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周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:親鸞

13012714 私の『歎異抄』総結に、YAGURUMAさんが以下のコメントをくれました。

1. Posted by YAGURUMA   2013年02月17日 23:27
 「外見あるべからず」の限界について
 周さんは、さすがに”私はこうしてインターネット上で公開してしまいました。”と軽々と限界を超えられましたが、この唯円、蓮如に連なる本願寺教団が「親鸞を偶像とする権威主義を確立」した点を古田武彦は『歎異抄』の思想的、歴史的意義を認めつつも、『親鸞思想-その史料批判』 の「第二章 歎異抄 第一節 歎異抄の思想史的意義」で厳正に次のように鋭く指摘しています。
【これに対し歎異抄の著者は、親鸞を継受すると信じつつ、その本質的な善人・聖者批判を脱落せしめた。そして、その地点に、親鸞を偶像とする権威主義を確立せしめたのであった。実に、この点においても彼は、後世本願寺教団の伝統的権威主義への懸橋の役割を有する。彼は本書の序文において、「歎レ異二先師口伝之真言一」と述べ、「口伝」を伝えたるをもってみずからを正統化した。絶対的権威たる親鸞の「口伝」こそ、この著者の「歎異」の拠点なのである。しかし、この著者との同時代にさまざまの「口伝」が存在したことは、著者みずからが証言している。「ひとのくちをふさぎ、相論をたゝんがために またおほせにてなきことをも、おほせとのみまふす」(正像末和讃、三時讃、七九三頁)状況であった。ここに、親鸞をめぐる権威主義の大勢が成立しているを見る。……
 革命的批判精神の創造者が、みずからの門弟や子孫によって、権威主義の偶像として祭られ終わった運命を。】
 これは、吉本さんの『最後の親鸞』を正に思想的に受け継ぐ見地と思います。
 是非、一度
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/tyosaku2/j2shinra.htmlを一読下さい。13021906

 今になってレスします。遅いのですが、申し訳ありません。なんやかやとありましたね。
 古田武彦さんは何かを読んでいたと思うのですが、今は思い出せません。たしか「邪馬壹国」に関することでしたね。

 私は吉本隆明さんの『最後の親鸞』を『最後の吉本隆明』と読めてしまうのです。
 そうですね。私は蓮如の「御文」の最後は以下に書いてあります。

2011年10月02日蓮如の「御文」を少し思い出しました(2001.01.22)

 この「御文」の最後の「あなかしこ、あなかしこ。あなかしこ、あなかしこ。」くらいしか私は覚えていないです。

 吉本隆明さんは吉本隆明鈔集331「親鸞と蓮如にあるように、次のように言っています。

マルクスの思想は、信じる、信じないにもかかわらず近代思想の一つの場所を占めていて、だれも無視できない意味と影響力があります。
 蓮如の場合も宗派に入ってきた人には有効性や影響力があるけど、信仰しない人、浄土真宗あるいは本願寺に帰依しない人には影響力はないでしょう。通俗性はあるけれど、普遍性はありません。

 私はいつも「吉本隆明さんって、どうしてこんなにマルクスを評価しちゃうのかなあと不満です。私はマルクス主義なんてあこがれたことはないし、そのもともとのマルクスをマルクス主義と分けて考えることもできないです。マルクスは偉大なる哲学でマルクス主義はいわば13021907スターリン主義なのかなあ。私には、みな嫌いです。私の大好きな吉本隆明さんが「何でマルクスもマルクス主義も駄目だった」と言わなかったのか、かなり不満なことなのです。
 古田武彦さんに関しても、私はよく分からないのですが、私のように「信仰しない人」にはよく分からないです(少し私はいいすぎです)。
『歎異抄』だけは、この私もよく読んできました。今もこれからも読んで行きたいと思っています。

13011710 この『歎異抄』も最後は蓮如の奥書があるんだなあ、と思いました。大昔読んだときには少しも知りもしませんでした。唯円、親鸞、蓮如と大きな存在を感じます。
 でもこうして再び読むことが出来て嬉しい思いです。

奥書
右この聖教は、当流大事の聖教となすなり。無宿善の機においては、左右なく、これを許すべからざるものなり。
                              釈蓮如(花押)

13011604 この『歎異抄』は後鳥羽院の時代なのですね。この時代も大変な時でした。
 思えば、たった今も面倒な大変な時代だと思います。この時代に私も元気に生きて行きたいと思っています。
 そしていっぱいの思いを「書き言葉」でここに書いていきます。

付録
 後鳥羽院の御宇、法然聖人、他力本願念仏宗を興行す。ときに、興福寺僧侶、敵奏のうへ、御弟子のうち、狼籍子細あるよし、無実の風聞によりて罪科に処せらるる人数のこと。

一 法然聖人ならびに御弟子七人、流罪。また御弟子四人、死罪におこなはるるなり。聖人(法然)は土佐国幡多という所へ流罪、罪名、藤井元彦男云々、生年七十六歳なり。親鸞は越後国、罪名、藤井善信云々、生年三十五歳なり。
 浄聞房 備後国、澄西禅光房 伯耆国、好覚房 伊豆国、行空法 本房 佐渡国、幸西成覚房・善恵房二人、同遠流に定まる。しかるに無動寺の善題大僧正、これを申しあづかると云々。遠流の人々。以上八人なりと云々。

 死罪に行はるる人々。
 一番 西意善綽房
 二番 性願房
 三番 住蓮房
 四番 安樂房
 二位法印尊長の沙汰なり。13011605

 親鸞、僧儀を改めて、俗名を賜ふ。よつて僧にあらず俗にあらず、しかるあひだ、禿の字をもつて姓となして、奏聞を経られをはんぬ。かの御申し状、いまに外記庁に納まると云々。流罪以後、愚禿親鸞と書かしめたまふなり。

付録
 後鳥羽殿が天下を治めていたとき、法然さまが他力本願の念仏の教えを説かれ始めました。その時、興福寺の僧たちは、これを目の敵として、朝廷に訴えました。そして、「法然の弟子の中には乱暴なことをするものがいるぞ」という、根も葉もない噂によって刑罰を受けたものの人数についてです。

 法然さま、及びそのお弟子さま7人は流罪。また、お弟子さま4人は死刑に処せられました。
 法然さまは、高知県の番多というところへ流罪。僧の資格は奪われ、藤井元彦と名のらされ、年は76歳でした。親鸞さまは、新潟県へ流罪。僧の資格は奪われ、藤井善信と名のらされ、年は35歳でした。
 浄聞房は広島へ、澄西禅光房は鳥取県へ、好覚房は静岡県へ、行空法本房は新潟の佐渡へ、それぞれ流罪。幸西成覚房と善恵房の2人は、島流しの刑に決まったのだが、無道寺の善題大僧正が、朝廷に願いをだして、この2人を引き受けることとなった。
 流罪や島流しの刑を受けたものは、以上の8人であった。

 死刑になった人たち。
1. 西意善綽房
2. 性願房
3. 住蓮房
4. 安樂房
 この刑は、二位の法印である尊長の判決であった。

 親鸞さまは、僧の資格を奪われて、一般人としての名前を付けられた。よって、僧侶でもないし、一般人でもないのです。そういうことから、禿の字を自分の名字とすることを、朝廷に届けて許可をしてもらう手続きをしました。この許可13011606願いは、今でも役所に保存されているそうです。流罪になってからは、ご自分の名前を愚禿親鸞とかかれるようになったのです。

「愚禿親鸞」か、と思います。私なんかもっと愚かだしなあ、と思っています。仕方がないよ。

13011312 最後に「なづけて『歎異抄』といふべし。外見あるべからず」とあるわけですが、私はこうしてインターネット上で公開してしまいました。唯円に許しを請いたいと思うところです。親鸞聖人は許してくれるように思います。
 もうこのときには親鸞聖人は亡くなっているのですね。

総結
 右条々は、みなもつて信心のことなるよりことおこり候ふか。故聖人(親鸞)の御物語に、法然聖人の御とき、御弟子そのかずおはしけるなかに、おなじく御信心のひともすくなくおはしけるにこそ、親鸞、御同朋の御なかにして御相論のこと候ひけり。そのゆゑは、「善信(親鸞)が信心も聖人(法然)の御信心も一つなり」と仰せの候ひければ、勢観房・念仏房なんど申す御同朋達、もつてのほかにあらそひたまひて、「いかでか聖人の御信心に善信房の信心、一つにはあるべきぞ」と候ひければ、「聖人の御知恵・才覚ひろくおはしますに、一つならんと申さばこそひがごとならめ。往生の信心においては、まつたく異なることなし。ただ一つなり」と御返答ありけれども、なほ「いかでかその義あらん」といふ疑難ありければ、詮ずるところ、聖人の御まへにて自他の是非を定むべきにて、この子細を申しあげければ、法然聖人の仰せには、「源空が信心も、如来よりたまはりたる信心なり。善信房の信心も、如来よりたまはらせたまひたる信心なり。されば、ただ一つなり。別の信心にておはしまさんひとは、源空がまゐらんずる浄土へは、よもまゐらせたまひ候はじ」と仰せ候ひしかば、当時の一向専修のひとびとのなかにも、親鸞の御信心に一つならぬ御ことも候ふらんとおぼえ候ふ。いづれもいづれも繰り言にて候へども、書きつけ候ふなり。露命わづかに枯草の身にかかりて候ふほどにこそ、あひともなはしめたまふひとびと、御不審をもうけたまはり、聖人(親鸞)の仰せの候ひし趣をも申しきかせまゐらせ候へども、閉眼ののちは、さこそしどけなきことどもにて候はんずらめと、歎き存じ候ひて、かくのごとくの義ども、仰せられあひ候ふひとびとにも、いひまよはされなんどせらるることの候はんときは、故聖人(親鸞)の御こころにあひかなひて御もちゐ候ふ御聖教どもを、よくよく御覧候ふべし。おほよそ聖教には、真実・権仮ともにあひまじはり候ふなり。権をすてて実をとり、仮をさしおきて真をもちゐるこそ、聖人(親鸞)の御本意にて候へ。かまへてかまへて、聖教をみみだらせたまふまじく候ふ。大切の証文ども、少々ぬきいでまゐらせ候ふて、目やすにしてこの書に添へまゐらせて候ふなり。聖人(親鸞)のつねの仰せには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり。されば、それほどの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐候ひしことを、いままた案ずるに、善導の「自身はこれ現に罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、つねにしづみ、つねに流転して、出離の縁ある13011313ことなき身としれ」(散善義)といふ金言に、すこしもたがはせおはしまさず。さればかたじけなく、わが御身にひきかけて、われらが身の罪悪のふかきほどをもしらず、如来の御恩のたかきことをもしらずして迷へるを、おもひしらせんがためにて候ひけり。まことに如来の御恩といふことをば沙汰なくして、われもひとも、よしあしといふことをのみ申しあへり。聖人の仰せには、「善悪のふたつ、総じてもつて存知せざるなり。そのゆゑは、如来の御こころに善しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、善きをしりたるにてもあらめ、如来の悪しとおぼしめすほどにしりとほしたらばこそ、悪しさをしりたるにてもあらめど、煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはこと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」とこそ仰せは候ひしか。まことに、われもひともそらごとをのみ申しあひ候ふなかに、ひとついたましきことの候ふなり。そのゆゑは、念仏申すについて、信心の趣をもたがひに問答し、ひとにもいひきかするとき、ひとの口をふさぎ、相論をたたんがために、まつたく仰せにてなきことをも仰せとのみ申すこと、あさましく歎き存じ候ふなり。このむねをよくよくおもひとき、こころえらるべきことに候ふ。これさらにわたくしのことばにあらずといへども、経釈の往く路もしらず、法文の浅深をこころえわけたることも候はねば、さだめてをかしきことにてこそ候はめども、故親鸞の仰せごと候ひし趣、百分が一つ、かたはしばかりをもおもひいでまゐらせて、書きつけ候ふなり。かなしきかなや、さいはひに念仏しながら、直に報土に生れずして、辺地に宿をとらんこと。一室の行者のなかに、信心異なることなからんために、なくなく筆を染めてこれをしるす。なづけて『歎異抄』といふべし。外見あるべからず。

