将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:足袋

aed2824a.jpg 私の家の近くの郵便局よりも、王子本局のポストに入れに行くことが多いです。とくに、きょうにような日曜日や休日はそうしています。だから、もう6時には収集されています。
 でも自転車で走っていて、実に寒くなりましてね。私は素足に下駄ですから、それが今朝は寒いのです。一昨年からは、足袋を履くようになりましたから、もう履こうかな、と思って今足袋を出してきました。
 でも思えば、非常にいろいろと動き回っていますね。私は家では、こうしてパソコンに向かっていることも多いのですが、実はかなりあちこち動き回っています。
 昨日も、私の長女の家に2度行きまして、夕方義母のお迎えをして、それから次女夫妻と長女とポコ汰とポニョを迎えて、それから次女のハロインの魔女の帽子他を買いに行きまして(でももうハロインは前日だから、手に入らなかった。クリスマス用品もまだありません)、また帰って、パソコンに向かってUPして、またすぐにポニョをあやしていました。ポコ汰ともお喋りしました。
 あ、手紙は2通出しました。一つは、たくさん写真の紙焼きを入れましたよ。
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 私が学生の時代から着物であちこち歩いていました。でも下駄の姿でもけっして足袋は履かなかったものでした。そういえば、着物の下にも股引き襦袢を付けませんでしたね。
 それで、ある年配の優しい女性が、私に「着物のときには、こういうものは付けてもいいのよ」と下着と足袋を買ってくれました。たしか、大学4年か5年のときだったかと思い出します。
 でもその後、足袋を履くことのないままにきまして、このごろ下駄を履くのに、もう私の年齢では素足ではつらいのです。
 それで我孫子の自宅へ帰って、足袋を探して持ってきました。1足はもう使えないほどくたびれていて、あと2足ありましたから、それを交互にしてはいていました。
 ところがそのうちに一足の一つの足袋がどこかへ行ってしまいました。
 それで困り果て、9日に足袋を買おうと思いました。それで、王子銀座商店街ホームページから 王子銀座商店街振興組合加盟店一覧 を見まして、ながじまや に行きました。
 それでやっぱり履いてみますと、大変に気に入りましたので、昨日13日ももう一つ購入に行きました。

 購入したのは、

   きねや足袋株式会社  埼玉県熊谷市問屋町3-1-7

の「金印綾紺足袋」というものです。
 でもまた領収書をもらってくるべきだなあ。2度買ったのに正確な値段は忘れてしまいました。

 写真は、その今私が履いている足袋です。

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 やはり、足袋にしてからいいですね。義弟と妻が日本キリスト教団王子教会の「召天者記念礼拝」に行くのに、忘れ物をして午後12時ちょっと前に私が届けました。
 またたった今は、王子郵便局とサミットストアにも行きました。足袋をしていると、実に軽快に自転車で走れます。
 こうして、王子の街をあちこち走っていますと、実にいい街だなと感じます。

 今この王子教会のブログを読みまして、11月12日の週報コラム「ひだり手」で次を読みました。

★王子教会の礼拝の説教で丸2年をかけてマルコによる福音書を読んできました。今日でマルコによる福音書を全部読み終えることになります。改めて読み通してくる中で、新たに気づかされたこともありました。
★マルコによる福音書は他の福音書に比べて、イエス様の「言葉」よりも、その立ち居振る舞いに焦点が当てられていることが多いような気がします。

 思えば、私が聖書では「マタイ伝」の次によく読みましたのは、この「マルコ伝」でしょうか。

 以下マルコ伝の第15章です。

三時にイエス大聲に『エロイ、エロイ、ラマ、サバタクニ』と呼ばわり給ふ。これを釋(と)けば、わが神、わが神、なんぞ我を見棄て給ひし、の意(こころ)なり。傍らに立つ者の或人々これを聞きて言ふ。『見よ、エリヤを呼ぶなり』。一人はしり徃きて、海綿に酸(す)き葡萄酒を含ませて葦につけ、イエスに飮ましめて言ふ。『待て、エリヤ來りて彼を下すや否や、我ら之を見ん』。イエス大聲を出(いだ)して息絶え給ふ。聖所の幕、上より下まで裂けて二つとなりたり。イエスに向ひて立てる百卒(ひゃくそつ)長、かかる樣にて息絶え給ひしを見て言ふ『實(げ)にこの人は神の子なりき』

