将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:色眼鏡とどしゃぶり

11071103 私は小野田猛史「環境の限界は技術が超える」から、かなりたくさんのことを学びました。この本は、環境破壊が著しい国ほど経済が破綻に瀕しているという事実を述べていきたいのだと思います。このことは、私もなんども述べてきました。また技術や科学の発展が環境破壊を生み出しているという考えも、はなはだしい誤解の上に成立しているということも、筆者は繰返しのべています。このことも私は主張してきました。
 以下では、この著者が「効率のよい農業を求めるニューウェーブの誕生−農民の創意性が生かされるシステムが食糧の増産を可能にする」という章で紹介しているアフリカのガーナの例を新聞の記事から見てみたいと思います。

[よみがえった緑の革命](1)食糧生産量5倍に(連載)88.12.22  東京読売夕刊2頁
  ◆“奇跡”に国を挙げて大喜び◆
 ソルガム(こうりゃん)、メイズ(とうもろこし)ともに、生産量が二―五倍という驚くべき食糧増産計画がアフリカのガーナで成功した。日本船舶振興会(笹川良一会長)がカーター米前大統領と協力、「笹川グローバル2000」プロジェクトとして、さる一九八六年から実施していたもので、この驚異的な成功に、ガーナ政府は今後、国家事業として推進、食糧不足追放の構想をたてている。このほど視察団に同行、その実態をみた。 (ガーナ北部で、山本栄一編集委員、写真も)
 ガーナの北部、アッパーウェスト州の州都ワーから車で二十分、サバンナの中の農耕地は、収穫の喜びに沸き立っていた。
 七―十月の雨期、ここはまったく雨に見放された。三十五度を超す灼熱(しゃくねつ)のなか、雨は一滴も降らない。これまでのソルガムは、つぎつぎに立ち枯れていく。丈だけは二メートルにも伸びたが、それがせい一杯、もう実をつける力は残っていない。無残な姿だ。
 ところが−−それに隣接して_在する十エーカー(四ヘクタール)のプロジェクトの生産実験農園では、緑も鮮やかなソルガムの茎がたわわな褐色の実をつけている。
 きょうはそれを収穫しようと、部落総出で農民たちが集まっているのだ。タイコや笛を鳴らし、足に鈴をつけた男や女たちが、土ぼこりを立てて踊っている。
 と、二、三十人の若者がナイフを片手に農園へ。その後をカゴを頭に乗せた女たちが続く。ソルガムの房が切り取られ、カゴを満たしていく。
 一方では、穂をたたいて、脱穀が始まる。ギラギラの太陽のもと、歌声が流れた。
 その一人がいった。「長い間、不作がつづいた。どっしりした実が成ることなど、すっかり忘れていたよ。この収穫で子供を学校にやれる」
 そこから二十キロのブサ村では、広場を埋めた約三千人もの群衆が、視察団を出迎えた。収穫のソルガムを入れた袋が十メートルの高さに三角形に積みあげられている。小屋がけの人々の前は、メイズやイモ、果物などの収穫物が、山積みにされている。
 盛大な収穫式典が始まった。首都アクラからかけつけたオビンベ農相や地元の州知事、村長、あるいは大しゅう長らが、次々にあいさつ。「この地方に奇跡が起こった。これまでソルガムの収穫は、ヘクタールあたり〇・五トン、それがいま平均二・三トン、メイズは一・二トンが二・五トンになった。この増収で子供の教育や自転車の購入など、農民の生活向上への貢献ははかりしれない」。また「なにより大きいのは農民に自立への自信と実力がついたことだ。アフリカの飢餓を救済する方策の一つはここにあるのではなかろうか」……。
 歓喜の農民たちは、せめてものプレゼントとして、視察団長の笹川陽平氏に、手製の民族服を贈った。
 ガーナ全人口(千二百万人)の七〇%が村落に住み、農業に従事しているが、土壌の風化や浸食で、有機物質が少なく作物の栄養素は低下、さらに干ばつや病害、害虫の発生などで、農民は苦しい環境にあえいでいた。それが初めての連続大豊作となったわけだ。
 いまこうした農園はガーナ全土で二万エーカー、二万世帯の農民が働いているが、北部三州では主穀栽培面積の一五%、全土では八%の土地で、この新技術を実施する計画が進められている。
 農民を歓喜させた倍増農業、「笹川グローバル2000」プロジェクトは、一体、どんな“魔法”を使ったのだろうか。読売新聞社

[よみがえった緑の革命](2)飢え追放の決め手(連載)88.12.24  東京読売夕刊2頁
  ◆「心と心の交流」で農耕指導◆
 一九六〇年代、全世界の農業関係者に大きな衝撃を与えた「緑の革命」をご記憶だろうか。
 食糧の生産量を数倍にアップし世界から食糧難をなくそう−−ノーベル平和賞受賞者、ノーマン・ボーローグ博士の研究成功と提唱は、人類の夢の実現として注目された。
 開発途上国の貧困は、なにより農産物の収穫の低さが原因だった。悪い品質の種子、肥料の欠如、不十分な水の供給や耕作方法……。したがって途上国と先進国の生産量には、数倍もの差が出てしまう。
 そこで新品種を導入し、適切な肥料と水を与えたら……。「緑の革命」の骨子はここにある。当時、食糧こそ最大の戦略物資としたアメリカの強力なテコ入れもあって、メキシコ、フィリピン、インドなど数か国に研究機関が設置され、多くの国でこの新技法を実施した。期待が大きい余り、あまりにも急速な進展だったといえよう。
 結論からいえば、「緑の革命」は明暗二つの側面を露呈した。
 たしかに画期的な収穫増をもたらす反面、「新種子は自然条件に神経質。また太く短く実が多いが、虫がつきやすく多量の殺虫剤を必要とする。肥料も有機肥料とくらべ五倍以上もいる。さらに多量の水が要求される。大量生産のため大耕作主義がとられ、耕地は大地主に集中し失業農民を大量に生み出す……」−−こうした予想外の非難、中傷を浴びることになる。だが、新技術はパキスタンなどで成功し、インドはこれによって一躍、食糧輸出国にのし上がった。一方、ブラジル、コロンビアなどでは、批判のような結末も招いた。
 なかでも、土地を荒廃させるという環境論者の追及は急であった。こうして、いつしか「緑の革命」という人間の理想は、ネガティブな評価のうちに表舞台から消えたかにみえたのである。
 一九八四年、アフリカ各地で大飢饉(ききん)が発生した。エチオピアでは、死者百五十万人以上を出した。この時、「飢えるアフリカの根本的解決は、人口増加を上回る食糧増産以外にない」と提言したのが、日本船舶振興会の笹川良一会長だった。同会長は、ボーローグ博士に「その後の研究成果を踏まえて、再度、アフリカで増産計画を実施するよう」要請した。一度、思わぬ苦杯を喫した「緑の革命」を、新しい世界で再開させようという大胆な提案である。
 これにはカーター前米大統領も賛意を示し、翌八五年七月、スイスのジュネーブで飢餓対策緊急会議を開催、全世界の農業学者、医学者、公衆衛生の専門家など三十五人が参加して、徹底的に討議された。
 その結果、「笹川グローバル2000」プロジェクトがガーナ、スーダンで開始されることになった。メキシコやインドの研究機関に従事していた経験豊かな技術者が呼びよせられた。インドからガーナに派遣され、今日の成功の基盤を作った韓国人学者、洪鐘雲(ホン・ジョンウン)博士は、当時を振り返ってこう語る。
「援助などというと、現地では必ずトラクターや大型機械などを期待するものです。しかし、われわれの方法はそうではない。これまでの放置農耕から、いわば人手農業に転換させ、互いに心と心を交流させながら、マンツーマンのきめ細かな指導をしたのです」
 ガーナの農民にとっては、文字通りの“革命”となったのである。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](3)素朴な農法、収穫倍増(連載)88.12.26  東京読売夕刊2頁
 ソルガム(こうりゃん)などの穀物の収穫が、二倍から五倍というと、なにか高度で、複雑な作業を想像されようが、実はこの「笹川グローバル2000」は、簡単も簡単、素朴でいかにも自然に適応した新技法なのである。
 成功したガーナの北部、アッパーウエスト州ワー地区の土壌は、真っ赤な色。チッ素、リンといった成分をまったくふくまぬ砂のような不良土だ。しかも雨は降ったり、降らなかったり。農民ははじめから絶望し、外国人の新農法など問題にもしなかった。
 したがって、一九八六年秋、技術者としてインドから派遣されたホン博士、メキシコから来たマルチネス博士は、農家の戸別訪問からスタート、協力農民を一軒、また一軒と増やしていった。実験地区は、一軒あたり各一エーカー(〇・四ヘクタール)、ここで新品種を新技法で植え、隣接の耕地はこれまでの方法で実施する。つまり二つの畑の収穫の違いを、農民たちにはっきり知らせようというのが、狙いだった。
 まず整地する。いままでは好き勝手に種まきをしていたが、こんどはナワを使ってスジを引き、そこに先が二またになった木の棒で、五センチほど離して二つずつ、深さ七センチほどの穴をあける。
 その片方の穴に新しい種子、もう片方にコーヒースプーン一杯程度の分量のチッ素とリンの混合肥料を注ぎ込む。そして土をかぶせる。それだけのことだ。なんだと思われるほどの素朴な農法なのだ。
 だが、たったこれだけの肥料が弱りきった土壌の生産力を回復させるのである。肥料漬けの日本などと違って、ガーナの施肥量は、一ヘクタール当たりわずか八キロ・グラム、アジアの八十一キロ、南アメリカの三十二キロとくらべ、問題にならないほど少ない。未開人に一錠の薬が大きい効き目を発揮するように、スプーン一杯の数グラム肥料が土地をよみがえらせたのである。
 きちんとした順序正しい種まきが、草とりの時、いかに便利か、農民ははじめて知った。これだけで収穫にも差がでることがわかった。
 激しい日差しのなか、生育は早い。新旧二つ並んだ耕地のどちらが見事に成長していくか。農民の目にも一目りょう然だった。
 毎日のように近在から見学者がきて、ホン博士らの指導を受けるようになった。五か月後、初めての収穫。旧来のメイズ(とうもろこし)は、一ヘクタール当たり一キロ、改良方法ではなんと四キロ、ソルガムは五倍の二・五キロ、農民が狂喜したのもむりはない。
 当初、慎重だったガーナ政府も態度を一変させた。オビンベ農相以下、農業当局も全面的な協力体制に乗り出した。同農相は語る。「なるほど、新式の機械や設備を必要とするものではない。簡単なやり方です。だが、まさにコロンブスの卵のような画期的なものだった。これまで考えられもしなかった収穫がそれを証明している」
 地元の若者たちが、ホン博士らの助手、普及員として立ち上がった。長い間、お先真っ暗だった自分たちの生活にもこれでようやく希望の光が差してきたというのである。
 たった四十軒(四十エーカー)からはじまった生産実験農園は、一年後には千七百、今年は実に二万。明後九〇年には、三十万にしたいというのが、政府の計画だ。普及員もすでに六百人を超え、支給されたオートバイ、自転車で誇らしげに走りまわっている。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](4)自立促す収穫後返済(連載)88.12.27  東京読売夕刊2頁
 オジョビ村は、首都アクラの北東、約六十キロの丘陵地に広がる人口千人ほどの寒村である。かつては換金作物のカカオ豆の生産で潤い、古い取引場の壁の彩色などにそのころの面影を残しているが、生産過剰と価格の下落で、いまはさびれてしまった。
 このオジョビ村で、農民の何人かが「笹川グローバル2000」に注目し、実施に踏み出したのは昨年の十二月。わずか二世帯、二エーカー(〇・八ヘクタール)から始まった。
 そしていま……。農民を集めた集会所で村長のアサ・スプランが演説する。「生産実験農園でのメイズやソルガムの生産量は、これまでの四倍にもなった。今後は二百エーカーにしたいと、村民は希望している。だがそうなると、トラクターや資金も必要になる。プロジェクトとしてもこの点を考えてもらいたい」
 援助要請だった。その時、農業指導の韓国人技術者ホン博士が立ち上がっていった。「われわれはサンタクロースではない。これまで機械や施設を与えるだけの援助が失敗した例をたくさん見ている。私たちはみんなと一緒になって汗を流し、この国を自立させるために来たのだ」
 自立……これこそプロジェクトの目的とするものだった。
「笹川グローバル2000」は、農民に必要な種子や肥料などを供与するが、その費用は収穫後に穀物か現金で返済させる。「このプロジェクトはたんなる援助ではなく、あくまでも自立のための協力」という認識を持たせるやり方なのである。
 実験農園一区画あたりの肥料代は、六千五十セディ(三千七百五十円)だが、この方針は農民の自覚を促し、増収に勇気づけられて、全国の返済率はすでに九〇%以上となった。
 返済金はいま一億セディ(六千二百万円)に達し、積み立てられて、新しい農業開発基金として、農村振興に役立たせることになっている。
 農園の多いアッパーウエスト州では、知事のボンドリ氏が、「これまでは、援助とはモノをもらうこと。使い果たせばそれでおしまいだし、せっかく外国から贈られたトラクターなども故障して部品がないと、放置されてしまった。残念だが、これが現実だった。ところが、このプロジェクトは、農民とともに働き、生産の喜びや収穫増の自信を与え、自立への願望を達成させてくれる援助だ。借金を返すことで、農民ははじめて社会の一員としての自覚を持った」と、自立への熱意をこめて語ったのだった。
 収入増は、貧しい農民の生活に大きな光明となった。自転車が買えた、あこがれのラジオが買えた、ドロ造りの家に窓を入れることができた……このように明日への夢が生まれたのである。
 かつて「緑の革命」は肥料の投入で土壌を荒廃させると、環境学者らから非難されたが、ガーナでの成功は、疲弊した土地への適正な施肥は土質をよみがえらせ、無理なく十分な収穫をもたらすことを証明したのだった。
 またやはり問題となった多国籍のアグリビジネス(農業関連総合企業)の進出もない。ここで働くのは農民と労苦を共にする技術者である。
 こうした農業の起死回生策に、元首のローリングス議長は視察団の笹川陽平団長と会見、「農業立国を模索するわが国が、一つの実験の成功により、来年、また来年と希望に燃えて前進できることを喜びたい」と語ったのである。(山本栄一編集委員、写真も)読売新聞社

