将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:芙蓉鎮

11070409   Wednesday, May 30, 2001 6:37 AM
「今日は映画館」

 やくざ映画と『芙蓉鎮』のところをよませていただきました。芙蓉鎮はビデオで見てみたいです。
 やくざ映画は、見たあとうら寂しい気持ちになるのがイヤであまり見ないのです。どうしても最後はやくざや、やくざの味方をした人が、死んだり、不幸になるようなので。
 最近映画館に行ってません。私のいる町には5年ほど前までは5つ映画館があったのですが、今は2つしかありません。
 私としては、レンタルビデオ借りたほうが、好きな時間に見れるし、カンドーして泣いてしまっても、はずかしくないのでいいのです。
 でも、取り壊された映画館跡を見ると、地元のお祭りがさびれていくのと同じような寂しさを感じます。あついのもいいこたつのこっちー

   Thursday, May 31, 2001 4:46 AM
「Re: 今日は映画館」

 やくざ映画と『芙蓉鎮』のところをよませていただきました。芙蓉鎮はビデオで見てみたいです。

「芙蓉鎮」はいい映画ですよ。ぜひ見てください。私は一体何度見たか、数え切れないくらいです。そして見るたびに泣いています。涙が出てでて仕方ない映画です。そして綺麗な映画でもあります。二人の主人公が強制的に早朝に道路掃除をさせられるのですが、それがずっと四季がうつりかわっていきまして、その風景が綺麗です。まさしく「あ、だから題名が芙蓉なのか」なんて思いましたものです。

 やくざ映画は、見たあとうら寂しい気持ちになるのがイヤであまり見ないのです。どうしても最後はやくざや、やくざの味方をした人が、死んだり、不幸になるようなので。

 たしかにやくざ映画を見ているのも辛いです。私はビデオを借りてきても、やくざ映画は子どもたちが嫌いますので、夜中独りでこっそり見ています。でも

  パパ、昨日の夜、またやっちゃん映画見てたでしょう!

と言われますね。
 映画も、いろいろなところで、熱く語る人と出会います。そういう人に言うんですよ。「ぜひそれを書いてよ」。私なんかよりもずっと深く見ているのだから、ちゃんと書いてほしいのですよ。
 私ももっと書き続けないといけませんね。ただ、映画を書くのはけっこう大変ですよ。そんなことも私のホームページには書いております。萩原周二
(第48号 2001.07.16)

書 名 大地の子
著 者 山崎豊子
発行所 文芸春秋社

 最初に上巻を友人から貸してもらいました。たいへん忙しい時期だったのですが、電車の中等々で次の日に読み終りました。すぐに中、下巻を貸してもらい、またすぐ読み終りました。なんだかすぐに最後まで読まないといけないような小説だったのです。それにしても、私は借りて読めばいいのだから楽だけど、貸してくれる方はその度に飲んだりしなくちゃならないから、大変かな。
11052719 それでその友人が「これは泣くぞ」といったのですが、まったくその通りでした。これは電車の中で読むのは恥ずかしいですね。自宅でもテレビを見ているふりしながら、随分涙流しました。悲しくて、悔しくてたまらないのですよ。
 昔ある人が本多勝一の中国のこと書いた本(題名はうろ覚え)を薦めてくれたことあります。旧日本軍がやったことを詳細克明に現地で調査取材している本でした。薦めてくれたのは、スポーツのライターで、過去日本がいかにひどいことを中国にしたのかというのをこれで知ったということと、これを書いている本多勝一のようなジャーナリストに自分もなりたいのだ、というのが彼女の理由でした。でも私はこの本を読んでいくうちにだんだん腹がたってきたのですね。

  君はこの本多勝一のような死んだ目を持ってはならない。本多
  勝一は過去の日本の「南京大虐殺」を考古学でやるように発掘取
  材している。だが現実に目の前でおこっている、文化大革命に目
  を向けようとはしなかった

と彼女への手紙で書きました。この男は、実に目の前で起きている旧日本軍がやったことと同じかそれ以上ひどい事態に目を向けることなく、よくまあ過去のこと掘り出していたものだと思います。これでジャーナリストなのですか。
 文化大革命とは、本当に恐ろしい馬鹿なことをやったものですね。でもまた同じことおきるかもしれない。1989年4月の天安門事件はついこのあいだですものね。著者があとがきで

