将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:講談社

12113008 これを読んで大変興味深く思いました。

「カラマーゾフの兄弟」には第二部がある 日本人が書いた完結編
http://www.j-cast.com/mono/bookwatch/2012/11/28155860.html
 ドストエフスキーの書いた『カラマーゾフの兄弟』には第二部がある。文豪がみずから予告しながら書き得なかったその第二部が、日本人の手によって書き出された。高野史緒氏による2012年度の江戸川乱歩賞受賞作、『カラマーゾフの妹』がそれだ。カラマーゾフ家の殺人の真犯人が明らかにされている。

 これは読んでみないとならないな。

書 名 カラマーゾフの妹
著 者 高野史緒
出版社 講談社
定 価 1,575円

12112910 まず図書館に依頼してみます。
 今王子図書館にインターネットで予約しました。もう99人が予約していて、私は100番目です。「買うよりいいよな」と自分に言い聞かせています。もう本が増えるのだけはたくさんなのです。

どうぶつ〈2〉 (あかちゃんのためのえほん)
どうぶつ〈2〉 (あかちゃんのためのえほん)
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書 名 あかちゃんのためのえほん どうぶつ2
絵   いもとようこ
発 行 講談社
定 価 480円
発行日 1992年9月30日
読了日 2008年12月29日

 このどうぶつはこあらです。思えば、ポニョにもこあらに会わせてあげたいものです。きのうポコ汰はすぐそばでお兄ちゃんを見ているポニョを少し怒っていました。本当は優しいお兄ちゃんなのにどうしたのかな。ポニョは少し驚いてお兄ちゃんの顔を見つめていました。
 ページを開くと、どこにもどうぶつの親子、子どもとお母さんが描かれています。「あれっ! ここには子どもがいない!」でもそうではありませんでした。かばのお母さんの足もとに小さいかばがいました。
 こんなにどうぶつたちはみな親子で仲がいいのです。私の孫たちも負けずにママとパパと仲良くしていきます。

おもちのきもち (講談社の創作絵本)おもちのきもち (講談社の創作絵本)
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 今朝長女宅に届けるものがあり、そのときに、この絵本に気が付きました。昨日書きました「かがくいひろし『だるまさんの』」と同じに、大学時代の友人の女性から贈ってもらったもので、その女性がこの作者と同じ学校に勤めていたそうです。

絵本名 おもちのきもち
作・絵 かがくいひろし
発行所 講談社
定 価 1,500円+税
発行日 2005年12月
読了日 2008年12月4日

 うーん、こんな絵本を今度のお正月に、ポコ汰と一緒に読んで愉しく笑いたい思いです。もちろん、今朝もポコ汰を私の膝に乗せて、この絵本を読みました。
 自分の子どもや孫に、こうした絵本を読んであげることはとってもいいことだと思います。ポコ汰は、読み終わると、この本をまた自分で見ていました。
 このかがくいひろしさんは、1955年生まれとありますから、私よりも7歳年下です。こんなお話が作れることに、私はとっても感激していました。

100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))
 ナミちゃんのブログで紹介されていました。

 http://blogs.yahoo.co.jp/namint7/37877928.html 絵本「100万回生きたねこ」

 次の文から始まります。

 100万年も しなない ねこが いました。
 100万年も しんで、100万回も 生きたのです。

書 名 100万回生きたねこ
作・絵 佐野洋子
発行所 講談社
定 価 1,400円+税
発行日 1977年10月20日第1刷発行
読了日 2008年5月11日

 100万人の人が、この猫を可愛がり、その100万人の人はこの猫が死んだときに泣きました。でも、この猫は1回も泣きませんでした。
 王さまに飼われて、船乗りに飼われて、サーカスの手品使いに飼われて、どろぼうに飼われて、ひとりぼっちのおばあさんに飼われて、小さな女の子に飼われて、でも、誰のことも嫌いでした。「大嫌い」でした。
 そのあと、誰の猫でもなくなり、猫ははじめて自分の猫になりました。そうしたら、大勢の猫たちがこの猫にすりよってきます。でもこの猫は、自分が好きなだけで、誰も好きになれませんでした。

 「おれは、100万回も しんだんだぜ。いまさらおっかしくて!」

 猫は、ただただ自分だけが好きだったのです。
 でもそんな猫の前に、一匹の白い猫が現れます。猫が、「俺は100万回も死んだんだぜ」と言っても、何も驚きません。何も感動しません。
 この自分に何も、100万回も死んだことに、何も驚かないこの白い猫に、この猫は恋をしたのです(この「恋」ということは何も書いてありませんが)。たぶん、白い猫も、そんな100万回も死んだことを言わなくなった猫に恋するようになったのでしょう(でも、そんなことは何も書いてありませんが)。
 可愛い子どもができて、猫はとっても嬉しくて幸せだったはずです。猫はこの白い猫と、たくさんの子猫が、自分のことよりも好きになったのです。
 やがて、子猫はみんな出て行き、白い猫はやがて死にます。
 猫は、ずっと泣きます。100万回も泣きます。そして、やがて、

 ねこは、白いねこの となりで、しずかに うごかなくなりました。

 ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした。

 たぶん、やっとこの猫は生きることを知ったのだと思います。幸せになることの意味が少しは判ったのだと思います。
 思えば、「100万回生きた」のではなく、やっと、これだけ何回も生きて、それでやっと「生きる」ことの意味を見つけたのだと思います。

 この私も生きることの意味、生き続けること、家族と一緒に生きること、友人と語らい合うことの大きな意味を考えていました。
 共同幻想はやがて、桎梏となってしまうわけですが、対幻想は、妻との幻想、娘との幻想、孫との幻想は、私には決して桎梏とはなりません。生きることはいいこと、生きたことはいいことだと言える思いがしています。

もしもぼくにおにいちゃんがいたら
書 名 もしもぼくにおにいちゃんがいたら
作・絵 そうまこうへい
装丁・レイアウト エジソン
発行所 講談社
定 価 1,300円+税
発行日 2001年3月27日第1刷発行
読了日 2007年11月18日

 これはとってもいい本です。誰もが考えるであろう「おにいちゃんがいたら」という思いを書いてくれています。おにいちゃんは、優しくて力強くて頼りがいがあります。
 もうこの絵本を見ているうちに私は涙ぐんでしまいます。
 最後に、お母さんにいいます。

  「おかあさん、
  おにいちゃん うんで」

  おとうさん「あほ。」

  おかあさん「もうすぐ おまえが
       おにいちゃんになるんだよ」

 最後のページに、「ぼく おにいちゃんか…」という言葉があります。
 いい絵本です。でもこの絵本も「よみきかせ2歳ごろから」とあります。だからこれまた今のポコちゃんには無理でした。

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