[よみがえった緑の革命](5)可能性秘め、援助期待(連載)88.12.28  東京読売夕刊2頁
 日本のODA(政府開発援助)実績は、いまアメリカについで第二位、まもなく世界一の援助国になるのは確実とされている。年間一兆二千億円もの国民の血税が、発展途上国の開発に使われる。
 だがその日本の援助が、本当に現地の人々に役立っているのか。野ざらしの施設、機械など、「何のための、だれのための援助か」という批判をしばしば受けた。
 一方、NGO(非政府間機関)の民間援助も経験が浅く、資金、人材不足のため、小規模ないわば“点”の援助にとどまっている。
 そうした意味でガーナでの「笹川グローバル2000」プロジェクトの成功は、“点”から“面”への広がりとして注目されよう。
 むろん今後の課題がないわけではない。適量の肥料をコンスタントに低価で入手できるか……肥料による土壌の荒廃はないか……農作物の貯蔵法は……。現地で指導にあたるマルチネス博士は、「経験を生かしつつ、あくまで現地の伝統と実情を尊重する」と語っている。
 ガーナばかりでなくスーダンでも約三千の農園でソルガム(こうりゃん)、小麦など二―五倍の増産に成功、両国の主穀の自給体制の基盤はできた。同プロジェクトを運営する笹川平和財団(田淵節也会長)はこの研究成果を踏まえ、アフリカの食糧増産を図りたいと、両国に続き、タンザニア、エチオピアでの実施を検討している。
 タンザニア農業当局は、この計画に全面協力の方針だ。マンネン農業省参事官の話によると、すでに予定地として、イリンガ、ドドマ、ムベア、ソンゲアの四大穀倉地帯があがっている。中央部のイリンガ高原は、ソルガム、メイズ(とうもろこし)の主産地で、ジャガイモも取れ、換金作物としてのコーヒー、茶、トマトも盛んだ。ドドマ州は十一月から四月までの雨量が六百ミリ程度の牧草地で、約百万頭の家畜が飼育されている。
 西部のムベア地方は、ソルガム、メイズのほか、ワインをつくるブドウの主産地。雨期には二千ミリもの雨があり、地味も豊かだ。ソンゲアも南部最大の穀物産地。「どこも成功の可能性は十分あり、農民たちも待っている。わが国の穀物の九〇%は零細農民が生産しているが、これらの人々に増収と生活向上がもたらされたら、これ以上のうれしい話はない。タンザニアの主食ともいえるメイズの総生産量は二百八十万トン、かりに一〇、二〇%の増収があれば、国家財政にも蝌N報だ」。マンネン氏は、希望をこめて語った。
 エチオピアもプロジェクトの実施に期待を寄せている。同国北部はいぜん深刻な食糧難にあえいでおり、同政府はさる十二月五日から三日間、首都アジスアベバで「飢餓対策会議」を開催。全閣僚をはじめ、各国NGO代表や飢饉(ききん)を克服した中国、ボツアナ政府関係者も出席し、飢餓防止と食糧増産案を協議したほどだった。
 それだけに同プロジェクトには強い関心を示し、国家開発委員会のレデイェ局長は、「ガーナでの大幅増産は、われわれにも自信を与えてくれた。エチオピアが求めるのは、一時的ではなく、農民を自立させる援助だ。このプロジェクトはそうした願望にぴったりだ」と語る。「緑の革命」は、いま再びアフリカで、その真価を問われることになった。
(山本栄一編集委員、写真も)(おわり)読売新聞社

 この実験について小野田猛史は次のように言っています。

   この実験がはじまる以前のガーナでは、農民は前途の展望を見
  失なっていた。この農民が、こうして食糧を自給するために生産
  に主体的に参加することで、自立の道を踏みだそうとしている。
  巨額の資本を必要としない、効率的な農業技術が、絶望の渕にひ
  しがれていた農民を、未来への展望をもった農民へと変えている。
  この実験の成功は、輸入した外資への元利支払を追及するために、
  輸出依存の生産を行うという、従来の経済発展の理論が二重に破
  綻したことを示すものである。一つは、かつて行われた輸出依存
  経済への転換が、開発途上国の経済を破綻させたという事実であ
  る。もう一つは、こうして破綻した経済の再建は、輸出依存経済
  から国民生活の要求に応える経済へと転換することで、はじめて
  可能になったという現実である。

 こうした効率的な農業技術、効率のよい農業生産の組織はきっと南の最貧国の環境問題についても道を開いていくに違いありません。
 小野田猛史氏の著書はたくさんのことを教えてくれるものですから、今後もまたさまざま引用していけると思いますが、私としてはもう直接お会いしていろいろお話をおききしたいなと思っているところです。そのうちに実現させますから、またその報告もやっていきたいと思います。

93-08-15 21:04:36 環境論と私たち・・・ECO
なにはともあれ、ローカルネットですから、何回も何回も思う事を書く労力と、何回も何回もUPを読む労力?が必要ですし、また可能だと思います。
大規模ネットの、一発論文主義を廃し、事細かに語りあって行きましょうよ。

 たしかに何回も何回も書いていくことはいいと思っています。読んだり書いたりしているうちにいろいろなことが判ってきます。思えば私は、

92-05-19 08:05:00 資源ゴミのこと 周

をUPしてから、さまざま考えたりこうして書いてきたりしました。さまざまな環境問題といわれるような本も読んできました。そしていろいろなことを学んだような気がします。
11070713 神保町の三省堂には環境問題関係のコーナーがあります。しかしそこに置かれている本のうち9割が、私にはどうにもうなずけない本ばかりです。いまにも地球が私たち人類のせいで滅んでしまうというような本が多いように思います。でもそれにしてもまたそうした傾向の本でも参考になる部分もあります。また、少数ですが、私にはこれは読んでよかったなという本もいくつかありました。それは「周書評」で紹介してきましたし、今後も紹介していきます。
 それとこうしたことを人ともさまざま話してきましたが、そこでもいろいろと問題点を感じたものです。とくに私たちよりも下の年代で、とくに左翼のシンパ層であった人に多いのですが、なにか私たち人間とくに日本人のおごりが世界を汚し、滅ぼそうとしているというように感じているのです。彼らの共通点は、

 反公害
 反原発
 当然反核
 反自民党
 反PKO
 反消費税
 緑を大切に
 企業こそが環境破壊している
 日本こそが世界中の環境破壊している
 私の後輩だから当り前だけど反日共
 ついでに国鉄民営化反対
 吉本(吉本隆明)さんには反発を感じている
 口先では中核派や解放派のこと馬鹿にするけれど、実は彼らにはコンプレックスもっている
 社会党のこと信用していないけれど、選挙になるとそこかそのたぐいに投票したりする

等々、まったく困ったものです(反公害と反日共くらいはいいかな)。この人たちとはいつも論争してきました。この私の後輩の一部の諸君は私が昔は相当な過激派であり左翼だと思っていますから、なんだか私がとんでもなく転向してしまったように感じるようです。ただ、話しているときにどうしても、私と同じような主張をする者が必ずいますから、ただただ彼らは困ってしまいます。
 こうして考えると環境の問題はいろいろなことが関係してきます。関係させなければいいのですが、関係してきてしまう。ちょうど、アメリカの核兵器および核実験はいけないが、社会主義国の核兵器および核実験はいいのだという主張と同じようなものを感じます。どっちもよくない、はやく全廃しろというべきなのです。いまもまだ国鉄民営化反対という諸君はいるのでしょうか。割箸を使うのはやめようという諸君はいるのでしょうか。「みんなはよく知らないかもしれないけど、日本は世界中からあらゆるものをとってきてしまっているんだ。アフリカの沖からも、南米でも魚でも海老でも全部とってきて贅沢に食べている。昔栄えた、カルタゴもローマも亡びたように、スペインやポルトガルやイギリスが衰えたように、このままじゃ日本は亡びますよ」といった後輩がいました。私は逐一反論していきました。彼は何故判ってくれないのだろうと困っていました。私のような意見は彼にとっては少数派なはずなのですが、彼に同調しない私の後輩も何人もいますから、彼は困ってしまいました。
 でもこう言った私の後輩は、自分の信念のとおり、今アフリカのガーナ(今はまた移転したかもしれません)で現地のために働いています。現地でアメリカの同じ仕事をしている女性と結婚した写真をくれました。私はそのうち、また「君の考えはここが間違っている」といった長大な手紙を書こうかと思っています。きっと喜んでくれるでしょう。私は彼に、アフリカのためにとか世界のためにとかではなく、自分のために生きてほしいのです。でも今度日本で会って話したら、少しは判ってくれるかもしれないと思っています。
 その他の後輩たちともさまざま話し続けていくべきなのでしょうね。 ともあれ、こうしてネットでもいろいろと話し続けていきたいと考えています。

93-08-14 10:21:48 色眼鏡にRES T
ただ、あまりにも、周さんのアップには中国に対する批判に、デフォルメされすぎていることを感じて、それを色眼鏡的な見方と思ったのです。

 私が中国に対して、

11070704もはや日本列島の上を汚しているのは「共産中国」なのはあきらかなはずです。中国がひどいことをしているから、我が日本列島は汚れているのです。私は世界中に公害をまき散らしている、共産中国を憎んでいるのです。