  一九八四年から取材を始めたが、取材の壁は高く険しく、やむ
  なく撤退の決意をした時、胡耀邦総書紀との会見が実現した。取
  材の経緯をお話しすると、「それはわが国の官僚主義の欠点だ、
  必ず改めさせるから十年がかりでも書くべきだ、中国を美しく書
  かなくて結構、中国の欠点も暗い影も書いてよろしい、それが真
  実であるならば、真実の中日友好になる」と励まされ、取材強力
  の約束をされた。

ということで、この小説はできあがる。だが、そのあと天安門事件はおきたのだ。しかも弾圧した張本人は、文革で一番批判されたトウ小平である。

芙蓉鎮」という映画もこの文革の時代を描いている。だがあの中で二人の男女が何年も何年も街の道路の掃除をやらされているが、あのシーンはすべて夜である。実にあの二人は、昼間強制労働させられたあと、夜にはああして道路の掃除をやらされていたのだ。だがあの映画ではそこらへんのところがあいまいにしている。まだまだ文革の真実の姿は描けないのでしょうか。

 この小説は、日本の残留孤児が敗戦時、戦後苦労して養父母から育てられ、「小日本鬼子」ということで、文革で迫害される様が克明に描かれています。なんて日本はひどいことしてしまったんだ、マルクス・レーニン主義なんてのはなんてひどいんだ、毛沢東はなんて駄目なのだ、そしてなんてこの主人公以下のたくさんのひとたちはこれほどまでに、苦しめられるのだと怒りと悔しさと悲しみでいっぱいになります。
 私が知っているかぎり、文革のひどさをこれほど描いた作品は初めてです。強制労働の場をみると、ソルジェニーツィンの数々の小説を思い出します。結局中国もソ連も同じなんだ。ヒトラーはひどかったけれど、スターリンはもっとひどかった。そして、中国共産党っていったいなんなのだ。
 ちょっとこの小説と関係ないけれど、PKOで日本の自衛隊がカンボジアへいくことなんかないのだ。ポルポトのやったことの責任は中国共産党にとらせろ。彼らがひとつひとつ地雷を取り除けばいいのだ。おまえらが教えたんじゃないのか。技術的に日本にしかできないというのなら、「資金」をだせ。そして「日本軍国主義の復活」なんていうんじゃねえ。おまえらにそんなこという資格あるのか。…………もちろん、中国の民衆には日本帝国主義を非難する資格はありますよ。だけど、自国の人民をあれほどの地獄におくりこんだ中国共産党など、日本軍国主義とやらとどう違うというのだ。
 中国のひとは現在日本にたくさんきているから、よく接することあります。中国の古典は日本の古典でもあるから、よく話しますが、非常に楽しいですね。筆談はできるわけだし、古典ならいろいろ話せますね。でもどうも現代のことはうまく話せない。話してくれないのですね。
 この小説も、多分日本人が書いたから、山崎豊子が書いたから、最後が非常に感動的です。私に本を貸してくれた友人も「最後が感動的だよ」と内容は話さず言ってくれました。でもあの結末で本当なのでしょうか。もっと悲惨なことがたくさんの現実なのではないでしょうか。もちろん私はあの最後でいいし、そうであってほしいのですが。
 でもけっこうたくさんの人が読んでいる小説のようですね。中・下巻を借りたとき、神保町の「ランチョン」だったのですが、テーブルの上の「大地の子」みて、あの店のママ(みたいな女性)が

  この本お読みなんですか。いい小説ですね。もう私はこの本い
  ろいろなひとに貸して、いまも誰かのところ回ってますよ

と話しかけてきました。あの年代のひとにはたまらないでしょうね。きっとみんな残留孤児をテレビでみて涙流していたのだろうな。
 それから、上巻の収容所のなかで、主人公が初恋の恋人に日本人であることを告白して彼女から非難されたこと思いだしたその夜隣の大学教授が突然死ぬところでは、思わずボロボロと涙をこぼしてしまいました。それが、6月26日の昼、川崎法務局のとなりのレストランで食事中だったのですが、まえの2人の若い役人のかたは、この中年のオッサンはどこかおかしいのではと思われことでしょうね。訳が分からなかったでしょうが、私はあのとき日本のやってきたことと、文化大革命のひどさ不当さに、怒りと悔しさと、主人公への悲しさでいっぱいだったのです。(1992.07.12)

