将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:過激派

12100905 私の「周の掲示板」にこのnelu(かわふくG)さんの書込みがありました。
  ええと、これにレスしたいのですが、かなりな書き込み量があり、それを引用するのはやめにします。

ちょっとお尋ねします。……… 前置きが長くなるかな? 投稿者:nelu(かわふくG)  投稿日:2012年10月 6日(土)21時22分46秒

 なんというか、

  ええと、数ヶ月くらい前とかに経験したことですが、過激派というか新左翼ネタを愚愚ると、一番ヒットするのが、れんだいこさんのサイトで、次が周さんのところでした。

 そうなのですか。私は「過激派」と言われるのはかまわないのですが、そして左翼だとは思っていましたし、今も思っていますが、もともと共産主義は心の底から嫌いだし、本当に私のことも決め付けられることには嫌になっていました。私はもともとビートルズは知らないし、ずっと詩吟をやってきた男です。

  話がバラバラですけどねえ、周さんは、吉本隆明さんの御本は殆どよんでいるそうですが、

12100906 これは間違いなく読んできました。吉本(吉本隆明)さんの本を読んだことがないという人がいるんて、私には想像できません。れんだいこさんがそうなんだ。少しがっかりしました。

 私は「周の掲示板」もこのlivedoorも有料版です。掲示板はもう10年以上そうしているかな。ホームページは当初はずっと自分のサイトを持っていましたが、2005年の1月21日から、このブログも持ちまして、自分のホームページは3年くらい前に廃止しました。
 それで、http://shomon.livedoor.biz/ で「livedoor」を付けないこともできたのですが、なんだか「livedoor」に恩義みたいな面を感じて、つけていくことにしたものです。前には、ドメインだんだということも気にしましたが、もうそんなことはどうでもいいです。
 つい近頃、私の昔のサイトを知っていて、「昔はあれほど書いていたのに、今は何もやっていないのか」ということを、口に出された方がいまして、私こそがあきれました。「将門Web」でも「萩原周二」でも検索してみてください(グーグルでもヤフーでもいいです)。あなたが何も知らない、何もやっていないことの証左です。
12100907 私は自宅の莫大な量の本を売り払ってから、もう図書館で本は読んでいます。それよりも今は、読むことよりも書くことだと思っています。
 あの有料のことは、次のUPで分かったみたいなので、書きません。
 このあともさらに書きます。

11122405 以下の文を読みまして、私は驚きました。そして怒りがこみ上げてきました。

  早野透「ポリティカにっぽん『拉致家族の別離せつない』」

 読んでみてください。朝日新聞社の人間らしい、実にどうしようもない文章です。
 私がこのコラムを読みまして、驚いたのは、この方の話を直接聞いたことがあるらかです。
 私は大学時代は、全学連とか全共闘と言われた過激派であり、現在以下にも属しています。

  プロジェクト猪

 この猪の忘年会に、いつもこの早野透氏は出席され、30分くらい話をされていきます。私は昨年お聞きしました。予定では今年もそうなるようです。
 しかし、その方がこんなことを言うなんて、もうどういうことだと驚いたわけなのです。そして「結局、ただの朝日新聞人か」と怒りがこみ上げるわけなのです。

 だが、本人が望むなら北朝鮮にいったん戻ってもいいのではないか。いまや日朝間の往来も居住場所もすべて完全に自由に、そして自分たちの未来を選ばしめよ。日本はその環境を整え、金正日氏はそれを保障する義務がある。いつまでも国家のゲームに巻き込んではいけない。

 一体、どこに国と国がゲームをしているんだ。北朝鮮が拉致という国家犯罪をやって、今日本がその犯罪を暴いて、被害者を救出しようとしているだけではないのか。拉致された被害者を、「原状回復」させるのが、、まず第一のことではないのか。拉致犯罪者と、被害者の家庭との間を「往来も居住場所もすべて完全に自由に」しろ、なんて、どうして言えるのだ。早野氏の子どもが同じことになったときに、相手の犯人との間で、その子どもを「自由に往来」させるのか。本当に頭がどうかしているんじゃないのか。

