将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:谷崎潤一郎

14050201
私が谷崎潤一郎で何を読んできたか思い出してみました。以下が私の好きな作品です。そして好きな順に並べてみました。

 「少将滋幹の母」「武州公秘話」「陰翳礼讃」「刺青」「盲目物語」「細雪」
 「春琴抄」「猫と庄造と二人のをんな」「新々訳源氏物語」「小さな王国」
 「蓼喰ふ虫」「吉野葛」「蘆刈」「卍」

 そして以下は好きになれない作品です。

 「痴人の愛」「鍵」「瘋癲老人日記」

 あと作品名が思い出せないものがあります。ただ私はその作品を上のどちらにいれたらいいのかわからないということなのです。
 ほとんど中2のときに読み、「新々訳源氏物語」は府中刑務所に拘留されているときに読みまして、「小さな王国」は向坂逸郎の作品で紹介があったので30歳すぎに読みました。「鍵」「瘋癲老人日記」も30歳過ぎて読んだものです。
「猫と庄造と二人のをんな」は高峰秀子の映画でも思い出します。

14043008
 一昨日のブルータス家のことと以下に書いたことを思い浮かべています。

2014/05/07 03:40今から一時間以上前から起きていました。私のブログ将門Webの「周の映画演劇館」を読んでいました。そうですね。私は「男はつらいよ フーテンの寅」をもっとすべて書かないといけないなあ。いやそればかりでなく、もっといっぱいのことがあるのですね。
2014/05/07 03:54今チラシでB5判両面印刷の明治座のものを見ています。「細雪」の公演を見に行きたいな。長女鶴子を高橋恵子が、次女幸子を賀来千香子が、三女雪子を水野久美が、四女妙子を大和悠河が演じます。私は四女役だけは知らないです。谷崎潤一郎は明治座のあるそばの日本橋蛎殻町で生まれているのですね。
 私はもちろん「細雪」は読んでいます。中2の時に読んでいて、高1でも読み返していますね。中学生の時から谷崎潤一郎は大好きな作家です。ただし、わずかに好きになれない作品もありますね。
2014/05/07 05:01しかし、谷崎潤一郎のことを書くともういくつものことを思い出しますね。そうですね。永井荷風も好きな作家です。私は漱石も好きなのですが、谷崎潤一郎も永井荷風も好きなのですね(ちょうど私は中2のときに中央公論社のこの三人の作品集10巻ずつをすべて読んだのです)。14043009
 ただし、荷風は好きな作品名をあげることはできませんが(作品はいくつも思い出しますが)、谷崎潤一郎はいくらでもあげることができます。そうなんだよなあ、なんて思うのですね。でも知りました。青空文庫では荷風はいくつもの作品を見ることができますが、谷崎潤一郎はただの一つもないのです。
2014/05/07 05:40新聞がなかなか来ないな、なんて思っていたのですが、今朝も(昨日の夕刊も)休刊日なのですね。さきほど気が付きました。そうなんだなあ。だから今テレビをつけました(消音にしていますが)。そしてでもソニーXDR-63TVで聴いています。


 そうだなあ。ソニーXDR-63TVも聴いていますが、今は自分の部屋でツインバードで聴いています。

12101327 私が源氏物語の若紫のことでで書いた与謝野晶子訳を、谷崎潤一郎の「新々訳源氏物語」を「若紫」のことを少しでも書いてみたかったのですが、インターネット上では見つかりません。私の記憶には残っているのですが、引用するのは正確でなければならないです。
 与謝野晶子訳の以下の文だけでも見つけたかったのですが、無理なのです。

「雀すずめの子を犬君いぬきが逃がしてしまいましたの、伏籠ふせごの中に置いて逃げないようにしてあったのに」
  たいへん残念そうである。

 これだけでもできないのですね。私の記憶には残っているのですが、正確ではないです。本屋で文庫本でこの巻だけ買うのも悔しいものな。
 あ、思いました。立ち読みして、私が暗記してくればいいのだ。今度そうします。

 私の大江健三郎のことで少しに、noraさんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by nora   2012年05月07日 20:38
周さんは「読書の鬼」もしくは「渉猟者」とでも言いたいくらいですね。わたしは大江さんの場合、著作より彼の社会運動に注目しています。

1205070712050708 いや私は年間300冊の本・雑誌を読むようにしていたのですが、今は200冊に落ちてしまいました。私は『「書き言葉」と「話し言葉」』ということでは、「書き言葉」を優先するような考えになったのです。話すことよりも、まずは書くことだと思っているのですね。これはこうしてインターネット上のブログに限らず、手紙を書くことでも言えるように思っています。
 大江健三郎はね、若いときには熱心に読んだのですが、もう今はまったく読まないですね。大江さんは、ノーベル賞をもらったときに、なんだかノーベル賞そのものにがっかりした思いがあります。谷崎潤一郎や三島由紀夫がもらっていれば十分納得したのですがね。
 あ、これからなら、村上春樹がノーベル(文学)賞をとれば私はまた、この賞も見直す気になるかもしれません。

