12081003 藤田典さんの「ダダさんの掲示板」に、この書き込みがありました。

都市部の学校は 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月10日(金)08時22分13秒
  どこでも子供人口の爆発対応に苦慮したのだと思います。
確かに、中学校に上がると一学年のクラスが十幾つ、三学年で五十クラス近くもあり、単純に「50人学級」だとして在校生が2,000人を超えます。
最初の中学では、合同朝礼が出来なかったように記憶しています。

  私は小学校は5つ変わりました(札幌一つ、名古屋三つ、鹿児島一つ)が、中学は鹿児島で甲東中学一つでした。これは私の兄が秋田市、札幌、名古屋の三つで、弟が鹿児島、横浜と二つだったのに比べて幸運だったのかもしれません。(私が秋田だけ「市」とつけたのは、秋田県秋田市だからです)。
 それにしてもどこもものすごい人数、生徒数でした。

 ただ、私の二人の娘も多かったですね。娘の中学でパソコンの置いてある教室があり、生徒一人に一台の日電の製品(だから36台だったかなあ。あ、機種名も覚えているよ)と、プリンターが生徒2人に一台で置いてあり、でもその教室は鍵がかかっており、私なんか激怒したものです。私がパソコンに関する情報をA4で5枚程度(一ページ35字詰45行で)娘に届けてもらったら、その相手の私よりも20歳くらい年下の先生(彼がパソコンの専門家ということらしい)が、「お父さんは、これをわざわざ打ってくれたのか?」というので、私はあきれ果てたものです。私はパソコン通信(その頃はインターネットなんてなかったと思いました)の情報を簡単にプリントしただけなのです。
 パソコンなんかは、生徒が自在にいじって壊してしまうくらいがいいことなのです。
 でも娘二人も人数が多かったです。そして長女の子ども、私の孫も保育園にはたくさんの子どもがいます。
 私は孫にも、私はかかわって行きます。ただ、じいじはどこでも詩吟を詠うし、下着は赤ふんだから、面白いよね。
12081004 でも詩吟をやる人たちも、みんなインターネットもちゃんとできないし、私はいつも不満ばかりです。杜甫に、乃木希典に申し訳ないと思わないのかなあ。
 私はこの中学のときの数多くの友人たちにも、大学時代のたくさんの学生運動仲間にも、後輩のむつめ祭(埼大の学園祭)仲間にも、不満だらけです。いや知り合ったアメリカ人にも中国人にも欧州人にも不満です。少しやればインターネットで連絡できるのに、やろうとしないのですから。もうすぐ人生は終わるのですよ。その前に、いっぱい同じ人間として連絡とりましょうよ。