 早野氏はなぜか

 昔見たイタリア映画、デ・シーカ監督の「ひまわり」を思い出す。

ということで、この映画の内容を語り出す。

 国家と国家の戦争はたくさんの引き裂かれた家族をつくった。おそらく北朝鮮は朝鮮戦争の後もずっと韓国、日本に対してパルチザン戦争を続けているつもりだった。

 えっ、と驚いてしまう。北朝鮮は日本にずっとパルチザン戦争をしかけていたんだ。そのパルチザン戦争というのは、憎い敵国の13歳の少女を拉致したり、麻薬を作って売ったり、自国民を飢えさせたりするものなのだ。そんなパルチザン戦争なんてあるものか。北朝鮮がやったのは、卑劣な国家犯罪だけです。こんなときに「ひまわり」のようないい映画をどうして思い出すのだ。本当に頭がどうかしているんじゃないのか。それとも北朝鮮をどうしても庇いたいのか。
 最初の最初にこうあります。

 朝鮮半島に拉致された5人の生存者が東京の空に帰ってきたときはわれわれもうれしかった。

「朝鮮半島に拉致された5人」ということは、拉致された被害者は、「北朝鮮」ではなく「朝鮮半島」に拉致されていたというのですね。ということは韓国も犯罪をやった犯人だというのか、その仲間だというのか。でも北朝鮮がやってしまったということは金正日だって認めたんじゃないの。彼が「実は北朝鮮だけではなく韓国も連帯してやったことです」とでも言ったというのか。
 この早野氏は、本当に頭がどうかしているわけではなく、ただただ北朝鮮を庇いたいだけなのでしょう。そして、さらに本当は北朝鮮のことよりも、今まで北朝鮮を擁護してきた朝日新聞社を、ただただ護りたいだけなのではないですか。

 とにかく不愉快なコラムを見ました。私はただただ怒りを覚えます。

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 ここで書きました 離婚成立に当たり−ある審判官の思いやり溢れた言葉に感激将門のnewsing に書きましたところ げげげのげげげ さんから、次のようなコメントをいただきました。

   こういう裁判官が当然ではなく、美談となるのは悲しいですね。

 これで私も「はッ!」と気がつきました。たしかにそうですね。

 ただねえ、私のもつ裁判官の印象というと、実に彼らにあまり人間的にいい印象を持たないのですね。だから、このニュースを読んで不覚にも涙を流してしまった私だったのです。
 でも浦和の裁判官には、ものすごく印象深い方がいました。

 私が二度目の芝浦工大事件で起訴され裁判になったときの浦和地裁の主任裁判官は、その後こんなことがありました。私があの裁判が終わって3年後の頃のことです。私は私の友人の下宿に行こうと自転車に乗っていました。そうしたら、このときの裁判官とすれちがったのです。彼も自転車で急いでいましたが、通りすぎて彼から大声で声をかけてきました。

  彼「俺はさ、今度東京地裁に行くことになったよ」
  私「あ、そうですか。あっちへ行ったら、学生さんを易くやってあげてくださいよ」

 彼は、「うん」といいながら、笑顔でさよならしたと思います。

 ただし、この裁判官は浦和地裁では、けっこう赤軍派の諸君等々にもきびしい判決を出していましたよ。

 ただ、思えば面白かったことがいくつもありました。
 私たちの裁判での弁護士と我々被告の打ち合せの場に、彼がやって来ます。当時の埼玉大学の活動家はほぼ全員彼女がいます。だからいつも傍聴席にはにぎやかです。我々は自分たちの彼女を、みな「俺の女房」と言っていました。
 それで、私たちの弁護士のうちS弁護士は、私たちがみな彼女がいることに、非常に不思儀なことかつ不満なようです。彼女も何人もいる席(だって彼女たちの何人かは情状証人になるのだ)で、そのうちあまりの我々の仲良さに、彼はプリプリ怒って出ていきます(もちろん、弁護士としての役割としては、彼は出て行ったわけではありませんが、そのことはちゃんとやる方でした)。
 それで、その判事が、「おい、あのSは彼女いないのかよ」なんて、聞きますので、私たちは「そうなんですよ。それでね、ちょっと大変なんですよ」なんていうと、その判事は、「おい、誰か紹介してやれよ」なんて言っていたものでした。

 私たちは、あの時代実に戦闘的な過激派でしたが、同時にこんなに牧歌的で、面白かったのです。私たち学生活動家だけでなく、浦和の裁判官も面白かったのですよ。

 あ、だんだん、いろいろなことを思い出しました。また別に書いていきましょう。

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