将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:遠野物語

11022410 私の次女のブルータスの彼氏のお母さんの実家が遠野市です。それで昨年夏に次女は、彼氏の家族と一緒にここへ行ってきました。お母さんの側の親族にみな会ったようです。
 私は、ちょっと娘があちらにとられちゃうんじゃないかと不安です。いや彼と結婚するのは構わないのですが、私のそばで住んでくれないと困るのです。
 私はそのときに、

  あ、パパもついて行くよ。ただ黙って車に乗っていればいいだ
  けだろう。その替わり、「遠野物語」の内容とか、宮沢賢治の話
  なら、もう案内を滔々と喋りますよ。それと、親戚の方々とは、
  愉しく飲むよ。

 でも当然、娘からは激しく断られました。彼氏にも言ったら、「じゃ、母に言っておきます」との返事でしたが、娘が、

  駄目だよ、お母さんに言ったら、真面目に考えちゃうじゃない
  か。この人(私周のこと)は、本気で本当についてくるんだから、
  大変なことになるよ!

という、娘の妨害で実現しませんでした。残念だな。

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 ツイッターで、以下のようにありましたので、

tramondo1    共同幻想論を理解しようとするならば「古事記」と柳田国男「遠野物語」を精読する必要があります。

 私が以下のように返信しました。

@tramondo1 ただそれには『古事記』も「柳田国男『遠野物語』」をさらに理解するための本を読む必要が出てきます。それよりもただ『共同幻想論』にあたるのがいいと思うのですね。そうでないと、「対幻想という概念はフロイトも読んだほうがいいし」と、ただただ広がってゆくばかりです。

 私はこれはどの本を読んでいても思うのです。まずその著作自体を読んでみるべきだと思うのですね。
 吉本(吉本隆明)さんの『共同幻想論』を理解しようとするには、まずはマルクス、エンゲルスの『経哲草稿』『ドイツイデオロギー』を読まないとなりません。そしてフロイトを読んでないとなりません。『精神分析入門』『夢判断』くらいは読んでおくべきです。
 そして『古事記』は必読ですね。そして柳田国男です。でも柳田国男は膨大で実に大変です。私などは、『柳田国男全集』を目に前にして(私の家では、兄がこれと『折口信夫全集』を持っていました)、ただただため息をつくばかりでした。私の高校生のときです。だから、私はその数冊の中のわづかしか読んでいないです。
 でも『共同幻想論』は、大学2年のときに始めて読み、その後は何度も読み通しました。私は大学生になるまで吉本隆明さんと言う方を全然知らなかったのです。丸山真男は大学に入ったばかりの5月に読んだもので、実に大感動して読んでいたものです。引き続き『現代政治の思想と行動』を読みましたが、この本にはそれほど感心はしなかった思いでした。でもそれも何もかもが吉本隆明さんを読むことで、すべてが変わった思いがしたものでした。
 それから『試行』をいつも購入するようになり、27歳くらいからは定期購読するようになりました。吉本(吉本隆明)さんに関する本は、雑誌等々の特集号もすべて購入し、今もすべて持っています。
 そしてパソコン通信の世界で、『吉本隆明鈔集』をやりはじめ、インターネットの世界になっても続きまして、今のブログの世界でも続けています。もうけっこうな分量になってきています。

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 3面の「『遠野物語』に現れる相異なる柳田国男像――民俗学と経世済民の学のはざまで」を読んで、私にとって実に親しい思いのする柳田国男が、「これでは私には少し遠い人に思えてしまうな」という思いでした。

新聞名 図書新聞第2891号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 平成20年10月25日
読了日 2008年10月18日

 ここでは2冊の本の紹介があります。

 「鶴見太郎『柳田国男入門』」 角川学芸出版
 『藤井隆至「柳田国男――『産業組合』と『遠野物語』のあいだ」日本経済評論社

 鶴見太郎の本は次のように言われています。

 この『遠野物語』ほど素材として扱いにくく、特異な位置を占める書はないという。なぜなら、「物語」と銘打たれているからであり、柳田が書いた農政学の論考はもとより、後に書き継がれた民俗学の著書と同じ目線で論じることが難しいからだ。
 柳田が佐々木喜善のことばを「感じたるまま」に書いたこの物語は、『柳田国男入門』が指摘するとおり、遠野郷に昔から伝承されてきたものであり、すでに『遠野物語』として書かれる前から「“原・遠野物語”ともいうべき民譚」が伝承されていた。柳田はそれを、虚飾ない文体で書いた。
 それは、「近代の道徳という暗黙のうちに設けられた尺度」から離れることによって、つまり対象をいたずらに分析するのではなく、「感じたるまま」に記述することによって生まれた物語だった。「ザシキワラシ」や「オシラサマ」などの怪異な現象に目を奪われてばかりいてはならない。実はそれらの多くは、ここにしるされた遠野の地勢や地名の由来、家の間取りなど、日常生活に関する記述のはざまに配置されることによって、はじめて鮮やかさと奥行きの深さを増すからである。
 つまり、近代の分析的な方法によって内面をえぐることなく、「感じたるまま」を書くことによって、かえって深い人間観察を可能にするものだった。柳田は「怪奇譚」を聞き書きしたのではない。それは遠野郷という「大海」のような日常を書くなかから、ふいに表れてくるものだった。近代の道徳意識というフィルターをとおして怪奇譚をつかみ出すのではない。柳田によって書かれた物語が、近代の道徳意識では説明できない、怪異なものの潜む遠野郷の日常
生活だったのである。

