将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:装束神社

732ed79a.jpg  今王子で電車に乗りました。
 王子1丁目の装束神社でじゅにの今日の手術のことを祈ってきました。
  私が医院に居ても何もならないのですが、でも少しはじゅにを祈るのには、こうして近くにいたほうがいいのではと思うのです。
 それにブルータスにもいくらかは、気休めになると思うのでね。 とにかく行きまして、手術中のじゅにを祈ります。 それから、私はいつもじゅにへとブルータスへの手紙を持参しています(一度書かなかったことがあります)。
 じゅにへは今日で7通目で、ブルータスへは、それよりも一通多いです。 じゅにが実際に読めるのは、5年後くらいかもしれませんが、
 こうしてじいじがいつも手紙を書いていたことを知ってほしいです。

 今南浦和です。

11060608 今日は早めにじゅにのところへ行きます。

2011/06/07 06:18じゅには今日午前11時から手術があります。それに合わせて私も行きます。9時に出発します。
2011/06/07 07:57一階にゴミをだしに行きました。それと台所を綺麗にしました。
 じゅにの手術に関して祈るのに、王子1丁目の装束神社に今日も寄って行きます。
2011/06/07 08:01「陽子が嫁に行く」って、私も嬉しいです。こんなに嬉しいのですが、でも少し悲しいことでもあります。私は娘二人が結婚式のときは、私が詩吟を詠うことばかり考えて長女は最後の時にやりまして、そのあと二次会でも真っ先にやりましたが、次女ブルータスでは私の詩吟の出番はありませんでした。
 でも孫のときはいいですよね。年寄がむりやりやるシーンというのはいいですよね。私はじいじで歳をとっているから、涙や鼻汁を出してしまっているのです。
 しかし、結婚式だから、私のやりたいような革命的かつ尊皇攘夷の詩はやりにくいのです。
 なんか、どうしても涙になります。私はもう涙ばかりが出てきます。陽子さん、おめでとう。

 じゅにのところへ行く前に、ブルータスにケータイメールしておこう。

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 昨日私はここから、上中里の長女の家まで午前中に行きました。せいぜい10分で到着します。昨日が、電話がつながるはずの日で、そうなると、インターネットも接続できて、それにテレビもつながるはずです。テレビが見られないと、ポコ汰が可哀想です。でもポコ汰はまだテレビもDVDも区別がつかないのです。それでもテレビを見せてあげたいのです。
 でも朝9時代につくと、電話局のインターネットの担当が、この新居には電話線が配線されていないということで帰ったということなのです。そばまでは線が来ていますが、この家まですぐ近くの電柱には来ていません。
 それで、NTTに電話しますが、担当者がいないということで、来週月曜日のことになります。私はつながったら私のノートパソコンでもつないでみたり、スカイプで喋ろうという思いで、鞄を背負ったフル装備の格好でした。
 でももう仕方ありません。この日は、朝からおはぎは、ポニョを連れて産院へ行っています。

 それで、こうちゃんを連れて上中里を越えて、滝野川公園に行こうということになりました。それで私も颯爽と自転車で出かけます。でもでも、ポコ汰を乗せたミツ君は颯爽と走りますが、私はもうJRの線路を越える坂道は大変です。
 そこを越えて、上中里の駅前の坂も、ミツ君とポコ汰は先に走っていきますが、もう私は走れません。でももう私は必死です。なんとか平塚神社に入口あたりで、ミツ君に追いつきます。でもミツ君は、そこでおはぎからの電話を受けていたのです。
 友だちのTさんが、息子さんを連れておはぎの家の前に居るというのです。もう暑い日ですから、私もミツ君も急いで帰ることにしました。
 またしても、私は必死ですが、はるかにミツ君が先に行きました。私は別な路を急いで、私のほうが先になれたかなという思いもありましたが、当然、じいじである私があとになります。でもTさんはいません。おはぎの友だちのTさんは、ものすごい美人です。彼女に会えることだけを念じて走ってきましたが、彼女は帰りました。
 でも彼女は大塚から自転車で来るので、途中で会いそうなものです。
 そのうちに、おはぎとポニョが帰ってきます。

