将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:藤原秀郷

 私はこのことを母が他の人に語っているのを聞きました。小学校5年のとき(昭和59年)に名古屋北区の大曽根でご近所の方に語るのを聞いていました。「莞爾」という名は中島莞爾からつけたものであることを。13103103
 中島莞爾は大正元年10月の生まれで佐賀県出身でした。2・26革命で昭和11年7月12日に刑死しました。25歳でした。
 私の父久二は、大正2年12月8日の生まれです。父はこの中島莞爾を大変に尊敬しており、母たか子との間にできた兄に、この名をつけたのです。
 私の一族は茨城県笠間の一族で藤原秀郷(彼が平貞盛と一緒に将門様を滅ぼします)の子孫です。でも平将門の闘いのときに、自分の一族ではなく、将門様を篤く支持しました。
 ために私どもにもその心が伝わっているのです。
 ただし、私は今は着物も着て歩くことはないために、常時自分の財布にこの紋をさげているのです。
 これが以下です。
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伝説の将軍 藤原秀郷

書 名 伝説の将軍 藤原秀郷
著 者 野口   実
発行所 吉川弘文館
定 価 2,300円+税
発行日 2001年12月20日第1刷発行
読了日 2007年4月17日

 私はこの藤原秀郷がどうしても好きになれません。それは当然、私の好きな平将門を打った人物だからです。将門を滅ぼしたといいますと、平貞盛も同じなのですが、貞盛には何故か魅力があります。貞盛は、最初将門が自分の父親を討ったあとも、「あれは将門のほうに理由(わけ)がある。親父たちが悪すぎるよ」ということが判っていて、将門との和解に務めます。でもどうしても将門と、自分の叔父たちとは争いを続けます。「もう仕方ない」という思いだったでようね。でも将門には勝利したわけですが、彼の子孫の一族は関東にはいられなくなります。彼の一族が伊勢平氏になります。やはり、この関東は、将門公の関東なのです。
 それにくらべて、秀郷は、どうしても狡猾な奴だとしか思えません。当初は将門公と誼を通じていたのに、後に敵に回ります。どうしても私は好きになれません。彼の顔をまた私は好きになれないのですね。
 いえ、私は歴史上で、私がその顔を想像できてしまう人物は何人かいるのです。
 それにしても、もう少しこの人物を知るために、いくつかの書物を読んでみたいという思いになりました。

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