総結
 以上のことは、どれも信心が違っているから起こったことでしょうか。今は亡き親鸞さまの言うことには、法然さまがまだ生きていたころ、大勢のお弟子さんのなかで、法然さまや親鸞さまと同じ信心を持った人は少ししかいませんでした。そのとき、親鸞さまは仲間と話し合いをしたそうです。なぜ、そんなことになったかというと、親鸞さまが
「ボクの信心も、法然さまの信心も、おんなじ信心なんだよ」
とおっしゃいました。そうしたら、勢観房さんや、念仏房さんといった、法然さまのお弟子さん仲間の人たちが、怒ってしまって、
「なんで、法然さまの信心と、おまえの信心が同じなんだよっ。そんなわけがあるわけないだろっ!」
と、言われたそうです。親鸞さまは、
「そりゃ、法然さまの知識の豊富さや思慮深さは、たいへんすばらしいものだから、それがボクとおんなじだ、って言うんなら、問題だけど、往生の信心に関しては、すこしも違う所はなくて、まったくおんなじなんだ。」
と、答えられたのですが、それでも
「どうして、そういうことになるんだっ」
13011314と納得がいかないようで、結局、法然さまの前で、どっちが正しいのかハッキリさせようということになり、いままでのいきさつを法然さまに話したところ、法然さまは、
「わたしの信心も阿彌陀さまから頂いたものです。善信(親鸞)くんの信心も、阿彌陀さまから頂いた信心です。ということは、どっちも同じように、阿彌陀さまから頂いた信心なのだから、おんなじ信心なのです。あなた達の中で、自分の信心は、わたしの信心とは違うものだと言う方がいれば、私が行こうとしているお浄土へ、その方は行くことはないんでしょうねえ。」
とおっしゃたそうですから、その頃の、お念仏だけを称えている人々のなかにも、親鸞さまの信心と違う方がいたのかもしれません。
 いままで述べてきたことは、同じようなことをくどくどくどくど、といった感じですが、書き留めてみました。露のようにはかない命が、枯れ草のように年老いた身体に引っかかっているうちに、共にお念仏をさせていただいている仲間の疑問に思っていることも聞きましたし、親鸞さまのおっしゃったことの趣旨もお話しさせて頂きましたが、私が死んでしまったなら、きっとまた混沌とした状態になってしまうのかとおもうと、たいへん悲しくおもいます。もし、今までに書き記してきたような、誤った考えを持っているひとから、からまれて因縁つけられるようなことがあるようでしたら、亡き親鸞さまのお心があらわされている、親鸞さまが書いて下さった書物やお手紙を読み返すようにしましょう。お聖教には、真実の教えと、真実の教えに導くための仮の教えとが一緒くたになって書かれています。仮の教えではなく、真実の教えに従うことが、親鸞さまの本当の気持ちなんです。ぜっっったいに、お聖教を読み誤まうことのないようにしなければいけません。
 さて、大切な証文のなかから一部を抜き書きして、他力の信心の目標となるように、すこし書き加えたいと思います。
 親鸞さまがいつもおっしゃっていたことで、「阿彌陀さまが5劫という長い間、考えに考えぬいた願いというものをよーく考えてみると、どうもこの親鸞ひとりを救うためにあるんだよね。そういうことだから、それだけの罪をもっているわたしなのに、救ってやろうと思ってくださった阿彌陀さまの願というものが、ありがたくってありがたくって。」としみじみお話しされていました。そのことをあらためて考えてみますと、善導大師の「自分は、いままさに、罪深いままでこの世をうろついている。はるか遠くの過去の時代から、いつでも(迷いの世界に)沈み、生まれ変わり死に変わり、ここから抜け出る縁なんかないことを知れ!」という真理のことばと、すこしの違いもありません。つまりは、ありがたいことに、親鸞さまご自身のことのように言いながらも、実はわたしたち自身の罪がどんなに深いかも知らず、阿彌陀さまのご恩がどんなに尊いかも知らず、迷いの世界にいることに気づかせるためだったのです。ほんと、阿彌陀さまのご恩というものはほったらかしておいて、だれだれが善いとか悪いとか、自分は善いとか悪いとか、そんなことばっかり言ってるのです。 親鸞さまがおっしゃるには、「なにが善で、なにが悪なのかは、わたしに聞かれたって知りませんよ。だって、阿彌陀さまが『こりゃぁ善いことしているわ』と思ってくださるほどの善いことをしたなら、善を知ったといえるだろうし、阿彌陀さまが『こりゃぁ悪いわ』と思うほど悪いことをし尽くしたなら、悪を知ったといえるだろうけど、わたしは煩悩のままに生きているようなものですし、この世は火に包まれた家のようにたちまちのうちに変わってゆくような世界ですし、すべてみんな偽りとでたらめで、真実なんてありはしないのです。そんななかで、ただ、念仏だけが真実なんですよ。」とおっしゃってました。たしかに、私も人も、てきとーなことばっか言い合ってますが、そのなかでもとくに心が痛むことがあるのです。それは、念仏するということに、信心の有り様を言い合ってみたり、人に説き聞かせるときに相手にはなにもしゃべらせなかったり、議論をやめさせるときに親鸞さまがおっしゃったこともないようなことを親鸞さまの仰せであると言ってみたり。ただただ情けないやら悲しいやら。ここまでに書いてきたこと、よくよく考えて、理解して、心得てもらいたいと思います。このことは、けっして自分ひとりの勝手なことばではないのですが、お経や祖師の論文に書かれている理屈も分かりませんし、仏の教えの深い意味を理解できているわけでもありませんので、きっとおかしなところもあるでしょう。それでも、亡き親鸞さまのおっしゃっていたことのふんいきの百分の一でもと、ほんのすこしばかりを思い出して、ここに書きました。 かなしいなぁ。幸いなことに念仏する身でありながら、すぐさま真実の浄土に往生することなく、仮の浄土で過ごすことになってしまうなんて。同じ念仏の教えをうけた同門の人々のなかに、信心の異なることがないように、泣く泣く筆をとって、これを書きました。 いうならば、『歎異抄』ってとこですかね。  同門の人以外に公にしないでくださいね。13011315

 思えば私は中学生のときに、この『歎異抄』を始めて読んだわけです。でも今また始めて読んだような思いになってしまっています。煩悩のまま生きてきた私です。
 今後もこの『歎異抄』を読むことがあると思います。それは本を手にするよりは、この私のブログを読んでいくことだろうと思っています。

13011210  お布施を考えました。ここで唯円が言っていることは至極当然のことです。でも実際の現実の場ではそうではないことがまかり通っています。怖いことなのですが、いつも感じることが多いものです。

第十八条
 一 仏法のかたに、施入物の多少にしたがつて、大小仏になるべしいふこと。この条、不可説なり、不可説なり。比興(ひきょう)のことなり。
 まづ、仏に大小の分量を定めんこと、あるべからず候ふか。かの安養浄土の教主(阿弥陀仏)の御身量を説かれて候ふも、それは方便報身のかたちなり。法性のさとりをひらいて、長短・方円のかたちにもあらず、青・黄・赤・白・黒のいろをもはなれなば、なにをもつてか大小を定むべきや。念仏申すに、化仏をみたてまつるといふことの候ふなるこそ、「大念には大仏を見、小念には小仏を見る」(大集経・意)といへるが、もしこのことわりなんどにばし、ひきかけられ候ふやらん。かつはまた、檀波羅蜜の行ともいひつべし、いかに宝物を仏前にもなげ、師匠に施すとも、信心かけなば、その詮なし。一紙・半銭も仏法のかたに入れずとも、他力にこころをなげて信心ふかくは、それこそ願の本意にて候はめ。すべて仏法にことをよせて、世間の欲心もあるゆゑに、同朋をいひおどさるるにや。13011211

その18
 仏教の説くところの布施についてですが、布施として金品を寄付する場合、この量の多い少ないによって、大きい仏になったり、小さい仏となったりするんだ、と言うものがいるそうです。が、このことは、実にバカバカしいことであり、大間違いもいいとこです。
 まず、仏さまのサイズが大きいとか小さいとか決めることは、あってはならないことです。あの極楽浄土の主人である阿弥陀さまのお体のサイズがお経に説かれてはいるけれども、それは、生きとし生けるものを救うために、私たちでもその姿を見ることができるように、仮の姿をしているだけのことなのです。仏としての真のさとりをひらくことによって、阿弥陀さまの真の姿を知ることができるのだが、その姿は長いとか、短いとか、四角いとか、丸いとかといったものでもないし、青とか、黄とか、赤とか、白とか、黒とかという色であらわせるものでもないのですから、どういう理屈によって、阿弥陀さまが大きいとか小さいとか決めることができるのでしょうか。お経の中に「念仏を称えるとき、それぞれのものにふさわしい姿や形となって現れる仏を見ることができるのです」とあることを、大集経という論文には「大声で念仏を称えれば、大きな仏の姿を見ることができ、小さい声で念仏を称えれば、小さい姿の仏の姿を見ることができるのです。」と書いていますが、これは、念仏によって仏さまの姿をみる修行の方法について書かれているのであり、じっさいの仏さまのサイズとは関係のないことなのです。ひょっとしたら、この論文にこじつけて、寄付の量によって仏さまの大きさが大きくなったり小さくなったりするのだ、と言っているのでしょうか。また一方では、布施とは、檀那波羅蜜という自力聖道門の修行とも言われていますが、他力の教えにおいては、どんなに宝物を仏さまにささげて、師匠に施しをしたとしても、信心が欠けていたなら、まったく意味のないことなのです。紙一枚、または一円玉の半分でさえも、仏教関係のことに寄付をしなかったとしても、阿弥陀さまの本願におまかせして、信心が深ければ、それこそ阿弥陀さまの本願にかなっているのです。いろいろなことを、仏教の教えであるかのように適当に言い換えてしまうような人は、一般の生活での欲望の心があるために、同じ浄土往生の真13011212実の教えを信じている仲間をも脅かすのでしょう。

 私がある葬儀で少し驚いたことがあります。天台宗と真宗で合同でやったのですね。お経なんかどうするんだろう(私なんか聞いていても分からないのです)。でも双方妥協してやっていたのでしょうね。もうそのときのことを思い出します。

13011105「辺地往生をとぐるひと」とのことを考えました。私なんか「信心かけたる行者」と言えるしなあ、と思います。なんにしてもちゃんと浄土へいければ私はそれでいいのです。

第十七条
 一 辺地往生をとぐるひと、つひには地獄におつべしといふこと。この条、なにの証文にみえ候ふぞや。学生だつるひとのなかに、いひいださるることにて候ふなるこそ、あさましく候へ。経論・正教をば、いかやうにみなされて候ふらん。
 信心かけたる行者は、本願を疑ふによりて、辺地に生じて疑の罪をつぐのひてのち、報土のさとりをひらくとこそ、うけたまはり候へ。信心の行者すくなきゆゑに、化土におほくすすめいれられ候ふを、つひにむなしくなるべしと候ふなるこそ、如来に虚妄を申しつけまゐらせられ候ふなれ。

その17
 阿弥陀さまの仮のお浄土に往生するようひとは、最後には地獄におちてしまうのだ、と言う人がいるそうです。このことは、いったいどこに、その証拠の文章があるのでしょうか。しかもこのことは、学者ぶっている人によって言い出されたことであるというのだから、こまったものです。いったい、お経の解説書や論文を、どのようによんだのでしょうか。
 他力の信心が欠けている人は、阿弥陀さまの本願を疑うことによって、阿弥陀さまの仮のお浄土に往生することになるのですが、そこで疑ったことに対する罪を消し去ることにより、真実の浄土へ生まれて仏のさとりをひらくことになるのだと、わたしは教えていただきました。他力の信心をもっているものは少ないため、自力念仏のものを一旦仮のお浄土に往生させて、その後真実のお浄土に引き込もうとしているのです。それなのに、仮のお浄土に往生したものは、最後には地獄におちてしまうのだ、なんて言うこと13011106は、阿弥陀さまの本願について説かれたお釈迦さまが、うそをついていると言っているようなものなのです。

 思えば、私はこうしてインターネットで私のブログに書き記すときだけ、この親鸞の思想に接するだけなのです。でも日々いろんなことが起きているからなあと私はいい訳してしまいます。

13011012「自然のことわりにて」ということを思います。そうですね。「自然(じねん)」は私のパソコンで「じねん」といれても「自然」と変換されました。嬉しいです。そうだよなあ、なんて思います。

第十六条
 一 信心の行者、自然(じねん)にはらをもたて、あしざまなることをもをかし、同朋・同侶にもあひて口論をもしては、はかならず廻心すべしといふこと。この条、断悪修善のここちか。
 一向専修のひとにおいては、廻心といふこと、ただひとたびあるべし。その廻心は、日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の知恵をたまはりて、日ごろのこころにては往生かなふべからずとおもひて、もとのこころをひきかへて、本願をたのみまゐらするをこそ、廻心とは申し候へ。一切の事に、あしたゆふべに廻心して、往生をとげ候ふべくは、ひとのいのちは、出づる息、入るほどをまたずしてをはることなれば、廻心もせず、柔和・忍辱のおもひにも住せざらんさきにいのちつきば、摂取不捨の誓願はむなしくならせおはしますべきにや。口には、願力をたのみたてまつるといひて、こころにはさこそ悪人をたすけんといふ願、不思議にましますといふとも、さすがよからんものをこそたすけたまはんずれとおもふほどに、願力を疑ひ、他力をたのみまゐらするこころかけて、辺地の生をうけんこと、もつともなげきおもひたまふべきことなり。信心定まりなば、往生は弥陀にはからはれまゐらせてすることなれば、わがはからひなるべからず。わろからんにつけても、いよいよ願力を仰ぎまゐらせば、自然のことわりにて、柔和・忍辱のこころも出でくべし。すべてよろづのことにつけて、往生にはかしこきおもひを具せずして、ただほれぼれと弥陀の御恩の深重なること、つねはおもひいだしまゐらすべし。しかれば念仏も申され候ふ。これ自然なり。わがはからはざるを、自然と申すなり。これすなはち他力にてまします。しかるを、自然といふことの別にあるやうに、われ物しりがほにいふひとの候ふよし、うけたまはる、あさましく候ふ。13011013