12041604 私の「ネット赤ちょうちん」にNoraさんのレスがに、そのnoraさんからレスをいただいていまして、私は先にレスしました。でももう一度やります。

 まず前にも書きましたが、『源氏物語』が面白くないというのは、吉本(吉本隆明)さんが、吉本さんの『源氏物語論』で言われているのです。そこで私は、始めて何かが解けた思いでした。私は「谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』」は、1969年の8月にちょうど岩波文庫の「ファーブル『昆虫記』」と読んでいたものでした。東大闘争で、1月19日に逮捕されて、ちょうど丸8ケ月目の月でした。
 でも私はこれはかなり難しかったのです。でも私は谷崎さんは偉大だから、その面白さが感じられない自分が馬鹿なんだと思い込んでいました。はるかに昔読んだ与謝野晶子訳なんて話にならないと思い込んでいたものです。
 でも吉本さんは、与謝野晶子訳しか読んでいないのです。そこで始めて私はよく分かった気がします。与謝野晶子は、源氏が面白くてたまらないのです。ちょうど更科日記の少女が面白くて面白くてたまらないで読んだように。
 私たち今の日本人には、あんな物語は退屈と感じるのが当然で、谷崎さんはやはりどこか違う人なのです。
 私は谷崎さんの小説は、『卍』『蓼喰ふ虫』『春琴抄』『吉野葛』『盲目物語』『猫と庄造と二人のをんな』『細雪』『少将滋幹の母』『武州公秘話』『陰影礼賛』は私は大好きです。
 でも私は『痴人の愛』『瘋癲老人日記』『鍵』なんて、どうにも好きになれないのです。あとつまらないくだらない小説がいくつもありますよ。そうそう向坂逸郎が谷崎潤一郎のプロレタリア文学(とはいえないのですが)と少しいえるかなという小説を岩波新書で紹介していました。私は向坂も嫌いですから、どうでもいいのですが。
 源氏はね、面白いと感じる人もいて、それはいいのだと思います。私はこの王子の近くの西ヶ原に住んでいるドナルド・キーンが源氏物語を大きく評価しているのを、この北区の印刷物でみて、エッと驚き、「なるほど、そういう風にも読むべきなのかもしれないな」と思ったものです。
 でも私が源氏を思い出し、つまらないなあと思い出しても、『源氏物語』はいささかもその魅力はあるのだと思っていますよ。

 そういえば、私は『平家物語』も、もう違う物語なのだと気がつきました。これは『平氏物語』じゃないのですね。源平、そして木曽義仲の物語は、『源平盛衰記』でいいのですよ。私の大好きな平将門を始めとする平氏および関東武士団は、平家とは違うのです。 今になってそれに気がついて、『源氏物語』『平家物語』の優れた文学性に気がついて、驚くばかりです。

11121903 今は13時50分です。食堂で食事しています。でもいつもと同じものです。
  じゅにのそばでは、ポメラで書いているわけですが、あまりの辞書の貧弱さに嫌になるどころか、頭に来ています。
「谷崎潤一郎『少将滋幹の母』」が書けないのですよ。いやもういっぱい嫌になっていますよ。このIS01も怪しいのですが、でも辞書で登録すればいいのです。でもポメラは、もう登録しようもないのですね。もはや、登録以前の話です。 しかし、もうしょうがないよなあ。

 …ああ、ここでこう書いても「周のIS01ブログ」では、ちゃんとパソコンで打ち直して(打ち加えて)いますよ。

11091112 16日にビジネスシヨウで激辛庵さんと飲む中、東中野へ行くことになり、電車の中で、彼が急に谷崎潤一郎のことを喋りだしました。先日東中野で飲んで組合の仲間のうちへ泊まったときに、そのお父さんから谷崎の本を借りて読んだら、それが仲々面白い内容だったといいます。日本の文化のことが書いてあるといいます。

 周「それは『陰翳禮讚』じゃないか?
 激辛庵「……題名はなんだったかな?  とにかく旧漢字で書かれ
    ている古い本なんだ。最初に電線がどうたらということで始ま
    るんだ

 周「それで、たとえばトイレが真っ白なタイルなのは落ち着かな
    い、とか書いてあるんだろう

 激辛庵「そうそう
 周「だからそれが『陰翳禮讚』だよ

ということから始まって、その話を延々していました。私は谷崎潤一郎は中学生のときから好きな作家でした。だが中学では話す相手はいませんでした。入学した鶴丸高校では、さすが「細雪」や「痴人の愛」「卍」等々は読んでいる友人ができましたが、私の好きな「少将滋幹の母」や「武州公秘話」「盲目物語」などまでは話が進まず、ましてこの「陰翳禮讚」の内容まで話すことは皆無でした。それが大学へ入っても、その後も同じだったように思います。またたまに「読んだ」という人に会っても、内容までは覚えていないということで、寂しい思いをしてきました。
 それがいわば初めて、いろいろと話せた気がしています。思えば、今年正月に大掃除(本当は年末にやったのだが、遅すぎて本を棄てるのは正月になってしまった)で、本を800冊処分しました。それこそ大量に棄てました。棄てないと、もうかたずかないどころか埋もれてしまうのです。それで夏目漱石や森鴎外に始まって、藤村、秋声、花袋等々から、新感覚派、白樺派、プロレタリア文学、そして昭和前半、そして戦後期の本も大量に棄てました。でも、どうしても私は谷崎潤一郎と永井荷風の本を棄てることはできなかったのです。 私の思いでは、もしも漱石の本ならば、なんかあってもその内容をパソコンで調べるか、あるいは誰かにこの通信で「内容を調べてくれ」といえば、すぐ判るだろうとの思いがあります。だが谷崎の本は、もし何か聞かれた場合には、私はそれこそ、瞬時に応えたいし、そしてどこかで調べるというわけにもいかないのではという危惧があるからなのです。
 ところでこの「陰翳禮讚」なのですが、いったい何がいいのかなと考えてみました。日本の文化は光がまぶしいようなところではなく、ほのかとした陰翳の中でこそ存在しているのだというところでしょうか。それをいろいろなことをあげて言っています。私はいつもけっこううなずいて読んでいます。
 だが私の本心を言うと、私はこの本を中学生のときから「でも何か違うな、日本というのはこんなものなのだろうか?」という気持で読んできた思いがあります。それは谷崎さんのことが私は好きであり、内容も面白く賛同しながら読んではいるのですが、どうしてもこの「日本の文化」への谷崎さんのいうことには、どうしてか違和感があったのです。
 そうした思いをこそまた書いていきたいと思っております。

11041118 私は『源氏物語』は、与謝野晶子訳と谷崎潤一郎訳を読んでいるだけです。とくに、谷崎の『新々訳源氏物語』は、1969年の7月に府中刑務所の独房の中で熱心に読んだものです。毎号の付録に付いているものをよく読んで、「ああ、この女性はこういう関係か」なんて思っていたのを思い出します。
 この物語の中で、どうしても私が興味を持つのが、この「六条御息所」と呼ばれている女性です。彼女は光源氏よりも年上であり、源氏を愛するあまりなのでしょうが、源氏と別れたあとは、生霊としても死霊としても活躍してしまいます。
 私には、この女性が実に怖い存在でした。この女性がいなければ、この物語は優しい思いだけに包まれていたのにと思うのですね。だから実は重要な存在なのです。
 世界の長編小説を読むと、こうした女性がたくさん出てくる物語はいくつもあります。でもそれらを読むたびに、この『源氏物語』の随分あとに出来たのに、まったくこの源氏物語にはまったく少しも及んではいないな、ということを感じています。
 それはこの女性を思っても感じてしまうのです。(2011.04.14)

