将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:西行

 今回はとくに紹介できるメールがないために、随分昔にもらいましたメールをここに掲載します。

送信者 NM
送信日時 : 1999年5月17日 23:07
件名 : 桜木伝説について

 はじめまして!インターネットをはじめてまだ日が浅いものです。
 hpはいけんいたしました。ところで、突然ではありますが、有名な桜の木下には死体が埋まっている。という、桜木伝説について何か、ご存知ないでしょうか?
 ペンパルに聞かれた手前、日本人なら誰でも知っているという返事は書きたくありません.散々うろうろして、このページにたどり着きました。
 何かご存知でしたら、ぜひ教えてくださいよろしくお願いします。

送信者 萩原周二
送信日時 : 1999年5月18日 12:03
件名 : Re: 桜木伝説について

11062907 まず申し上げます。まず私はあなたをまったく存知あげません。そのような方から、突然このようなメールで質問を受けることに首を傾げてしまします。逆にあなたがこうした質問を全くしらない方から突如メールでされたときのことを考えてください。普通なら、もう少し自己紹介されてしかるべきではないでしょうか。
 とはいえ、「ペンパル」とは何のことだか判りませんが、外国の友だちだということなら、あなたは答えなければならないでしょうね。この「桜の樹の下には屍体が埋まっている」というので、すぐ思い出すのは、梶井基次郎です。私はあんまり好きな作家ではありませんが、以下の通りです。

梶井基次郎「桜の樹の下には」

 桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

 以上はこの短編の冒頭部分です。本屋でも図書館でもすぐ見つけられるはずです。
 それから余計なのですが、あなたのメールを見たときに、私は西行の次の歌も思い浮かべました。

  願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ

 梶井基次郎は好きではありませんが、西行のことは私は好きなのです。
 それからさらに余計なことです。メールは普通に、テキストのみで送られたほうがいいですよ。私もアウトルックだから良かったけれど、他のメールソフトを使っている人だと、読めないことがあります。
 けっこうきついことと余計なことを言いました。このことはごめんなさい。ペンパルにちゃんとお答えになることを希望します。

送信者 NM
送信日時 : 1999年5月18日 23:22
件名 : 桜木伝説ありがとうございます

  桜木伝説についてのメールありがとうございます。
 まったく萩原様のおっしゃるとうりで、自分の都合で迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした。私は、英会話の勉強中でその一環もかねて、ペンパル協会に加入しました。そのときに韓国の友人ができましたが、日本に対する興味に驚いています。
 いままで、あまりにも隣国に対する関心がなかったため、驚くことも多いです。サクラの花は、韓国にとって重要な意味があるらしく(詳しいことはわかりません.)大変な関心を示したので、今回お力を貸していただけたらと、メールを打ちました。
 丁寧に回答をいただけただけでなく、アドバイスまでいただき大変ありがとうございました。早速探すつもりです。メールはつい先日IE5にインストールしたばかりで、ご指摘をいただくまでまったく気がつきませんでした。とはいえ、通常だったら知り合えないかたと、接点を持つというのはとても、素敵なことだと思いました。
 だからこそ、適切なマナーが必要なのですね。これから、いろいろなことを勉強していきたいと思っています。
 それでは、萩原様のご健勝をお祈りしております。
(第40号 2001.05.21)

  私がこの本を手にしたのは、中学2年の3学期のことでした。私が読んだのは角川文庫でしたね。
 以下の6篇がありました。「当麻(たえま)」「徒然草」「無常ということ」「西行」「実朝」「平家物語」。みな短編ばかりです。この文庫本を再読したのは、もう50歳を過ぎていたものでした。
11032406 小林秀雄は、1902(明治35)年4月11日〜1983(昭和58)年3月1日の生涯でした。私は一昨日(2010.10.18)八重洲ブックセンターに行きまして、吉本(吉本隆明)さんの本を探す中、この小林秀雄の写真を表紙にしてある本を見ていたものでした。その写真の顔はなかなか私には昔から親しめないものでしたが、もう今ではもういつも思い浮かべる顔になっていました。
 私が五十代になって再読したときに、この『無常といふこと』に『一言放談抄』のことも書いてあるのだな、ということに気がついたものでした。この本『一言放談抄』は、私が当時必死になって読んでいた書物でしたね。私は吉本隆明さんの講演でこの書物を知ったものでした。
 小林秀雄の晩年に書いた『本居宣長』は私には少しも親しめない本でした。いや親しめないというより、少しも内容に感心しませんでした。でもこの『無常といふこと』という短編はいつ読んでも感心している書籍です。(2010.10.20)

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