12121905 昨日12月20日の17時50分からの下高井戸での忘年会に出席できまして、私はものすごく嬉しかったです。そのときにみなさまにお渡ししましたものが以下なのです。
 昨日の浦和会での私のチラシと内容はほぼ同じなのですが、違うものなのです。ですからこうしてUPします。まあ、紙の上よりは、これの方がリンク先へはすぐに跳んでいけますから、いいとは思いますが。

萩原周二よりの個人的情報発信 2012.12.20

1.私はAさんから連絡をいただき、こうして参加できること12121906になりました。みなさま、おひさしぶりです。
 私はいつもこうした宴会(と言っていいのかな)で、すぐに記憶を失いますので、こうしてA4のチラシに書いてきます。
 なお、これは今夜20日か21日に私のインターネット上のブログ

   http://shomon.livedoor.biz/  将門Web

にも、この文章をUPします。なおその際に、私以外の固有名詞他は、別な名称(何かまったく関係ない文字)にいたします。
 ただインターネット上のブログですと、ちゃんとリンクも有効ですから、はるかにいいですね。これは、私が日々書いています手紙でも実に感じていることです。
 ですから、あとでインターネット上でこの私の書いたものをご覧ください。はるかにちゃんとリンク先へ一瞬でいけることがいいことが実感できると思います。

2.私が毎日書いておりました『吉本隆明鈔集』は私が過去書いたものは終わりました。もちろん、これからも書いていくつもりですが、まずはひとくぎりしました。
12121907 私には吉本(吉本隆明)さんが亡くなられて、なんだかものすごく寂しいと同時に、もう俺も終わりにすべきかななんて思いましたが、それでは吉本隆明さんの言われていることと違うし、間違っている、もっと寂しくとも生きて行こうと思っています。
  吉本隆明さんが私のことを「律儀な人」と言われていまして、そんなこともないのだがなあ、と思いながらでも嬉しいです。その吉本隆明さんに言われたことを私も忘れないで、今後も生きて行きます。

3.この日本では、多分1万年(いや2万年かもしれません)くらい前から、私たちの祖先はこの日本語だろうと言われるもので話してきました。でも私たちと同じであろう書き言葉を使ってきたのは、たかだかまだ1,100年くらいしか経っていないのです。ちょうど紫式部や清少納言や更級日記の少女が私たちと同じ文字で書いているのです。
 誠に残念なことに、それらの女性陣より、はるかに時代のあとの悪左府頼長の日記は、漢文で書かれており、私にははるかに遅れていた(内容はまた別なのだが、いや内容もものすごく面白くない)ものに見えます。
 だから私はこの時代の何人もの女性たち(男性もいますが)の思いを今も受け継いで書いていくつもりです。X12121901

4.私はこのブログには今日は6つUPいたしました。私はケータイでUPすることも多々あります。私のブログで一番多いのはIS01(スマートフォン)でUPしたジャンルです。だからケータイでのUPと言いましても、量は少しは多いですよ。ただ普通にパソコンで書くほうがいいです、楽です。
 もちろん私は漢詩(もちろん日本の漢詩も)の解説を書いているジャンルもありますし、短歌や俳句、詩についても書いています。どうしても私は漢詩についての方が書きやすいですね。

5.それにブログだけでなくケータイメールでもおおいに交換しています。もう娘二人だけでなく、妻や弟や女性たちはケータイメールがいいみたいです。やがては孫たちや姪の子どもたちとも交換するようになるでしょう。いえ、今のところは、私が一方的に出しているだけです。いつか、じいじのこともこのケータイメールで、「何でこんなに書いてくるのだ」と少しは興味を持ってくれるかなあなんて期待しています。X12121902