11041103  紫式部の書いた『源氏物語』は、私は与謝野晶子訳と、谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』を読んでいました。
 最初は、原文を読まないといけないのだろうと思い込んでいたものですが、「吉本隆明『源氏物語論』」を読んですっきりしました。私が思っていた「谷崎さんのは難しくてよく分からないな」というのは正解で、むしろ吉本隆明さんは、与謝野源氏を誉めています。それを読んだほうがすっきりするのです。まず私たちには、第一に物語の内容が普通に分かることがまず大事なのです。
 紫式部は、生年月日も没年もはっきりしません。生年は、970年(天禄元年)説から978年(天元元年)説までいくつもあります。与謝野晶子は978年だろうと言っています。また没年は1016年(長和5年)頃だと与謝野晶子は言っています。

 この物語の中で私が思い出す女性は、なんと言っても若紫とこの末摘花(すえつむはな)なのです。この末摘花は、どうしてか酷く痩せていて、鼻が異常に長く、さらに鼻先が赤いのです。だからこの物語の中で何故か唯一の醜い女性なのです。
 物語では、以下(「与謝野晶子訳源氏物語」)では以下のようなことも書いてあるのです。

 笑顔(えがお)になった女の顔は品も何もない醜さを現わしていた。源氏は長く見ていることがかわいそうになって、……

 いつも思います。源氏は優しいな。でもこれを書いた紫式部はどうなのだろうか。同じ女なのに、この醜い女性をどう思って書いたのだろうか、といつも思うのです。いつもいつも私は『源氏物語』というと、この末摘花という女性を思い出しています。(2011.04.12)

11021210 私はこの本は東大闘争で逮捕起訴拘留されていた府中刑務所の中で読んでいました。
  1969年の8月でした。でも私には難しくて、付録の図を見て「ああ、こういう関係か」なんて確認しながら読んでいたものでした。当時の私には、中学のときに読んだ与謝野晶子の訳よりは、数段上のはずだという思い込みがありましたから、その考えだけで読んでいたものでした。
 だが後年、吉本(吉本隆明)さんの『源氏物語論』を読んで、私の錯覚に気づかされたものです。与謝野晶子のほうが、源氏物語がただただ好きなばかりで、その解釈には、間違いもあるが、まったくいいものなのです。
 昨日(2010.01.01)入っていました「北区ニュース」で「特集新春対談」というので、北区長との対談で、ドナルドキーンが次のように言っています。

 読みだしたら素晴らしいものだと思いました。
 それは『源氏物語』には全く戦争が描かれていないことです。現実の世界では、その当時も戦争が起こっていましたから。

 これを読んで私は「ハッ」としました。私はそんなことを少しも考えていなかったのです。そしてまた読んでみようと思いましたが、でもそのときに、また私は谷崎の源氏を読みたいという思いになりました。どうしても、与謝野晶子へは向かわないのですね。いえ、今はもっとたくさんの方が『源氏物語』を訳されています。だから誰か他の人のを読むべきかもしれません。
 でもでも、私にはこの谷崎さんの源氏物語がどうしても思い出されてくるのです。(2012.02.13)

11020607書 名 武州公秘話
著 者 谷崎潤一郎

 私は谷崎潤一郎が中学生のころから好きな作家でした。中でも好きな作品といったら、「盲目物語」「卍」「陰影礼賛」「少将滋幹の母」「細雪」「武州公秘話」といったところでしょうか。一番好きなのはといえば、「少将滋幹の母」です。ここでは2番目くらいに好きな作品といえる「武州公秘話」を紹介します。この作品は昭和7年に完成されたものです。
 時は戦国、血腥い戦の時代です。主人公武州公は幼いとき法師丸といって、ある城にて人質として育てられます。その時にある事件がおきます。その城が敵に攻められてかなりな籠城戦になります。彼はまだ元服前なので、戦場には出してもらえません。
 戦が長引いていると、城の中で婦人たちが敵の首を整理している場所があります。なるべくその敵の首を生きているときと同じように化粧して、大将の首実検に供えるのです。法師丸は頼んで、それを見にいきます。

  最も彼を陶醉させたのは、まん中に座を占めて、髮を洗ってい
 る女であった。(中略)彼女が少年を惹きつけたのは、ときどき
 首を視入る時に、無意識に頬にたゝへられる仄かな微笑のためだっ
 た。その瞬間、彼女の顔には何かしら無邪氣な殘酷さと云うべき
 ものが浮かぶのである。

 法師丸はそういう彼女がたまらなく美しいと感じます。そしてこの首の化粧をしている場にそれからたびたび通うようになります。そしてこの得体のしれない陶酔感が最頂点に達するのが、彼女が「女首」といわれる、勿論男の武将の首だが、鼻のかけている首を手にしたときの表情を見たときでした。

  彼女のほゝゑみがいかに無心な、娘らしい笑ひであったとして
 も、──さうであればある程却って、──それが此の場合甚だ皮
 肉な邪惡に充ちたものに見え、少年の頭に果てしもない空想の糸
 車を與へた。彼はその笑ひをいつ迄眺めても飽きない氣がしたの
 みならず、酌めども盡きない妄想がそこから幾らでも涌いて來て、
 いつの間にか彼の魂を甘美な夢の國へ誘つて行った。彼はその夢
 の國で彼女と唯二人きりの世界に住み、自分自身があの鼻の缺け
 た首になっているのだった。此の空想は非常に彼の嗜好に叶つた。
 そして今迄のどんな場合よりも遥かに彼を幸福にした。