 でも、もう少し引用したいのですが、やっぱり文語で舊字で書くのは大変なんです。
 思えば、学生運動をやっている学生の頃、少しのキリスト者に会って話をしたことがあるけれど、もう少し話しておけば良かったな。

 あ、足袋をした下駄で自転車で走るのはいいなあ、という話から違うことになってしまいました。

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 私は昨日夕方、妻に言われましてビールを買いに(義弟が四国から来るからです)、王子駅前の東武ストアまで行きました。自転車に乗っていきますと、すぐそばです。

 でも当然そのときは、下駄を履いていきました。この下駄は 由比ヶ浜大通りで買った下駄 なのです。でもそこに次のように書きましたように、

 さて、これで王子の街を歩くぞという気持でしたが、ところがところが今の都会は大変ですね。面倒ですね。

 下駄には問題があります。

1.今のマンションのようなところでは、実に歩くと、音がうるさく聞こえてしまうことです。
2.秋から冬になると、素足では大変に寒くなる。

 まず1は、どうしても気になってしまいます。大変に音が大きい。今はこうしてどこもちゃんとした床になっちゃったからかな、なんて思いました。このマンションの廊下も玄関も大変に大きな音がしてしまいます。いや街自体がそうです。それで、どうしても意識が委縮しがちです。
 2の寒さのことですが、学生の頃は真冬でも雪の上でも下駄だったのですが、よく平気だったよなあ、と思いました。でも、もう私は孫がもうすぐできる歳です。そうしたら、目森一喜さんから、足袋を履くことを勧められました。それで我孫子の自宅へ行ったのですが、先週行きましたときには、すっかり忘れ果てていました。それで、昨日ブルータス用のテレビ受取に我孫子の自宅へ行きましたときに、この足袋を2足持ってきました。
 それで、この昨日夕方始めて足袋を履いて下駄で自転車に乗りました。実に快適です。この2の問題は解決です。

 それで王子の街を自転車で乗って走っているときに、下駄を履いていた学生のときを思い出しました。
 今の王子のマンションの廊下を私が下駄で歩くと、大変にうるさいなという思いです。でも思えば、私が学生時代下駄で歩いていたときも、考えてみればうるさかったはずです。埼玉大学の校舎でも、私の下駄の音はうるさかったのでしょうね。あの頃は全然そんなことを気にしていなかったのです。思えば、いけない学生だったなあ。
 私は教育学部の中学校課程の社会科専攻生で、東洋史専攻でした。それで私の卒論は、一人の先生が担当でした。私が6年のときは、私だけが卒論専攻なので、あの先生はいつも困っていたようです。そもそも私がいっこうに先生の研究室に現れないのです。
 あるときに、自分の学部の前を歩いていたら、地理のN先生といういい先生が、「こら萩原、E先生が君が来ないから困っているよ。あの先生は下駄の音がすると、君じゃないかと研究室を飛び出しているんだ」と私の身体を捕まえて、手をひっぱってそのE先生の研究室に連れていきます。
 そこで、その研究室に入ると、その先生が、「一体今年は卒業する気があるのか」と聞いてきます。私は「まあ、どっちでもいいんです」なんて言っていますと、

 それじゃ、大学は8年いられるから、まだいいんだよ

というので、私が

 じゃ、来年は7年生だから、あんまり授業もないから思いきり暴れてやるかな。この校舎も封鎖されたことないから、私がやるかな…。

というと、

 やっぱり絶対卒業してくれないと困るよ。

というのです。思えばいい先生だったな。
 それからだんだん思い出すと、私より2年下の同じ専攻生の女の子たちが、この先生が飲み会で帰ってしまうときに、「本当につき合いの悪い先生ね」と批判していたのを思い出します。いやそんなことないよ。彼はいい先生でした。彼の専門のモンゴル帝国時代の東西交流史の内容も私は詳しく思い出します。

 私は昨日自転車の上で、その女の子の思い出の中の顔に、「そんなことないよ、いい先生だよ」と話しかけていました。
 思えば、あのE先生は、学内で学生運動で集会等々が開かれると、いつも私の姿を探していたんだろうな。でもそのそばに行くのは、怖いし、そして宴会ではいつも私の詩吟と軍歌をいやというほど聞かされていたことでしょう。
 私はそういう宴会の場にいつも着物姿でいきましたから、ようするに、いつもわけの判らない学生だったろうな。
 あ、あの先生と偶然会ってしまうことを想定して、「元朝秘史」を読み直しておこう。

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