 それで判ったのですが、Tさんは大塚から走って、飛鳥山の前を抜け、王子を越えて都電の横を走ったもので、でも私からいわせれば、、驚異的な距離です。それを聞いただけで、私は気が遠くなります。

 そして私は帰りました。ちょうど午前11時に家に帰れました。でも疲れ果て、ケータイを部屋に置いて、テレビをぼんやり見ていました。だから、1時に帰ってきた妻と王子駅1丁目の装束神社前の自転車屋さんのサイクルショップナガイで待ち合わせるはずが、私は行きませんでした。
 それで、妻が帰ってきて、その自転車屋さんに行きます。
 そこで、後の荷台にポコ汰用のチャイルドシートをつけてもらいます。私の今乗っているものにも8日につけてもらい、その日に両方もらいます。
 それで、そのあと、このナガイで自転車を借りて、妻とまた上中里まで出かけました。

 でもここで、ミツ君にも聞いたのですが、さすがミツ君も自転車の上でも暑くて大変だったみたいです。

 それから、ミツ君のお父さん、お母さん、お兄ちゃんが来てくれて、ポコ汰はたくさんの人に囲まれてうれしそうでした。ミツ君のお父さんお母さんも、孫にポニョという女の子ができて、いわば初めての女の子ですから可愛いのじゃないかなあ。私がポコ汰がいわば始めて男の子で可愛くてたまらない気持と同じかと思いました。

 でも私ももうじいじです。自転車でもくたびれていますね。

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ouzikitune3 私のこのブログ将門のサイドバーに、「王子・狐の行列」の画像をUPしました。
 ここをクリックしていただきますと、この

   http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kitsune/  王子・狐の行列

へいけます。あ、ここにもUPしました。
 私もこの「王子・狐の行列」に参加します。

 私は今は、義母の介護ということで、この王子の妻の実家にいます。でも、もう今年の1月9日から、ずっとこちらにいます。
 自宅は、我孫子なのですが、もうほんのときどき帰るだけです。妻もときどき荷物をとりに帰るだけです。

 我孫子のマンションは、100平米(を少し切る)のマンションで日当たりがよくて、しかも私の母の家(母は、私の兄夫婦と一緒に住んでいます)から歩いて3分くらいなので、いいところなのですが、もうあそこに住むのは無理です。
 私の母は、義姉がよく看てくれています。私の弟も、弟嫁もよくきてくれています。私の兄の長女みーねえも我孫子駅前に住んでいて、その彼もみーねえの二人の子どもも、よく母の家にきてくれます。
 もちろん、私の妻も私の娘二人も、よく母のところへいきます。弟の二人の娘も実に母に優しいです。えーっ、私は一人だけあげていません。それは私の兄です。兄はいつもいつも家にいません。詩吟のことで、いつもどこかへ出かけています。

 私の次女は、来年3月に結婚します。それはとっても嬉しいです。いい彼で、素敵なお父さんと綺麗なお母さんと、優しい弟がいます。あそこに次女がお嫁に行けるのなら、私は最高に嬉しいです。

 それで次女が結婚したら、私は王子の住民になります。
 だから、この王子の装束稻荷に集まる狐たちとも仲良くなるのです。

 私は生まれは茨城県佐貫ですが、1歳のときから引越をしはじめまして、東京−秋田(2カ所)−札幌−名古屋(3カ所)−鹿児島−横浜−我孫子−浦和−府中−我孫子−浦和−沖縄−浦和−船橋−東京早稲田−王子−我孫子(3カ所)と引越ばかりしていました。
 思えば転校も繰り返しましたね。

 そんな私でしたが、これで王子の住民で落ち着くかな。これで柳田公園を、孫を走らせているおじいさんになります。

 王子は、1968年2月3月の王子野戦病院闘争のときに初めてきた街でした。柳田公園もその最初の集会の場でした。柳田公園を通るときに、いつもあの頃を思い出しています。忘れられない思い出ですね。

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