10110201 私が知り合った中国人の女性から、最初に飲んでお話したときに「この映画を絶対に見て」と薦められた映画がありました。1988年のことでした。
 ちょうど、その当時この映画は神保町の岩波ホールで長期に渡って上映してしていました。早速見に行ったわけですが、私は上映の間中ただただ涙が止まりませんでした。
 
題名  芙蓉鎮
封切 1987年
監督 謝晋(シェ・チン)
配給会社 東宝東和
キャスト
 胡玉音(フー・ユィイン)    劉暁慶(リウ・シャオチン)
 秦書田(チン・シユーティエン) 姜文(チアン・ウェン)
 谷燕山(クー・イェンシャン)   鄭在石(チョン・ツァイシー)
 李国香(リー・クォシャン)   徐松子(シユー・ソンツー)
 王秋赦(ワン・チウシャー)   祝士彬(チユー・シーピン)
 黎満庚(リー・マンコン)     張光北(チャン・クアンペイ)
 黎桂桂(リー・クイクイ)     劉年利(リウ・リーニェン)

 中国の小さな町芙蓉鎮が舞台です。1963年春町に市のたつ日に、おいしいと評判の米豆腐を出す胡玉音とその夫の黎桂桂の店があります。二人の懸命の努力で店は繁盛しています。

 政治工作班の班長李国香は国営食堂を管理していますが、胡玉音が気に入りません。李国香は政治工作班長に昇格すると、貧富の差をなくすという名目の階級闘争をたてに、胡玉音が米配給主任の谷燕山から大量の米を仕入れて私腹を肥やしていると吹聴し、資本主義ブルジョワジーだと党大会で非難します。ちょうど文化大革命が始まる季節です。
 その後、革命運動は活発化し、胡玉音と黎桂桂は建てたばかりの新築の家と稼いだ1500元を没収されます。胡玉音はしばらく遠い親戚のところに身を隠しますが、帰ってきて知ったのは、李国香を殺そうとして消された夫黎桂桂の死でした。
 胡玉音は班長李国香より「新富農」という階級を与えられ、庶民から非難を受けます。彼女だけでなく、秦書田はもっと以前から反社会派の詩人で右派として非難されています。胡玉音の昔の恋人だった黎満庚も谷燕山も右派とか反動分子ということで、5悪分子と呼ばれ圧力をかけられていきます。
 このときの5悪分子への圧力のかけ方は、おそらく文化大革命の中でどこでも行われていたことなのでしょう。
 胡玉音と秦書田は毎日早朝石畳の道路の掃除をする仕事を命じられます。最初は胡玉音は「私は秦のような右派ではない」と嫌っていますが、次第に秦の優しさと明るさに心を開いていきます。やがてそれが二人の間で恋心となり、一緒に住むようになります。映画を見る側には、この胡玉音の気持の変化が、早朝の掃除する二人の姿を長く描いていくなかで自然に判ってくるように思います。

 1966年の春、李国香でさえ、紅衞兵につるし上げられ、町はルンペンの王秋赦が牛耳っています。胡玉音と秦書田の結婚は、反動分子ということで政府はなかなか認めません。でも、「反革命夫婦」ということで、結局は結婚を認められます。泣く胡玉音に、秦は「政府に公式に認められたんだから、いいじゃないか。」と言います。楽天家というか、力強い男なのです。
 ただ、文化大革命はますます、進行していきます。二人は公開裁判にかけられ、秦書田は10年の実刑、胡玉音は3年の実刑を言い渡されます。ただ胡は妊娠中ということで、執行猶予がつきます。その公開裁判のときが、なんといっても涙がそれこそ大量に私の頬をつたわりました。雨の中、壇上で、皆の糾弾を受ている胡玉音に、秦書田が語りかけます。

  ブタのように生きぬけ。牛馬になっても生きぬけ。

 秦書田が刑に服している中、胡玉音が一人で苦労している中、唯一谷燕山だけが助けてくれます。高齢出産で苦しんでいる胡玉音を、谷燕山は自らの危険もかえりみず、病院に連れていきます。胡の出産を待っている中、谷燕山はそこにいた人民解放軍の女兵士の帽子の徽章を見つめて行くなか、若き日に自分が参加した革命のときの戦いを思いだします。彼は戦いの中、敵の銃撃を受け、睾丸を傷つけてしまいます。文化大革命の中で、彼は胡玉音との肉体関係を李国香に問いただされ、怒りに燃えた彼が自分のズボンを脱ぎ出すところがあります。何故か映像の中ではそれが簡単に省略されているのですが、本来は大事なシーンなのだと思います。自分が身体を傷つけてまでして作った革命中国が、今一体、何をやってしまうのだという、老革命家谷燕山の怒りがよく判る気がします。

