将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:警察

  「派遣ホストのことで」(1994.05.29)

と全く同じ思いをしたことがありましたので、また書いていきたいと思います。
11102612 私がちょっとこの間、不当な地上げにあっているところのことで、どうやらまともに闘い続けてられているところがあるのですが、そこの人たちの友人の女性からの相談でした。まだ電話で聞いただけですし、当然あまり詳しく内容は書けません。
 ある女性なのですが、婚約同棲した男から、どうみても結婚サギでだまされたとしてしか思えないできごとなのです。多額のお金を取られ、さらに暴行を受け、かなりな怪我もしてしまいました。どうみても、話を聞く限りひどい男なのですが、私がいいたいのは、そのことではありません。
 まず、怪我させられた云々に関しては、警察は「家庭内部のこと」ととりあってくれなかったそうです。ちょっとひどい警察だなとまずは思うのですが、でも、これは彼女の問題の提出がまずい点もあったのかもしれません。これは今後みていけば判ることかもしれません。
 私が怒りを覚えたのは、彼女が相談をした弁護士の態度です。一人の弁護士は、次のように言ったそうです。

  あなたが、馬鹿だったのだから、もうそんな悪い男にだまされ
  ないようにすることだ。

といって笑ったそうです。
 もうひとりの弁護士は、それは役所の無料電話相談だったらしいのですが、「女性の人権を守る会」とかいう弁護士だったそうです。彼は、それはその男が悪いのだから、けっして諦めることはないといったそうです。

  これからは、もう女の時代なのだから、女であるあなたも、諦
  めないでその悪い男に対し、闘い続けなければいけない。

 これには彼女も心強くなり、是非その弁護士にもう直接頼みたくなったのだそうですが、名前は教えてもらえず、役所に聞いても、所属事務所すら教えてもらえないのだそうです。最初は力強く感じた彼女も、なんだかはぐらかされた感じで、もうがっかりしてしまいました(この弁護士は日共系の弁護士だったようです)。
 あと二人弁護士の無料相談を受けたらしいのですが、どうにもなりそうもなく、本当にがっかりして、もう人と口きくのも、外へ出るのも嫌になったようです。まったくの人間不信という感じだったようです。
 私はたくさんの弁護士の友人がいますから、紹介して欲しいという要請がときどきありますが、紹介する以上ある程度事を把握してから、私がやれる分野に関しては、弁護士と相談してやりますから、必ず話を聞くことにしているのです。
 私はこの「派遣ホストのことで」で以下のように言いました。

まず最初にいうべきは、だました奴が悪いのです。それを最初にいわない連中なんて最低な連中です。

だますほうが第一義的に悪いのです。そのことを忘れた論議は話にならないのです。

はっきりしているのは、だました側がどんなことがあっても悪いのです。

だますほうがいくらでも考えれば、どうやってもひっかけることができるんじゃないの。悪いのは、あの男たちで、あの女の子たちが無知で悪いわけじゃないんだ。そこを間違っちゃいけないんだよ。だますほうが有利で、まず絶対に悪いんだ。

 まったく同じことなのです。何故彼女の相談を受けた弁護士たちは、この当り前のことがいえないのでしょうか。彼女とは次のように電話にて話しました。

 彼女「やっぱり、私が馬鹿な女だったのがいけないので、諦めな
   さいということなのでしょうか

 私 「いや、人が人を愛して幸せになりたいと思うのは、むしろ
   当り前なことなのです。そうした貴女の優しい気持を利用し
   た奴の方が徹底的に悪いのです。だから、そうしたら、その
   悪い奴からお金をどうしたらとりもどせるのかできないのか、
   そしてその悪い奴をこれからどのようにしようかと考えてい
   きましょうよ

 彼女「いままで、そんな言い方をしてくれた人はいません。もう
   今は、人に会いたくない、人と口を聞きたくないという気持
   だけでした。そんな言葉は初めて聞きました…………

 これから、どうなるかはまだ判りません。どのようにしていこうかというのは、もう考えてあります。
 しかし、彼女と話した各弁護士たちにはもう腹がたつばかりです。
 私は「吉本隆明鈔集」にて次のような吉本さんの言葉をひろいました。

 その都度のイエス・ノー
 ですから、ここ十年、十五年までの間に限っていえば、小沢一郎の意見に僕は異論ないですね。現状のように「体制−反体制」の対立や左翼性が消滅した時代が続き、その都度の「イエス・ノー」が時代を動かすことになるんじゃないでしょうか。