 藤井隆至は、次のようだということです。

 柳田の『遠野物語』が農政学、とりわけ協同組合論の人間的基礎を追究する過程で生まれた「人間研究の書」であったと述べる。つまり、『産業組合』と『遠野物語』を同じ目線で論じ、柳田が協同組合の思想家であり、日本人における自助と協同の精神を研究するため、その基礎となる人間学を深化させる過程で生まれたのが『遠野物語』だったという指摘だ。
 それは、「若いときの柳田は協同組合の研究をしていたけれども、途中で方向転換して民俗学を開拓する方向に向かったと整理する」ような、従来の捉え方とは異なる「深化説」である。実際、そのことは折口信夫も悟っていた。つまり、柳田の学問を「ふおくろあ」として理解しながら、その理解では把握できない学問すなわち経世済民の学が、「ふおくろあ」の地盤になっていることを見てとったのである。
 それゆえ、『遠野物語』を怪異譚と規定するのは正確でないという。柳田はこの物語を書いたあと、『時代ト農政』を刊行するが、そこでは協同組合の人間的基礎が重要であると繰り返し主張していた。その意味でも『遠野物語』と『時代ト農政』は連続する関係にあり、前者が示した人間学的な基礎の上に、後者の農政学が展開されていったのである。
 自助と協同を説く柳田の経世済民の学は、『遠野物語』人間学を基礎にしていた。それでは、銘打たれた「物語」とは何か――。この問いに対して、『柳田国男』はこう答える。すなわち、柳田は佐々木喜善の話を聞き書きしたが、「感じたるまま」に書き写した聞き書きしたというにはかなり特異であり、そこには著者・柳田の存在があった。彼は人間生活を「スケッチ」する方法で物語を書いたが、それは「霊」を感じつつ生きる人間を「スケッチ」することだった。
 人間生活を観察するためのそうした方法論を、柳田は西欧文学の研究を通して得た。『柳田国男』によれば、『遠野物語』を読むときに、柳田が法律の専門家であったこと、そしてこの物語が人間生活誌として書かれていることを念頭に置く必要があるという。それを踏まえて『遠野物語』を読めば、「怪奇譚を多く収録した人間生活誌」であることが分かると。その怪奇譚は、遠野郷の人びとの日常から生まれたものだが、柳田は、怪奇譚を生み出した人間の根源にまでさかのぼり、「前代」の人びとの畏怖や不安といった宗教意識を解明したのである。
 それによれば人間は、人知を超えた自然の力を畏怖し、日々の天候に不安を抱きながら、生活を営んできたが、そこに怪奇譚が生まれた。『遠野物語』は、そんな人間の精神を「スケッチ」した物語である。そうしてたどり着いた人間学的基礎の上に、柳田は自助と協同という、人と人との結合原理を確立することをめざしたのである。

 いや、こうして書いてみますと、私の理解が少しは深まる思いがしました。あとは本を手にして見ることですね。
 高校時代、部厚い「柳田国男全集」のいくつかを手にしていたことを思い出します。それと「折口信夫全集」も読んだものでしたね。私には、折口信夫さんのほうが読みやすかった思いがあります。あのとき、「口訳万葉集」や神道に関する本を読んでしまっていたことは良かったなと、今になって思い出しているものです。

 その他、他のページでは親しく思う本を見つけることはできませんでした。

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 周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」Kumie'sBlog 女性と仕事 の川本さんから以下のコメントをいただきました。

1. Posted by kawamoto    2007年06月04日 08:01
いい本をご紹介くださってありがとうございます。今月下旬、アメリカから孫娘が来ますので、
この本、用意して読んであげます。

アメリカの夏休みを利用して、日本の幼稚園を経験させていただいてきました。
今年は小学校です。

 ありがとうございます。私の娘二人も実に大事にしてきた絵本です。ただし、読むと実に哀しいお話ですよ。若き日の私でしたら、「こんなに悲しがるばかりではなく、この白い馬を殺した悪い奴に復讐するべきだ」という思いになり、そしてそう主張するわけですが、もう娘たちに読んであげていた頃は、ただただ哀しくてたまらない思いだけがしていたものでした。
 こうして絵本を声を出して読んであげるということは実にいいですね。私の秋田での保育園や幼稚園、札幌での幼稚園に行っていた頃、実によく母が読んでいてくれたものだと思います。
 そして今こうして絵本を選んでみて思うのは、いくつもの絵本がもう長い間ずっと読み継がれていることなんです。もうこれは驚きますよ。『スーホの白い馬』も、もう何年も長い間読まれている絵本なのです。

 それと、私の0歳まだ5カ月の孫ですが、こうした絵本を読んであげると、内容は判らないはずなのに、よく聞いてくれていることです。おそらく、こうして母親や、おばあちゃんや私のようなおじいちゃんが読んであげるというのは大切なことなのだと思いますよ。
 柳田国男の「遠野物語」や「日本の昔話」、「日本の伝説」を親たちが、子どもたちに読んであげていたことは大切なことだったんだなあ、と今私は確信しています。

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