6.私はこのインターネット上の将門WebにUPしている量は、ただただ量だけは、世界の米国にも中国にも負けていません。ただUPする数はタレントの中川翔子さん(私のブログのサイドバーでリンクしています)などのほうが上です。ただし、私は量だけですよ。質はダメに決まっています。
 ただとにかくこうして日々書いていけることは嬉しいことです。私は月に、200くらいのUPをしています。
 それとここに私は読んだ本の感想文を「周の雑読」と称してUPしています。もう数は今日現在で1,667を越えています。とにかく、これを3,000書いていくはずです。やがては5,000を越えるつもりでいます。
 本を読むことはいいのですが、その読んだ思いを書くことが大事だと考えているのです。私はそれを書かない限り、本を読んだことにはならないと思っているのです。ただし、これは私の思いです。
 今私は「司馬遷『史記』」の黄帝から始まる五帝から、夏を終えて、今は殷のことを書いている途中(ちょっと殷のことを書く途中で止まっています)です。まだ書いて行きますが、周の西周の時代を少し書いたら終わりです。
 いやそれ以降は、またいろいろと他の本でも書くことがあって『史記』だけと限らないのです。
 ただし、『史記』も五帝の前の三皇のことはあいまいというか記録がないのですね。X12121903

7.上の本のことだけでなく「周の映画館」と称して見た映画のことも多く書いています。前には、いつも見た任侠映画のことを書くことが多かったのですが、今は今年封切になった映画も書いています。今日本映画はいいですね。最高だと思いますね。
 今私は64歳で老人ということで、映画は実に安価に見られるのです。そして必ず私はプログラムを買うのですが、今回「降旗康男『あなたへ』」はこのプログラムがすべて売れきれで困りました。
 もちろん、私のブログには、私の文章だけでなく、映画のいくつかのシーンの画像も入れていますよ。つい近頃は以下を書きました。画像もいくつも入れています。

  降旗康男『あなたへ』
  阪本順治『北のカナリアたち』
  犬童一心『のぼうの城』

8.その他私のブログ将門Webでは「周のニュース」ということで、いくつものことを書いています。つい近頃は次(以下は題名だけです)を書きました。

  米東部コネティカット州の小学校での銃乱射事件
    米小学校銃乱射事件で服部君の母が「教育が何よりも大切」と
    日本人は対面よりも電子メールを好むのだそうです
  主役は新ビッグ4ということですX12121904

 いや私はこの毎日のニュースでは、健康についても、飲み屋についても書いていますよ。私のような酔いどれが、パソコンからインターネットを通じて書いていけることは嬉しいことなのです。嫌な悔しいことでも、できるだけ毎日書いて行きます。

9.日経新聞の連載小説である「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」も毎日書いています。明治維新という大きな転換点を、今までの歴史や文学では書きえていなかったと私は思え、この小説が実にいいです。私も毎日書くことで、今の現状も見えてくる気がしています。今日は福地桜痴の書いた江湖新聞のことを書いています。今は読売新聞や朝日新聞は存在するのに、何故この桜痴の新聞が残っていないのか、ものすごく残念です。いや何らかの意図があったのではと私は思っていますよ。
 私の思いでは、この「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」は夏目漱石・森鴎外の書いたものにも負けない作品だと思っています。

10.またNHKの連続ドラマ『純と愛』についても毎日書いております。これは実にいいドラマです。ときどき思い出の中に出てくるおじいの姿を見て私はいつも涙しています。私の書くこれにはけっこうコメントがあります。
 こうしてドラマが見られて私はものすごく嬉しいです。X12121905

11.私の孫、ポコ汰、ポニョ、ポポ、じゅには私の将門Webのサイドバーに今日現在次のようにあります。

ポコ汰はいくつになったの?
ポコ汰は1月3日生まれ 5歳11ヶ月17日♪
★6歳の誕生日まで14日★

ポニョはいくつになったの?
ポニョは8月2日生まれ 4歳4ヶ月18日♪
★5歳の誕生日まで225日★

ポポはいくつになったの?
ポポは2歳7ヶ月9日♪ 
★3歳の誕生日まで142日★

じゅにはいくつになったの?
じゅには2歳1ヶ月1日♪
★3歳の誕生日まで334日★

 私は上の三人へは、できるだけあまり行かないようにして、一週間に2回くらい行っています。この三人の保育園のクリスマス会へは22日、じゅにの家にX12122101は、26日に参ります。クリスマスプレゼントを渡すのです。嬉しがりますよ。
 この孫と会えることと、毎日吉本(吉本隆明)さんのことを書いていけること(このごろは吉本隆明さんのことは毎日書いていませんが)私の今の無上の喜びなのです。 以上