1205122712051228 吉本隆明鈔集456「近代の詩が西欧近代を受け入れるときの異和」目森一喜さんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by 目森一喜   2012年05月10日 17:57
現在私たちの使っている言葉である近代日本語は、明治時代に政府が「標準語」として作ったものが最初ですが、その後、政府(官僚)と文学者が営々と作り続けて来たものです。
「電算機」用語の「初期化」などは官製ですし、「微苦笑」などは文学から出た言葉です。そうそう「暴力団」というのも、大正時代に役人が作った官製用語です。
文学者が微細な機微を表現しようと、言い回しに苦労したり、造語をしたりして来た悪戦、苦戦、苦労を、時々思います。
近代文学者のそうした苦闘がなければ、今、私達の言葉は相当に味気ない、つまらないものとなっているでしょう。
明治の文学者は「西欧的」な精神と「標準語」を相手にしていたわけです。ほぼ何もないと言っていいかもしれない状態です。そこから現在の日本語に至る言葉の近代の過程は、「言語にとって美とは何か」で文学の側から吉本さんが丹念にたどったぐらいで、手をつける人がいませんね。

 うーん、その通りです。

現在の日本語に至る言葉の近代の過程は、「言語にとって美とは何か」で文学の側から吉本さんが丹念にたどったぐらいで、手をつける人がいませんね。

 これは実は大変なことだと思うのですね。私は「言語にとって美とは何か」は、丁寧にすべてを二度読みましたが、今もあれをまたなんらかの方法で誰かがやってほしいものです。なんらかというのは、明治以降の文学でたどるのではなく、それ以前、清少納言・紫式部・更級日記の少女でもいいし、または平成文学のことでもいいと思うのです。
 でも吉本さんのようにはいかないのかなあ。
 私はこれは大学を出て、最初の就職先で、歯医者の治療に行ったときに、読んだのですね。それがものすごく込む医院で(いい先生でした。もう随分前に亡くなられました)、そこで実に丁寧に読んだものでした。
 今はパソコンがあるから、こうして楽に書けるし、実にいいのですが(私が府中刑務所にいるときは、手紙を書くのも大変でしたよ。でもこのときは、ある女性に私のひどい字で200通手紙を書いたのだなあ)、手書きでああして書くのは大変だろうな。あ、私は一昨日も手紙を書きましたが、パソコンでやるのは実に簡単でいいです。だから2008年には私の手紙は600通を超えました(ただし、これは何人もに書きました)。
 私の孫がもう少し大きくなったら、私はケータイメールも書きますが、手紙も書きますよ(上の二人には、もう何通も書いていますが。あ、じゅにも何十通も書いていますが)。いつかじいじの手紙をちゃんと読んでほしいです。
 なんとなく、吉本さんはいいのですが、読むのは大変なのですね。