a8962006.jpg 24日に次女のブルータスが今年3月まで勤めていました小学校の運動会へ行ってきました。ブルータスは「え、パパも来るの?」なんて言っていましたが、結局二人で仲好く出かけました。ただし、私は気が短いので、娘より先に家を出ましたが、娘が出てこないので、リュックサックを背負ったままマンションの前をぐるぐる走っていました。娘に「そんなことをやっていると、通報されるよ」なんて言われました。
 ちょうど開会式のときに学校に到着しました。娘はお母さん方や卒業生たちに囲まれ歓迎されています。私もすぐ「萩原先生のお父さんですね」と言われました。「あれ、なんで知っているんだろう」というところなんですが、思えば私はもうこの小学校へは何度も来ているんですね。

 ブルータスは障害のある男の子を見ていたのでが、今年の4月からは彼のことを見られなくなってしまうので、同じ文教大学卒の親友を替わりに推薦したのです。採用は本来教育委員会が決めることですが、ブルータスは必死に校長、教頭に頼みまして、彼女を採用してもらいました。彼女ならば、その子のことを、ブルータスもいつでも知ることができるからです。
 それでその子には、その親友がずっとついていてくれます。ものすごく大変なんです。行進のときも、いくつもの競技のときも、彼女がいつも手をつないでいます。なんとか、彼もやってくれるのですが、ときどき音楽がなると、座り込んでしまったりして、彼女(のりちゃんといいます)は大変だけれど、懸命にやっています。彼も頑張っているのです。
 もうそれを見ていて、私はもう堪らなくなります。もうのりちゃんと彼の懸命さに涙が出てくるのです。でも狭い小学校の校庭です。後を向いて、涙をふくことができません。54歳の親父が目を真っ赤にして涙を流しているなんて、おかしく、羞しいですよね。懸命に他のことを考えたりしてごまかしていました。
 でも、また二人を見ていると涙がこみ上げてきて、「ちょっと羞しくて困ったな」というときに、ゴールデン街の飲み屋のママさんから電話がありました。すぐ、校庭の端へ行って電話に出ました。「あ、なんとか助かった」というところでした。ちょうど10時14分のことでした。

 でものりちゃんたちだけでなく、たくさんのいいことを見ました。3年生のある男の子が80m走で靴が脱げて転びました。この運動会は、実は皆上履きをはいているんです。だからときどき上履きが脱げてしまう子が出てきます。「あの子は負けず嫌いなんだろうな」なんて想像したのですが、その子はずっと悔しがって泣いていました。でも午前中の最後の方の競技での低学年リレーで、アンカーだった彼は先頭でゴールをかざりました。「良かったな」と思っていましたら、彼はそのまま走り続け、担任の女の先生に飛びつきました。その先生も喜んで飛んでくる彼を身体で受けとめます。子どもが思いきり抱きついて、それをしっかり受けとめられる先生がいます。「ああ、とってもいい先生なんだろうな」なんて私は思いました。
 このことは、そのあと食事したときに、ブルータスも私と同じ光景を見て、私と同じことを感じていたのです。それは私がいつも飲みに行くお店の昼の定食を口にしながら話したことでした。店のマスターもママも、私の次女にはじめて会って、大変に喜んでくれました。
 さて、それで私はこの日の文教大学父母教の代議委員会に出席するために、越谷へ向かいました。

 ただ、この運動会で、たくさんの子どもたちに「萩原センセイ!」と話しかけられているブルータスの姿はとてもいい絵でした。「ああ、やっぱり先生になって良かったんだな」としみじみ思ったものです。