とまで言っていることに関しては、また別に論じたいと思います。私がこのように現在の中国を非難するのは根拠があるからです。ただそれにしても、

93-08-13 12:49:35 企業の「利益」追求と環境保護について T
ただ周さんの見方は中国あるいは共産主義国、社会主義国がすべて地球上の悪害の原因となっているのだという、一点に絞って論点を展開しすぎすぎてしまっている

とまでいわれるのは何なのでしょうか。私はそんな論点のみからの展開はしていないはずです。

これらのデータを別にうそだとは思いませんが、「CO2 発生量」のとき国土面積が考慮されていなかったりしたように、これらデータの背景に何か考慮されていないことやその他の要因がありはしないのでしょうか。また、反対の情報はまったくないのでしょうか。

 このように考えられるのなら、Tさんがそれを指摘すべきだと思います。その「反対の情報」とやらを探していただけたらと思います。

貿易立国である日本が世界有数の木材輸入国となっていることや、

 日本は全世界の熱帯雨林木材の輸入量の40%を占めています。熱帯雨林の伐採による木材のうち、焼畑、現地のかたが使用する以外に、木材にしてしまううちのかなりな量が日本へ入ってきているといえるでしょう。
 熱帯雨林の問題では、現地でその森林の生活を頼っている人々のその生活の糧を奪いさる、日本及びその企業ならびに自国政府への抗議の声が多くあります。またそれに合わせた、日本国内の環境保護派による木材の輸入を削減せよ、何%おとせというような地方議会からの決議もあります(実際に政府も1991年に対前年15%減の木材輸入を決めた)。しかし、逆に日本が輸入を減らさないようにという途上国自身からの強い要望もあるわけです。こうした正反対の見解にたいして、私たちは考えていかねばならないのです。また人口増加、木材の輸出による、再生のサイクルを越えた森林の焼畑による消失の問題も大きくあります。
 前にも言ったように、これはもう熱帯雨林に関しても、人間の科学と技術と熱意による管理利用しかないと思うのです。

よみがえれマレーシアの森 伐採跡地に新造林技術、JICAが今秋から着手 91.08.03  東京本紙朝刊 22頁
 森をよみがえらせようと、国際協力事業団(JICA)が十一月から、マレーシアで新しい造林技術の「複層林」造りに取り組むことになった。大量伐採が続く熱帯林のラワンなどはほとんどが日本へ送られるが、跡地に植えられるのは手早く育つ樹種ばかり。このため熱帯林の生態系が狂い、絶滅の危機に追い込まれる動植物もあると批判が高まっていた。「複層林」による森の復活は当面千ヘクタール。JICAは今後、熱帯での造林を環境重視の複層林に切り替えていくことにしている。
 この熱帯林プロジェクトの対象地はマレーシアのペラ州イポ市。裸地・草地三〇〇ヘクタールと、早生樹のアカシア・マンギュームが均一に植林された人工林二〇〇ヘクタール、それに熱帯林で最も有用なラワン(フタバガキ科の樹木類)が切り出された伐採跡地五〇〇ヘクタール。いずれも地上の種の半数以上が生息するという熱帯林特有の多様な生態系は壊れている。
 毎年、世界中で一七〇〇万ヘクタールの熱帯林が地上から姿を消している。商業伐採や焼き畑農業が原因。しかし跡地に植林されるのは、十数年で高さ十五―二十メートルに育ちパルプ材に使えるアカシア、ユーカリなどの早生樹。高さ五十―七十メートルの巨木で生長期間が百―二百年と長いラワンはほとんど植えられていない。
 裸地・草地ではまずアカシア・マンギュームなどを植え、数年後にラワンなど地元種の苗木を先行樹の日陰に植える。ラワンは小さいときは日陰を好むからだ。早生樹と同時に植える手法も試みる。また早生樹などがすでにある人工林、伐採跡地では、間引きした場所にラワンを育てる。将来、ラワンの一部を製材向けに切り出すことを想定し、乱伐になりにくい植え込みデザインも研究する。
 十月にマレーシア政府と合意文書を作成し、林野庁、森林総合研究所、大学の林学関係者ら専門家が活動を始める。予算は年一億数千万円で、期間はとりあえず五年間。
 宇津木嘉夫・JICA林業水産開発協力部長は「森林開発と環境保全の両立を目指すのが今回のプロジェクトの特徴。複層林については日本国内の造林技術を生かせる。ラワンは種子を集めにくいなどの難点はあるが、技術的には自信をもっている。二、三年である程度の成否は分かると思う」と話している。毎日新聞社

病める地球の肺、熱帯林 破壊の危機に光明も  91.08.17  東京本紙朝刊 6頁
 人類共有の財産である熱帯林を破壊の危機から守ろうという動きが、顕著になっている。国際復興開発銀行(世界銀行=世銀)が先月、「商業伐採に対しては、いかなるプロジェクトにも融資しない」と決定、道路建設など途上国の社会基盤整備事業にも環境影響評価(アセスメント)の厳しい基準を設定した。世界最大の熱帯材浪費国として非難を浴びる日本も世銀の方針に追従するほか、森林の保護、再生など環境ODA(政府開発援助)の積極推進策を打ち出している。企業初の「自然保護スワップ」も決まった。来年六月にブラジルで開く国連環境開発会議(UNCED)を前に、病める「地球の肺」の手当てがようやく目に見えてきた。(外信部・根本太一)
 世銀によると、かつて二千万平方キロメートルと世界の森林総面積の半分近くあった熱帯林の四〇%が消えてしまい、さらに現在、毎年、十六万―二十万平方キロメートルの熱帯林が消滅している。八〇年に国連食糧農業機関(FAO)が発表した数字は年間十一万平方キロメートルだった。破壊は近年になって加速しているのだ。
 破壊の主な原因として農地開発や牧畜、商業木材、薪炭材の伐採などが挙げられるが、その根本には人口増大と貧困、南北格差がある。
 日本など先進国が“やり玉”にあげる「焼き畑」には二つがある。先住民の伝統的焼き畑農業では、土壌の浸食を防ぐため畑を耕さず、棒であけた穴に種をまく。焼け残った株は取り除かず、二、三年して畑がやせると新たな土地に移動。数十年の休耕期の間に森は少しずつよみがえる。
 しかし、インドネシアの人口過密解消策「トランスマイグレーション」やブラジルの飢餓対策のように政府が集団移住を進める森林では、生態系を知らずに自然を無視した無計画な焼き畑が、雑草だけがゆれる荒れ地を作り出している。
 商業木材の伐採では、業者は「伐採するのは一ヘクタール当たり二十本程度で、森林には影響ない」と主張、用材生産量もこの数字だけを計上してきた。が、伐採は他の木を傷つけ、森の一〇%以上を占める搬出用の道路は、新たな人の侵入を許す。
 かつて植民地だった熱帯地域にとって木材は、債務返済と経済発展のための重要な輸出産品になっている。日本や欧米で熱帯林伐採中止運動が広まった数年前、インドネシアのハラハップ林業相は「発展途上国の現状を無視した不当なもの」と先進国を非難した。
 しかし途上国でも近年、破壊中止の意見が台頭してきている。国際協力事業団(JICA)が途上国の学生約千人に行ったアンケート調査では、ほとんどの学生が国内でもっとも深刻な環境問題は「森林減少」と答え、その要因として環境政策、人口増加、貧困と過度な工業化を挙げている。
 国連人口基金(UNFPA)は六月六日にまとめた報告書で「もっとも豊かな十億の人々と、もっとも貧しい十億の人々が環境悪化の原因」と明記。途上国は債務返済と自然保護対策への負担増という二つの重荷を背負っている。
 この解決策として近年、注目を集めているのが「自然環境保護スワップ」。民間金融機関所有の債券を環境保護団体が買い取って途上国に寄付。途上国は債券消滅の見返りに自然保護のための投資を約束するという“一石二鳥”の試みだ。
 米国の民間団体が八四年に発案し、ボリビアが八七年、最初の適用国になった。現在ではエクアドル、コスタリカ、フィリピン、マダガスカル、メキシコなど十カ国、十九件で実施され、ブラジルも六月、年間一億ドルのスワップ導入を申し出ている。
 日本では東京銀行が先月末に初めて参加した。百万ドルを東銀の在米法人が世界最大の保護団体・世界自然保護基金(WWF)に寄付、WWFはフィリピンに二十万ドル、中南米に残りを適用する。このほか、信託銀行や都銀で「地球環境日本基金」などのスワップ用公益信託や、利息の一部を寄付する受け付けを始めている。
 これまでユーカリなど生長が早くいずれはパルプ材として活用できる早生樹の植林事業にのみODAを供与してきた日本政府も、マレーシアで十一月から、できるだけ熱帯林の生態系に近づける「複層林」の技術協力を始めることになった。また、今後の途上国環境支援の進め方として森林分野での協力を第一に取り上げていく。
 ワシントンの「ワールドウオッチ研究所」は二月に出した「地球白書91」で環境破壊物質への課税を提案したが、JICAアンケートに答えた途上国の学生の半数は、日本に国際機関や環境プロジェクトへの資金拠出を期待している。
 ◇傷つきやすい人類共有の財産
 熱帯林は樹高五十メートル以上にもなる高木層と中間層、五―十五メートルの低木層で構成される。その生態系については科学的に未解明な点が多いが、世界の動植物種の半数を保有し「種の宝庫」といわれている。内有する遺伝子は穀物や薬品の基礎成分、産業用化学製品としての利用度が極めて高い。酸素供給量は全植物の半分以上を占め「地球の肺」ともいわれている。
 一見、強固に見えるが、温帯林のような抵抗力がなく、傷つき、壊れやすい。土壌は高温多湿で分解が早く、厚くても数メートル足らず。生態系がいったん破壊されると、激しい降雨で表土が流され、強烈な太陽熱でレンガのように固まるラテライト現象を起こす。保水力の低下は洪水の原因になる。
 森林消滅によって近年、「森の住人」といわれるオランウータンに木登りを忘れた子どもがいるという。
 ◇浪費、使い捨て 大半は建築用型枠に−−日本
 日本関税協会の「貿易年鑑91」や林野庁の「林業白書」によると、日本の木材輸入総額は昨年度、七十四億七千二百万ドル。このうち熱帯材輸入の八割を占めるマレーシアからは、住民が伐採反対運動をしているサバ、サラワク両州を中心に丸太など十八億ドル分を輸入している。利益の先進国還元を恐れて丸太など原木の輸出を禁止、加工材のみ認めているインドネシアからは四億二百三十五万平方メートル分の合板を輸入した。
 これらの多くは建築の際、コンクリートの型枠として使用され、数回で廃棄される。日本では本来、木材は家屋などに半永久的に使用されるものだが、安価な熱帯材は使い捨てで浪費。その一方でコストのかかる国内林業は、人手不足などで管理が行き届かず、危機にひんしている。毎日新聞社

