10121505 23日の新聞をみて驚きました。私の大好きな先生である樋口清之さんが亡くなった訃報記事を目にしたからです。

 02/22 20:13 <死去>樋口清之氏=国学院大名誉教授、考古学・人類学専攻樋口清之氏(ひぐち・きよゆき=国学院大名誉教授、考古学・人類学専攻)21日午後3時50分、東京都千代田区の病院で死去、88歳。葬儀・告別式は25日午前11時、世田谷区豪徳寺2の24の7の豪徳寺で。自宅は同区松原5の55の11。喪主は長男清晃(きよあき)氏。
 静岡県の登呂遺跡発掘など考古学に多くの業績を残し、日本博物館学会、日本風俗史学会の会長を務めた。著書に「梅干と日本刀」「日本人の歴史」「日本原始文化史」など。毎日新聞社

 樋口清之先生は、どの分野の先生といったらいいのでしょうか。私は「私の大好きな」というあとに「歴史学者」、「考古学者」等々考えて、決めることができず「私の大好きな先生」と書いてしまいました。そうですね。「博物学者」といえば適確なのかな。
 私はこの先生の市販されている本はほとんど読んだように思っています。よく読まれている本ばかりでしたね。だが、いわゆるカッパブックスみたいな形になった本以外にも、この先生は実にたくさんの本格的な論文がたくさんあるのです。ただ、とくに戦前に発表された論文は少しも見ることができませんでした。でも思えば、私はこの先生の本は1冊も買ったことはありません。すべていろいろなところから借りたり、友人のところで読んだりしてきたなと思い出します。それだけ読まれているんですね。まあ、先生の軽い読み物はたくさん出ているが、本格的なのには私たちは接することができないのですね。
 せめてお会いしたかったなと思います。お会いするというのは、講演会の形ででも、そばで声を聞きたかったなという思いです。
 実は、私は年月の記憶はさだかでないのですが、大学2年か4年生のどちらかのときに松戸市民会館で、この先生の講演会をおききしました。どうしても年月ははっきりしないのですが、この先生の公演があるということで、浦和から駆けつけた思い出があります。そしてもう30年近い年月がたっているのに、公演の内容はほとんど詳しく覚えています。声の調子も、顔や手振りもよく覚えています。
 お話は、「芭蕉が忍者ではないのかといわれること」、「長谷川一男が主演した源氏物語の時代考証をやったときの話」、「現代の旅行と過去の時代の旅行の違い」等々、私には実に興味深く、楽しい公演内容でした。この先生の講義を毎日受けられる國學院の学生って幸せだなと思ったものです。「野性時代」という雑誌の1975年10月号で吉本(吉本隆明)さんとの対談が巻頭にありました。私はこんな雑誌買ったことはありませんでしたが、このときだけは購入しました。今読んでも実にいい対談です。極端にかつ刺激的にいいきってしまうと、二人は神武天皇の話をしているのですね。
 おそらく吉本(吉本隆明)さんも、樋口先生の死にはショツクでしょうね。埴谷雄高の死とは随分違う感じだったでしょう。吉本さんが会ってほっとする気持を抱ける数少ない方だったんではないでしょうか。
 もう書物でしかお会いできない先生になってしまいました。
 合掌します。先生、ありがとうございました。さようなら。(1997.02.24)