その16
 阿弥陀さまの本願を信じてお念仏しているひとが、つい腹を立ててしまったり、つい悪い事をしてしまったり、つい仲間や友達と言い争いをしてしまったりしたときは、必ず悪の心を悔い改めなければいけないのだという話があります。これは、悪のおこないを断ち、善い行いをしなければならないという、自力の考えではないのでしょうか。
 ただただ阿弥陀さまの本願を信じている人は、自力の心を捨てて阿弥陀さまのお力におまかせする瞬間は、一生のうち、一回だけです。この廻心という行為は、いままで阿弥陀さまの本願におまかせする浄土往生の真実の教えを知らなかった人が、阿弥陀さまの知恵のはたらきによって信心を得ることによって、いままでのような心がけでは浄土に往生できないことわかり、いままでの自力のこころを捨て去って、阿弥陀さまの本願におまかせすることを言うのです。もし、すべてのおこないに対して、朝と晩に悔い改めないと浄土に往生することができないのであれば、吐いた息を吸い込むまでの時間が短いのと同じように、人の命というものもアッというまに終わってしまうのですから、悪のこころの悔い改めることもなく、優しく落ち着いた心も持たず、妨害や侮辱を堪え忍ぶようなこともないまま、命が終わってしまうこととなり、阿弥陀さまのすべてのものを必ず救うという本願も役に立たなくなってしまうことにならないでしょうか。口では「本願におまかせします」と言い、心には「悪人を救うという阿弥陀さまの本願は想像することすらできない偉大なものだ」と思っていても、どこかで「やっぱり善人のほうが優先されるのではないだろうか」と阿弥陀さまの本願のお力を疑ってしまうと、阿弥陀さまにおまかせするこころが欠け、その結果、阿弥陀さまの真実のお浄土に往生できずに、仮のお浄土に往生することになってしまうことになります。これは、たいへん嘆かわしいことであると思わなければなりません。信心をいただくことができたなら、お浄土へは阿弥陀さまからのお力によって往生することになるのですから、自分でなんとかしようなどとは思わなくていいのです。たとえ悪いおこないをしてしまったとしても、ますます阿弥陀さまの本願のお力に感謝するのであれば、ひとの想いのおよばない阿弥陀さまのはたらきによって、自分の気付かないうちに、優しく落ち着いた心を持ち、妨害や侮辱を堪え忍ぶこともできるようになっていくのです。すべて、どんなことであっても、お浄土に往生することに関しては、へんに利口ぶったりせず、ただ阿弥陀さまのご恩が深く重いことを、いつでも、じっくりと想いめぐらせていればよいのです。そうすれば、自然と口からお念仏が出てくることでしょう。これが“自然”と言うものです。自分でなんとかしようとするのではないことを、“自然”というのです。これこそが “他力”と言うことなのです。ところが、自分は物知りであるかのようなふりをして「“自然”というものは何か特別に存在しているのだ」と言っている人がいるそうですが、これはとんでもないことなのです。 13011014

この条、断悪修善のここちか」というとこころで、私は歎異抄と関係なく、修善寺温泉を思い出しました。桂川のかかるいくつもの橋、漱石の思い(夏目漱石はここで治療のためいたのです。そこで書かれたのが最後の大作『明暗』です)を私こそが思います。北条政子の思い、私の娘二人が、源頼家の墓に詣でてくれたことを思い出します。そして実朝のいくつもの歌、そして修善寺そのものも忘れられません。そして私はあの竹林をずっと思い出すのです。私も歩いていました。

13010908「煩悩具足の身をもって」と言われますと、「そりゃ、そうなんだけどさ」と頭をかいてしまいます。でもそれからが親鸞は私とは違うのです。いやいや、やはり違うんですね。 私の昔の友人が亡くなったというケータイメールをもらいました。あとで詳しく聞きまして、私のブログで書き、サイドバーでリンクします。
 このことでも私は親鸞の言葉が今嬉しい思いです。

第十五条
 一 煩悩具足の身をもつて、すでにさとりをひらくといふこと。この条、もつてのほかのことに候ふ。
 即身成仏は真言秘教の本意、三密行業の証果なり。六根清浄はまた法花一乗の所説、四安楽の行の感徳なり。これみな難行上根のつとめ、観念成就のさとりなり。来生の開覚は他力浄土の宗旨、信心決定の通故なり。これまた易行下根のつとめ、不簡善悪の法なり。おほよそ今生においては、煩悩・悪障を断ぜんこと、きはめてありがたきあひだ、真言・法華を行ずる浄侶、なほもつて順次生のさとりをいのる。いかにいはんや、戒行・慧解ともになしといへども、弥陀の願船に乗じて、生死の苦海をわたり、報土の岸につきぬるものならば、煩悩の黒雲はやく晴れ、法性の覚月すみやかにあらはれて、尽十方の無碍の光明に一味にして、一切の衆生を利益せんときにこそ、さとりにては候へ。この身をもつてさとりをひらくと候ふなるひとは、釈尊のごとく種々の応化の身をも現じ、三十二相・八十随形好をも具足して、説法利益候ふにや。これをこそ、今生にさとりをひらく本とは申し候へ。『和讃』(高僧和讃・七七)にいわく、「金剛堅固13010909の信心の さだまるときをまちえてぞ 弥陀の心光摂護して ながく生死をへだてける」と候ふば、信心の定まるときに、ひとたび摂取して捨てたまはざれば、六道に輪廻すべからず。しかれば、ながく生死をばへだて候ふぞかし。かくのごとくしるを、さとるとはいひまぎらかすべきや。あはれに候ふをや。「浄土真宗には、今生に本願を信じて、かの土にしてさとりをばひらくとならひ候ふぞ」とこそ、故聖人(親鸞)の仰せには候しか。

その15
 信心をいただいた人は、煩悩をもったこの肉体のまま、すでにこの世でさとりを開くことができるんだ、などと言っている人がいます。が、これはとんでもないマチガイです。
 この世でさとりを開き仏と成ることは、真言の秘密の教えによるものであり、三密行というスゴイ修行をしてこそ成しえることができるのです。また、身体(眼・耳・鼻・舌・身)と精神(意)を清らかにしようというのは、あらゆる生物をみんな仏にしてしまう法華の教えであり、四安楽という修行をすることによって得ることができるのです。このようなことは、一般人にはとてもできないような難しい修行で、優れた聖者だけが行えることであり、真実を見つめ、仏を念ずることによって初めてさとりを開くことができるのです。一方、次に生まれる世界を阿弥陀さまのお浄土として、そこで仏のさとりを開こうとするのが、阿弥陀さまの他力によって救われる浄土門の教えであり、阿弥陀さまの本願を信じることで、この世で仏となることができる者としていただくのです。これは、だれでもできる簡単な修行で、根性無しな者のための教えであり、善人も悪人関係なく救ってもらえる教えなのです。だいたい今の世の中では、煩悩や悪の誘いを断ち切ることは非常に難しいことなので、真言や法華の教えにしたがっている優秀な坊さんであっても、次に生まれるときは浄土に生まれ、浄土でさとりを開こうとしているくらいです。私たちがそうしないでどうしますか。戒も守らず、仏法を理解できるほど賢くもない私たちでも、阿弥陀さまの本願の船に乗り、この迷いの世界の苦しみの海を渡してもらって、阿弥陀さまの真実のお浄土に着いたときには、煩悩の暗黒の雲は消え、真実のさとりの月が現れて、すべての世界を照らして何ものにもジャマされない阿弥陀さまの知恵のひかりと一体となって、すべての生きとし生けるものを救うことができるのです。そのときこそ、ほんとうに仏のさとりを開いたと言えるのです。この肉体のままさとりを開くと言ってる人は、お釈迦さまのように、すべての生きとし生けるものを救うため、それぞれにふさわしい姿となって教えを説き、32の特別すごい特徴と、80種類の細かな特徴を身にそなえて、すべての生きとし生けるものに仏となるための教えを説いて、すべての生きとし生けるものを救うことができるのでしょうか。このようなことができて初めて、この世でさとりを開くことができたと言えるのです。『高僧和讃』で親鸞さまが「ダイヤのように凄く固い そんな信心決まったときは 阿弥陀の光にまもられて 迷いの世界を離れてく」と歌われたように、信心が定まったときには、阿弥陀さまに救われていて、もう見放されることはないのですから、六道(地獄・畜生・修羅・人間・天上)の世界を迷いさまようこともないのです。そして、永遠に迷いの世界から離れさせていただけるのです。そういうことなのに、この世で仏のさとりを開くことができるのだ、なんてことを言ってよいのでしょうか。このようなことを言っている人は、可哀想としか言いようがありません。
「お浄土に往生する真実の教えというのは、この世で阿弥陀さまの本願を信じ13011003て、次の世にはお浄土に往生して仏のさとりを開くってことなんだよ、ってわたしは教えてもらったんだよ」
と、今は亡き親鸞さまはおっしゃっていました。

 うん、私もなんとかさとりを開けなくちゃなあ、と思うばかりです。いや悟れなくても、その気持に近づければいいなあ、とばかり思います。

13010808 やはり親鸞のいうことはいいですね。私も死ぬ瞬間には念仏をとなえようかな。
  極東裁判で死刑になった被告たちも最後には念仏をとなえて死刑台を登ったそうです(東條英樹が浄土真宗門徒でしたが)。私もそうなるのかな。この歎異抄を読むとそうなります。
 私は仏教は嫌いで、神道の信者だとは思っていますが、でもでも、やはり唯円の書かれていることは強烈です。

第十四条
 一 一念に八十億劫の重罪を滅すと信ずべしといふこと。この条は、十悪・五逆の罪人、日ごろ念仏を申さずして、命終のとき、はじめて善知識のをしへにて、一念申せば八十億劫の罪を滅し、十念申せば、十八十億劫の重罪を滅して往生すといへり。これは十悪・五逆の軽重をしらせんがために、一念・十念といへるか、滅罪の利益なり。いまだわれらが信ずるところにおよばず。そのゆゑは、弥陀の光明に照らされまゐらするゆゑに、一念発起するとき金剛の信心をたまはりぬれば、すでに定聚の位にをさめしめたまひて、命終すれば、もろもろの煩悩・悪障を転じて、無生忍をさとらしめたまふなり。この悲願ましまさずは、かかるあさましき罪人、いかでか生死を解脱すべきとおもひて、一生のあひだ申すところの念仏は、みなことごとく如来大悲の恩を報じ、徳を謝すとおもふべきなり。念仏申さんごとに、罪をほろぼさんと信ぜんは、すでにわれと罪を消して、往生せんとはげむにてこそ候ふなれ。もししからば、一生のあひだおもひとおもふこと、みな生死のきづなにあらざることなければ、いのち尽きんまで念仏退転せずして往生すべし。ただし業報かぎりあることなれば、いかなる不思議のことにもあひ、また病悩苦痛せめて、正念に住せずしてをはらん、念仏申すことかたし。そのあひだの罪をば、いかがして滅すべきや。罪消えざれば、往生はかなふべからざるか。摂取不捨の願をたのみたてまつらば、いかなる不思議ありて、罪業ををかし、念仏申さずしてをはるとも、すみやかに往生をとぐべし。また念仏の申されんも、ただいまさとりをひらかんずる期のちかづくにしたがひても、いよいよ弥陀をたのみ、御恩を報じたてまつるにてこそ候はめ。罪を滅せんとおもはんは、自力のこころにして、臨終正念といのるひとの本意なれば、他力の信心なきにて候ふなり。