海外の森林保護に関心を 英国の環境運動第一人者・ジョナサン・ポリット氏に聞く  92.04.18  東京本紙朝刊 9頁
 リオデジャネイロでの地球サミットを前に、英国の環境運動の第一人者といわれる「地球の友」前幹事長のジョナサン・ポリット氏にサミットの問題点、日本人の環境への取り組み方などを聞いた。同氏はサミットでの最重要課題として地球温暖化をストップするための二酸化炭素の削減、熱帯雨林の保護、人口増加阻止を挙げた。昨年秋訪日した同氏は日本人が英国人と比べて二十一世紀の将来まで考えている、と日本人の未来観を称賛する一方、国内での環境保護と日本企業の海外での態度が著しく異なる、と日本人の環境に対する矛盾した姿勢を指摘した。
(ロンドン・黒岩徹、写真も)
 ――サミットでの課題は。
 ポリット氏 地球温暖化に関する協定ができるかどうか。特に二酸化炭素の規制、熱帯雨林の保護、人口増加に関してどれだけ政策を打ち出せるかだ。米国が二酸化炭素規制の動きに抵抗しているため、最小限のことしか決まらないという懸念がある。
 ――熱帯雨林伐採をやめるのは難しいのでは。
 ポリット氏 熱帯雨林を保有する第三世界の人々が貧困、飢餓、教育などで苦しんでいる時「地球を守れ」と講義するのか、と抗議するのももっともだ。汚染責任者の大気浄化費用負担の原則を適用、先進国が大気浄化のための資金を出すことが必要だ。
 だが、熱帯雨林を持つ国も熱帯雨林保護三部方式を適用すべきだ。第一は原住民のために人工的に手を加えない森林の保護、第二は果物、木の実、樹脂など毎年収穫できる産物用の森林保護、第三は建築用木材を再生産可能なように計画的に切り出すことである。
 ――先進国が資金を出しても政治腐敗のある所ではむだでは。
 ポリット氏 確かに七〇年代に西側が援助した資金の多くは目的のために使われず、政治家が不正流用してしまった。森林保護、資源保護のために途上国ではなく、資金を必要としている地域社会に直接届くよう援助を考えるべきだ。だが、今回のサミットでは第三世界が腐敗についての討論を拒否しているので、残念ながら討議されない。
 ――昨秋、訪日したそうだが、日本の環境に関する問題点は。
 ポリット氏 日本人の国内での行動や思想と、日本企業の国際経済社会の中での行動に差があることだ。国内では環境問題を懸念し、エネルギーの効率性、資源のリサイクル、森林経営で世界の最先端にある。しかし東南アジアでの森林伐採など国外で日本企業が国内と同じ注意や関心を払っていないことが問題だ。
 しかし、日本の未来への関心度は極めて印象的だった。日本人は西暦二〇一〇年の生活がどう変化するか知ろうとしている。英国では人々はそんなことを考えず、今年の終わりまでを考えれば幸福なのだ。長期的に物事を考えている人々を日本で発見し、目を洗われる思いだった。
 ――人類の未来について。
 ポリット氏 人類は生物界では破壊的な生物だ。人口増加率を下げ、人類が他の生物に依存していることを認識し、共存しなければならない。環境問題は自分たちの子孫や未来世代への責任とかかわってくるが、こういう考え方を伝統的に持っている文化圏もあった。例えばホピインディアンは自分の決定が七世代先までかかわりがあると信じてきた。文明国がこの繊細な考えを取り戻そうとしないのは残念だ。我々は物欲の神マモンの声にまどわされている。毎日新聞社

[特集]地球サミット 熱帯林がピンチ  92.05.27  東京本紙朝刊 19頁
 人類が直面する地球温暖化の主因とされる二酸化炭素(CO2)。先進国のエネルギー消費が主な排出源といわれるが、実は途上国の森林破壊もかなりの量のCO2を排出している可能性がある。
 焼き畑、農地へ転換するための全面伐採、商業伐採などの森林開拓が途上国で進むと、森林の木や大地に固定されていた炭素がCO2の形で放出される。
ただし、その量についての定説はまだなく、図に使った世界資源研究所(WRI、本部・米ワシントン)のデータも試算の一つと考えるべきだ。 WRIは森林破壊による世界のCO2排出量(炭素換算)を計十七億トンと試算。これはエネルギー起源のCO2量五十五―六十億トンの約三割に相当する。「十―二十億トン程度」を妥当とみる研究者は少なくない。
 国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の森林面積は熱帯で急減している。先進国の森林は一九七一年から十五年間で微増したが、熱帯林は六・三%も減。その後も加速度的に減少が進んでいる。CO2を排出しているのは熱帯林ということになる。保護の緊急性が叫ばれるゆえんだ。
 もっとも保護運動の背景にある「熱帯林はCO2を吸収する地球の肺」という表現は誤解を招きやすい。確かに樹木は、CO2を吸収、それを原料に光合成で有機物を生産し自らの体をつくる。だが、枯れて土にかえると体内に蓄積していた炭素(C)を再びCO2の形で放出するため、CO2の収支は結局ゼロになる。生長の止まった森林はCO2のCを体内に固定していても、さらなる吸収はしない。吸収源になるのは生長中の若い林だけだ。
 それに、CO2を体内に固定できるのは温帯林、北方林も同様で、熱帯林だけを特別視する必要はない。
 森林をCO2の吸収源に使おうとするなら、植林して世界の森林面積を今以上に増やすことだ。(この記事にはグラフ「世界の主な二酸化炭素排出量と森林面積(1989年)」、「世界の森林面積の推移」があります)毎日新聞社

   国内においてもブナやナラ(ブナやナラは保水量が多く崩れ安い土砂を保全する能力が強いと言われ、日本の自然の原点と言われる。)が伐採され、杉のように成長が早く木材として採算効率のいい木々が植林されてきたことと、ちょっとした豪雨が続けばすぐに土砂崩れを起こすことの(関連?)も指摘できるかもしれません。

 日本国内の植林は杉や桧等の樹木が多く、ブナ、クヌギ、ナラ、カシ、クリ、ホオ、カツラなどの広葉樹は天然林が多いのです。
 Tさんの指摘のとおり、こうした広葉樹は一番この日本列島をみずみずしく保ってきたものだと思います。それが現在はかなり少なくなりつつあることが問題だということでしょう。私たちが子どものときを思い出しても、こうした広葉樹(杉のように上にまっすぐ伸びているのではなく、横にたくさん枝が伸びていって、根も横に伸びていく、また落葉も多い)のもとにさまざまな昆虫がいたものだと思います。鳥もたくさん集まってきて、すばらしい生態系ができ、保水力もあるわけです。
 ただ例えば、マンションで木を植えるにしても、「木はいいが、落葉はいや」という人が多く、針葉樹林を植える方が多いようです。別に大きく育てて将来切って木材にするわけではないのですから、このような時には、是非とも「どんぐりの成る木がいい」と主張してほしいと思うのです。

93-08-14 03:04:36 S  色眼鏡とどしゃぶりに関して
色眼鏡とどしゃぶりのこと
色眼鏡とどしゃぶりというのは、私が始めに言った言葉ですが、どうも周さんがひとり歩きをさせているようなので、真意を言います。実際のところ、軽く揶揄するように使ったので、別にレッテルはりではありません。もし、ユーモアをわかって下さらないなら、議論のしようもありません。しかし、それなりに根拠のある話しです。

 Sさんが「軽く揶揄」されたのに、周が喜びすぎたというところでしょうか。まあ、この題名は気にいってしまったので今後もこれでいきます。前にも教育の問題で、FOさんに「あげあしをとられた」といわれ、これは真面目にやらなくちゃというので、長く「あげあしとり」というシリーズで書いてきました。ですから別にもはや私の「ひとり歩き」とそのまま思ってください。

アメリカもロシアも問題にすることなく、いきなり中国批判を始めたので変だという意味で色眼鏡といったのです。

11070702 私はこのSさんにいわれた「色眼鏡」というのは、私が社会主義国家などになると偏見をもっているのではといわれたのだと思いましたが、違いますかね。私は特別に「中国」というところには、前にも書きましたように、そこの文化・人物には敬愛の念をもっていますが、共産中国だけは駄目なのだと書きました。ロシア・アメリカに対しても、同じです。私はロシア文学なんかかなり評価していますし、好きですよ。アメリカ文学とはひとことではいえないようにも思いますが、いくつも今まで読んで好きになった作家はいます。
 ただしこの間の経過の事実は書いておきましょう。
 私は日本に酸性雨を降らせている国であり、また公害防止の問題でちょうどさまざま日本が関係している国である、中国のことを例として書いたのです。KAZさんのUPに答えるかたちで始めたはずです。
 その中で私は、

人間が地球上で生活している以上、どうしても環境を破壊してしまうと思います。

という言い方に対して、いや私はそう思わないのだと述べる中で、

環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場合よりも利益があること。技術は、そのような道に沿って発展できること。それというのも、環境保全を確実にする唯一の方法は、保全したほうが利益があがるという状況をつくることにしかないからである。環境を破壊すると損をすることを知れば、だれも環境を破壊しなくなる。

ということを説明するのに、この「利益」の判らないところの例として中国をあげたのです。米ロ中他の数字から始めたものではありません。

93-08-07 00:57:27 排ガス問題で周さんに疑問
周さんは社会主義国の話しになると色眼鏡がかかってるように見えます。

といわれたのは、私が中国は公害除去装置を外してしまうことがあるというようなことを書いたからではありませんか。だから私はそれに対して書いてきたのです。ついでに私は共産中国、ついでに日本共産党他の悪口もいっちゃえとばかりやったことは事実です。
 なんどもいいますが、私は中国そのものは好きな要素をたくさんもっている国なのです。

ついでに、日本による公害除去設備の売り込みについて若干言いましょう。もちろん、公害除去設備を充実して行く事は大きな意味がありますが、日本の企業は、これもビジネスとして取り組んでいるということを指摘しておきましょう。

 これは私はいいことだと思っています。

その時の、技術を今度はビジネスにして途上国に売り込もうという事です。(別に悪いといういう意味ではなく事実として言っているのです。)

 まったく悪いことではありません。
 その他は私は特別Sさんとさして違うとも思いませんでしたが、

ガソリン車についても、日本の自動車メーカーは排気の基準を厳しくする事に反対しつづけ、通産を動かすなどして実施を遅らせたたのは有名な事実です。技術的にはほぼ解決方法が確立されていたのに、コストがかかることを理由にサボったのです。この辺は手元に資料が無いので、あまり具体的には書けませんが、ご希望なら調べましょう。

 ここは是非お願いしたいところです。別にいそがなくてもけっこうですから、お願いできればと思います。

世界環境会議などで、2酸化炭素やフロンガスの規制が問題になるとき、途上国が反対する事はよく知られています。先進工業国が、いままでさんざん汚染しておいて、地球環境が悪くなったという事で、途上国がこれから工業化を進めようというときに、一括りで規制するのは不公平だというのです。それなりの理屈です。

 これがかなりな問題だと思います。だからこそ、私は旧来の環境保護派などの言っている論理では駄目だというのです。
 熱帯雨林を伐採しすぎるのはやめよう、だから先進国も木材の輸入を制限するべきだなんていうのは、途上国にとっては死活問題です。その考えでは問題は解決しないのです。(このように主張している環境保護派はいるわけです)
 熱帯雨林を伐採するなというのではなく、大切な資源なのだから育て守り、利用していこうと途上国と一緒になってやっていくべきことです。熱帯雨林も本当をいえば、もっとも光合成でCO2を浄化してくれるのは、成長期の樹木なのですから、適切に森林を人間が管理していくことこそいいのです。なにかあの熱帯雨林をそのままにしておけばいいのだというような考えは、焼畑をしていかざるを得ない人々の前には崩れていかざるを得ないと思います。本来焼畑も人間の賢い知恵だったのです。それがその焼畑のサイクルが森林の回復以上に早くなってしまった(輸出用の木材の伐採、人口増加のために)のが問題なのです。もうこうなったら、あの熱帯雨林も、人間の手で植林し、管理育てていくしかないのだと思います。
 またこの問題もさまざま考えていきたいですね。

企業が、金がかかるばかりで、売り上げに寄与しない公害除去に熱心ではないのは、それが企業の論理というものなのでしょう。結局、世論の力とのバランスでそれなりの対策をとって来た結果が現在の姿だと思います。

 私はここらがかなり違うように思っているわけです。この公害防止、環境保護に積極的にとりこむことが、現在の不況打破にもつながるのではとまで思っているのです。
 ともあれ、またこの「色眼鏡とどしゃぶり」ということでUPしてまいります。

 だんだん論点がはっきりしてくるように思います。

93-08-13 12:49:35 企業の「利益」追求と環境保護について TA
ただ周さんの見方は中国あるいは共産主義国、社会主義国がすべて地球上の悪害の原因となっているのだという、一点に絞って論点を展開しすぎすぎてしまっているように感じるのです。