  法師丸はこの彼女の微笑みがまたたまらなく見たくなります。それには鼻のかけた女首を手に入れなくてはなりませんい。そしてなんとしてもそれを実現したく、敵陣に夜忍び込み敵の大将を殺してしまいます。そして首を取りたいのだが果たせず、どうしてか鼻だけを切りとって持ってきてしまう。しかし、このことが突如として、ほとんど勝利目前であった敵が原因不明なまま陣を引いてしまうことになります。
 話はこれからさらに思いもかけないような出来事が続くことになりますが、この事件が最後までかなりな意味を占めることになります。
 この戦国の殺伐とした城の中で、生首を化粧している美しい若い女。しかも鼻のかけている首を見たときのその微笑み、そしてそれをじっと見ている少年の姿。これはかなり強烈に読んでいるものの脳裏に浮かびます。

  心の働きはどうでも思ひ通りに支配することが出來たのだが、
 その心の奧底に、全く自分の意力の及ばない別な構造の深い深
 い井戸のようなものがあつて、それが俄に蓋を開けたのである。
 彼はその井戸の縁へ手をかけ、まつくらな中を覗いてみて、測
 り知られぬ深さに怯えた。

  これが谷崎潤一郎の求める世界なのでしょう。この世界をあくまで探求していく谷崎の文学には私はかなり敬意を感じます。この深さをどこまでも探求していくとき、その存在は確かなものだと思います。中東で戦争がおきようと、アマゾンの緑がなくなろうと、こうしてこの井戸の深さの中へ降りていっていただきたい。
 日本の戦前という時代は、こうした文学がありながらも、さまざまなものが、そのまま何故か戦争に向かって行ってしまったものなのかななんて思いを抱いてしまいます。

 ただ私は谷崎の「新々訳源氏物語」を読んだとき、かなり違うものを感じました。谷崎はあまりに普通に真面目すぎるのです。世界に誇るべき源氏なのだから、その源氏だけは正確に真面目に訳すのだということなのでしょうか。だがまた何百年後かに、彼の「武州公秘話」を、「少将滋幹の母」をこのように翻訳紹介する人間がいたら、彼は「いやそれは違うよ、俺が描きたかったのはそんなことじじゃないよ」というような気がします。(1995.11.01)

11020509 私は谷崎潤一郎が好きでした。中学2年のときに実にたくさんの作品を読みました。
 その後『新々訳源氏物語』を東大闘争で逮捕拘留された府中刑務所の中で読んでいました。ちょうど1969年の8月に「ファーブル『昆虫記』」と交互に読んでいたものでした。
 しかし、この谷崎の源氏はけっこう難しいです。私には内容がよく判りませんでした。いや、そのときに、私に「これよく判らないよ。面白くないよ」といえる勇気があればよかったのですが、私は「源氏物語は谷崎の訳が一番いいのだろう」という思い込みがありました。だが私はその後、「吉本隆明『源氏物語論』」を読んで、私の感じていたことには、根拠みたいなものもあったのいだ、やっぱり中学生のときに読んだ与謝野晶子の源氏物語の訳のほうが良かったのだと思ったものでした。
 私が好きであり、いわば親近感を抱いていた谷崎潤一郎にはたくさんの作品があります。好きな作品はいくらでもあげることができますが、この『少将滋幹の母』は少し私には面倒なものでした。
 少将滋幹という人物はほぼ姿を現しません。それよりも私には、なんと言いましても、『平中物語』とでもいう、平中の話が実に興味深かったです。そして当然この滋幹の母親に関心を持ちます。でもこの作品の中心人物だろうこの母親、「北の方」は、ただ絶世の美女というだけで、実はその姿顔も読んでいる私たちには思い浮かばないのです。
 左大臣時平が、この美女を大納言国経から奪います。色好みの平中もどうにもできません。そして最後に、滋幹がその母親に会います。そのあたりでこの物語は終わります。
 なんとなく、中学のときに読んだ小説は、「もはや読み返すこともないだろう」と思うのですが、この作品だけは読み返してみようかなあ、なんてと思うものなのです。(2011.02.06)

11012107 何年か前に、金曜日の夜に帰宅するときに、コンビニの周りで「少年ジャンプ」の発売を待っている多くの男の子たちの姿を見たものでした。本屋だと月曜日発売のジャンプを誰よりも早く読みたいのです。そして彼らが読みたい漫画はもちろん「ドラゴンボール」でした。
 私はこの少年たちの姿を見るときに、いつも平安の時代に紫式部の出す「源氏物語」を心待ちにしているたくさんの少女たちの姿を重ね合わせて感じていました。そして、この少女たちのずっと後輩に與謝野晶子がいるのだな、と思うのです。

書  名   源氏物語
訳  者   與謝野晶子
発行所   角川文庫

 私が源氏物語の世界に初めて接したのが、ちょうど21歳のときでした。谷崎潤一郎「新々訳源氏物語」をいっきに読んでしまいました。当時私は学生運動のことで、府中刑務所の拘置所にいたので、ひとりで誰にも邪魔されることなく読むことができました。しかし、かなり難しいのです。ちょうど中央公論社版で毎巻に登場人物の関係図があり、それを見ながら、「あ、そうか、これはこういう関係か」なんて確認しつつ読んだものです。
 しかしそれにしても難解なことには変わりありません。源氏と各女性たちとのあいだにとりかわされる短歌なんか、いくら読んでもさらによく分かりませんでした。これだと原文の源氏って、もっとむづかしいんだろうななんて想像していました。

 ところが、吉本さんの源氏に関する文とか、小林秀雄に関する文などを読むようになってから、どうも私のこの源氏に対する感じはなにか違うのじゃないかなと思い至るようになりました。
 もっと源氏は軽く読んでいけるものなのではないか。手軽に読んでのちに、いろいろなことが見えてくるのではないのかと思い到ったのです。谷崎源氏では、あまりに律儀に律儀に忠実に原文にそっているだけで、少しも面白く読んでいけません。そうしたときに、昔中学生のころ、少し接したことのある、與謝野晶子の訳で源氏に迫ってみたいと思いました。
 そしてどうやら、吉本さんのいうことの意味が少しは判ってきたものです。