その14
 一回お念仏を称えるだけで、80億劫という長い間苦しまなければならないような重い罪を無くすことができるということを信じなさい。と言うものがいるそうです。このことは、10種類の悪13010809いおこないや、5種類の重い罪などをしたことのある罪人が、普段は念仏などしたことがなくても、その命が終わろうとしているとき、初めて徳の高いお坊さんに出会って、念仏の教えを説いてもらい、お念仏を1回でも称えれば、、80億劫という長い間苦しまなければならないような重い罪も消え去り、10回も称えれば、800億劫という長い間苦しまなければならないような重い罪を消し去って、浄土に往生することが出きる、ということなのです。これは、『観無量寿経』に説かれていることなのですが、これの本当の意味は、10種類の悪いおこないや、5種類の重い罪などが、どんなに悪く重い罪であるかを気付かせるために、1回のお念仏や10回のお念仏として説いているのです。つまり、お念仏を称えることによって、罪が消え去るという利益を説明しているのです。罪を消し去るために念仏を称えることは、私たちが信じている他力の念仏の比べて、足もとにもおよばないことなのです。なぜなら、阿弥陀さまの御光に照らされているからこそ、その本願を信じる心がおこる瞬間に、ダイヤモンドのように固いため何者にも壊すことのできない他力の信心をいただくことができるのであり、その時には、次の世には必ず仏となる身にならせていただいているのです。そして、命が終えたときには、煩悩や罪や悪といったものをひっくり返して、仏としてのさとりを開かせてくれるのです。この慈悲の心による本願がなかったなら、こんなにもみじめで罪深い者が、どうやったらこの迷いの世界から離れることができるのだろうかと思い知って、この一生で称えるお念仏はすべて、阿弥陀さまの尊い慈悲のお心によっていただくことのできたご恩への感謝であり、その徳の高さへの感謝である、と思わなければいけません。念仏を称えることで罪が消し去られるのだと信じることは、自分の力で自分の罪を消すことによって浄土に往生しようと頑張ることなのです。もし、そうであるなら、この一生の間に思い、考えることは、すべてこの迷いの世界から離れることのできなくなる接着剤のようなものなのです。そして、この命が終わるまで、途切れることなく念仏を称え続けることによって、やっと浄土へ往生することができるのです。ところが、かつて生きていた世界でのおこないが原因となっておこるこの世界での結果というものは、思い通りにならないことがほとんどですので、とんでもないことに巻き込まれたり、思いもよらない病気に苦しんだりすることとなり、おちついた正しい心で一生を終えることができないことだってあります。このような場合は、念仏を称えることも難しいでしょう。このように、心乱れ、念仏するのが難しいようなときに出来てしまった罪は、どうやって消し去ったらよいのでしょうか。罪が消え去らなかったときは、往生することはできないのでしょうか。すべての生きとし生けるものを救いとり、救いもらすことは絶対にしないと誓われた、阿弥陀さまの本願におまかせしておけば、思いがけずに罪なことをしてしまい、お念仏をすることなく死んでしまったとしても、かならずお浄土に往生させていただけるのです。また、お念仏を称えることができるのも、あっというまに仏としてのさとりを開かせてもらえるときが少しずつ近づいてくるたびに、ますます阿弥陀さまにおまかせして、「かならず救われてやるぞ」と思うからこそです。罪を消し去ろうなどと思うこと13010810は、自力のこころに振り回されているのであり、この命終わるときは心静かに落ち着いた気持ちで往生しよう、と願っている人の本心であります。これは、まさに他力の信心が欠けているからなのです。

 私も「他力の信心」なんて大いに欠けています。こんなのでいいのかなあ。でもそんな私でもやはり親鸞の言われることは信じてしまうものです。

13010617 ここにも親鸞と唯円との知られた会話があります。親鸞から、「人を千人殺してみよ。そうしたら間違いなく往生できるいから」といわれ、「私には無理です。できません」と答え、「今できると言ったではないか」と言われた唯円の気持を思います。こんなに大変な師匠でした。私にはどう答えられるのかとそればかり考えます。

第十三条
 一 弥陀の本願不思議におはしませばとて、悪をおそれざるは、また本願ぼこりとて、往生かなふべからずといふこと。この条、本願を疑ふ、善悪の宿業をこころえざるなり。
 よきこころのおこるも、宿善のもよほすゆゑなり。悪事のおもはれせらるるも、悪業のはからふゆゑなり。故聖人(親鸞)の仰せには、「兎毛・羊毛のさきにゐるちりばかりもつくる罪の、宿業にあらずといふことなしとしるべし」と候ひき。
 またあるとき、「唯円房はわがいふことをば信ずるか」と、仰せの候ひしあひだ、「さん候ふ」と、申し候ひしかば、「さらば、いはんことたがふまじきか」と、かさねて仰せの候ひしあひだ、つつしんで領状申して候ひしかば、「たとへば、ひとを千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし」と、仰せ候ひしとき、「仰せにては候へども、一人もこの身の器量にては、ころしつべしともおぼえず候ふ」と、申して候ひしかば、「さては、いかに親鸞がいふことをたがふまじきとはいふぞ」と。「これにてしるべし。なにごともこころにまかせたることならば、往生のために千人ころせといはんに、すなはちころすべし。しかれども、一人にてもかなひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし」と、仰せの候ひしは、われらがこころのよきをばよしとおもひ、悪しきことをば悪しとおもひて、願の不思議にてたすけたまふといふことをしらざることを、仰せの候ひしなり。そのかみ邪見におちたるひとあつて、悪をつくりたるものをたすけんといふ願にてましませばとて、わざとこのみて悪をつくりて、往生の業とすべきよしをいひて、やうやうにあしざまなることのきこえ候ひしとき、御消息に、「薬あればとて、毒をこのむべからず」と、あそばされて候ふは、かの邪執をやめんがためなり。まつたく、悪は往生のさはりたるべしとにはあらず。持戒・持律にてのみ本願を信ずべくは、われらいかでか生死をはなるべきやと。かかるあさましき身も、本願にあひたてまつりてこそ、げにほこられ候へ。さればとて、身にそなへざらん悪業は、よもつくられ候はじものを。また、「海・河に網をひき、釣をして、世をわたるものも、野山にししをかり、鳥をとりて、いのちをつぐともがらも、商ひをし、田畠をつくりて過ぐるひとも、ただおなじことなり」と。「さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし」とこそ、聖人(親鸞)は仰せ候ひしに、当時は後世者ぶりして、よからんものばかり念仏申すべきやうに、あるいは道場にはりぶみをして、なんなんのことしたらんものをば、道場へ入るべからずなんどといふこと、ひとへに賢善精進の相を外にしめして、内には虚仮をいだけるものか。願にほこりてつくらん罪も、宿業のもよほすゆゑなり。されば善きことも、悪しきことも業報にさしまかせて、ひとへに本願をたのみまゐらすればこそ他力にては候へ。『唯信抄』にも、「弥陀、いかばかりのちからましますとしりてか、罪業の身なれば、すくはれがたしとおもふべき」と候ふぞかし。本願にほこるこころのあらんにつけてこそ、他力をたのむ信心も決定しぬべきことにて候へ。おほよそ、悪業・煩悩を断じ尽してのち、本願を信ぜんのみぞ、願にほこるおもひもなくてよかるべきに、煩悩を断じなば、すなはち仏に成り、仏のためには、五劫思惟の願、その詮なくやましまさん。本願ぼこりといましめらるるひとびとも、煩悩・不浄具足せられてこそ候うげなれ。それは願にほこらるるにあらずや。いかなる悪を本願ぼこりといふ、いかなる悪かほこらぬにて候ふべきぞや。かへりて、こころをさなきことか。13010618

その13
 阿弥陀さまの本願は思いはかることができないからといって罪をおかすことを恐れないことは、阿弥陀さまの教えに甘えている「本願ぼこり(本来の意味とは異なって使われています)」だと言って、そういうものは往生できないと言う人がいるそうですが、このようなことは、阿弥陀さまの本願を疑っているのと同じであり、人の善悪の本当のところの意味がわかっていない、ということなのです。
 よい心がおこるのは、過去世においての善いおこないが、よい心をおこそうと働くからなのです。わるい心がおこるのも、過去世においての悪いおこないが、わるい心をおこそうと働くからなのです。亡き親鸞さまがおっしゃるには
「ウサギやヒツジの毛のさきっぽについている小さなゴミぐらいのちょっとした罪であっても、今の人生でおこしてしまうことは、かつて生きていた世界のときの悪いおこないによっておこされるんだよ。」
ということだそうです。
 また、ある時、親鸞さまは
「唯円くん。君は僕の言うことを信じるかい。」
と、おっしゃるので、
「もちろんです。」
と答えたら、
「わたしが言うことには逆らわないね。」
と、さらにおっしゃいました。わたしが、うなずくと、
「じゃ、人を1000人殺してよ。そしたら間違いなくお浄土に往生できるからさ。」
と、おっしゃるじゃないですか。
「そうはいっても、わたしに人を殺せる度胸はありません。」
と、答えたところ、
「じゃあ、なんでさっきはこの親鸞の言うことには逆らわないって言ったのさ。」
と、おっしゃいました。そして、さらに続けて、
「これでわかっただろ。なんでも思った通りにできるんなら、往生のために1000人殺せ、と言ったら、殺すことができたんだよ。でも、かつて生きていた世界で人を殺すことができる原因をつくらなかったから、今の世で、たった一人であっても人を殺すことができないんだよ。自分の心がよい心だから、人を殺さないんじゃないんだ。逆に言えば、人は殺さないぞと思っていても、100人とか1000人とか殺してしまうことだってありえるんだよ。」
と、おっしゃいました。これは、“わたしたちの心がよい心であれば往生するのによい方にはたらき、わたしたちの心が悪いこころであれば往生するのに悪い方にはたらくのだろう、と思っているから、阿弥陀さまの本願のおちからによって救われていくことに気付かないんだ。”ということを意味しているのです。その昔、間違った考えにとりつかれた人がいて、「悪をつくった者を救ってくれるのが阿弥陀さまの本願なんだ」と、わざと悪いことをし、「この行いは往生のためなのだ」と言っている者がいる、といった、悪いうわさがあったとき、親鸞さまは、お手紙に
「毒を消す薬があるからって、よろこんで毒を飲まないように。」
と、書かれました。これは、間違った考えにこだわらないように、ということです。決して、悪が往生のジャマになる、ということではありません。
「戒律をまもらないと、本願を信じることができないのであったら、わたしたちは、どうやって、この迷いの世界から離れることができるのだろうか。」
とも、親鸞さまはおっしゃっております。このような、しょうもない人間であっても、阿弥陀さまの本願に気付かせてもらったからこそ、この本願の救いを誇りに思うことができるんです。とはいっても、もともと悪いことをする原因をもっていないのであれば、なにがあろうと悪いことをすることはできないのです。また、
「海や川で、網や釣り竿をつかって魚を捕って生活している者も、野山でイノシシを狩ったり、鳥を捕ったりして生活している人たちも、商売をしている者も、田んぼや畑を耕して生活している人も、みんなおんなじことなんです。そうなるような、かつて生きていた世界での行いがあれば、どんなことでもするんです。」
とも、親鸞さまはおっしゃいました。ところが最近では、浄土への往生を願うものらしくふるまって、よい人間だけがお念仏を称えるべきであるかのように見せかけたり、あるいは、お寺などに、「以下のような事をしたものは立入禁止」といった張り紙をしたりして、まるで「わたしは賢くて、よい人間で、つねに仏さまの教えに従っています」といったように見せかけたりするものがいるのですが、心の中は、疑いのかたまりのようなものでしょう。阿弥陀さまの本願に甘えてつくった悪いおこないであっても、それは、かつて生きていた世界でのおこないが原因となっているのです。つまり、よい事も、悪い事も、かつての世界での原因によるのだから、今の世で、むりになんとかしようとせずに、そのままに受け入れてしまうのです。そして、一心に阿弥陀さまの本願におまかせすることが、他力というものなのです。『唯信鈔』にも「阿弥陀さまのおちからが、どれほど凄いかを知ったなら、どんなに罪深い者であっても、救われるのは難しいかもしれない、などと思うだろうか?」とあります。本願に甘えてしまうこころがあるからこそ、阿弥陀さまにおまかせする他力の信心がおこるのです。もっとも、悪いおこないをする原因や、悩み苦しむ心を消し去ってから、本願を信じるのだったら、本願に甘えることもないでしょう。だいたい、煩悩を消し去ってしまうことができれが、そのまま仏になることができるのです。仏にとっては、阿弥陀さまが数え切れないほどの長い間考えぬいて立てられた願であっても、必要のないものなのです。「本願ぼこり」を非難する人たちも、煩悩をもち、汚い心や悪い行いを持っているように見えます。それは、本願に甘えているのではないでしょうか。どのような悪な13010619ら、本願に甘えていないといえるのでしょうか。むしろ、「本願ぼこり」を非難することは、考えが大人げないように思います。

 こんなにいわば私には怖いお師匠様が親鸞なのです。一見易しくいうのですが、唯円は「わたしに人を殺せる度胸はありません」というしかないのです。私にはこのときの親鸞は怖く、そして優しさも感じられるお師匠様なのです。

13010603  私はこの『歎異抄』を最初に読んだのは中2の時です。その後高校生になっても読み、大学生になっても読み、社会に出てからも読みました。そして今64歳でも読んでいます。最初に読んだのは「下村湖人『次郎物語』」の影響が多大にありました。
 今もこうして必死に読んでいこうと思っています。