  この谷燕山の怒りに応えてくれたのが、胡玉音でした。彼女は生まれた男の子に、「谷軍」という名前をつけます。中国人には、男の子がその家を守っていく存在であり、家はいわば男から男へ伝わっていくものなのです。歴史書では、「誰々、誰を生む」という記述が延々続いていきますが、その生むのはすべて男なのです。女はただ腹を借りるだけのものなのです。だから、もう子を作ることのできない谷燕山には、この胡玉音の気持の優しさが身に染みたはずです。
 その谷燕山の回想シーンの中で、彼は詩を詠みます。

   岸辺に立ち はるか海を見れば
    波間に見え隠れする希望の帆柱
   それは四方に光を放ち
    昇ろうとする朝日のように
      母の体内を跳ねまわり 育ちゆく胎児のように
        もろ手をあげて 歓迎したいもの

 1979年文革が終了して3年がたっています。没収されていた胡玉音の家と金が返されます。彼女は叫びます。「夫を返して」。
 やがて秦書田も帰ってきます。町に平穏が戻ってきます。また胡玉音は米豆腐店を再開します。秦と親子3人の店は昔のように大繁盛しています。みな和やかな顔で米豆腐を嬉しそうに食べています。
 そこへ、気の狂った王秋赦がボロをまとい、破れたドラを叩いて歩いていきます。そして叫びます。

   また、政治運動が始まったぞ

胡玉音も、秦書田も、豆腐店に集まっている人々も、ぎょっとして、その声を聞いています。また、始まることもあるのかもしれないのです。

 私はやっと、こうして文化大革命の姿を中国は描くことができるできるようになったのだなと思いました。まさしく、最初のときの胡玉音の米豆腐店は、ちょうどトウ小平がとった経済活性策そのものだと思われます。胡玉音が作っていたのは、もう捨ててしまうような、くず米でした。それを利用して、皆が喜ぶようなものを作って芙蓉鎮の町を賑わしていたわけです。これはちょうどレーニンのネップ政策をも思い出します。だが、トウ小平は失脚し、胡玉音は弾圧を受けます。
 そしてようやく文化大革命は終息し、トウ小平が復活してきます。これで、もう中国は普通の国になれるのだろうと、皆思ったに違いありません。だが、王秋赦の最後の叫びが不気味だったように、天安門事件においては、その弾圧の頂点にこそいたのが、トウ小平でした。
「インターナショナル」を合唱する学生達の中へトウ小平は、戦車を突っ込ませました。最初この映画を教えてくれた女性は、それをテレビで見ていて、ずっと涙を流していたといいます。あの芙蓉鎮の町の胡玉音の店に集まる多くの人たちは、その光景をどう見ていたのでしょうか。現実の中では、まだまだ「芙蓉鎮」のようにハツピーエンドというわけにはいかないのだなと確信しています。

 それと、私は谷燕山が雪の中、酒を飲み叫び声をあげながら、歩くシーンは、なんだか黒沢明「無法松の一生」の三船を見ているような気になりました。たぶん、謝晋監督は、それを意識していたのではないのかな、なんて思ったものです。

  この映画を見ることを強く薦めてくれた女性は、だんだん聞いていくと、自分も文化大革命で、「下放」という目にあったことを話してくれました。しばらく農村で労働させられたのです。彼女の父親が映画監督なので、弾圧を受けたようなのです。ただ嫌な思い出なのか、あまり詳しくは話してくれません。このお父さんは今は教育映画のみ撮っているようです。2年くらい前にご夫婦で来日されたのですが、決して政治的な話題は話しません。やはり、いつも心の中で構えているのだと思います。いつまた政治運動が開始されるのか、判らないからなのでしょう。(1998.02.12)

09030102芙蓉鎮 (電影中国語)
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書 名 電影中国語 芙蓉鎮
編 者 八木章好・胡志昴
発行所 東方書店
定 価 1,200円+税
発行日 1992年9月30日初版第1刷発行
読了日 2009年3月1日

裏表紙に書かれていた文
中国全土を揺るがした文化大革命の嵐は、湖南省山間の小さな町〈芙蓉鎮〉をも見逃しはしなかった。汗水流して働きささやかな富を築いたヒロイン胡玉音を待ち受けていたのは、富農分子のレッテルと過酷な運命であった。1987年度百花賞・金鶏賞の最優秀作品賞他各賞に輝いた文芸大作!