 そもそも私が

93-08-01 08:35:40 RE.「環境にやさしい」言葉 周
93-08-04 02:43:13 「環境にやさしい」言葉の続き 周
93-08-05 04:15:29 「環境にやさしい」言葉の続き補 周
93-08-05 06:04:21 緑の色 周 
93-08-07 11:25:18 私が手を抜いたところ  周
93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
93-08-07 18:59:31 続環境保全ということ 周
93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周

11070603でどうそのように論点を展開しているのでしょうか。私は共産中国が環境破壊に関しては、「つつましく」なんかないと言っているのです。それはもう中国自身が認めています。このままいったら大変な事態になると感じはじめています。まずそれを指摘したかったのです。それをもたらしたものが、社会主義体制であり、共産党支配だと思っています。ついでにいうと、旧ソ連もそうです。
 それを「色眼鏡」などという一片の言葉でかたずけられるように感じたから、私はあのように書いたのです。違いますかね。

中国が日本より環境汚染が進んでいる、あるいは排ガスを大量に発生しているかのデータはこのネットのアップの中ではCO2 発生量だけであったように思います。地球の環境変化を示す一現象として地球の温暖化が言われますが、その原因としてCO2 をあげることが多いようですが、はたしてCO2 が原因であるかどうかについてはは、そうではないと言っている人もいます

 私は「温暖化」などという問題はひとことも触れていません。それからCO2のことだけ私はデータを出したのではありません。少々うんざりされるかもしれませんが、以下みてください。

93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
[地球環境をまもる]第一部 ガイアの叫び(11)大気汚染 赤い太陽(連載)昨年、この街に降り注いだばいじんの量は、月平均一平方キロ当たり五十七・八トンを記録した。中国の国家目標基準は八トン。一九六〇年代、東京の最もひどい時でも四十トンを超えていない。中国では、経済改革と経済建設の進展で、どの工業都市も本渓市と似たりよったりの悩みを抱えている。そして四川省の重慶、貴州省の貴陽、湖南省の長沙、広西チワン族自治区の柳州などでは、ついに、ヨーロッパや北米で猛威をふるっている酸性雨の被害が出始めた。

93-08-07 18:59:31 続環境保全ということ 周
中国60カ所、年間平均値、二酸化硫黄濃度、日本の約4倍に。環境庁が委託した日本環境衛生センター(川崎市)の調査によると、中国の約六十カ所で測定した大気中の二酸化硫黄の年間平均濃度は〇・〇四PPMで日本の平均値の約四倍。中国のほぼ全土で酸性雨の現象が出現しており、重慶がある四川省、貴州省など西南部、瀋陽がある東北部の工業地帯などでは大気汚染が特に深刻になっているという。

93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周
[よみがえれ地球]ブラジル環境会議を前に(6)生かされぬ技術移転(連載)
中国の大工業都市、重慶に昨春完成した「珞コウ石炭火力発電所」。酸性雨防止の切り札となる世界最高水準の排煙脱硫装置を備えた最新鋭発電所だが、一年以上たったいまもまだ、本格運転に入れない。従業員の習熟不足などで、発電システム全般にトラブルが相次いでいるためだ。この脱硫装置は、酸性雨の原因となる硫黄酸化物を九五%以上取り除く性能を持ち、約五十億円もした。メーカーの三菱重工業は最近、現地に社員を派遣して調査したが、「いつ軌道に乗るのかわからない。このままでは、宝の持ちぐされになりかねない状況だ」

フェアおぴにおん:まずインフラ整備 途上国向け、実効ある環境保全協力を近年、中国では発電所、製鉄所といった大規模工場での環境装置の導入意欲は強まっている。これは北京など大都市を中心に大気汚染が年々深刻化、酸性雨被害が広まってきているからだ。
原因はこれら大規模工場がエネルギー需要のかなりの部分を硫黄分が多く含まれている高い硫黄石炭に頼っているにもかかわらず、排煙脱硫装置、脱硝装置などの環境対策が施されていないため、酸性雨の主因とされるSOX(硫黄酸化物)が大量に放出されているのだ。

また別の発電所では設置された排脱装置を取り外して分解しており、技術者たちの研究開発の見本的な扱われ方しか機能していないとされる。

 はっきりいうと、私はこの数十倍にもなるこうした新聞データは収集していました。ただこのくらいをのせただけです。どうしてこれで「CO2 発生量だけであった」などと言われるのでしょうか。

日本におけるブナやナラの森林が伐採され、ゴルフ場になったり工場になったりして緑の部分が縮小していき、世界においては、アマゾンのジャングルの消出や、南洋材の伐採がすすんでいます。これらが利益を追求する日本の企業とまったく無関係であるとは言い難いようです。

 私は環境の問題に関して日本に何の責任もないなどとはひとことも言っていません。だが、この綽さんがいわれる「アマゾンのジャングル」がなくなったり、「南洋材の伐採」の主要な原因は何なのですか。そこのデータを示すことなく、「これらが利益を追求する日本の企業とまったく無関係であるとは言い難いようです」といわれたって、私はまったく理解できません。ちょっと因果関係を何かのデータなりで説明ねがえませんでしょうか。
 私はこの環境問題に関して、日本の企業がすべて悪くない、私たちはすべて悪くない、共産中国のみが悪いなどとは少しも言っていません。どこでそのように私が展開しているでしょうか。いったいどう私が「中国あるいは共産主義国、社会主義国がすべて地球上の悪害の原因となっているのだという、一点に絞って論点を展開」しているのでしょう。周はそういう人間だと、「色眼鏡」で決めつけているのではないのかなと私は思ってしまいます。いつ、どこで私が

  日本列島の破壊のすべてが中国にあると断じ

ているのでしょうか。

自分の利益だけを考えてさえいれば環境は保存されるなんてありえないと思います。

 私がいったいどこで、「自分の利益さえ考えてさえいれば」などと言っているのでしょうか。あるいは、だれかがそんなことを主張しているのでしょうか。

たとえば、企業が野放しに「利益」を追求する事を考えそれを許していたら、企業は利益をあげるため原価を抑え、経費を抑え、商品の最終処分や廃棄のことは考えないことが多いようにおもいます。廃液を垂れ流し、排ガスをそのまま放出し、脱硫装置や廃液処理にかけるコストを削ることになりましょう。

 もうちょっとこれは信じられないのですが、企業の「利益」を生み出すことをこのように考えておいでなのでしょうか。脱硫装置や、排水処理機器は、その大事で高価な資源をよりよく使いきろうとするためにあるのですよ。石炭なら石炭を使いきらないでそのまま空中に大事な資源を撒き散らしているのが中国なのです。日本の企業はそんな「損」なことはしないのです。これで「コストを削ること」になるなんて考えている企業なんかありませんよ。使いきられないで公害として出されてしまう資源と原価あるいは経費としての電力代などと、どちらをとるのが「利益」になるのでしょうか。中国はTAさんと同じように考えているかと思います。

    水俣病やイタイイタイ病はそういうところから起こったのでは
  ないでしょうか。

 水俣市にチッソ蠅料或箸建てられたのは、1908年のことです。1920年代から漁業の補償問題がおきています。水俣病の発端は1956年5月に出された患者発生の報告によりますが、実際には53年から患者は発生したことが確認されています。この問題はまた別に論ずべきおおきなことを含んでいますが、この公害を単に一企業の利益追及の姿勢により生まれたとするのは明らかに間違いだと思います。それは現在の水俣病患者の方々が闘われている相手が誰なのかで、少しは明らかなように思います。また是非機会をつくって別に論じていきたいと思います。
 イタイイタイ病に関しては、神岡鉱山が採掘を開始したのは1589年のことです。神通川流域ではかなり昔から婦人を中心に奇病がみられました。1950年代からこの病気が本格的に研究され、1972年の名古屋高裁においてこの病気の発生原因は神岡鉱山から排出されたカドミウムであることの確定がなされました。このイタイイタイ病もまたけっして一企業が利益を追及したことが原因だとはいえないと思います。
 もちろん、最初その因果関係がいわれたときに、それを否定しようとした企業の姿勢は責められて当然だと思いますが、こうした公害の発生をなくしていくのも、科学であり、技術だということは大事だと思います。このふたつとも、企業が利益追及していくからこそおきたのだとのみ考えるわけにはいかないのです。
 またこれらのことはここでは論じきれないことがあるかと思います。また別に機会を作って話していきたいと思います。

    自分の利益のみを考えるのは、利己的であり、他の人や企業、
  社会の利益はどうなっても良いということにつながりかねない
  ようにおもいます。

 また言いますが、どなたかがこのように「自分の利益のみ考えよう」とでも主張しているというのでしょうか。私はそんなこといったことないし、他にもそんな主張をみたことがありません。TAさんは私がなにかそのようなことばかりいっているように繰り返されていますが、どうしてなのでしょうか。私が「社会のために」とか「国家のために」とか「他の人のために」とか言わないからでしょうか。

    過去の公害問題から渋々環境保全に取り組んできたところが多
  いようにおもいます。名前をあげずとも大半の企業はしかたなし
  に取り組んでいるのではありませんか。

 これはTAさんはそう思われているというのでしょうが、私は大半の企業をそのようには見ていないのです。私の会社も、私のクライアントも、そのまたクライアントも、私の父、妻の父の関係会社も、そんな「渋々」なんてありませんがね。私はこのようにしか各企業を見られないとしたら、それはやはり私とはそもそも環境問題のとらえ方がかなり違うのだと思わざるを得ないのです。「しかたなしで取り組める」ようなものだと大半の企業は思ってはいないはずです。大半の企業は、積極的にこの環境問題に取り組んでいくことこそが、自分の企業をこれからより元気にし、かつより高収益をもたらすものだと思っているはずです。

    環境問題とは違いますが最近言われるP/L法(製造物責任法)
  においても、企業側(経済連等、財界企業側)の消極的姿勢で日
  本では導入が遅れている事情が遅れているではありませんか。こ
  れも企業が社会との調和よりも企業のエゴの方を優先する企業姿
  勢と言われてもしかたないとおもうのですが。

 ちょっと、このことはこれではさっぱりわかりません。私以外の方でも、これで、「企業のエゴを優先」なんて言われてもよくわからないと思います。私もこのP/L法とかを勉強すればいいのかもしれませんが、ちょっと今はあまりそこまでの関心がありません。
 この環境の問題はちょうどいいさまざまなことを引き出してくれているように思います。
 ただ今回は自宅にいるわけではないので、少々資料等を参照することができませんでした。またいずれいくつかUPいたします。
 まだまだどしゃぶりがつづくのだ。もうみなさん嫌になっているかな。

 こうして話していくと、さまざまなことが浮んできます。また私のようにいろいろと喋ろうとすると、またさまざま学ぶことがいくらでも出てきます。やはりこのように話あっていくことはいいなと思います。

93-08-12 17:46:59 もう一度KAも参加させてください

 KAさんがここに書かれたことはいくつもの問題を含んでいます。そのすべてに私の満足な答えがあるわけではありませんが、なんにしてもまた述べていきたいと思います。

昨日ですがふと地図帳を見たくなって、千葉県の地図を見ていたのですが、千葉県の中央部分ですか、木更津市辺りを見ていたところ、ここらへんて、ゴルフ場ばかりなんですね。

 千葉県、茨木県というのはゴルフ場の建設というのは盛んですね。完成にまでいたらないで、そのままになっているのもあるようです。

ゴルフ場を作る土地なんて、日本の国土からすればほんの微々たるものなのでしょうか?
私はゴルフをするなとは決して言いません。それは人の趣味であり、息抜きの場なのかもしれませんし…
それに私はまだゴルフは未経験ですが、なにやら楽しそうですし…