第十二条
 一 経釈をよみ学せざるともがら、往生不定のよしのこと。この条、すこぶる不足言の義といひつべし。
 他力真実のむねをあかせるもろもろの正教は、本願を信じ念仏を申さば仏に成る、そのほかなにの学問かは往生の要なるべきや。まことに、このことわりに迷へらんひとは、いかにもいかにも学問して、本願のむねをしるべきなり。経釈をよみ学すといへども、聖教の本意をこころえざる条、もつとも不便のことなり。一文不通にして、経釈の往く路もしらざらんひとの、となへやすからんための名号におはしますゆゑに、易行といふ。学問をむねとするは聖道門なり、難行となずく。あやまつて学問して名聞・利養のおもひに住するひと、順次の往生、いかがあらんずらんといふ証文も候ふべきや。当時、専修念仏のひとと聖道門のひと、法輪をくはだてて、「わが宗こそすぐれたれ、ひとの宗はおとりなり」といふほどに、報敵も出できたり、謗法もおこる。これしかしながら、みずからわが法を破謗するにあらずや。たとひ諸門こぞりて、「念仏はかひなきひとのためなり、その宗あさし、いやし」といふとも、さらにあらそはずして、「われらがごとく下根の凡夫、一字不通のものの、信ずればたすかるよし、うけたまはりて信じ候へば、さらに上根のひとのためにはいやしくとも、われらがためには最上の法にてまします。たとひ自余の教法すぐれたりとも、みづからがためには器量およばざればつとめがたし。われもひとも、生死をはなれんことこそ、諸仏の御本意にておはしませば、御さまたげあるべからず」とて、にくい気せずは、たれのひとかありて、あだをなすべきや。かつは諍論のところにはもろもろの煩悩おこる、智者遠離すべきよしの証文候ふにこそ。故聖人(親鸞)の仰せには、「この法をば信ずる衆生もあり、そしる衆生もあるべしと、仏説きおかせたまひたることなれば、われはすでに信じたてまつる。またひとありてそしるにて、仏説まことなりけりとしられ候ふ。しかれば往生はいよいよ一定とおもひたまふなり。あやまつてそしるひとの候はざらんにこそ、いかに信ずるひとはあれども、そしるひとのなきやらんともおぼえ候ひぬべけれ。かく申せばとて、かならずひとにそしられんとにはあらず、仏の、かねて信謗ともにあるべきむねをしろしめして、ひとの疑をあらせじと、説きおかせたまふことを申すなり」とこそ候ひしか。いまの世には、学問してひとのそしりをやめ、ひとへに論議問答むねとせんとかまへられ候ふにや。学問せば、いよいよ如来の御本意をしり、悲願の広大のむねをも存知して、いやしからん身にて往生はいかがなんどあやぶま13010605んひとにも、本願には善悪・浄穢なき趣をも説ききかせられ候はばこそ、学生のかひにても候はめ。たまたまなにごころもなく、本願に相応して念仏するひとをも、学問してこそなんどいひおどさるること、法の魔障なり、仏の怨敵なり。みづから他力の信心かくるのみならず、あやまつて他を迷はさんとす。つつしんでおそるべし、先師(親鸞)の御こころにそむくことを。かねてあはれむべし、弥陀の本願にあらざることを。

その12
 お経やその解説書を読むといった勉強をしないひとは、お浄土に往生できないかもしれないぞ、といった話があります。が、こんなことは説明するのもバカバカシイことです。 阿弥陀さまのお力が真実であることが説明されている本がたくさんあり、その本には、阿弥陀さまの本願を信じてお念仏を称えていれば仏に成る、ということが書かれているのです。そう書かれているのに、他になんの勉強をする必要があるのですか。このことがよくわからないで迷っている人は、いろいろと勉強して、阿弥陀さまの本願のほんとうのところを知ることが必要です。いくらお経やその解説書で勉強したといっても、その本に含まれている本当のところが理解できていないことは、かわいそうとしか言いようがありません。文字も読めず、お経やその解説書の理論がよくわからない人たちでも、称えやすいようにと考えられているのが名号なのですから、易行(簡単な行為)と言うんです。勉強することを中心としているのが、自力修行の聖道門であり、難行(大変な修行)というんです。間違った勉強をして、名誉や財産にこだわっているような人は、次の世でお浄土に往生できるかどうかわからない、という内容の証拠の文章だってあります。この頃、専修念仏の人と聖道門の人が仏の教えについて言い争って、「私の知っている教えの方が優れてるんだ。他の人のはダメなんだぞ」なんて言うもんだから、仏さまの教えを目の敵にする人や、悪口を言う人がでてくるんです。これは、自分で自分の教えをけなしているようなものではないでしょうか。たとえ、まわりの人々全員が「念仏の教えはどーでもいいような人のためにあるんで、その教えは単純でみっともない。」なんて言われても、決して言い争わないで、「お念仏は、私たちのように修行の出来ないような者、または字も読めないような者でも、阿弥陀さまの本願を信じることによって助けていただけるということなので、信じているのです。たしかに大変な修行をできるような方々には、つまらない教えかもしれませんが、私たちにとっては最もすばらしい教えなんです。たとえもっとすばらしい教えがあったとしても、私には難しい修行はできそうもないので意味がないんです。わたしも他の人たちも、迷いの世界から離れることが、多くの仏さまの願うところなんですから、ジャマをするのはやめてくれませんか。」と言って普通にしていれば、だれがジャマすることができるでしょう。そのうえ、言い争えば多くの煩悩が起きます。賢い人は、言い争いの場所には近づかない方が無難です、という内容の証拠の文章もあります。亡き親鸞さまがおっしゃるには
「“この教えを信じる人たちもいれば、けなす人たちもいるだろう。”とお釈迦さまは言われたから、わたしはこの教えを信じているんだよ。それに、けなす人たちがいるからこそ、お釈迦さまの言われたことは本当だったんだなー、と思えるんだよ。そういうことだから、お浄土への往生も、ますます間違いなし、って訳だ。もし、けなす人がいなかったら、なんで信じる人はいるのに、けなす人がいないんだろう、って思うことになるかもしんないでしょ。いや、だからといって、けなされなければならない、って事じゃないからね。お釈迦さまは、さいしょっから“信じる人もいれば、けなす人もいるだろう”ってことをわかっていて、“信じない人がいても問題ないよ。わたしの教えを疑わなくてもいいよ”って言いたかったんだね。」
ということだそうです。いまの世の中は、勉強して他人からの悪口を防ごう、とにかく議論や問答が肝心なんだ、ということなんでしょうか。勉強することによっって、阿弥陀さまのお気持ちがますますわかって、阿弥陀さまのお慈悲のお心がどんなに広いかがわかって、「こんなみすぼらしいわたしでも往生はできるのだろうか」と心配している人に、阿弥陀さまの本願は善も悪もきれいも汚いも関係ないことを説明することができるんであれば、勉強したかいがあるってもんです。ところが、たまに、無心に本願にかなったお念仏をしている人にさえ、「阿弥陀さまの教えをきちんと学ばないと、往生できないんだぞ」などと言っておどすことは、仏さまの教えをジャマする悪魔のすることであり、仏さまを憎む敵のする13010606ことです。このようなことは、自分自身に他力の信心が無いだけでなく、他人までをも迷わせてしまうこともありえるのです。親鸞さまのお心に背くことは、恐るべき事です。さらに悲しいことには、阿弥陀さまの本願にもかなっていないということです。

 親鸞の教えをこうして自分の言葉で伝えようとしている唯円がいます。私はできたら、吉本(吉本隆明)さんのことを少しは多くの方に伝えられたらと、それだけを思います。

13010505  私はそもそも念仏が分からない、理解できない、いや理解しようともしていないのだから、どうしようもないのです。
 そもそも救われたい、自分で救われたとも思わないのですから、どうしようもないよなあ、と思ってしまいます。
 この先どうしていくのか、どうしたいのか分からないのです。

第十一条
 一 一文不通のともがらの念仏申すにあうて、「なんぢは誓願不思議を信じて念仏申すか、また名号不思議を信ずるか」と、いひおどろかして、ふたつの不思議を子細をも分明にいひひらかずして、ひとのこころをまどはすこと、この条、かへすがへすもこころをとどめて、おもひわくべきことなり。
 誓願の不思議によりて、やすくたもち、となへやすき名号を案じいだしたまひて、この名字をとなへんものをむかへとらんと、御約束あることなれば、まづ弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまゐらせて生死を出づべしと信じて、念仏の申さるるも如来の御はからひなりとおもへば、すこしもみづからのはからひまじはらざるがゆゑに、本願に相応して実報土に往生するなり。これは誓願の不思議をむねと信じたてまつれば、名号の不思議も具足して、誓願・名号の不思議ひとつにして、さらに異なることなきなり。つぎにみづからのはからひをさしはさみて、善悪のふたつにつきて、往生のたすけ・さはり、二様におもふは、誓願の不思議をばたのまずして、わがこころに往生の業をはげみて申すところの念仏をも自行になすなり。このひとは名号の不思議をもまた信ぜざるなり。信ぜざれども、辺地懈慢・疑城胎宮にも往生して、果遂の願(第二十願)のゆゑに、つひに報土に生ずるは、名号不思議のちからなり。これすなはち、誓願不思議のゆゑなれば、ただひとつなるべし。

その11
 一字の文字も知らないような人たちがお念仏をしているのをみて「おまえは、阿弥陀さまの誓われた本願の想像もつかないようなはたらきを信じて念仏しているのか。それとも、名号である南無阿弥陀仏の想像もつかないようなはたらきを信じて念仏しているのか。」と言っておどかして、誓願と名号のそれぞれの想像もつかないようなはたらきについて、はっきりと詳しく説明もしないで、ひとの心を惑わしているものがいるそうです。このことは、くれぐれも注意してわきまえるべきです。
 阿弥陀さまは、その誓願の想像もつかないようなはたらきによって、いつでも、だれでも、どこででも称えやすい名号を考え出され、この名号を称えるものをお浄土に迎え入れてあげよう、と約束してくださったのです。まず、阿弥陀さまのお慈悲、そして阿弥陀さまの誓願の想像もつかないようなはたらきに助けられて迷いの世界から解脱できるんだ、と信じること。そして、お念仏を称えられるのも、阿弥陀さまのはからいによるものだと思えば、すこしも自分の力によるものが関わってこないから、まさに阿弥陀さまの本願にふさわしいものとなって、真のお浄土に往生することができるのです。これは、誓願の想像もつかないようなはたらきこそを信じることで、名号の想像もつかないようなはたらきもそなわるのである。誓願と名号のそれぞれの想像もつかないようなはたらきが一つとなっているのであって、それぞれが別々ということはないのです。次に、自分のはからいを挟み込んで、善と悪について、それぞれ往生の助けになる、ならない、と区別することは、誓願の想像もつかないようなはたらきを信じないで、自分の力で往生しようと修行しようとすることであり、つまりはお念仏を自力の修行としてしまっているのです。このような人は、名号の想像もつかないようなはたらきも信じないのです。もっとも、このように阿弥陀さまの誓願や名号を信じない人、つまり、お念仏を自力の修行としてしまっている人でも、辺地・懈慢・疑城・胎宮といった仮のお浄土に往生させてから、そのあとで果遂の願(第20願)のはたらきによって、真のお浄土に往生することができるのですが、これも名号の想像もつかないようなはたらきの力によるものなのです。そしてこれも、誓願の想像もつかないようなはたらきによるものですから、誓願と名号のそれぞれのはたらきは一つのものなのです。13010506

 思えば、昨日一緒にいた孫のことがただただ可愛いとばかり思ってしまいます。その孫のいうこと、一つひとつの表情を思い出してしまいます。
 思えば、親鸞と同じ時代の西行は、自分の子どもも可愛いと思いながらも(だろう)縁側からけり落としているところがありますが、私にはけっして、そんな心境にはなりません。当然のことです。西行の気持も分かる思いもあるのですが。

13010406  ここでは親鸞の教えが、『「はからわないこと」が「はからい」』なのだということが言われます。私なんか、到底至れないなあ、と思うのですが、今こうしていることがその言葉の通りだなあ、と思ってもみます。

第十条
 一 念仏には無義をもつて義とす。不可称不可説不可思議のゆゑにと仰せ候ひき。

 そもそもかの御在生のむかし、おなじくこころざしをして、あゆみを遼遠の洛陽にはげまし、信をひとつにして心を当来の報土にかけしともがらは、同時に御意趣をうけたまはりしかども、そのひとびとにともなひて念仏申さるる老若、そのかずをしらずおはしますなかに、上人(親鸞)の仰せにあらざる異義どもを近来はおほく仰せられあうて候ふよし、伝へへうけたまはる。いはれなき条々の子細のこと。

その10
 お念仏は、“はからわないこと”が“はからい”なんです。私たちには「はからうこと」も「説明すること」も「思い描くこと」も出来ないからなんです。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 えー、親鸞さまがまだ生きていたころは、同じ目的で、はるばる京都まで歩いてきて、信心を一つにして未来に生まれるべきお浄土に思いをよせていた人たちは、同時に、親鸞さまから阿弥陀さまのお救いについての教えを聞きました。そして、その人たちと一緒になって、お念仏させていただくお年寄りや若者がたくさんいました。ところが、親鸞さまの言ったことと違う13010407ことを広めてるものが最近いるという噂を聞きました。次からは、そのような間違った教えに関してです。