 目次を書きたいのですが、中国文字なので、ここでは無理です。コラムは以下の通りです。

コラム1 四大自由
コラム2 主要登場人物
コラム3 四清運動
コラム4 中国共産党組織
コラム5 階級闘争の実態
コラム6 喜歌堂
コラム7 毛沢東と文化大革命
コラム8 結婚の礼拝
コラム9 現行反革命
コラム10 終幕

 中国語では読めないのですが、いくつもあの映画を思い出していました。私の 周の映画館 の中で、芙蓉鎮 として書いております。ぜひ読んでみてください。私のもう亡くなりました親友の堀雅裕が強力に勧めてくれた映画でもありました。

 もうこの映画は、何度も見直して、でもそのたびにいつも涙でいっぱいになっている私です。

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 私の中学時代の友人の長春有情さんのYahoo!掲示板で、このUPがありました。

謝晋監督が亡くなった  2008/10/19 10:02 [ No.3386 / 3390 ]

 私はこれを今朝朝7時頃読みまして、「え、謝晋さんが亡くなったのか」と実に驚いてしまいました。
 この私の友人の長春有情さんが、書いたものを、以下載せてみます。全文コピーするなんて、ずうずうしいのですが、私には、もうここに書いてあることは、すべてが大事なことばかりなのです。そもそも、謝晋監督に実際に会ったということがもう羨ましくてないりません。

その連絡を聞き
インターネットを開くと
母校の創立100周年記念式に参加するため
故郷浙江省の上虞市のホテル滞在中 心臓病で
10月18日(土)
彼は一番好きな、尊敬している中国人だった
NHKのテレビで彼の映画『舞台姉妹』を録画したくて
出たてのソニーベーターマックスのビデオデッキを
24,5万円出して買った
78年頃だ
彼の作品『芙蓉鎮』それを研究しようとして
京都のある大学院を受験したが、教える人がいないといって
不合格になった
他の作品は『天雲山物語』『牧場人』『乳泉村の子』『阿片戦争』
1999年彼が中国で初めて設立した私立映画俳優養成所を
訪問して 彼と話をした
そのときの話の内容もはっきり覚えている
彼は高倉健にもらった腕時計を見せてくれた
俺は『満州国』という映画を作って欲しいとお願いをした
その一部始終はビデオカメラにおさめた
すばらしい中国人だった
文化大革命でさんざんやられた人だった
84才 惜しい人をなくした
今、思い出した
昨日18日 俺は本屋をぶらついたそのとき張芸謀の自伝があったので
謝晋監督の自伝はないかしばらく探していた
俺に何かメッセージを送られたのだろうか
俺は彼に会ったとき彼に言った
『謝晋監督の作品、特に芙蓉鎮における中国的ヒューマニズムの研究』を
テーマに卒業論文を考えていますと
安らかにお眠り下さい 素晴らしい映画をありがとうございました
『芙蓉鎮』と『舞台姉妹』は私の宝物です
あの日の謝晋先生を思い出しながら

 私は1988年のたしか3月に神保町の岩波ホールで、この『芙蓉鎮』を見ました。もうそのときは、ただただ涙が出てくるばかりでした。
 私のホームページ内にこの映画を見た私の思いを書いてあります。

   http://shomon.net/eiga/movie5.htm#mfuyo 芙蓉鎮

 この映画は、私の親友であった、堀雅裕が大好きな映画でもありました。私と彼はよくただただ、朝まで飲んで、そしてまた彼のアパートから、朝10時頃食事の店に入りながら、また飲んでいて、この映画の話をしていたものです。
 この映画の話をしつこくしている私たちを怪訝な眼で見ていた北京の女の子が、やがて堀雅裕と結婚したものでした。

 この映画と同じように熱烈に好きになれたのが、張芸謀監督の以下の映画です。

   http://shomon.net/eiga/movie4.htm#020318 初恋のきた道

 この映画も私は何度も見たものです。そしていつもただただ涙ばかりになっていました。だが、この映画は、私の親友の堀雅裕は見ていません。この映画が作られたときには、彼はもう亡くなっていました。