 私もゴルフをする人を非難したりはしません。私のクライアントでもゴルフ関係の企業があります。でももうこの首都圏にはこれ以上ゴルフ場は必要ないように思いますね。あのゴルフ会員権の相場欄なんかみていると、そのように思います。結局ゴルフ場つくりというのは、雑草を枯らす薬品が土壌に染み込んでいって、かなり土壌を荒してしまうというのが多いようですね。
 ただこのことも簡単にいえないのは、私の親しい沖縄の友人からきいた沖縄県のことで述べてみましょう。沖縄県は一番失業率の高いところです。さまざまな資格をとろうという人が一番多いところでもあります。政府がやった地域振興政策というのはほとんどうまく行っていないのです。官僚たちのような「支配の学」の持主が考えるのは、まず第2次産業の育成ということですが、うまくなんかいかないのです。私の友人は例え話として、次のようなことを言っていました。

  沖縄には「アオキ」とか「青山」みたいな紳士服の安売り店は
  ない、沖縄人は背広なんか着ないんだ。
  ついこの間、沖縄にあった「靴の流通卸センター」は撤退した、
  だって沖縄人は靴なんかはかない。

 私は、「沖縄の人だって、背広の一着くらい、靴の一足くらい買うんじゃないの」と言いましたが、ようするに例えば、そのようなものの製造工場、製造産業をつくっても駄目になるということなのです。それよりも、むしろリゾートを整備して、観光施設を作ったほうが沖縄での雇用を促進することにはなるのです。役人は産業の基幹は観光産業のようなサービス業ではなく、第2次産業だと思っていますから、いつまでも分かっていかないわけです。まだそれよりも、沖縄でのゴルフ場などの方が、地元の人にはいいはずなのです。私の沖縄の友人と私も、それらのことでいろいろ動いたことがあります。これからも関わっていくかと思います。地域によってこのことは、いろいろなことがあるのだと思います。
 そうとはしても、私自身のゴルフに対する気持を以下のことで述べたいと思います。私の会社の役員やってくれています、弁護士の大口昭彦氏が私の関係のゴルフ関係の企業の裁判を担当したことがあります。その会社のK社長は大口さんのことをえらく気にいってしまいました。とにかく「男の中の男」のような、真っ直ぐな弁護士さんだからです。是非顧問になってほしいと私に頼んできました。もちろんK社長は大口さんが日本の学生運動の歴史では必ず出てくる有名人であること、今もそのような過激派の弁護も担当していることも百も承知です。顧問になるのはいいことだと思ったのですが、どうも大口さんがぐずぐずしています。私がしつこくいって、とうとう顧問契約を結ぶことができることになりました。そのとき大口さんは次のようなことを言ったのです。

  私に顧問になってほしいというのは、本当に嬉しいことです。
  ありがとうございます。でも顧問契約するにあたって、2つだけ
  条件があります。
  まず、このK社長のS社で将来、社員労働者の方々が労働運動
  なりやって、会社側と対立する時点になったとしたとき、私はけっ
  して労働者を弾圧する側には立たないということがまず1点です。

K社長は「ごもっとも」と同意します。

  次に、たいへんに言いづらいのですが、どんなことになっても、
  私をゴルフには誘わないでいただきたい。私が好きなのは剣道で、
  ゴルフはどんなことがあっても好きにはならないと思います。ま
  ことに勝手なのですが、これだけはいいたいのです。

K社長は笑って了解しました。
 私も同じです。どんなことになっても、ゴルフ産業で働く人、ゴルフ場を必要とする地方があったとしても、私も大口さんと同じで、ゴルフだけは好きになることはないと思います。

私は車が大好きなのでよくドライブに行きます。その道を作るのだって、車に乗ってガソリンを使うことだって、少なからず、環境に悪い影響を与えていると思っているからです。
この考えかたって間違えているのでしょうか?

 私は車の存在を否定したりはしません。ただ、排ガスを50%よりは60%、それよりは90%、95%、99%、99,9%きれいにして排出する車を選んでいただきたいと思うのです。だから汚いディーゼル車の4WDを毛嫌いしているのです。あんな車に乗って、あらゆる道、あらゆる野山を荒して、汚い排煙を出しているなんて全く許しがたいと思います。
 また道路の建設でも考えてみたい思います。道路を作ると、そこの自然環境をかなり変化させてしまいます。ひとつの森なり、林なり、湿地なり、湖沼なりがゆるやかに変わっていくかたちを、急速に変化させてしまいます。だから自然環境にとっては好ましくはないのかもしれません。だが、もっと考えなくてはなりません。例えば、東京都と同じ面積の森林を住民500人で守っているところがあります。これは大変に大事な役割を果たしています。山の森は川を守り、水を守り、田畑を守り、ひいてはこの日本列島を守っています。でもたった500人で、しかもその内の何人が林業に従事しているのでしょうか。山はそのままにしておいてはだめになってしまうのです。人間が細かく育てていかなければすぐに駄目になってしまいます。間引きをしたり、下刈をしたりしなければなりません。だがもう人の手が足りません。そんなときに、山の中に車の通れる山道を作って、そこを作業車で手際よくやっていこうというのはやむをえないのです。そこで都会の私たちが、山に自然環境を大きく変化させてしまう車道なんか作らず自然を守ろうなんて言ったって、それこそ山の人たちには腹だたしいことでしょう。
 私は車も道路も人間の生活が便利になるのには利用していくのは当りまえだと思います。ただ、それがもたらす環境の破壊以上に、森を山を育てたりすることによって、汚い空気をきれいにし、環境を保全していけるならいいのだと思っています。マイナスよりもプラスの数字が多ければいいのだと思うのです。だから、私たちはそのような努力をしていくことこそが大事なのです。例えば、上の500人の地域のこと考えると、単純に国政選挙で1票の格差があるのはいけないなんて簡単にはいえないことがわかると思います。人数割だけで、山道を作ったり、作ったらいけないなんていうことを決められてしまうなら、もうそんな山を守る人などいなくなってしまうでしょう。そうしたことを考えていくのも、私たちの努力のひとつです。

このように考えていき、中国や他の国に環境保護の技術移転を進めた方が良いのではないでしょうか。

 この環境の問題を見てくると、中国等に環境保護のことの技術を教えたりしているのは、日本の各企業です。どうでもいいエコロジストなんか、なにもやっていません。どうでもいい社共なんかなにもやっていません。だいたいに日本共産党なんか、中国共産党と喧嘩して以来、何の話もしていないでしょう。
 中国が日本に降る酸性雨が中国に原因があるということを認めたのも、日本の政府各企業の努力のお蔭です。私がUPした新聞の記事のデータからでも分かるのは、中国に公害防止の機器を持ちこんでいるのは、日本の各企業であり、それを最初にすすめているのは、竹下や渡辺といった自民党政府です。どうでもいいエコロジストなんか、人のいい私たちを脅してまわるだけではないですか。もちろん日本の各企業はそれが、商売だからです。それが自分の企業の利益、日本の利益、そして中国等の利益になるからやっているのです。かならず中国等の国々の人たちの利益になるからやっているのです。もう違うというなら、「色眼鏡」なんて切り捨てないで、そう言ってほしい。私のほうはいくらでもデータを出していくことができます。

鯨って日本の食文化に貢献してきたものではないのですか? 鯨のすべての部分を有効利用してきたのも、日本だけと聞きます。 クジラサンアリガトウ…

 鯨のこともよく話になりますね。

私たちの代になると、鯨を食べたことすらありません。(前に一度だけ食べた記憶はありますが…)

 私たちはよく食べたと思います。小学校の給食は鯨肉ばかり出てきました。私の家でもよく食卓に出てきました。私は母の作る鯨かつがとくに好きでした。いまでも私はときどき鯨かつが食べたくなり、新宿のしょんべん横町の「今佐」(の隣だったかもしれない)にいきます。でもやはり思い出の中の母の味が一番いいですね。またしばらくは行っていないのですが、渋谷の「くじら屋」も昔よく行きました。
 実はいまも鯨を食べられる機会は大いにあるのですが、今度その機会があったら、KAさん、食べにいきますか。あれは大切な日本の食文化です。もっともっと日本の若者が知るべきだと思うのです。
 さてその文化ということで言いたいと思います。彼ら米国等の自然保護団体などというのは非常に身勝手だと思うのです。例をまったく違うことから言います。
 スペインやメキシコに闘牛というスポーツがあります。国技だそうです。あれを観光で見に行く日本の団体、とくに農村のおじいちゃんやおばあちゃんは、見ているうちに怒りだすのだそうです。だって、自分のうちやとなりのうちで飼っている、同じ牛を、いい大人が大勢でよってたかってなぶり殺しているのです。あれがスポーツなのか、あれが国技なのか。……でも、あれも彼らの国の文化なのです。だからその場で怒ったり、涙を流すのは当然ですが、私は日本の何かの団体があの競技をやめるように申し込んだなんてのをきいたことがありません。
 それを平気でやってくるのが、彼ら米国等の自然保護団体です。

鯨をとってはいかん! 鯨がかわいそう…
おいおい、じゃあおまえらはなに食べてんだ!
いや、牛や豚は飼育できるからいいんだ。
といったことを言われるのになにか頭がくるのですが…

 これは少し違うのではと思います。日本でも海洋で飼育できると同じような主張はしていると思います。彼らは鯨が人間に近い知能があるからいけないと言っているのだと思います。
 また私たちが、「お前らは牛を食っているじゃないか」といっても、彼らは何を言われているのか分からないのです。ちょうど日本人は米の一粒ひとつぶには観音さまが宿っているとまで言って一粒ひとつぶを大事にしています。だとしても、その観音さまを炊いて食べているわけです。だからといって、いやだからこそ私たちは米を大切にしています。大切に思っているといえるでしょう。彼らにとっての牛や羊もそうなのです。大事に大事にしているから、宗教行事ではまず最初に生け贄として神にささげ、そして彼らみんなで食します。
 だからこの問題は、「鯨食って何が悪い、お前らは牛を食っているじゃないか」と言っても話にはならないのです。むしろ私たち日本人にとっては、大事な米と同じような、大事な食物なのだということを主張すべきなのだと思います。日本人にとって長いあいだ大切なタンパク源だったのです。しかし、鯨がそれにしても、もしとりつくされてしまうような存在なのならまずいでしょう。でももうそうでないことははっきりしているようですが、そのことをもっとあらゆるデータで主張していくことは大事だと思います。また日本のやっている調査捕鯨というのも、どうにも不信感をかっているようですね。

どこかに行けば鯨肉を買えると言った話を聞きますが

 まったくこれは事実です。関西ではもっとおおっぴらなようですね。
 ただ我が日本は日本の食文化ということと、資源としての鯨を育てていくことをねばり強く主張していくしかないのでしょう。
 過去あったことですが、たしか長崎県かどこかで、湾に入ってきたイルカを捕まえざるを得なかった漁師たちのところへ、その網を破りにきたカナダ人がいました。イルカを殺す、悪い漁師と、それを救おうとする正義の自分と、彼は思い込んでいたようですが、その後そこの漁師たちとのねばり強い話合いで、彼はこの漁師たちの行為の正しさを最後には認め、逆にカナダの自然保護団体へ日本の漁師の立場を代弁する役割を果たすようになったときいています。私は必ずよほどの狂信エコロジストでない限り分かってくれるものだと、人間を信じています。
 もっとさまざま考えていきたいですね。

 さまざま話していこうかなと思いました。

93-08-10 中央アルプスを歩いてきました。 TADA
7日からの分をまとめてダウンロードして、周さんの環境問題のをめぐるアップなどをいっきに読んでいます。感想をひとことでいうと周さんのアップは逆説的で興味深く拝見致しました。私もスロースターターさんと同じように、周さんの意見には、色目がねをかけてながめているようで、素直な見方ではないように思うのですが。