 親鸞は息子善鸞が違う教えを言って回りました。それを「いや違うのだ」といいに、関東まで来ています。この親子の違いは壮絶だなあと感じるものです。

13010219 私なんかは常に煩悩ばかりです。でもそれをいいといってくれる親鸞はいいです。そしてそれを聞いて、こうして書いてくれた唯円もいいです。死ぬことへの恐れというものは今こそ大きいですね。
 昔若いとき、中学生の頃は少しも怖くなかった、いや今から15年くらい前も怖くなかった。今はものすごく死を怖がる自分がいます。

第九条
 一 念仏申し候へども、踊躍歓喜のこころおろそかに候ふこと、またいそぎ浄土へまゐりたきこころの候はぬは、いかにと候ふべきことにて候ふやらんと、申しいれて候ひしかば、親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。よくよく案じみれば、天にをどり地にをどるほどによろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもひたまふなり。よろこぶべきこころをおさへて、よろこばざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願はかくのごとし、われらがためなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆるなり。また浄土へいそぎまゐりたきこころのなくて、いささか所労のこともあれば、死なんずるやらんとこころぼそくおぼゆることも、煩悩の所為なり。久遠劫よりいままで流転せる苦悩の旧里はすてがたく、いまだ生れざる安養の浄土はこひしからず候ふこと、まことによくよく煩悩の興盛に候ふにこそ。なごりをしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまゐるべきなり。いそぎまゐりたきこころなきものを、ことにあはれみたまふなり。これにつけてこそ、いよいよ大悲大願はたのもしく、往生は決定と存じ候へ。踊躍歓喜のこころもあり、いそぎ浄土へもまゐりたく候はんには、煩悩のなきやらんと、あやしく候ひなましと云々。

その9
「お念仏を称えてはいますけど、踊っちゃうほど嬉しいってわけでもないし、お浄土に行きたいとも思わないんですよ。これって、やっぱマズイっすかねぇ」って聞いてみたときのことです。
 なんだよ、唯円もそうだったんだ。わたしもね、そう思っていたんだよ。よくよく考えてみたんだけど、ほんとうならメッチャ喜ぶはずなのに、それを喜ばないからこそ、お浄土に往生することが間違いない、と思っていいんじゃないのかなぁ。喜ぶべきところを喜べないのは、喜ぶべき心が煩悩で押さえつけられているからなんだよね。そんで、仏さまは、ハナっからそんなことは分かってるから「煩悩を持ってる凡人たちよー」って言ってくれてるんであって、まさに「阿弥陀さまのお救いは私たちみたいなもののためにあるんだ」ってことが、そこから良く分かるってなもんよ。それにさぁ、「お浄土に今すぐ行きたいっ!」なんて思おうともしないで、ちょーっと病気にかかったぐらいで、「うわっ、俺死ぬんちゃうかぁ」って気が小さくなっちゃうのも、煩悩のせいなのよ。ずーーーーっと昔から今になるまで、生まれ変わり死に変わりしながらウロウロしている苦しみの故郷、つまりこの世の事なんだけど、この世にいつまでも未練があって、まだ行ったことのないお浄土にあこがれないのは、まさに煩悩がカッカと燃え上がっているからなんだわ。名残惜しいのに、この世との縁が尽きて、いやいやながら今の命を終わらせて、そのときやっとお浄土に行くことになるんだよね。そんなふうに、「今すぐにお浄土に行こう」と思わないようなものを、阿弥陀さまは「かわいそうになぁ」と特に思ってくださるんだよね。そんなわけだから、よりいっそう阿弥陀さまのお慈悲と本願がたのもしくって、お浄土往きも間違いなし!って思うわけさ。もし、「うれしー!はやくお浄土に行きたいぜー!」っていう人を阿弥陀さまが見たら「なんやアイツ。煩悩ないんか?」と怪しがるんじゃないの。
と、親鸞さまはおっしゃいました。 13010220

 15年前にも怖くなかったというのは、あるときに偶然車に乗っていて、事故にわずかに避けられたことがあって、でも私は平気でした。あのときは、死ぬ覚悟があったものでした。運転していたAさんにも、まったく平気なことをいいました。驚かれたものでしたが、でも今はただただ怖がる私になっています。

  UPしました写真は、2日14時05分の湯島聖堂と、そこで購入しました今年の干支です。

13010204 念仏を思います。でも修行ではないんだ。そんなややこしいことを親鸞は言わなかったのですね。。

第八条
 一 念仏者は無碍(むがい)の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の行者には、天神・地祇も敬伏し、魔界・外道も障碍することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もおよぶことなきゆゑなりと云々。

その8
 お念仏は、お念仏を称えるものにとっては、修行ではないんです。じぶんのはからいでお念仏を称えるのではないのだから、行ではない。自分のはからいで善を積むためにお念仏をとなえるのではないのだから、善でもない。お念仏は、阿弥陀さまからのおはからいであって、自分のはからいではない。だから、お念仏は、お念仏を称えるものにとっては、修行ではないんです。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 昨日ばあばと神田明神で参拝するのを長く待っていました。そのとき周囲の人の話をよくお聞きしました。今はパソコンもスマートフォンもよく使われているのですね。スマートフォンは実際に持っている人も多かったです。もう親鸞の言われるようにもう修行ではないのです。誰も自然に使えることなのです。
 それを子にも孫にも言っていきましょう。

13010113 念仏を思います。私も今更念仏者になっていいのかなあ。

第七条
 一 念仏者は無碍(むがい)の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の行者には、天神・地祇も敬伏し、魔界・外道も障碍することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もおよぶことなきゆゑなりと云々。

その7
 念仏はどんなものにも邪魔されることもない一本のすばらしい道であり、念仏を称えるものも、どんなものにも邪魔されることはないのですよ。なぜなら、お念仏を信じているものは、天の神や国の守護神に尊敬され、悪魔のようなものたちでさえも邪魔することはできないんです。罪を犯してしまったとしても、その報いで地獄に堕ちたりすることありません。念仏より凄い修行はないんです。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 親鸞聖人の言われることに私もいくつものことを思います。私も今からでもついていきたい思いです。

13010108 少し前に、私の孫が帰りました。もうその可愛さの中に私はいくつものことを思います。私はこうして親鸞の言われることに、自らを律していられるのかなあ。いやそんなことは言ってはいないのだと思い、また読んでいくのです。

第六条
 一 専修念仏のともがらの、わが弟子、ひとの弟子といふ相論の候ふらんこと、もつてのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず候ふ。そのゆゑは、わがはからひにて、ひとに念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。弥陀の御もよほしにあづかつて念仏申し候ふひとを、わが弟子と申すこと、きはめたる荒涼のことなり。つくべき縁あればともなひ、はなるべき縁あればはなるることのあるをも、師をそむきて、ひとにつれて念仏すれば、往生すべからざるものなりなんどといふこと、不可説なり。如来よりたまはりたる信心を、わがものがほに、とりかへさんと申すにや。かへすがへすもあるべからざることなり。自然のことわりにあひかなはば、仏恩をもしり、また師の恩をもしるべきなりと云々。

その6
 お念仏を称える仲間のなかで、あいつは俺の弟子、こいつは他人の弟子といった言い争いがあるみたいですけど、「ふざけるなっ!」って感じ。わたしゃ(親鸞)弟子なんか持った覚えもないし。だって、自分のはからいで人に念仏をさせてるって言うなら、自分の弟子だ、っていえるだろうけどさ、阿弥陀さまのおはからいでお念仏を頂いている人を、自分の弟子だなんていえるわけないでしょうよ。一緒になる縁があれば一緒に、離れる縁があれば離れていくのが当たり前なのであって、師匠に逆らって別な人と一緒にお念仏したら往生なんてできないんだ、なんて言うことは、あってはならないことだね。阿弥陀さまから頂いた信心を、自分のもののように取り返そうとでもいうんかね、まったく。ぜったいに、13010109あってはならないことだぞ。すべて阿弥陀さまにおまかせしているならば、阿弥陀さまの御恩を知ることができ、その結果として、師匠の恩もわかるというもんだよ。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 思えば、私は「師匠」というような存在はなかったなあ、とそればかりを思います。

12123111 今日は第五条も載せます。前にサボったことを反省です。中国の古代のこともサボったままで書いていませんね。またやって行きます。
 いや難しいことが私にはやり続けられないのです。

第五条
 一 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもつて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々。

その5
 わたし(親鸞)は、亡くなった両親への追善供養としては、一回も念仏したことはない。なぜなら、すべての命あるものは皆、輪廻転生を繰り返しているあいだ、お互いに父となり、母となり、兄弟となっているからだ。お互いに、次の世で浄土に生まれて、仏と成って救うのだ。もっとも、自分の力で善行を積んでいるとでもいうのであれば、念仏を称えて、その修行の功徳を亡くなった両親への追善供養とすることで、両親を救うことができるのかもしれないけどな。で、とにかく自力をすてて、さくっと浄土で悟りを開けば、六道(天界・人間界・修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界)や四生(胎生・卵生・湿生・化生)という迷いの世界で、悪い行いの報いとしてどんなに苦しみを受けていたとしても、仏のスーパーパワーで、まず自分と親しいものたちを救うことができるんだ。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 思えば、私なんかは一度も念仏なんてとなえたこと12123112はないですね。そもそも信仰心なんてまったくないのです。ただ歎異抄だけは何度も読んできたものでした。
 今もっとちゃんと理解できるようにと思うばかりです。

12123010 今日は第四条です。少しサボってしまいました。いや毎日いくつものことがあり、どうしても私は駄目なのですね。

第四条
 一 慈悲に聖道・浄土のかはりめあり。聖道の慈悲といふは、ものをあはれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもふがごとくたすけとぐること、きはめてありがたし。浄土の慈悲といふは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもつて、おもふがごとく衆生を利益するをいふべきなり。今生に、いかにいとほし不便とおもふとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。しかれば、念仏申すのみぞ、すゑとほりたる大慈悲心にて候ふべきと云々。

その4
 仏教で言うところの慈悲というものには、聖道門と浄土門では違いがあるのよ。聖道門、つまり一所懸命修行してこの世で仏に成ろうとする教えでは、あらゆるものを愛おしく思い、可哀想だと思ってやり、育てていくことを意味してるの。そんで、思い通りに他の命あるものを救いとっていくことはとっても大変なのね。浄土門、つまり阿弥陀さまのお力で浄土に往生して仏に成ろうとする教えでの慈悲というのは、お念仏の力で浄土に生まれて、すぐに仏になって、そうなってから思ったように命あるものを救うすることを指してるの。この世では、どんなに可哀想で気の毒に思っても、思い通りに他の命あるものを救うことは難しいわけで、つまり聖道門の自力の慈悲は、どうしても不完全なものになってしまうのよ。よって、お念仏をいただいて阿弥陀さまの他力の教えに従うことこそ、一貫した大変すばらしい慈悲の心というべきだね。
と、親鸞さまはおっしゃいました。12123011

 もう私はこの四条なんか忘れ果てていました。ちゃんと読み直していこうと思っています。忘れられない親鸞の言葉を読み上げる唯円の気持を私も今確認しています。これからも何度でも。

12113007 この第三条が一番知られている歎異抄の言葉であるかと思っています。

第三条
 一 善人なほもつて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、「悪人なほ往生す、いかにいはんや善人をや」。この条、一旦そのいはれあるに似たれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆゑは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがへして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるを、あはれみたまひて願をおこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もつとも往生の正因なり。よつて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、仰せ候ひき。

その3
 善人でさえも浄土に往生できるのだから、悪人が浄土に往生できないわけがない。ところが、世間の人たちが言うには、「悪人でさえ往生できるのだから、善人が往生できないわけがない」。この考え方は、チョット見は正しいように見えるけど、阿弥陀さまの本願、つまり他力の考え方にはふさわしくないわけ。なぜなら、善い行いをして、修行をいっぱいして、そしてその結果で仏になろうとしている人(こういうひとたちを仏教では善人というんだけど)は、阿弥陀さまのお力にまかせるという他力の心が欠けているので、阿弥陀さまの本願の対象からはずれているのね、ところが、自分でなんとかして仏になってやろう、という心を改めて、阿弥陀さまの力にお任せしちゃえば、真の浄土に往生できるわけ。煩悩の塊みたいな私たちは、どんな修行をしたって解脱なんかできない。そんなわたしたち(つまり、修行もできないような、仏教でいうところの悪人ね)を、阿弥陀さまが可哀想に思って、私たちを救ってあげようという願いをおこされたわけで、その願いの本来の意味は、悪人こそを成仏させてあげようというものなわけだから、阿弥陀さまのお力にお任せしてしまう悪人こそが、一番浄土に往生するのにふさわしいわけ。そういうことだから、「善人でさえ往生できるのだから、悪人が往生しないわけがない」と言うことになるわけだ。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

 ただ一番知られてはいるけれど、私には生やさしい言葉ではありません。私12113008は自分に「ちゃんと分かっているのか」と問います。私は自分で羞ずかしい思いになります。
 もっとわかっていかないといけないのだ、そのために、今回これを始めたのだはないかと自分に話かけています。