 今年の北京オリンピックが、その開会式をこの張芸謀が演出したというのを聞いたときには、なんだか、ものすごく哀しくなったのを覚えています。

 私はただただ、長春有情さんにお会いして、この謝晋さんのことも、張芸謀監督のことも話してみたいものです。

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 周の推薦番外篇「和菓子処さゝま」へのコメントナミちゃんから次のコメントをもらいました。

1. Posted by なみんと    2007年09月08日 16:53
ありがとうございます。
「しろいうさぎとくろいうさぎ」の絵!いいですよね。ガース・ウィリアムズの絵と作ですね。
英語では「The Rabbits' Wedding」になっています。
 "What are you alwaysh thinking about?"
 asked the little white rabbit.
"I'm just thinking about my wish,"replied the
little black rabbit.
"What is your wish?" asked the little white
rabbit.
"I just wish that I could be with you forever
and always,"replied the little black rabbits.

  とあります。

こんな絵本のプレゼント!洒落ていますね。包装は・・私もやりたいほうです。

 ありがとう。英語版では、「The Rabbits' Wedding」ということなのね。正確に翻訳するとすると、「うさぎたちの結婚」かなあ。だから「しろいうさぎとくろいうさぎ」とした方がいい題名にしてくれたと思いますね。
 それで思い出しました。以下の中国映画ですが、

   http://shomon.net/eiga/movie4.htm#020318  初恋のきた道

 封切りのとき、日本の題名は「初恋のきた道」ですが、中国の原題は「我的父親母親」で、この映画が作られた米国での題名は「THE ROAD HOME」です。張芸謀(チャン・イーモウ)監督の実にいい映画です。チャン・ツィイー(章子怡)が可愛くていじらしくて堪らない映画です。
 でも原題では、正確に日本語に訳すと「私の父親と母親」ですね。英語題名だと「THE ROAD HOME」です。でもそれでもやはり、私たちには「初恋のきた道」がいっぱいぴったりとした映画の題名ですね。
 ナミちゃんも、この映画大好きだと思いますね。でもこの映画の題名は、日本のが一番いいでしょう。ただ、実際に文化大革命という辛酸な時代を受けた中国の方には、原題のほうがよく判るのだと思います。こういうふうに、文化を翻訳するというのは、大変なことですね。

 私も、この「しろいうさぎとくろいうさぎ」のナミちゃんが書いてくれた英語を読んで、二人のうさぎの思いがよく判った気がします。

"I just wish that I could be with you forever and always,"replied the little black rabbits.

というしろいうさぎの言うことが、実によく判ります。

 ああ、そうだナミちゃん、この「初恋のきた道」への思いも、ブログに書いてみてくださいよ。いい映画だから、たくさんの人に知ってほしい、見てほしいのです。
 ソ連ーロシア革命の悲惨さ、ひどさを、ジョージ・オーウェルは「1984年」という暗い小説で描くしかありませんでした。あの小説を普通に読めるでしょうか。もう暗くて、読んでいるのが嫌になります。でも「初恋のきた道」は、たしかに文化大革命のひどさは、充分に理解できますが、それでもいい映画でしょう。チャン・ツィイー(章子怡)の可愛らしさ、綺麗なことは、もう驚くほどです。
 私が「1984年」を最初に読んだのは、高校3年のときに、原文で読みました(まだ翻訳されていなかった)。もう暗くて読むのが実につらい小説でした。日本語で読んでも、ソレジェニーツィンの「収容所群島」は暗くて、辛い小説です。「1984年」に書かれていたSFの世界が、実際にあった世界だったのです。
 でも文革を、あのように描いてくれた張芸謀(チャン・イーモウ)監督は素晴らしいです。

 同じく、文化大革命を描いた、1987年封切りの

   http://shomon.net/eiga/movie5.htm#mfuyo  芙蓉鎮

も素晴らしい映画ですが、あの映画で終わらずに、この「初恋のきた道」も作った中国って、すごいものだなあ、と思っています。

 でもこの謝晋(シェ・チン)の「芙蓉鎮」にしても、張芸謀(チャン・イーモウ)の「初恋のきた道」にしても、劇場でもビデオでも、私はいつも涙でいっぱいになってしまっています。遠い時代を描いたのではなく、ついこのあいだあった、中国の世界の話なんですね。

 あ、「しろいうさぎとくろいうさぎ」から、「初恋のきた道」や「芙蓉鎮」の話になってしまいました。

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