 まず、この私の「色眼鏡とどしゃぶり」という題名にかかわることですから、はっきりさせたいと思います。

いずれ、考えをまとめて私もアップしたいと思いますが、一つだけ指摘しておきます。ちょっと前になりますがTBSの秋山さんが日本人としてはじめて宇宙にいき宇宙船の中から地球のレポートをしていたときの日本列島の灰色に濁った様子を覚えている方は思います。その当時と今とで日本の環境への取り組み方は変わったのでしょうか。日本の環境は、様変わりして良くなったのでしょうか。中国が排ガスを撒き散らかしたから改善しないのでしょうか。

11070407 こんな形で私にきかれているのでしょうか。秋山さんがいままた宇宙から見たら、もはや日本列島の上を汚しているのは「共産中国」なのはあきらかなはずです(もっともそれは判らないかな)。TADAさんは私が数々あげた新聞のデータを、それもこれも「周の色眼鏡」といいたいのでしょうか。まずどこが「色眼鏡」なのかはっきりしていただきたい。なにかひとつの意見を「色眼鏡」というレッテルで葬りたいのでしょ
うか。
 中国がひどいことをしているから、我が日本列島は汚れているのです。私は懸命にかつあたりまえにゴミと資源、雑芥ゴミの分別をやっています。私のマンションの奥様方(残念だがおとうさん方はいない)もそうしています。私の我孫子台田2丁目の、私の母、父、兄嫁、みんな懸命にやっています。TADAさんはなんだかわからないのですが、それを宇宙からの秋山さんの視点とかいうことで否定したいのでしょうか。それで私の発言を「色眼鏡」ということばでかたずけたいのでしょうか。
 私が社会主義中国を「色眼鏡」でみてしまうのは当りまえです。私が

93-08-07 13:05:19 環境保全ということ 周
ちょっと思い出すと、私が大学に入ったころ(1972年、昭和42年4月)、登校する学生にアジテーションしていた三派系の諸君が、「中国核実験反対」と呼びかけていました。それで激しくデモンストレーションしていたと思います。日共は「社会主義国の核実験は帝国主義国とのは違う」などといって、ほとんどの学生から反発をかっていたと思います。私も(やがて三派系過激派になりました)、この中国の核武装なんか、とんでもない話だと思っていました。一体あの国はいつまでこの人類に悪いことばかりしていくのでしょうか。

というようなことは、どこが事実と違っている粉飾をしているのでしょうか。核実験なんて一番地球を汚しているのではありませんか。「色眼鏡」というのは、「あの人はある事実を色をつけて見ているから、それをはずしてみていかないといけない」ということでしょうから、それをはっきりさせてください。

93-08-08 04:08:36 続々環境保全ということ 周
ただ私はまたここであらためていいますが、私が偏見を持ち、かつ非難しているのは、社会主義国家中国です。かの天安門において、インターナショナルを合唱していたたくさんの若者たちに対して、戦車を突っ込んだ共産中国が駄目だといっているのです。私はいま日本にいるたくさんの中国人の友人たちがいますし、中国の文化、人物には敬愛の気持を強く持っています。それは中国のみならず、韓国北朝鮮に対しても同じです。私は世界中に公害をまき散らしている、共産中国を憎んでいるのです。

 私はあのとき、あの中国の若者たちに中国共産党が戦車を突っ込んだときは、悔しくて悔しくて悔しくて堪らなかった。なにもできない私が悔しかった。またこうして私の発言を「色眼鏡」という一片の言葉で葬ろうというのでしょうか。
 私は1968年にソ連軍がチェコスロバキヤに侵入したときに、悔しくて真っ先に狸穴のソ連大使館に抗議にいきました。なにをしたらいいのか分からないので、とにかく座り込みしました。最後は機動隊に排除されたように覚えています。
 もうあの天安門のときには、もうそんな元気はありませんでした。でもあんな共産中国を絶対に認めることはありません。私は前にも言っているように、私のことを「過激派」だ、「国粋主義者」と言われるのは、まさしくそのとおりですから、当然かまわないのですが、私がなるべくさまざま客観的に見られるように、新聞等のデータを出して発言していることを「色眼鏡」という一片の言葉で葬ろうとすることを絶対に認めたくありません。

93-08-08 01:07:23 周さんに再反論
周さんの「どしゃぶり的」反論があるだろうと思っていましたが、その通りでした。
さて、「社会主義になると色眼鏡」といったのを誉められていると言われては返す言葉なしです。

 私はSUさんが「色眼鏡」と言ったから、その奥に党派的なものを感じてしまったのです。ですから、こうして面白く切り返しただけです。私の言っていることで、どう粉飾なりしているところがあるのでしょうか。明確に指摘してくださったほうがいいのですが。

[地球環境をまもる]第一部 ガイアの叫び(11)大気汚染 赤い太陽(連載)

 私がこれをわざわざのせたのは、SUさんが満州の生まれだときいていたからです。SUさんが生まれたところで、生まれたずっと以前の日本の機器がいまも使われているのです。この記事のとりあげ方も周の色眼鏡と言われるのではないでしょうから、わかるはずですが、これほどまでに中国の東北部は汚れているのです。これが日本のせいですか。どこが中国は「つつましい」といえるのでしょうか。
 よく考えてみてほしいのです。中国は毛沢東が言ったように農業国だったはずです。人口比で「つつましい」などと言えるのですか。日本と中国の第2次産業の割合を考えてみてほしいのです。

93-08-07 00:57:27 排ガス問題で周さんに疑問
人口あたりで見ると中国は日本の4分の1ぐらいでしょう。実際、中国の状況をみるとエネルギーの消費についていうとものすごくけちです。というより経済力に見合って節約しています。夜の町は暗いです。

 中国の夜の町が暗いとしたら、それはなにも「つつましく」もなんともありません。日本の町が明るい方がずっと誉められるべきだと思います。

92-12-24 05:56:17 あげあしとり54「TR通信45おばあちゃんと子供」
母は日本橋に勤めていました。茨城の佐貫から通勤していました。昭和5、6年のころのことでしょうか。帰りが残業で遅くなり、真っ暗な道を帰るとき、暴漢に襲われたのです。母は組み付かれて、とっさに「人殺し」ではなく「ドロボー」と叫びました。そうしたら一軒の家が明りを付けたらしいのです。男は逃げ出しました。普通ならそれで終りなはずなのですが、母はどうしてか違います。腹がたったので、丁度近くにあった大きな石をもって、その男を追っ掛けたそうです。そして石をその男にぶつけて、今度こそ逃げてきたそうです。

 もしこの昭和5、6年の佐貫も明るい電灯でもあったら、こんなことなかったと思います。私の母は元気でしたが、どこにもこの「暗い」ことで大変な目に会う人はたくさんいるのです。それが、私の妻、私の子ども、私の友人をどんな目に会わせることでしょうか。どこが「つつましい」のでしょうか。日本の夜がどんなに「つつましくない」といわれようが、明るいことを、もっと明るくなることを願います。
 そもそもSUさんは、日本がぜいたくだ、節約していないといいたいのでしょうか。私は毎日腹いっぱい飲んでいますが、そのこと以外はかなりつつましいと思います。私の妻、子ども、母、父、みんなふつうにひそやかに生きています。中国がその私たちよりも「暗い」のなら、そんなのは私たちが責められることではありません。共産中国が反省すればいいのです。
 どうにも私は嫌なのです。私たちがぜいたくだからいけない、もっと反省しなくてはいけないというような言い方が嫌なのです。

93-05-07 02:36:35 周書評117 中野孝次「清貧の思想」
本阿弥光悦が前田利家や宮本武蔵とお茶をたてていたときに、私たちの祖先はきっと田畑の中で泥だらけなって働いていたに違いありません。いやだから私は、光悦よりも私たちの先祖の人民大衆の方に正義があるとか、光悦の茶道など駄目だとかいっているのではないのです。そうではなく、人民大衆の側が泥と汗をふいて、少しは子どもにファミコンを買ってあげられたり、家族みんなでどこかへ旅行できるくらいの時代になったことを、「清貧」だの「倹約」だのといってもとへ押し戻そうなどということを、光悦だろうが中野孝次だろうが言うこと(もっとも、光悦なら絶対に言わないだろうが)を私は許すことができないのです。

 私は環境保護派の中にこうした傾向を感じます。現代の日本人はぜいたくだからいけない、ファミコンもいけない、学習塾もいけないというような傾向を感じてしまいます。冗談ではないですよ。
 私は私の自宅にたくさん集まってきてファミコンやパソコンやっていた女の子たちが大好きでした(このごろはあまり集まらなくなりました)。平気で私の家でごろごろしていました。昔荘園の泥の中で働いていた少女たちは、あのように明るく遊べたのでしょうか。今は確実に昔よりはいい時代になっているのです。中国だってはやく封建制、全体主義、社会主義の時代から、女の子がファミコンやったり馬鹿話したりできる空間になってほしいものです。
 TADAさんが、

自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく、環境の保全と自分の利益と調和を考え行動することが我々に課せられた大きな課題だとおもうのです。

といわれるのは、

93-08-01 08:35:40 RE.「環境にやさしい」言葉《KAZ》 周
環境を保全するほうが、環境を保全しないで放置したままの場合よりも利益があること。技術は、そのような道に沿って発展できること。それというのも、環境保全確実にする唯一の方法は、保全したほうが利益があがるという状況をつくることにしかないからである。環境を破壊すると損をすることを知れば、だれも環境を破壊しなくなる。
日本のような国の企業が自分の会社の利益を考えるからこそ、いま日本は環境保全に関しては先進国になりつつあるのです。
人間が生き、生活をよりよくしていこうとすることは、古代から環境をよくしていくこととは矛盾しないのです。人間が企業がよく儲けたい、よい暮らしがしたいということはいいことなのです。

ということに関していわれているのだと思います。私は本当に環境の保全ということを考えるのには、この「利益」ということしかないのだと前々から主張しています。TADAさんはこの「利益」ということに「どうなのか」と言われているのだと思いますが、違うでしょうか。
 TADAさんが野山を歩かれ、そこに自然の美しさを感じるのは綽さんの自由です。だがそこの自然を守ろうとかいうのを、「自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく」というように言われてしまうことに、私は異議を述べたいのです。綽さんは、やはり人間の存在自体が地球環境を壊しているのだと考えておられるようです。環境の保全と自分たちの利益はぶつかるものだと考えておられるようです。
 何度もいいますが、そうした考えがこの環境を破壊してきたのです。日本人はよりよい生活がしたいから、この日本の自然を守ってきたのです。これからもそうしていくのです。私はゴミ置場で奥さん方と話すのが愉しいのです。嫌なことだけどやっている、自分にとって利益にならないことで嫌々やっているのではなく、愉しいことだからやっているのです。これからももっと愉しいことになっていくでしょう。
 思い出すのですが、1973年のオイルショックの時です。私は大学を出て、水道橋にある印刷屋に勤めました。「フーテンの寅」の朝日印刷のような印刷会社です。私は職工でした。あの年に、洗剤がない、トイレットペーパーがないというようなことがおこりました。
 私は本当にこまりました。私は北浦和に下宿していましたから、さまざま困ったものです。この印刷屋で昼食のときなどさまざまこの問題を話しました。私がトイレットペーパーがなくて困っているというと、

  そんなのは、「ないない」と馬鹿な女が騒ぐからなくなるんだ。
  我慢していれば、すぐ出てくる。だいたいに、トイレットパーパー
  がなくたってこまらない。新聞紙使えばいいんだ。

と男性のタイピストがいました。この人は日本共産党の党員でした。私は、実際に困っていること、私の下宿は水洗トイレになったばかりで、新聞紙というわけにはいかないことなどをいいました。生活なんかまったく関係のないこの共産党員は、まったく「騒ぐからいけない」「女は馬鹿だ」を繰り返していました。
 そのとき社長が(この社長は昭和20年代に山村工作隊で火炎瓶をなげ、裁判を受けたもと日本共産党員で、当時はもう六全協後の日共を憎んでいました。今もでしょうけど。こんな経験のある先輩方を私はたくさん知っています)、