X12122402 この最初の「身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざい、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり」が私の心に響きます。私なんか、そんな気持も抱いてはいません。

第二条
 一 おのおの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざい、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学匠たちおほく座せられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よきひと(法然)の仰せをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生るるたねにてやはんべるらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもつて存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏を申して地獄にもおちて候はばこそ、すかされたてまつりてといふ後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釈虚言したまふべからず。善導の御釈まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せまことならば、親鸞が申すむね、またもつてむなしかるべからず候ふか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと云々。

その2
 皆さんが、関東から京都まで命がけでやってきたのは、ただ極楽浄土に往生する方法を聞くためですね。そんで、わたしがお念仏による方法以外を知っていて、さらには、そのことが書かれたお経を知ってるんだろう、とか思ってるんだったら大間違いですよ。もし知りたいんだったら、奈良や比叡山の偉いお坊さんに会って、浄土に往生する方法を聞くべきですね。わたし(親鸞)は、「お念仏だけして、阿弥陀さまに救われていきなさい」という法然上人のお言葉を信じているだけなんですから。お念仏がお浄土に行かせていただけるプラチナチケットなのか、それとも地獄行きの片道切符なのかは、わたしには分かりません。わたしが考えてどうこうなるもんじゃないですしね。それに、たとえ法然上人にだまされて、お念仏で地獄に行くことになったとしても、後悔しちゃいけませんよ。だって、一所懸命にお念仏以外の修行をして、悟りを開いて仏になれる予定だったのが、お念仏のせいで地獄に堕ちた、って言うなら「だましやがって!」てなことになるけど、もともと修行なんかできないような人間なんだから、地獄は私の実家みたいなもんなわけよ。阿弥陀さまの誓われた本願が真実ならば、お釈迦さまの教えも真実。お釈迦さまの教えが真実ならば、善導大師の書かれたことも真実。善導大師の書かれたことが真実ならば、法然上人のお話も真実ってことでしょ。で、法然上人のお話が真実なら、わたし(親鸞)が言っていることもデタラメじゃないってことは分かってもらえますよね。つまり、コンジョーナシの私の信心っていうのは、こういうものなのさ。そういうことだから、阿弥陀さまからのお念仏を受け取って信じるか、それとも阿弥陀さまからのお念仏なんて受け取る気にもならずに捨てるかは、自分で決めてね。
と、親鸞さまはおっしゃいました。X12122402

 でも最後の「面々の御はからひなり」も私の心に入ります。俺なんか、そんなに分かっていないんだよな、と弱気にもなってしまうのです。

X12122115第一条
 一 弥陀の誓願不思議にたすけられまゐらせて、往生をばとぐるなりと信じて念仏申さんとおもひたつこころのおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあづけしめたまふなり。弥陀の本願には、老少・善悪のひとをえらばれず、ただ信心を要とすとしるべし。そのゆゑは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生をたすけんがための願にまします。しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆゑに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑにと云々。

その1
 阿弥陀さまの想像もつかないような誓いによって、お浄土に往生させてもらえると疑うことなく信じて、ありがたくってお念仏せずにはいられなくなったときには、もう阿弥陀さまによるお救いが確実なものになっているわけ。で、その阿弥陀さまの誓い、つまり阿弥陀さまが真に願われたことは、「年齢だとか善悪だとかはいっさい関係なく、すべての人を救うぞ」ってこと。私たちは、信じるだけ。だって、修行をしても続かない、しようとも思わない、覚るってなに、そんなことより金だ、飯だ、酒だーってなぐあいの私たちこそ救ってやろう、っていうのが阿弥陀さまの願いなの。だから、中途半端になっちゃうような修行なんか目じゃない。「なむあみだぶつ」のお念仏がイチバン!修行しないとダメなんじゃないかと思うかも知れないけど、阿弥陀さまのお力を信じないほど悪いことはないんだからね。
と、親鸞さまはおっしゃいました。

  阿弥陀さまによって浄土に往生させてもらえると信じることが大切なのでしょう。そしてそれには念仏が欠かせないものなのです。私にはそこまでの思いはありません。そもそも浄土を思い浮かべることがないのです。ただ、「弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑに」という言葉は私の身にもしみるのです。
 やっぱり

  http://www2s.biglobe.ne.jp/~kouzanji/tanni.htm
    歎異抄 (原文)

 これを知ることができて嬉しいです。

X12122112 私が唯円の『歎異抄』を読みましたのは、中学2年の5月のことだったと思い出します。それでこれを全文ここに掲示していきます。
 これは以下に掲載されているものをここにコピーして、私の思うとところをさらに書いて行きます。

  http://www2s.biglobe.ne.jp/~kouzanji/tanni.htm
    歎異抄 (原文)

 なお、その原文には、赤い色を付け、訳には青い色を付けて区別していきます。

 ひそかに愚案を回らしてほぼ古今を勘ふるに、先師(親鸞)の口伝の真信に異なることを歎き、後学相続の疑惑有ることを思ふに、幸ひに有縁の知識によらずんば、いかでか易行の一門に入ることを得んや。まつたく自見の覚悟をもつて他力の宗旨を乱ることなかれ。よつて故親鸞聖人の御物語の趣、耳の底に留むるところいささかこれをしるす。ひとへに同心行者の不審を散ぜんがためなりと云々。

「よけいなことかなー」とも思うんだけど、最近のまわりのようすを見ていると、親鸞さまが話してくれたことと、なーんか違ってきちゃってるみたいでさ、なんかこのまんまだと、後々おかしなことになっちゃいそうなんだよね。せっかくいろんなご縁で易しい教えにあえたのにさっ。自分の私利私欲に走って、他力の教えをねじ曲げて良いと思ってるんかねぇ。そんなわけで、かつて親鸞さまが話してくださったことでおぼえている分だけでも文章にしておこうと思ったわけ。なにより、共にお念仏に生きる人たちが、今後、疑いの心を持たないですみますようにってね。X12122301

 思えば、あの時は、「下村湖人『次郎物語』」を読んだところでしたから、それで読んだものなのですね。これを文庫本で読みまして、どこの古書店で手に入れたものなのかすべて思い出せます。
 私は本願他力というのは、仏教の本来の教えとは違うのだが、この親鸞のいうことはよく分かるななんて思いで読んでいたものでした。

11122403 一つ前の「周のIS01ブログ」で、「禅家語録がくだらない」と書きましたが、これは禅とかいうものを私が評価しないということで、仏教そのものを評価しないということではありません。

  そうですね。私は親鸞が好きですが、「歎異抄」はいいのですが、「教行信証」はそんなに好きになれないです。 (上のいくつか漢字が書けていませんが、あとで書き直します)。でもそのあとでまた単語登録します。 今は13時14分です。 こうしていくつものことをやるのですが、難しいですね。

11082107親鸞〈決定版〉
 1999.12.20 春秋社 2,500円+税
 法然と親鸞〈決定版〉のために
 機愃埜紊凌二臓
   最後の親鸞
   和讃 親鸞和讃の特異性
   ある親鸞
   親鸞伝説
    ○
   教理上の親鸞
   初版あとがき
   増補版のための序
   『最後の親鸞』のこと
 供愃埜紊凌二臓抂文
   親鸞論註
    註記[『論註と喩』あとがき]
   親鸞における言葉
 型二堆盛
   和讃 その源流
   興福寺奏状のこと
   親鸞の一念他念
   絵になる親鸞・絵にならない親鸞
   『一言芳談』について
 あとがき
 初出一覧

110811071979年(昭和54年)

 親鸞は好きですし、この人は偉い人なんじゃないかという気はするんです。それは修行していくと悟りを開けるのだなんていうことを、自分自身が信じていないというところがあるでしょう。自分が信じられないならば、ほかの人も信じられないに違いないというところから始めているところがあるでしょう。そのときの風潮をピタッと押えて、そこから考えを進めているところがあるでしょう。それはやっぱり重要なんじゃないか、この人の優秀なところなんじゃないかな、という気がするんですね。はじめから、もう仏教というのは命題としていえばこう悟りを開いて生死の感じを超越するんだというのはだいたい分かっているわけでしょう。しかし、こんなものは信じられないよというふうに、実感的に自分もなっちゃっているし、人もなっちゃってる。そこからどうするんだということをはじめてるところがいいんじゃないでしょうか。言葉は仏教の用語を使ってますけれども、これはおおきな射程があるんじゃないかなと思います。
「歎異抄について」1979.6鮎川信夫との対談「現代思想」に掲載  「歎異抄の現在性」として「思想と幻想」1981.7.15.思潮社に収録された

 これが当時の他の宗教家との大きな違いであると思える。そして今も私たちをひきつけるところであるように思える。思えば親鸞には真宗教団のことなどは、どうでもよかったのではないだろうか。それがある矛盾であるともいえるのだが。

11071806親鸞/平凡社ライブラリー 吉本隆明
    不知火よりのことづて
  1995.11.15 平凡社 

2017011621

10122208  私はよく夢を見ます。あるときに、次のような夢をみました。

  何故か私は高校で教壇に立っています。なんの授業だか判らないが、中世キリスト教の話をしています。2人ばかり元気が生徒が盛んに意見を述べてきます。
  現代でも私たちがかなり強く興味をもっていることですが、人が死んでしまったあと、いったいどうなると中世のキリスト教では考えたのかというようなことです。極楽、錬獄、地獄などということをどのように彼等は考えていたのかなんて話をします。でも実をいえば、私はそこらのことはまだよく知らないのだなという思いがあります。たぶんその話した内容は『エックハルト説教集』で書かれている内容だったかと思います。

  私たちは、どうしてかこの世に生まれてきてしまい、そしてまたいつか死ななければならない。それをどう考えるべきなのか、どう考えようと、過去の宗教家たちは言っているのか、というようなことを話し合います。
  だんだん中世ヨーロッパの話から離れていきます。私は日本の宗教家は何だといっているのかというような話をします。禅宗でいう考えをいくつも箇条書きにしました。また中世の浄土門の僧侶たちの言ったことをまた書いていきます。そして浄土宗の法然の言うことから、やはり親鸞に触れます。

    晩年になっていた親鸞は、「おのおのの計らいにまかせよ」といった。
  多分死とかいうことにも同じことではないのか。念仏をひとこと述べる
 ことにより、阿弥陀如来がその人に訪れるだろう。ただそれだけでいい
 のだ。愚者として、ただ阿弥陀如来にすがること、いやもっと言えば別
 にすがらなくたっていいのだといっているのだ。これがおそらくは、中
 世キリスト教の教えより、あるいは現在の「生」と「死」に関する論議
 の中よりも最も進んでいる考えではないのか。

というようなことを喋ります。ある生徒が述べます。

    こうして過去の宗教家なりが述べたことを考えたとて、まだ現代のほ
 うが科学も進歩しているわけで、こうした「死」をどう考えるのかとい
 うのも、まだ現在のほうが進歩しているのではないのか。

  それから、ひとしきり、それならこうした過去の宗教家と現代人が対話できればさらにはっきりするだろうにというような話になります。しかし仮定の問題として、過去の人間と私たちが対話できるものなのだろうかということがまた論議になります。私は、私たちの側が過去の時代になかった事実とか、科学上のこととかを出して話していかなければ、充分対話できていくのではないのかというように言いました。そうしたときに、やはり親鸞は今も未来にも生きていける考え方ではないのかと話しました。

  E・H・カーの「歴史とは過去と未来の対話である」などという言葉をひいて話しましたが、このとき「ああ、カーがいうのはこういうことなのだな」なんて思ったものです。  長い長い夢でした。夢に中であんなにすらすらと喋れた内容が醒めてしまうとなかなか思い出せません。また夢の中であの生徒たちに会いたいものだと思っています。

 この夢を見た日のことです。
  当日長女から勉強を教えてということで早く帰ってきてというので、午後7時頃事務所を出ました。長谷川慶太郎「1995年世界はこう変わる」を買おうと思って、本屋に入りましたが、どうしてか駅前のどの本屋にもおいてありません。ミステリー関係の雑誌を買いましたが、これだけでは電車の中で不満です。お茶の水駅近くの古本屋に入りました。
  いつも買うあたりを探しましたが、なぜか急にその反対側にある岩波文庫のあたりに行きました。ずっと古い本を探すなか、引き寄せられるように次の本にあたりました。中を少し読むなか、私は気がつきました。私はこの本の内容を朝夢の中で箇条書きにしていたのです。

書名    一言芳談抄
著者    不明
校訂    森下二郎
発行所  岩波文庫

  これは現在絶版です。私が300円で購入したこの文庫本も、昭和17年に星一つ20銭で売り出されたものです。100ページに満たない薄い本です。でも電車の中で読んできて、おそろしいほどの珠玉のような言葉のつまっている本だということに気がつきました。校訂者が最後の解題に書いています。

    此書は念佛門に關する法語百數十條を收録したものであつて、法然上
 人をはじめ鎌倉時代初期の念佛者二十餘家の言行を簡易平易に記述し
  てある。さうして此の簡易平易は實に此等の人々の信仰が深くして熱烈
  であるところから來ているのであつて、そこに記されたものは信仰の理
  論ではなくして、信仰そのものであり、眞實なる宗教體驗そのものであ
  つて、淨土教の本質を具體的に示してゐると言つていゝ。

