のUPの 2009年3月19日のポメラ に私は次のように書いていました。

 今は、森鴎外「舞姫」を聴いています。やっとエリスの名がでてきました。でもこの小説では最後エリスと別かれてしまうのですが、実際にはエリスはこの日本まで追いかけてくるのですね。そのときのことを書いたのが「普請中」という短い作品です。この日本は明治時代で、「今は普請中の時代だ」というのが、鴎外がエリスにいう言い訳なのですね。実はあの時代にドイツからわざわざ来たエリスに対して鴎外は自分の母親を会わせるのですね。これは「お前は黙ってドイツへ帰れ」ということなのです。

 これで、私は実際にこの「普請中」を読んでみたくなりました。それで以下に一部分を載せてみます。

「ありがたいわ」さっきから幾つかのボタンをはずしていた手袋をぬいで、卓越しに右の平手を出すのである。渡辺は真面目(まじめ)にその手をしっかり握った。手は冷たい。そしてその冷たい手が離れずにいて、暈(くま)のできたために一倍大きくなったような目が、じっと渡辺の顔に注がれた。
「キスをして上げてもよくって」
 渡辺はわざとらしく顔をしかめた。「ここは日本だ」
 たたかずに戸をあけて、給仕が出て来た。
「お食事がよろしゅうございます」
「ここは日本だ」と繰り返しながら渡辺はたって、女を食卓のある室へ案内した。ちょうど電燈がぱっとついた。

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 女が突然「あなた少しも妬(ねた)んではくださらないのね」といった。チェントラアルテアアテルがはねて、ブリュウル石階の上の料理屋の卓に、ちょうどこんなふうに向き合ってすわっていて、おこったり、なかなおりをしたりした昔のことを、意味のない話をしていながらも、女は想い浮かべずにはいられなかったのである。女は笑談のようにいおうと心に思ったのが、はからずも真面目に声に出たので、くやしいような心持がした。
 渡辺はすわったままに、シャンパニエの杯を盛花より高くあげて、はっきりした声でいった。
“Kosinski(コジンスキイ) soll(ゾル) leben(レエベン) !”
 凝り固まったような微笑を顔に見せて、黙ってシャンパニエの杯をあげた女の手は、人には知れぬほど顫(ふる)っていた。

     ×    ×    ×

 まだ八時半ごろであった。燈火の海のような銀座通りを横切って、ウェエルに深く面(おもて)を包んだ女をのせた、一輛の寂しい車が芝の方へ駈けて行った。(明治四十三年六月)

 こうして、鴎外は彼女を帰してしまうのです。でも実際には、こういうシーンもないのですね。鴎外は、彼女を母親に会わせて、帰させるのですね。

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 引き続き、今朝書いていたポメラです。義母の食事をみていたときに、これをリビングで書いていました。義母が火を使ったりするので、心配なのです。

2009/03/19 07:26昨日も今日も暖かいですね。明日の天気はどうかなあ?
 今「伊勢物語」を聞いています。そのほかの物語もその冒頭をいくつか聴いています。
 今は、森鴎外「舞姫」を聴いています。やっとエリスの名がでてきました。でもこの小説では最後エリスと別かれてしまうのですが、実際にはエリスはこの日本まで追いかけてくるのですね。そのときのことを書いたのが「普請中」という短い作品です。この日本は明治時代で、「今は普請中の時代だ」というのが、鴎外がエリスにいう言い訳なのですね。実はあの時代にドイツからわざわざ来たエリスに対して鴎外は自分の母親を会わせるのですね。これは「お前は黙ってドイツへ帰れ」ということなのです。
2009/03/19 08:24「だんだん」を見ています。このドラマの内容と上に書いたエリスのことが私の頭の中で一緒になって回っているのです。

「だんだん」を見ていて、明日が結婚の報告をみんなにするシーンになるのですね。私もとっても嬉しいです。

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