  我慢していれば出てくるなんて言ったって、実際に紙がないん
  だよな。ウチは  印刷屋だから困っちゃうんだ。

といって、私と熊さん(何度かこのネットで彼のこと書きました)に、紙をある問屋の倉庫に取りにいくように命じました。私と熊さんは必死に紙を集めました。女が悪いのか、誰が悪いのか、とにかく紙がなければ印刷できないのです。ただ私は、女である、私の母とか、私の当時の恋人とか、その恋人の母とか、その祖母とか、私の弟の恋人とか、みんな女の人は「トイレットペーパーがない」とか「洗剤がない」とか「砂糖もなくなる」とか、懸命に騒いでいましたが、それが原因だとは思いませんでした。むしろ「馬鹿な女が騒ぐから、なくなるんだ」という男共よりも、「ないない」と騒いでいて必死になっているたくさんの女性たちと同じ側に私はいたと思います。
 私はその当時赤羽線に乗っているときに、男の若者たちのこんな話をききました。私は腹がたちました。

  女ってのは馬鹿なんだよな、なんであんなに騒いでいるんだ。
   もう、うちの母親なんか、トイレットペーパーがないとか、洗
  剤がなくなるとか大変なんだ。
  やっぱり女ってのは馬鹿なんじゃないか。自分らがさわぐから、
  なくなるのがわからないんだ。
  砂糖もなくなるんだって、馬鹿じゃないか。砂糖なんかなくたっ
  ていいよ。
  砂糖どころじゃないよ、塩もなくなるって騒いでるよ、塩なん
  か海にいけばいくらでもあるじゃないか。
  だから女はやっぱり馬鹿なんだ。

 この男の子たちは、自分のお弁当のたまごやきに、おかあさんが砂糖を使っているのがわかりません。今の塩が海から取られているものなのかどうか分かっていません。おかあさんが、トイレでつつましく紙を使っているのが分かっていません。
 いったいあの騒動は誰が悪かったのですか。騒いだ女が悪かったのですか。そんなの嘘でしょう。あのときの必死で洗剤を並んで買っていた女たちは正しいのです。それをうすら笑い、馬鹿にしていた男共の方がよくない、間違っているのです。必死に買占めしようとした主婦たちは間違っていない。冷静に売りおしみして、値段をつり上げようとしたずるい企業、それを認めていた国家が悪いのです。
 私は今の不況に関しても同じように思います。なにか私たちがいけないかのようにいっている諸君がいます。環境に関することでもそうです。私はいつも懸命に、新聞とその他の紙、雑誌、紙パック、ダンボールなどを分別して紐でくくっています。瓶と缶、その他をわけています。熱心に熱心にやっています。それがあたりまえだからです。それにゴミとか資源を出しにいくときに、私のマンションのおかあさん方と話したりするのが嬉しいのです。
 本当に利益を考える各企業、各私達こそが環境を保全していけます。「利益」を馬鹿にする、「利益」を考えない社会主義勢力、環境保護派、左翼狂信保守エコロジスト、社会党、日本共産党こそが、私たちの環境を破壊していきます。
 私はホチキスの針もそのまま捨てません。だからときどき背広のポケットにそれが入っています。家で雑芥ゴミとして出します。私はよく煙草のみが、ジュースの缶等を灰皿にするのが嫌でたまりません。缶を資源として再利用しようにも、あれでは使えないではないですか。なぜそれが分からないのでしょうか。
 私が、「ゴミと資源、環境問題その2」の表紙に以下のように書きました。

ただ私は、なにかぼんやりとした明るさというようなものが感じられるのは、いわゆる「自然を大切に」とか「地球を守ろう」とか言ってきた側よりも、むしろ過去に公害を流し続けてきた工場とか、会社とかいうところの現場からの、このままでは自らが存続できないという認識からの取組のほうが、この環境の問題への解決を出しているように思える。それは公害を出すような会社が倫理的に社会に存在できないということよりも、もはやそんな非効率な企業はやっていけないのだということにあると思う。
私は富士の宮で長く製紙工場の工場長役員をやった人と詳しく話したことがあるが、その工場群ではもう大昔のようにヘドロは流すどころか、水を完全処理して1滴も流さなくても済むのだという。ただ、市や県の要請で水を出しているとのことだった。このような現場の人が、自分たちが川を汚しているなどと言われたら怒らない方がおかしいのだ。
私は「自然に優しく」などというステッカーを貼って、ディーゼルエンジンの車に乗っている冒険野郎などが信じられないのだ。

 この工場長役員というのは、私の妻の父です。もはや企業は、大企業は真剣に環境保全に取り組んでいます。そうしなかったら、もはや他の企業に負けてしまうのです。
 TADAさんが、

自分の利益を考えていれば、環境保全がされるのではなく、環境の保全と自分の利益と調和を考え行動することが我々に課せられた大きな課題だとおもうのです。

と言われるのなら、何がどこが、どうして課題なのか述べていただきたいと思います。また、SUさんが、

93-08-08 01:07:23 周さんに再反論
日本が本当に環境保全に熱心な国であったのか、また、日本の企業が環境保全に熱心であったのかについては、私はそれほど評価していませんが、

といわれるのなら、できたらその熱心でない企業を教えてほしいと思います。そうすれば私たちは、その駄目な企業を知ることができ、その企業に注目することによって変えていけるのかもしれません。
 どしゃぶりというのは、もっとどっと多量に無駄に多く降るのかもしれませんが、こんなものしか降らせられませんでした。

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「わが家のおかあさん2008.07.31」に書いたことで にも関連することだと思いますので、また書きます。
 私が、1993年の8月4日に書いた文章です。私の 周の環境フォーラム色眼鏡とどしゃ降りに書いたことです。これの

   http://shomon.net/kankyo/irome1.htm#kanjo 「環境にやさしい」言葉の続き

に私は次のように書いています。

  ****************************
 たとえば、先の中国の例でもいいのですが、そのような開発途上国といわれるような国へいって、「緑をなくしてはいけない」「川を綺麗にしなくちゃ」「そんなことやると、地球が滅ぶんだよ」といったとしても、彼らから、

 過去世界を汚してきたのは君達日本じゃないか
 俺たちだって君達のような生活をしたいのだ
 そのためには環境が破壊されるのは仕方ないんだ
 だって君達だって環境を破壊していまの生活を築いたんだろう

といわれたら、返す言葉がないはずです。
 問題の立てかたはそうではないのです。私たちはこういうべきなのです。

 私たちは人間の力で、水をまもり木を育ててきたから、豊かになれたし、これからもより豊かになれるんだよ
 私たちは、石炭でもなんでも全部使いきるようにしているから、よごれた煙は出さないんだ、それが効率がよくて利益が増えていくんだ
 私たちは環境を人間の手で守ろうとしてきたからこそ、豊かになれたのだ
 君達が生活をより豊かにするのなら、まず環境を大事にすることなんだ
 そのためなら私たちだっていくらでも応援するよ

 これが私は、世の「緑の党」だの馬鹿エコロジストだのと違った私たちが提出すべきことだと思っています。
 私は私たちに対して「清貧」だ「清潔」だを強いてくるような連中をまったく信じていません。私たちがよりよい生活をしたいと願うのはあたりまえのことなのです。私には緑の保護叫ぶ連中と、「清貧だ」という連中はまったく同じに見えます。いつも私たちがみなぜいたくしてきたからいけない、世界中から魚でもなんでももってきてしまう日本人がいけない、アマゾンの緑なくしているのは日本だ、などという連中こそ、まったくどうしょうもないと思ってい
ます。
 ちょっと問題発言的なこというと、これらの連中に共通していることは、

 反核がすべて正しい
 反原発は当然
 ぜいたくがいけない
 もっと清貧に生きよう
 学習塾の隆盛は問題だ、偏差値もよくない
 ファミコンみたいのがはやるのがよくない
 大企業が環境破壊の一番の存在だ

というようなことです。これは問題発言と言いましたが、かれらの主張からいくらでも共通して抜き出すことができます。
  ****************************

 もうこれを書いたときから15年が経過しているはずですが、なんら私はいうことを間違っていなかったし、むしろさらに言い続けたいことです。
 私は当時も共産中国を非難していましたし、逆に日本にいる革新政党シンパとかエコロジストという連中は、いつも日本を非難していて、共産中国のほうは自然を大切にしている、中国の夜は日本のように無駄に明るくなく、まっくらでいいと言っていました。今そのことが、ひどい中国をそのまま作ってしまったいたことが明らかになってきたではないですか。
 中国が平気で、ばい煙をそのまま垂れ流すことによって、この日本の鎌倉の大仏も涙を流しているのです。酸性雨によって、大仏の銅が溶けてきて涙になっているのです。このことは私は15年前にも指摘してきました。

 中国は今こそオリンピックなんかやっているときではありません。すみやかに、国家の威信よりも、国民自体の生活をよくするために最大の努力を払うできです。それは環境を大事にすることこそが、そのことが一番求められているのです。

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 私が過去、いわゆる「環境問題」というようなことについて書いてきた文章を集めたのがこのページです。
 私はいつも何度も書いていますように、エコロジストとか反原発主義者などという存在が大嫌いです。いつも「どうしようもない連中だな」としか思えません。そんな思いの中で、あいも変らず「資本主義が環境を破壊する、この日本こそが世界の緑をなくしている」というような言い方に対して、私はいつも反論してきました。
 むしろ、社会主義国のほうが環境破壊の度合いは大きかったのです。そして欧米よりは、ずっとこの日本のほうが環境保全の役割を果たしています。鎌倉の大仏が涙をながしているのは(銅がとけて流れが涙のように見える)、中国による酸性雨のおかげだし、ヨーロッパ(ドイツやスエーデン等々)の湖沼や河川には、魚は棲んでいません(これまた酸性雨のおかげで死に絶えている)。私の住む我孫子の手賀沼はいくら汚れていると言われても、魚釣りの人が釣をしています。
 そんなことに関する私のよって立つところを、ここに書いています。

 このサイトの名称は、私が社会主義国中国がいかに環境破壊をしているかということを述べたときに、「周は社会主義国のことになると、色眼鏡で見ている、そしてその反論はどしゃぶり的大量にやってくる」と、揶揄されたことに関して、実はたいへんに頭に来まして、「じゃ、それを題名に使った反論にしていこう」と決意して、さらに書いて行ったことにあります。
 社会主義という体制が、いかに環境を破壊してきたのか、環境を破壊する原理を持っているのかなんてことは、旧ソ連、中共、北朝鮮で明らかなことではないですか。そんな簡単なことにも気がつかないでいた人がたくさんいたのです。またある経営コンサルタントと称する人が、会社が利益を求めるから、環境自然が破壊されるというような主張をしていまして、私はもうこれこそ実に呆れ果てました。「利益を絶えず求める」という視点があるからこそ、現在の日本は環境を大事にすることができてきたのです。この視点がないかぎり、環境は破壊されていくだけです。
 そんな私の主張をここで見ていただきたいです。そしてまた私は続いて書いてまいります。(2003.02.17)

   http://shomon.net/kankyo/irome.htm  色眼鏡とどしゃぶり

 でも「その後書いていないんだなあ」ということで羞しくなります。
 思えば、私は環境保護主義者とかエコロジストというような連中が何かをいうのには、いつも必ず私の思うことを述べてきていました。でも、そういう連中が少し静かになると、私のほうもトークダウンしてしまいます。これはよくないですね。「なんだ、俺は敵がいないと、元気になれないのか?」と、自分に対してがっかりしてしまうところです。
 もう一度、ここで私も考えなおして、環境問題に対する既成勢力の姿勢を批判した私の意見を今後も述べてまいります。

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