  この「一言芳談抄」は鎌倉時代の初期、戦乱に明け暮れた時代に生きた浄土宗の上人たちの言葉が集めてあります。内容は、

  一言芳談抄一
      三貧  居服食
      清素
      師友
      無常
  一言芳談抄二
      念死
      臨終
      念佛
      安心
  一言芳談抄三
      學問
      用心

となっています。とくに生と死ということを追及しているといえるかと思います。おそらく戦乱の中で、飢餓や疫病に悩んでいた人たちのとって、法然の説く教えはかなりな安心感を与えたことでしょう。

    法然上人或人にをしえて云、人の命は、うまきものを大口にくひて、
 むせて死ぬる事もあるなり。しかれば、南無阿彌陀佛とかみて、南無阿
 彌陀佛とて、くとのみ入るべし。

    解脱上人云、一年三百六十日はみな無常にしたがうべきなり。しかれ
 ば日夜十二時(とき)は、しかしながら終焉のきざみと思ふべし。

  敬仙房云、一生はたゞ生(しょう)をいとへ。

    明遍云、出家遁世の本意は、道のほとり、野邊の間にて死せん こと
 を期(ご)したりしぞかしと。如此(これのごとく)おもひつれば、い
 かに心ぼそき事にあふとも一念も人をうらむべからず。それにつけても
 佛力をあおぐべきなり。

    或(あるひと)云、我臨終の時は、すは、たゞいまとみゆるはなどい
 ふべからず。無始よりをしみならひたる命なれば、心ぼそくおぼゆる事
 もあらんか。たゞ念佛をすゝむべきなり。

    或云、蓮阿彌陀佛が夢に、八幡宮つげてのたまわく、往生は一念にも
 よらず、多念にもよらず、心によるなり。

    又(法然上人が)云、念佛の義をふかく云ふことは却つて淺き事なり。
  義はふかからずとも、欣求だにも深くば、一定往生はしてん。

    正信上人云、念佛宗は義なきを義とするなり。

    禪勝房云、所詮淨土門の大意は、往生極樂はやすきことと心得るまで
 が大事なるなり。やすしと心得つれば、かならずやすかるべきなり。

    明禪法印の云、たゞよく念佛すべし。石に水をかくるやうなれども、
 申せば益あるなり。

    法然上人云、稱名念佛は樣なきを樣とす。身の振舞、心の善惡をも沙
 汰せず、懇に申せば往生するなり。

    法然上人御往生の後、三井寺の住心房に夢の中にとはれても、阿彌陀
 佛はまたく風情もなし、たゞ申すなりと上人こたへ給ひけり。

    顯性房の云、小兒の母をたのむは、またく其故を知らず。たゞたのも
 しき心あるなり。名號を信敬せんことかくのごとし。

  ときは鎌倉時代の初期です。戦乱にあけくれ、都もどこも屍体が散乱していました。法然のただ念仏を称えよという教えは、どのくらいの人々に安心感を与えたものでしょうか。実はそれまでの念仏宗は、死ぬ間際まで念仏を称えることにより、恍惚感の中でいわば錯覚の中に、極楽を見させるというようなことをやっていました。だが戦乱や疫病や飢餓の中、そんな念仏を称えることも出来ず、死んでいった人々が多々あったことでしょう。  そんな中にあって、ただひとこと念仏を称えてさえいれば、もうそれでいいのだ、それで阿弥陀如来のもとへ往生できるのだといった法然他の浄土宗の教えに、どれだけ多くの人がひきつけられただろうと思います。  ここに掲げたいくつもの上人たちの言葉に、その強い信仰を感じとることができます。じつによくここまでに到った信仰者がいたものです。私などにはただただ足元にも及ばないなと思うばかりです。

  ただ、ここで私がこれら上人たちの足元にも及ばないと感じるところで、さらに思うところがあるわけです。念仏さえ称えればいいといったって、それで安心できるのでしょうか。それで心がやすまるのでしょうか。あの時代の人はどうだったのでしょうか。そこのところが、さらに法然から、親鸞へ私が行き着いてしまうところなように思います。

    念仏まうしさふらへども、踊躍(ゆやく)歓喜のこゝろ、をろそかに
 さふらふこと、またいそぎ浄土へまいりたきこゝろのさふらはぬは、い
 かにとさふらふべきことにてさふらふやらんと、まうしいれてさふらひ
 しかば、親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなゞこゝろにてありけり。
 よくよく案じてみれば、天におどり、地におどるほどに、よろこぶべき
 ことをよろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもひたまふべきなり。
 よろこぶべきこゝろをさへて、よろこばせざるは煩悩の所為なり。
                          (「歎異抄」)

  念仏を称えても、少しも嬉しい気持にならないという唯円に対して、「俺も同じだよ」といってしまう親鸞の姿があります。私たちにはただただ煩悩があるからこそこの現世に執着してしまうのだ、別にそれでいいのじゃないの、来るときがきたら自然に浄土にいくのさといいきっていまう親鸞の姿があると思います。
  ここが、こうした「一言芳談」の上人たちのひとことひとことに感動しながらも、親鸞の方へ歩いていきたい私であると思っているのです。  この「一言芳談抄」を手にとって読んでいくと、これらの多くの上人たちが言っているのは、「生と死」の問題というよりは、「死」についてのみというような感じがしてきます。死を厭うことはないのだというような主張が私には見とれてしまうのです。この文庫本の奥付を見ると、

    昭和16年3月20日印刷
    昭和16年3月25日発行
    昭和17年6月10日印刷
    昭和17年6月15日第2刷発行(5千部)

となっています。ちょうど戦争が日米戦争にまで到った時期であり、どうしてか当時の多くの若者が死を前にしてこの本の一字一句に魅せられていたように思ってしまいます。私にはこの文庫本を手にして戦場へ行った多くの若者の姿が見えるような気がします。南方やビルマの戦場で、この文庫本を開いている若者が大勢いたような思いがしてしまうのです。
  もちろん法然上人だけは、まさかそうした傾向ではなく、さすがと思わせる話が多いのですが、他の上人たちの話には、そうした「生」も「死」も同じだ、「死」を厭うなというような主張のみ感じてしまうのです。こうしたところが、私にはどうしても、同じ浄土門の信仰としても、やはり親鸞の側に、親鸞の教えの方にひかれてしまうのです。(1998.11.01)

10110912 何故か私は高校で教壇に立っています。なんの授業だか判らないが、中世キリスト教の話をしています。2人ばかり元気な生徒が盛んに意見を述べてきます。
 現代でも私たちがかなり強く興味をもっていることですが、人が死んでしまったあと、いったいどうなると中世のキリスト教では考えたのかというようなことです。極楽、錬獄、地獄などということをどのように彼等は考えていたのかなんて話をします。でも実をいえば、私はそこらのことはまだよく知らないのだなという思いがあります。
 ただ私たちは、どうしてかこの世に生まれてきてしまい、そしてまたいつか死ななければならない。それをどう考えるべきなのか、どう考えようと、過去の宗教家たちは言っているのか、というようなことを話合います。
 だんだん中世ヨーロッパの話から離れていきます。私は日本の宗教家は何だといっているのかというような話をします。禅宗でいう考えをいくつも箇条書きにしました。そして浄土宗の法然の言うことから、やはり親鸞に触れます。

 晩年になっていた親鸞は、「めんめんの計らいにまかせよ」といった。多分死とかいうことにも同じことではないのか。念仏をひとこと述べることにより、阿弥陀如来がその人に訪れるだろう。ただそれだけでいいのだ。愚者として、ただ阿弥陀如来にすがること、いやもっと言えば別にすがらなくたっていいのだといっているのだ。これがおそらくは、中世キリスト教の教えより、あるいは現在の「生」と「死」に関する論議の中よりも最も進んでいる考えではないのか。

というようなことを喋ります。ある生徒が述べます。

 こうして過去の宗教家なりが述べたことを考えたとて、まだ現代のほうが科学も進歩しているわけで、こうした「死」をどう考えるのかというのも、まだ現在のほうが進歩しているのではないのか。

 それから、ひとしきり、それならこうした過去の宗教家と現代人が対話できればさらにはっきりするだろうにというような話になります。しかし仮定の問題として、過去の人間と私たちが対話できるものなのだろうかということがまた論議になります。私は、私たちの側が過去の時代になかった事実とか、科学上のこととかを出して話していかなければ、充分対話できていくのではないのかというように言いました。そうしたときに、やはり親鸞は今も未来にも生きていける考え方ではないのかと話ました。
 E・H・カーの「歴史とは過去と未来の対話である」などという言葉をひいて話しましたが、このとき「ああ、カーがいうのはこういうことなのだな」なんて思ったものです。そして同時に解けたことがあったのです。
 私はこの授業の中、頭の中で複雑な図形のある三角形のある線分の長さを出すことを解かなければなりませんでした。それを頭の中で、ああだこうだと解いていました。ちょうどこの最後のころ、解答できました。5センチという答えでした。二つのことを同時に考えるのは大変だななんて思っていたものです。
 長い長い夢でした。夢の中であんなにすらすらと喋れた内容がいまはまた思い出せません。また夢の中であの生徒たちに会いたいものです。(1994.12.09)

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 親鸞は貧乏とはいえ貴族出身で、比叡山にこもって修行をしていた人です。そうやって庶民の側から宗教をどれだけ壊していっても、一般の庶民───親鸞の言葉を借りれば「田舎の人」ですが、とですが───と一緒にはなれない。向こうもならせてくれにあし、こちらもなられないんです。そこには絶対的な空隙があります。親鸞は「浄土真宗」といって、浄土系や宗教的なものを壊していくんですが、どうやっても田舎の人と同じところまではいくないという空隙こそ「真宗」なのではないかと思います。(『貧困と思想』「難しくて易しい問題」)

  うーん、そうなのかと思いました。この空隙こそ親鸞が求めていたのでしょうかね。やっぱり私はもう少し親鸞を読み込んでいかなければならないのだと思いました。もっともっとやるべきことがあるのですね。

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 1月15日に「中央公論1月号」

ありがとうございます。早速手にいれなくちゃいけないなという思いです。

なんて書いていましたが、八重洲ブックセンターへ行きましたら、もう2月号しか並んでいないのです。もう困りました。そこで目森さんにケータイしましたが、「もう図書館で読むしかないかなあ」んて言い合っていましたが、私は図書館でも雑誌の借り方(借りれないのかなあ)が判らないなあ、という思いでした。
 でも、5日に王子図書館で読んできました。

 そしてでもでも、「あ、借りればいいのじゃないかな」と気がつきまして、さきほど行って借りてきました。だから、また読み返して、何かを書きます。

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 やはり親鸞という人はたいへんな人ですね。ひとえに普遍的で、信仰か無信仰かというのは区別していなんです。親鸞はいまだに古くならないし滅びない。相当普通的なことをそのときどきでいっていたのだな、あんなことはちょっとできないなと感じます。
 ぼくはマルクスのことも偉いとおもうのですが、彼がもってのは、一、ニ世紀です。いまはあの人の思想は危ないとおもいます。ところが親鸞というのは、いまだに古くなったということはないわけです。
(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「環相の視座から」)

 これは私が何人もの思想家を見ても、時間がたつにつれて危ういなと感じてしまう人ばかりなように思います。いや、すごい思想の持ち主だな、と思う人が、数年、数十年でそうなってしまうのです。それが、この親鸞だけは違うということなのでしょう。私には吉本さんそのものも、いつまでも古くならないし、滅びない人だと思っています。

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 だから息子善鸞を義絶してしまったことに関して、客観性主観性という地点でかんがえると、親鸞にはもう客観性のかけらもない。念仏だけが浄土にいける唯一の方法であって、それ以外には方法はまるでないといっているわけだから、客観性を欲しがるものからすれば、どうしてもこれは納得できないよというところまできてしまった。印がない部分がどうしても残ってしまう。宗教が客観性を核に成り立つというかんがえからすれば、それはだめです。だから善鸞は、自分だけが親鸞から念仏以外に浄土に生まれる方法を伝授されたと関東の信者にいったわけです。その点では、善鸞のほうが有効性があるという意味では正しい。そいうことというのは、今の親鸞教すなわち浄土真宗では一番主要なところではないでしょうか。(『還りのことば』2006.5.1雲母書房「環相の視座から」)

 なるほど、そういうことなんだよな、なんて思います。やはり、善鸞が考えたことは、浄土真宗の教えではかなっていたのではないだろうか。だが、もう親鸞は別な地点に向かっていたのだ。そしてその地点に至る親鸞は、その後誰もうまく理解できていないのだろう。だが親鸞は、そんなに遠くに行ってしまったわけではないのだ。いや、むしろ私たちがすぐに至れるような地点に親鸞は立っているのだ。だが、そこはまた近く思えたとしても、また遥かに遠いところにも思えるのです。

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