 小林、宣長の源氏理解の欠陥
  宣長の「物のあわれ」論は、「源氏物語論」としてだけでなく、
文学論としても画期的なものだったが、敢えていえばもうひとつこ
の物語の奥行きを測るところまではゆかなかった。
 わたしたちが現在『源氏物語』をたどるとき、この作品が作者と
語り手の完全な分離に耐えるものであることが、すぐに理解される。
宣長の『源氏』理解と、それをいわば円環的に追認し、情念を傾け
る小林秀雄の『源氏』理解の欠陥は、すぐに「宇治十帖」を論じて
いる箇所にみることができる。
(「小林秀雄について」1983.5「海」に掲載 「重層的な非決定へ」
1985.9大和書房に収録 「追悼私記-小林秀雄批評という自意識」
1993.3JICC出版局に収録)

 つまり現在の「源氏」理解では、この物語が作者と語り手の完全
な分離に耐える優れた作品であるという点まで到っているというこ
とだと思う。小林にも宣長にも、そのことの読みが欠けていたとい
うことなのだが、小林にはさらに宣長の「物のあわれ」論にも至っ
ていなかったのではと思われるのも吉本さんの指摘である。
                         (周の『吉本隆明鈔集』より)

 私はこの長大な物語のなかで、好きになれるところ、好きになれる女性といったら、空蝉と夕顔でした。だが、たとえばどうして、空蝉は源氏の思いを拒絶するのか、どうして夕顔は突然死んでしまうのかがよく判りませんでした。

  こうした空蝉とか夕顔とかいうようなはなやかでない女と源氏
 のした恋の話は、源氏自身が非常に隠していたことがあると思っ
 て、最初は書かなかったのであるが、帝王の子だからといって、
 その恋人までが皆完全に近い女性で、いいことばかりが書かれて
 いるではないかといって、仮作したもののいうように言う人があっ
 たから、これらを補って書いた。なんだか源氏にすまない気がす
 る。                     (「夕顔」)

 こうして「なんだか源氏にすまない気がする」といっているのは、語り手なのですが、作者は「すまない」といっているわけではなく、厳然と読者に対して向っている力強い女紫式部を感じてしまいます。ここらのことが、與謝野晶子が「源氏物語」の中に力強く自立した女を感じてこうして訳していった動機なのかなとも思います。「源氏物語」は源氏の華やかな女性遍歴の物語なのではなく、その中に力強い作者の存在をも感じられるのです。おそらくは藤原道長に口説かれたこともあったであろう作者が空蝉の姿でもあり、また夕顔を殺してしまうのは、源氏自身のなかにある、「貴種」としての、もうひとりの源氏なように思います。
 與謝野晶子には、「源氏物語」はよく読み込んできていた物語なのだと思います。だから、読んでいると、書いているのが、紫式部なのか、與謝野晶子なのが判らなくなってくるところがあります。これが谷崎源氏だと、おおいに違うのですね。正確に正確に、そして谷崎はこの物語に魅せられすぎているように思われます。それに対して、與謝野晶子には、この物語がもう自らのものとして、こなれすぎているような感じがあります。谷崎は何度も何度も源氏を訳しなおします。多分もっと生きていたら、また訳し直して完全なものを作ろうと考えたのではないでしょうか。與謝野晶子はそうではなく、こんなに面白い身近な物語を、出来るだけ大勢の女性たちに読んで貰いたいとのみ思っていたように、私には思えるのです。
  ただ私にはまだまだ源氏にはもう少し迫り足りないように思っています。また何度も、読み返していきたいなと思っているところです。(1998.11.01)

11011906 16日にビジネスシヨウで激辛庵さんと飲む中、東中野へ行くことになり、電車の中で、彼が急に谷崎潤一郎のことを喋りだしました。先日東中野で飲んで組合の仲間のうちへ泊まったときに、そのお父さんから谷崎の本を借りて読んだら、それが仲々面白い内容だったといいます。日本の文化のことが書いてあるといいます。

 周「それは『陰翳禮讚』じゃないか?」
 激辛庵「……題名はなんだったかな?  とにかく旧漢字で書かれ
        ている古い本なんだ。最初に電線がどうたらということで
        始まるんだ」
 周「それで、たとえばトイレが真っ白なタイルなのは落ち着かな
    い、とか書いてあるんだろう」
 激辛庵「そうそう」
 周「だからそれが『陰翳禮讚』だよ」

ということから始まって、その話を延々していました。私は谷崎潤一郎は中学生のときから好きな作家でした。だが中学では話す相手はいませんでした。入学した鶴丸高校では、さすが「細雪」や「痴人の愛」「卍」等々は読んでいる友人ができましたが、私の好きな「少将滋幹の母」や「武州公秘話」「盲目物語」などまでは話が進まず、ましてこの「陰翳禮讚」の内容まで話すことは皆無でした。それが大学へ入っても、その後も同じだったように思います。またたまに「読んだ」という人に会っても、内容までは覚えていないということで、寂しい思いをしてきました。
 それがいわば初めて、いろいろと話せた気がしています。思えば、今年正月に大掃除(本当は年末にやったのだが、遅すぎて本を棄てるのは正月になってしまった)で、本を800冊処分しました。それこそ大量に棄てました。棄てないと、もうかたずかないどころか埋もれてしまうのです。それで夏目漱石や森鴎外に始まって、藤村、秋声、花袋等々から、新感覚派、白樺派、プロレタリア文学、そして昭和前半、そして戦後期の本も大量に棄てました。でも、どうしても私は谷崎潤一郎と永井荷風の本を棄てることはできなかったのです。
 私の思いでは、もしも漱石の本ならば、なんかあってもその内容をパソコンで調べるか、あるいは誰かにこの通信で「内容を調べてくれ」といえば、すぐ判るだろうとの思いがあります。だが谷崎の本は、もし何か聞かれた場合には、私はそれこそ、瞬時に応えたいし、そしてどこかで調べるというわけにもいかないのではという危惧があるからなのです。
 ところでこの「陰翳禮讚」なのですが、いったい何がいいのかなと考えてみました。日本の文化は光がまぶしいようなところではなく、ほのかとした陰翳の中でこそ存在しているのだというところでしょうか。それをいろいろなことをあげて言っています。私はいつもけっこううなずいて読んでいます。
 だが私の本心を言うと、私はこの本を中学生のときから「でも何か違うな、日本というのはこんなものなのだろうか?」という気持で読んできた思いがあります。それは谷崎さんのことが私は好きであり、内容も面白く賛同しながら読んではいるのですが、どうしてもこの「日本の文化」への谷崎さんのいうことには、どうしてか違和感があったのです。
 そうした思いをこそまた書いていきたいと思っております。(1996.05.19)

