11081705 松本健一というと、私は学生のころに「若き北一輝」と「北一輝論」という単行本2冊を読んだきりでした。その後は雑誌や新聞で評論を読むことはあっても、本を買う気にはなれませんでした。なぜなら、彼の言う内容に少しも感心できなかったからです。なんだか、私が飲んで喋っているような駄ぼらをまとめているような感じにとらわれてしまったものなのです。
 彼の評価すべき点といえば、北一輝の佐渡時代の数々の著作を発掘したことでしょうか。彼のおかげで、みずゞ書房の「北一輝著作集」は「全2巻」から、「全3巻」となり、私たちは若き北一輝の詩歌や評論著作を見ることができるようになったのです(とはいえ、みすゞ書房の第3巻には、どうも北一輝の著作でないものも載ってしまっているようです。松本健一の杜撰さですね)。
 上のこと以外は、あんまり評価する気にはなれないなと思っており、さらに近ごろなんだかおかしなことに首を突っ込んでいる感じで(教科書問題というのでなんかやっているよ)、なんだかますます惨めだなあということで、本を手にとることもありませんでした。
 だが、どうしても今後彼と直接会う可能性が出てきそうであり、かつひょっとしたら、間違っているのは私自身の若いときの読解能力であり、松本健一にも目を見張るようなところがあるのではないかと、思い込みだしまして、できたらできるだけ彼の著作すべてを読もうかと思い、それには図書館の利用だけれど、まずはということで、以下の本を購入して読み始めました。

書  名 近代アジア精神史の試み
著  者 松本健一
発行所 中公叢書
1994年1月7日初版

 なぜ、この本を買ったのかといえば、何冊もある彼の著作の中で、すべて読んでいこうというのにも、最初だから、少しは面白く興味の持てそうなものを選んだわけです。目次を見て少し立ち読みする限り、私には興味の持てる内容だったのです。
 だが、私はこの本を読み終わるのに、実に2カ月近くかかってしまいました。実につまらない内容でしかないのです。少々あきれ果てました。何の脈絡もなく、よくこんな内容を書き続けられるものです。もう内容について詳しく貶す気にもまったくなれません。なんか無駄ですもの。
 たとえば、誰かが酔っ払って以下のような話をしたとします。

  モンゴル帝国の系譜は今も生きているんだよ。それはな、モン
  ゴルの子孫たるチムールは、モンゴルの復讐のために明と戦おう
  とするが果たせず、そのチムールの子孫たるバーブルは中国では
  なく逆にインドへ進出して、そこにムガール帝国を建てるんだな。
  そのムガール帝国はセポイの大乱で完全に倒れるわけだが、イギ
  リスはそのときに、インド帝国を引き継ぐんだ。ビクトリア女王
  がインド女帝になるんだね。これは、すなわちモンゴル帝国をイ
  ンド帝国すなわちイギリスが引き継いだということなんだよ。

 こんな主張は、私は酔っていてもしませんが、実は、こうしたことを素面で堂々と書いている歴史の本があります(耻ずかしくて、この書名は言えないよ。今度どこか飲む席で聞かれたら教えますよ)。こんなことまでは松本健一はいいませんが、私からみれば彼の言っていることは、これと五十歩百歩というかいわば五十歩六十歩ですよ。
 もう一つ、私が酔って喋るとします。

  西南戦争のときに、熊本城天守閣が炎上してしまったのだが、
  これはのちに守備側の谷干城が、守備する官軍の指揮鼓舞の為に
  自らが燃したということが分かった。だが歴史上では当初から、
  ずっと攻撃軍の西郷軍の攻撃で炎上したとされていたわけだ。だ
  が西郷軍は大砲を持っていなかったから、どうして燃えたのだろ
  うという疑問があるわけだ。これに関しては、説明があり(陸軍
  参謀本部編纂の「日本戦史」にその記述がある)、かつ私が高校
  2年(昭和40年)のときに、修学旅行の場でも説明を受けたの
 だが、熱した鉄の矢が天守に刺さって、それから発熱発火したと
  いうんだ。そしてそれは近年になって実験で証明されたという。
  でも実験もなにも、これは事実ではないのだから、最初から話が
  デッチアゲなんだね。そうすると、谷干城は、一体このデッチア
  ゲ話をどこから、仕入れたのだろうというのが私の興味なのだが、
  私はそれは、実に、ユリウス・カエサル「ガリア戦記」からだと
  思うんだよ。

   攻囲の七日目に烈風が吹くと、ガリア風に萱葺きにされた小
    屋に向って、敵は捏ねた粘土を焼いた弾丸を投石機で、また投
    槍を真赤に焼いて投げつけた。これらは忽ち火を吹き、風の強
    いために、それが陣地の各所にひろがった。
    (カエサル「ガリア戦記」第5巻「ネルウィー族の乱」)

   ちょうど、このガリア戦記の記述にも、「……実験してその点
  火の可能を証明した」という註がついている。つまり、官軍側で
  は、このガリア戦記の記述から、この話を作ったというのが、私
  の推理であるわけだ。「ガリア戦記」は、もちろんラテン語で書
  かれているが、官軍側の中に、英語かフランス語かドイツ語訳の
  「ガリア戦記」を読んでいる幕僚が当時いても不思議はないので
  はないかな。

 私はこれを高校2年のときに気がついたことなわけですが、そのときにはまだ実は谷干城が自らやったということは、正式には言われていなかったわけです。そして、なおかつ、この「ガリア戦記」からヒントを得たのではという、私の推理は、単に私の推理であり、これまた飲んだときくらいに話せる程度のものです。まさかまさか、私はこれを堂々と本に書いたりしません。
 さてさて、そうしたことばかりで展開しているのが、松本健一なのです。いったいこんなことでいいのかな。私は心から、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきてしまいました。
 でも、この「近代アジア精神史の試み」は、一体何が「精神史」なのかよく分からないのですが、後半の最後あたりは、それほどつじつまの合わないことを書いているわけでもありません。ごくごく、普通のことを書いています。そこらへんで、少しは気持が楽になりました。
 以上、私は少しも本の内容を書きませんでした。でも書く気にはまったくなれないんですよ。酒飲んでなら、いくらか話しますよ。

 でもでも、松本健一の本をあと2、3冊は読んでみるかという気持は残っています。やっぱり、嫌いにはなれないんだな。(1997.09.23)