10121908 私の「ガラパゴスも生かすって何のこと」にnogaさんから、次のコメントがありました。

1. Posted by noga   2010年12月17日 12:06
英語圏に行けば、片言の英語でも通じる。暮らしてゆける。
完全な英語でなくても、英語環境がととのっているから通用するのである。
英語環境がととのっていれば、そのうちに、英語も上達する。
我が国においては、どんなに英語が堪能であっても就職先に困る。
それは、人々が英語を使わないからである。これでは、暮らしがなりたたない。
日本の学校で6年間英語の授業を受けてもまず話せるようにならないのは、英語環境がととのはないからである。
一歩学校の外に出ると英語を使わないのでは、せっかく習った英語も錆ついてしまう。
日々の学習努力も賽の河原の石積みとなっている。
日本の学生のために英語環境を整えることが、語学力を増すことにつながると考えられる。
それには、英語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考えることが大切である。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

 コメントをありがとうございます。

 たった今までガラパゴス(これはシャープの読書端末のほうです)で、あることが解決しました。嬉しいです。今担当者にお礼の手紙を書いて、ポストに入れてきました(いやメールだと、いろいろと制限があって、「ありがとう」ということを伝えられにくいのです)。
 それででも思うのですが、私もたしか丸4年くらい前に、ある女性のマンションに行きまして、そこのインターネットのメールが送れない、インターネット閲覧ができないというトラブルに合っていました。彼女が使っているアルバイトの大学生が何人もきて、解決していないということでした。でも私が行きまして、5分で解決しました。
 そこにはカナダ人の彼氏もいて、でもその彼は某大学の英語の教師でした。それで彼は故国にも米国にも豪州にもメールできるようになりました。
 彼はお礼に、「英語を無料でいくらでも教える」とのことでしたが、私はありがたいけれど今必要がないといいました。英語が自在に話せることよりも、普通に友人や親や自分の彼女にインターネットメールが出せることが大事じゃないですか。
 私の友人でも、あるとき、ちょうど午前10時半頃(ちょうど1年半くらい前)柳田公園を歩いている私にケータイがあり、私は、「あ、今急いでいるんだ。あと10分もすれば電車に乗るから、ケータイメールをください」と伝えました。
 でもその後今にいたるまで彼からメールも手紙も電話もありません。あ、彼は手紙は書けないし、電話は携帯も話すもので、メールはできないのです。彼は今も英語は得意だと思ってるようですが、息子たちは信用しないのですね。
 上の教授にも、最初にカナダの西海岸の出身だというので、「あ、日米戦争では貴国にも日本が爆弾を落として申し訳なかった」と謝ったのでしたが、何のことか分からないようでした。
 漱石がイギリスで英語を使って普通に生活(でも彼はそこで悩むのですね)していましたが、実は彼の素晴らしい漢詩は、実に中国人が読んでも平仄をちゃんとしているのです。だから漱石から見ると、私の好きな広瀬武夫なんか、「平仄が少しいいかげん」と言われちゃうのですが、でもでも漱石はすごいですね。
 いや実は、日本の江戸時代の知識人は、ものすごいものだったのです。でもそれでも中国人と話すときは、わざわざ筆談なんかをやったのですよ。
 戦後、日本語を「みなフランス語にしろ」と言った志賀直哉も、北京官話が完璧に話せた副島種臣も、みなそういう意識だったと思います。
 このことは奈良時代、平安時代も同じだったのではと思います。
 私はときに、

語を我が国の第二公用語にするのがよい。
国民も政治指導者も、英語の使用を日本人のあるべき姿と考える

とは思いません。別に漢文でずっと書いていた日本の知識人も、それで中国語が本物だなんて思わななくて、けっこう面白い日本の和歌で表現をしていたはずです。

 ただ、レスが遅くなり、ごめんなさい。毎日いろんなことがあるのです。とにかくインターネットで意思疎通をするのに、とくに言語をこだわりませんね。私はインターネットでスカイプで話すときは、中国人も、ロシア人も、タイ人も、米国人も、言語のこだわりなんかないですよ。