「わが転向」1994.4「文藝春秋」4月特別号

 もはや「左翼性」などというものが有効性を持たないのは明らかである。そうなのだから、この「その都度のイエス・ノー」ということが大事な原則になってくるわけだ。これはいつもどんな場面でも私たちの前に提示される選択肢として判断していかなければならない。いいですか、そらすぐ目の前にもう迫っていますよ。いままでのように、ある政党を選挙なりで選んでいれば、反体制のポーズができるなんてことは終ってしまったし、有効性は何もないのだ。そう、なんらかのイエス・ノーを、その都度、自分たちでやっていくのだ。

 まさしく、私の前にも「その都度のイエス・ノー」という原則がいつも突き付けられていると思います。「反体制」も「民主主義勢力」も「法のプロ」も、何にも頼ることは出来ないのです。「その都度のイエス・ノー」をひとりひとりがやっていく時代になっていると思うのです。

 この話の結果をいいます。私は私の会社の役員をやってくれておりますの大口昭彦弁護士をすぐ紹介しました。それですぐに大口さんと電話で直接話せるように手配しました。
 実は、彼女と私の最初の電話で、彼女は泣いていたのです。私が喋る内容について、「こんな暖かい言葉をもらったのははじめてだ」ということでした。そして大口さんとの電話のあと、また私に電話くれたのですが、

  あんなに暖かい言葉で話してくれる弁護士さんなんてはじめて
  です。私はお話しながら泣いていました。

と言っていました。そして大口さんは、彼女の相手の悪い男をすぐさま訴える手続きをはじめました。そしてその闘いの中でだんだん判ってきたのですが、相手の男は、重婚もしているという実に悪い奴でした。当然彼女の言い分が通って彼のほうから和解を言いだします。
 そして彼女は変わりました。最初電話で話したときには、実に元気のない、あまり斬れる感じの方ではなかったのですが、この闘いの中で、実に元気になりました。このときは弁護士の大口さんにやってもらったわけですが、この闘いに勝利したとは、もう自分でなんでもやるようになっていきました。私はちょうど1年後くらいに、彼女を紹介してくれた蕎麦屋さんで、彼女とはじめてお会いしたのですが、とても元気で魅力的な彼女に会うことができたものです。私はとても嬉しくて、ただただそのお店で腹いっぱい飲んでしまったものでした。(2002.01.09)

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 12月下旬のある日、私がクライアントから帰ってきた午後3時代のときに、私のこのマンションの家の前に、40代前半と思える男が立っていました。私が、「あれ、なんでしょうか?」といいますと、名刺を出して、「A社ですが……」というのです。私は、「そんなのは電話で済む話じゃないの」と言いまして、家の中に入れました。でも彼はリビングに入っても座りません。ひととおりのことを聞いて、終わりです。「私が偶然帰ってきたからいいけれど、無駄になっちゃうじゃないか。電話で済ませてよ」と言って、帰ろうとする彼に、「ときにBさんは元気なの?」と聞きました。そうすると、驚いて、「Bは私の上司でした。でももう年齢が○○ですから退職しました。今C市に住んでいます」。私は「あそうか、でもお元気なのなら、良かった」といいまして、終わりました。10分くらいでしょうか。
 このB氏は偶然私が赤坂で務めた会社の親会社の採用したときの方だったのです。
 その彼から電話のかかってきた夢を私は見ていたのです。長く長く、私は彼と話していました。彼は、けっして誰にも合わせられる人間ではありませんでした。でも何故か、私を親会社の社長に会わせて、その社長も何故か私を気に入って、私が採用になりました。私が101社目に採用の面接を受けた会社でした。
 だが、その後私の経歴が判ったようです。たぶん、かなり後悔したことでしょう。その後、この会社グループは、人の採用に関しては、充分注意をするようになってはずです。たぶん、警察からの意見もあったでしょう。

 でも、夢の中でも長く電話で話していました。そんなに、思えば、私のいくつもの転職経験よりも、その前の学生のときの活動経歴のほうが重要なのですね。
 でも思えば、この彼にも手紙を書いてみるかなあ。もうたしか65歳だと思いましたね。
 電話の中でもお元気でした。そして私は彼が元気なことが嬉しい思いでした。

 思えば、もっといくつもの思い出が甦ってきます。あ、ある人に手紙を書こう、と思いました。

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