 一昨日青空文庫で、この作品を読んで涙を流していました。やはり太宰治はいいですね。そして、この作品の対象になった藤野先生もいいです。魯迅が書いた『藤野先生』もいいですが、この太宰治も実にいい文章です。そして太宰治は実に丁寧に書いていますね。
 思えば、よく太宰治がこの作品を書いていてくれました。もしも、谷崎潤一郎だったら、魯迅の作品と比べられるようなものにはならなかったでしょう。いやこれは、そんなことを言い出す私がおかしいのです。
 この作品を読んで、主人公以外の学生たちのことも思い浮かべます。そしてみなが船に乗って見ているだろう松島のことも思い浮かびました。
 幻燈の中で小さな映画の映像を見つめている魯迅を思います。その気持を少しは思いやることができたのは、太宰治だけだったのです。他の作家を何人も思い浮かべました。どの作家も思い浮かべても、この「魯迅『藤野先生』のことでは、太宰治には比較のしようがないのですね。いや、そもそも魯迅の作品の素晴らしさを判っている方がどのくらいいるのでしょうか。
 そのたびに私はただただ太宰治を思い浮かべるのです。

b54acfd6.jpg

 今朝の日経新聞の最終面の文化面が『「源氏物語」きょうで1000年−世界で深まる原文研究』の記事があります。

 源氏物語が、宮中で読まれていたことが文面に記されて今年でちょうど千年。
(中略)
十一月一日は、紫式部日記に源氏物語の記述があったまさに当日。

 そうなんだ、と思いました。でも私は、『源氏物語』は、與謝野晶子と谷崎潤一郎の訳だけしか読んでいません。原文なんて、まさしくこれからも読むことはないでしょう。谷崎潤一郎『新ゝ訳源氏物語』を読むのだけで一苦労の私には、「原文で読む」なんて、まったく思いもよりません。

 一般に源氏が世界で高く評価される理由は、時代に先駆けて近代小説の様式を確立したためと言われてきた。人間の葛藤、心の動きを画く近代小説は、欧州でははるか後の十八世紀にならなければ登場しない。
 ただ、こうした言説は、西洋の文学史の基準から生まれた評価ともいえる。これに対し「むしろ近代小説とは対立する源氏のもう一つの要素『歌物語』の側面も評価すべきだ」と、コロンビア大学のハルオ・シラネ教授はシンポジウム「源氏物語の魅力」(国文学研究資料館主催)で語った。
 和歌には三人称の物語に一人称の内的視点をもたらしたり、時間を一時的に停止、あるいは循環させたりといった、西欧文学にはない働きがある、とシラネ氏は分析。「物語と和歌の緊密な結びつきが源氏の最大の魅力」と評した。
 チェコ出身で源氏のチェコ語訳者でもあるカレル・フィアラ福井大教授は、同シンポで作品が持つ特殊な時間感覚に触れた。全体の構成は、語り手が「現在」から「過去」に生きた光源氏の足跡をたどる、という形だが、ときに「過去」の源氏が「未来」に思いをはせたり、その「未来」を語り手が「過去」の出来事として述べたりする。
 入れ子状になった時間の中を紫式部の視点は自在に移動し、破綻させることなくまとめている。「内的遠近法」とも呼べる手法は、じばしば西洋の近代小説の大家、マルセル・プルーストと比較されるが「趣が違う」とカレル氏は見る。
 その上で「紫式部が編み出したこのような手法は、まだ完全には現代の作家によって用いられておらず、未来の小説手法かもしれない」と将来の検討課題をあげた。

 うーん、そうなんだと思いながら、でも源氏の退屈なところも私は思い出してきていました。あんなに源氏が女性を求めるところは、実はその繰り返しとも思えるところが、少々退屈にもなってきます。個々の女性には、また違った個性があり、それを魅力とも思えるのですが、そしてそいうふうに読もうと考えるのですが、どうしても退屈感を抱いてしまうものです。
 多分、與謝野晶子などは、ただただ面白く読んでいけたのでしょうね。谷崎潤一郎は、この物語こそ世界に誇るべき小説なのだから、より正確に訳していこうという気持だったのでしょう。でも私には、よく判らなかったのですね。
 私には「吉本隆明『源氏物語論』」がどうしても、一番興味深く読んでいた源氏なのですね。その思いは、たぶんこれからも変わらないでしょう。

続きを読む

08062606 明治時代の町家の娘さんというのは日ごろから『源氏物語』を読んで親しんでいたんじゃないでしょうか。声に出して読みながら、『源氏物語』を体で読み込んでいた。与謝野さんの訳は、いかにもそう思わせるような現代語訳になっています。つまりあの人は、言語学敵に正確に読むというより、音声と文章の意味を綯い交ぜにしたような感覚で読んでいって、そうして『源氏物語』を身につけた人だと思います。ぼくはそう解釈します。
 いまは国文学者が書いた研究書や註釈書もいろいろそろっているし、作家の手になる現代語訳も現在に近いほど正確になっているように思います。それでもぼくは、谷崎(潤一郎)さんや円地文子さんのものより与謝野晶子のもののほうがほんとうらしいのではないかと思っています。点(読点)や丸(句点)でもって、自由に原文をきっちゃっていますから、誤訳も多いように思いますけれど、与謝野訳で読むのがいちばん『源氏物語』の雰囲気に近づけるのではないでしょうか。
(「日本語のゆくえ」『第一章芸術言語論の入口 『源氏物語』を読む』)

 まず『源氏物語』の雰囲気を知るということが大切なことだと思います。その点は、この与謝野晶子訳が一番いいのではないかというのは、充分に判るところです。いえ、私には谷崎さんでは、難しすぎるわけなのですね。なんと言っても、『源氏物語』を知るのには、与謝野晶子訳がいいのだということは、こうして吉本さんが言ってくれることで、始めて安心して源氏を知ってこられたという思いがするのです。

