将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:足利直義像

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 この画像が私たちは、源頼朝の像と足利尊氏の像と習ってきました。でもそうなるにはかなりいい加減なことがあったようです。
 今はこの従来源頼朝の像と思われたものは、足利直義像で、足利尊氏の像といわれてきたものは高師直(こうのもろなお)像であるようです。
 なお従来平重盛像といわれてきたものが足利尊氏の像ということです。15012902
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 なお上の3番目の像が頼朝で、4番目の像が尊氏です。5番目は上に書きましたように尊氏像です。
 多分、豊臣秀吉や徳川家康も誤解していたのかなあ。

X12120412 昨日大きな地震があって、けっこうこのマンションも揺れました。

2012/12/08 06:00昨日大きな地震がありましたね。けっこう長く揺れましたよ。
 でも前にはケータイに地震に関する情報が入ってきたのですが(前に新宿法務局から新宿都税事務所まで歩いている時にあったと思います。10年くらい前かなあ)、今は入ってきません。
 あ、前にはケータイに「地震情報」というメニューがあったように思い出しました。今はないです。あとでインターネットで調べてみましょう(今はリビングなのでパソコンのそばではないのです)。
 さきほど、私の「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」を書きましたが、そこで源頼朝像のことを書きました(今はあの像は足利直義像と言われます)。足利尊氏像も今では、高師直像と言われています。
 もうこのポメラはこうした人物名を書くのには大変な苦労です。もう嫌になってしまいます。

 このポメラでは、「ただよし」とか「もろなお」と入れてもまともに変換されないのですね。ここには、その高師直像を置きます。私はこの人物が好きなのですね。京都二条河原の落書とはこの人物を詠っていま12120805す。いや、私は真面目で戦の下手な直義もその子直冬(実は尊氏の子どもでした)も、そして尊氏が一番好きです。いやどう見ても、戦の下手としか思えない新田義貞も好きですね。新田義貞はいつも鎌倉で思い出しています。

 「地震情報サイト」をサイドバーに置きました。

1212070112120702 これでまたいくつものことが分かりました。

 やれ、おぬしが首をかしげるのもごもっともでござるの。

 しかし、二人の子供はどうしたのかと気になりますが、これは私が一番気になっていたことですが、これは少しは安心しました。だが当の新的矢六兵衛はどう思っているのか。この挿絵が、その新六兵衛の姿です。

 ・・・。梯子(ていし)段から振り返れば、六兵衛は格子窓から入る夕陽の縞(しま)の中に、やや俯いて座り続けていた。

 このシーンは印象的です。この時の新六兵衛はいかばかりの思いなのだろうと想像してしまうのです。
12121001 すべては、淀屋辰平が悪辣だ、いやもともとは的矢六兵衛が悪いとも思いますが、幕府がいけない、いや武士そのものがいけないなんて思いました。
 昨日テレビNHKで頼朝の肖像画を頼朝像としてやっていました。もうあの像は、源頼朝像ではなく、足利直義像だというのは今では常識だと思っていたのですが、なんでそんな常識を敢えて破るのかなあ。

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