11032011 11日に「文教大学父母と教職員の会」の役員会がありました。そこで私は会議の議事録をパソコンで打っていきました。昨年の11月のこの会の研修会のときに、ある会議の書記を委されまして、私はパソコンで打っていました。今回はそんな役目ではなかったのですが、自分の訓練のためにやっていました。
 だが実は私はこうしてメモをパソコンで取るというのはとても苦手なのです。私は昔新聞記者だったことがあり、このときには取材することは自分は得意だと思っていたことがあります。私は取材に行ってもすぐに原稿を書き上げて提出したものでした。
 このときの編集長(いまもつき合いが続いています)にはさまざまなことを教わりましたが、この取材ということでもたくさん学んだものです。
 まず取材に行ったときには、なるべく相手から配布される資料等があれば、それを必ずもらい(実はこれは簡単なことではないのです。なんらのの会合があっても、たかがどうでもいい業界紙なんかに資料をくれようとしない連中がほとんどなのです)、その資料そのものに取材メモを書くようにします。すぐさま取材原稿をまとめるのに、それのほうがすぐに資料が参照できて無駄がないからです。
 それから大事なのは、上のように意地悪をするような相手は、絶対に闘わないとなりません。「うるさい新聞記者だから、これからはちゃんと相手しないといけないな」というふうに思わせなければなりません。かつ初対面の相手とは名刺交換をして、さらにはこちらの新聞のことを強くアッピールしていかないとなりません。こうして取材して記事を新聞に載せるにしても、それができるのは、ちゃんと広告費を払ってくれるところがあるからなのです。そして、たかが業界紙に広告を載せようなんてところはほとんどないわけなのですから、とにかくこうした取材の場でも必死なのです。
 それから1対1の取材だったりすると、私は私の書いているメモを相手にも見られるように書いていきます。私は非常に字が汚いし、かつ字を知りませんからどんどん間違えて書いていきます。相手は半分呆れるのでしょうが、そうした内容を指摘し出します。こうなると、相手はかなり心を緩めてしまいますから、「これは喋るべきじゃないな」ということまで、喋ってしまうことがあるのです。「こんな簡単な漢字も知らない新聞記者なんて、たいしたことないな」と思ったときに、彼はもうガードすることを忘れてしまうのです。私はかなりな情報を、こうした方法で手に入れたものでした。
 そして、ペンと紙というのは、いかようにでも自在にできるのです。どういうふうに書いてもいいわけなのです。そして私はその取材を終わると、すぐに原稿用紙に書いて行ったものでした。
 そのように私は取材したりメモをとるのは得意だと思っていたわけですが、そのペンと紙によることをパソコンに置き換えることはなかなかできませんでした。たとえ、パソコンでメモを取ったとしても、すぐそばに紙をおいて、ペンでもメモも取っていたものです。
 でも、もうそれをすべてパソコンでやれるようにしないといけないよな、と言う思いを抱きました。それのほうが早いし、簡単なはずなのです。ですから、このところ何か会合があったりすると、私は自分のためにパソコンで必ずメモを取るようにしています。
 昔、アシストのビルトッテンさんの講演を聞いたことがあります。彼はそこに来ている記者たちがみなパソコンやOA機器関連の新聞記者・雑誌記者ばかりなのに、誰一人としてノートパソコンでメモを取ることをせず、相変わらずペンと紙を使っていることを、するどく非難指摘していました。私はそのときは記者ではなかったし、ノートパソコンも持っていませんでしたが、なにかものすごく羞しい気持を抱いたものでした。
 でも、どうやらこの年になって、必死にやっていこうと決意しました。できるはずです。やれそうです。私は11日の会合で、少しは自信がつきました。パソコンを使っていると、取材中に別な文書も参照できるし、少し時間があいたときにはすぐインターネットも参照できます。発言した方の氏名等々も、すぐ前の会合等の私のメモで参照できます。
 どうやら、ペンと紙からノートパソコンに移行できるかなと、思ってきたところです。もっともっと私自身が訓練していきたいと考えています。(2003.01.13)