続きを読む

f84b0c4c.jpg

 ひとつのセンテンスのなかで、主語(主体)が入れ替わってそまう例もたくさんあります。ところがそこをチョンと、読点で区切っただけで、ひとつの文章になっていると、主語(主体)が入り混じってしまって、いったい誰がこの動作の主体なのかわからなくなってしまう。その意味でも、ぼくらみたいな素人は、まともに原文で読むのは時間のロスだから『源氏物語』は現代語訳で読んだほうがいいと思います。それで十分理解できるはずです。
 では、だれの現代語訳がいいかといえば、ぼくは与謝野晶子の訳がいちばんいいと思っています。
(「日本語のゆくえ」『第一章芸術言語論の入口 『源氏物語』を読む』)

 私も学生時代に、谷崎潤一郎『新々訳源氏物語』を読んだものでした。だが私には、難しすぎた思いばかりでした。こんなに大変なんだから、原文なんて、もっと大変なんだろうなあ、と思っていたものです。与謝野晶子の『源氏物語』は中学生のときに、最初の巻だけ読んだものでした。でもそのときから、源氏はやっぱり谷崎だろうなんていう思いがあったものでした。だが、吉本さんのこの言を、『源氏物語論』で読み、私はすぐ与謝野晶子で読んでみたものでした。ものすごく『源氏物語』を読むことが、身近なものになった気がおおいにしてきたものでした。

続きを読む

36efdc8e.jpg

 清少納言と紫式部きなりずむ のきなりさんが以下のコメントを書いてくれました。

1. Posted by きなり    2007年12月16日 10:35
リンク、そしてトラックバックをありがとうございました!私は源氏物語は円地文子から入り、その後与謝野晶子、谷崎潤一郎と続きましたが、与謝野晶子がやはり読みやすかったです。しかしなんといっても、楽しいのは田辺聖子さんの源氏です!それから、これは私の中学(高校?)時代からの愛読書で、「むかし・あけぼの」がとても良いです。この本で私は清少納言のファンになりました。「田辺聖子と読む蜻蛉日記」も読んだはずなのですが、周さんがおっしゃった「自然に対する清少納言の考え方、紫式部の考え方、そしてもちろん蜻蛉日記の作者の自然のとらえ方」について、あまり考えずに漫然と読んでしまっています。また読み直してみたいと思いました!教えてくださってありがとうございます。

 ありがとう。そしてもう私はとってもこうしてきなりさんと会話できることが嬉しいです。 円地文子さんの源氏は読んでいません。でも読まなくちゃいけないなあ、今真剣に思いました。
 私が谷崎潤一郎の「新々訳源氏物語」を読んだのは、ちょうど東大闘争で府中刑務所に勾留されているときの1969年の7・8月でした。ちょうど岩波文庫の「ファーブル『昆虫記』」と一緒に読んでいたものでした。でも読んでも読んでも私には谷崎の描く源氏物語は難しかったのです。

 私はついこの間、妻に話したことなんですが、こんなことを言っていました。

 日本の女流作家というと、まず樋口一葉が浮かんでくるが、でもその他というと、例えば、坪井栄とか宮本百合子じゃ、しょうがないしなあ、私は宮部みゆきは好きだけど、やっぱり、この田辺聖子が、とてつもなくいいねえ、ほかにはね、いないなあ………なんて考えていたら、何を言っているんだ、紫式部と清少納言がいるじゃないか。おれは駄目だなあ………。

 ただ、紫式部は、清少納言のことをかなり嫌っていますね。仕方ないのかなあ。

 私が 周の雑読備忘録「『田辺聖子珠玉短編集6』」 の4 の中で、田辺聖子のあとがきの中の言葉を次のように抜き出しました。

あとがき
 田辺聖子は、「蜻蛉日記」のことを次のように言っています。

 これは哀切でやるせない私小説であるけれども、見方をかえると、ものすごいユーモア小説である。それが私のパロディ欲をそそった。 <荘厳と滑稽は紙一重の差だ> とナポレオンもいっている。『蜻蛉日記』はどんなにでも深刻に現代語訳できる古典で、事実、そんなのを好む人も多い。

 また、兼家について、このように言っています。

 兼家という男にピントを会わせればユーモア小説になり、蜻蛉という女にピントを合わすと深刻な悲劇の、 <女の一生> ものになる。私はユーモアのほうが好きだから、男にピントを合わせた。

 うん、だから面白いのですね。

 私は田辺聖子が書いてくれるのなら「蜻蛉日記」も読んでいけますが、やはり、本物は苦手ですね。
 源氏物語も、谷崎潤一郎が書いているのは、私にはどうしても難しすぎます。谷崎さんて、なんて真面目すぎるんでしょうか。

 でもこうして、きなりさんのように、ちゃんと古典の世界も知っている方のことを知り、そのお話も少しでも知ると、またちゃんと読んでいこうと思います。

 今ちょっと前に同じマンションのポコちゃんの家に行ってきました。ポコちゃん家族の年賀状の写真を撮るためです。もう3人は、綺麗に撮れましたよ。もう可愛くて可愛くて仕方ありません。私を見てにっこり笑ってくれるのです。

続きを読む

07ba9a41.jpg

 以下、私が午後7時台に書き終えた母宛ての手紙です。もうポストには入れました。実際の手紙とは違って、ここでは名前等はハンドル名にしてあります。

   萩原たか子 様

               2007年6月27日

                周のURLメール
                今の王子の住所電話等
 前略
 またひさびさの手紙になってしまいました。この6月はこれで3通目です。
 おはぎにもブルータスにも手紙を書いています。そして私の何人かの友人にも手紙を書いていますよ。おはぎの子ども(私の孫でばあちゃんのひ孫)のポコちゃんが字が読めるようになったら、書きますよ。でもまっさきには、ケータイメールかな。今では、みーねえの二人の息子(ばあちゃんのひ孫だよ)とは、私はケータイメールをしています。
 私が中学2年のときに、ばあちゃんの中央公論社の夏目漱石集や、谷崎潤一郎集、永井荷風集が実に読んでよかったものです。漱石は他でも読めたでしょうが、谷崎と荷風の本をあれほどいわばほとんど読めたというのは、実によかったなあと思っています。ばあも文学少女だったんだねえ。
 谷崎潤一郎は、その後も読みまして、『新々訳源氏物語』を府中刑務所にばあが差し入れてくれて、それを読んだの最後かなあ。そのあとは、みなどの本も読み返すばかりでした。しかし、一応いうと、谷崎の作品も退屈なものもありますね。それと荷風は、中学生には、あまり面白いとは言えませんでしたが、その後実にこのごろは、どうやら少しは判ったような気がしています。荷風という人はお父さんが漢詩人だから、今の私にはとても興味深いのです。
 でもその意味では、漱石もあの当時は全然判らなかったわけですが、漢詩がいいですね。私もこの歳になって、やっとその良さが判ってこれたように思います。といっても、もう私は59歳、あの漢詩の多くを書いていた時期の漱石の歳をはるかに超えてしまいました。三年前修善寺にママ、おはぎ、ブルータスと4人で行きました(泊ったのはまた別な温泉です)。修善寺というところは、私には、頼家、実朝、政子のことしか思い浮かばないものなのですが、思えば漱石をこそ思い出すべきでしたね。もう実に反省しています。
 おはぎもブルータスも、こうして一緒に温泉に行くと、実に愉しいですよ。少し残念なのが、家族4人のときは、温泉の前までは4人でわいわいお喋りしながらいきますが、温泉そのものは男組・女組で別れてしまうことです。
 でも今年からは、ブルータスも結婚して、ポコちゃんもいますから、男組・女組の数が4対3なのです(昨年は、おはぎの彼ミツ君がいましたから、私独りではありませんでした)。
 だからこれはいいですよ。ポコちゃんにも赤ふんさせて、私と二人威張って入ります。これはもう今から愉しみです。             早々

続きを読む

29e3cd8e.jpg このブログのサイドバーの「アマゾン」を今までの「森鴎外」から「吉川英治」にしました。最初は「徳富蘆花」にしてみたのですが、蘆花ですと、著作の書名は出てくるのですが、画像がないのですね。このサイドバーに置いておくのは、画像が欲しいのです。そうしないと淋しいではないですか。
 それと、私のサイドバーには、「アマゾン」は3つあります。一番上は「吉本隆明」で、次は、このブログの内容で変化するもの、そして3番目が私は指定するものです。過去には、「夏目漱石」「谷崎潤一郎」「永井荷風」としてきました。ここもまずはとにかく画像が出てくるものが大優先です。
続きを読む

07012601 谷崎潤一郎のことで を読み直してみて、「あれッ、なんか忘れているな?」と気付き、すぐに思い出しました。でもそれを書くのがいまになりました。「少将滋幹の母」が私は谷崎潤一郎の中で一番好きな作品です。
 この物語は、少将滋幹のことが書かれているのかというと、そうではなく、「主人公は誰なのだろう?」と思ってしまうところがあります。「平中物語」と言っていいような、平中の色好みの話から始まります。私はこの平中のことがとても好きになったものでした。
 でもこの平中よりも、藤原時平のほうが、何枚も上手(うわて)でした。そしてやっぱり、この「滋幹の母」である北の方がやはり中心人物なのですが、でもこの美女はよく画かれていません。いつら想像してもその姿も顔も浮かんできません。私の想像力不足なのではなく、潤一郎の画き方がそうなのです。
 ただ最初に読んだときから、けっしてうまく書かれている小説だとは私は思いませんでした。ただ、こうした物語を追及していく潤一郎には実に私はあごがれのようなものを持ちました。

 あと今また思い出しました。けっして私には好きだとはいえない作品ですが、「小さな王国」も興味深かった作品です。やっぱり潤一郎も社会主義・共産主義に憧れを持ったところもあるのでしょうか。

 ただ思えば、この作家は戦争中ずっと「細雪」を書いているのですね。そう思うと、また「細雪」を読み返してみようと今思いました。

続きを読む

63d252eb.jpg

 私のこのブログのサイドバーのアマゾンを今までの「東欧文学」から「谷崎潤一郎」に替えました。いえ、要するに、ここには、なるべく画像があったほうが、このブログの見栄えがいいだろうという思いで、いろいろと考えているのですが、それでときどきこうして替えてみるのです。
 でも「谷崎潤一郎」に替えまして、そこのある画像の本のことで、いくつものことを思い出していました。

「陰影礼賛」は、私は谷崎の中で一番好きだといえるようなものです。私は以下に

   谷崎潤一郎「陰翳禮讚」のことで

書いていますが、谷崎潤一郎のことは、中学2年のときにかなりな量を読みまして、大好きな作家になりました。
 とくにその頃から、「一番好きな作品は?」と聞かれたら、「武州公秘話」「盲目物語」と、この「陰翳禮讚」をあげていたかと思います。その「陰影礼賛」がまず最初に出ていて、私は納得しました。
 次の「文章讀本」は、私は随分あとになって読んだ本です。たしか50歳を過ぎた頃始めて読みました。
 次の「細雪」は、中学生のときに2度読みました。私は雪子が一番好きだったかなあ。
「痴人の愛」は、そうですね。あまり面白くは読めませんでした。なんというかな、あまりに現実の世界とはかけ離れていたからです。その意味では「もっとかけ離れている」と思うだろう「卍」は実に好きになれた小説でした。
 次の「刺青」は、中学生の私には刺激的なわけの判らない世界でしたが、私は好きでした。それと余計なことですが、私は今もこれを「しせい」と呼んで「いれずみ」とは読めません。
「春琴抄」も好きな作品です。
「鍵」と「瘋癲老人日記」は私が読んだのは30代でしたが、私は少しも面白くなかったです。
「新々訳源氏物語」は、私は学生運動で府中刑務所にいるときに読みました。なんというかな、大変に難しく思いました。私はどうみても、与謝野晶子の「源氏物語」のほうが好きになりました。
「猫と庄造と二人のおんな」は、中学生のときに読みましたが、実に面白い、いいですね。後年映画で、私の大好きな高峰秀子が主演しているのを知りました。

 そうですね、でも私はやっぱり「武州公秘話」が一番好きな作品ですね。でもでもいつも思います。この武州公って、現実の歴史の世界では誰のことなのでしょうか。

続きを読む

↑このページのトップヘ