将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:重信房子

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新聞名 図書新聞第2934号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 2009年9月19日
読了日 2009年9月12日

 いつも思うのですが、この新聞を読んでも、日経新聞を読んでも、もう私には、新聞そのものよりも、パソコンの画面で読んでいたほうが読みやすいのですね。なんだか、もう新聞紙というものが、私には読むのに向いていない思いがします。この号も新聞紙よりは、やはりインターネット画面で読んで、「あ、こんなことが書いてあるんだ」と感心したりしています。
 一面の「日本赤軍私史――パレスチナと共に重信房子 河出書房新社」についての三上さんの文章もまた、私は新聞よりも、改めてインターネット上で読んで行って、興味が持てたものでした。

評者◆三上治 意識的な生の現在的困難さ重信房子のアラブ行きは、宿命という他ない

 僕が重信房子にはじめて会ったのは1965年か1966年だった。確か彼女は詩を書いているということだったが、髪の長い少女という記憶が残っている。〜彼女は笑顔が素敵な活動家になっていた。

 これで、「なるほどなあ」と当時の重信房子の顔が甦える思いがしました。思い出せば、1966年というと私は高校3年生だったのでしたね。
 でもこの味岡さん(三上さんの名前です)の文は、いくらもいろいろな思いを抱かせてくれます。
 1969年のことであるらしいのですが、次のように書いてあります。

映画関係者に会うためにそこに行き、その場で彼女に会った。彼女はアラブに行きたいがどう思うかと聞いてきたように思う。僕はやめた方がいいよと言った。このことは後々まで気になった。塩見孝也や田宮高麿、あるいは森恒夫らとブンド内部で論争していた時期以降の赤軍派がどのように活動しているのかを、僕はもう分からなかった。赤軍派から連合赤軍にいたる一方で、アラブへ行く面々が分岐していく過程は複雑であったのだろうが、本書で書かれているように、彼女は森恒夫とは体質的に合わなかったのだろうと思う。僕らが持った彼女の明るい印象と豊かな感受性は、森とは合わなかったと推察できるからである。その意味では彼女がアラブに行ったことはよかったのだと思う。そうでなければ彼女は連合赤軍に参加し、真っ先に粛清の対象になったと思えるからだ。彼女のことを思うと、ここはいつも思い出すところであった。

 思えば、私はこの69年は大変な年でした。1月19日に東大安田講堂で逮捕され、8月20日に保釈で府中刑務所を出所し、でも9月18日の芝浦工大事件で、私はこの年の12月10日に浦和地裁の前で逮捕されました。
 でも思えば、ブンドも大変な時期だったのですね。でも味岡さんが、「彼女がアラブに行ったことはよかったのだと思う」と言われるのは、充分納得できるのですが、でもでも悲しいことですね。なんだか、もう左翼というのは嫌なことばかり抱えてきたなとしか思えません。

評者◆杉本真維子 「ふと」の彼方へ

 彼女は「ふと」という言葉のことを書いています。ふと思い出したりすることが私にもあるわけですが、このふとしたことを、どこからか、誰かからの届いた石のように思う心は私にもあるのです。

この誰かからの石を、拾った、という感触をもった私自身が、「思い」が届く、ということへの、まぎれもない証人なのだと、信じられないことに、信じられるのだ。

 またきょうも、いくつものことをして、いくつものことを思い出して行くことでしょう。

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新聞名 図書新聞第2886号
発行所 蠖渊饋景
定 価 240円
発行日 平成20年9月20日
読了日 2008年9月18日

 3面に、「重信房子氏に聞く(下) 60年代・70年代を検証する 全共闘の魂はアラブを駆け巡った」(評者重信房子 聞き手小嵐九八郎)という文章があり、なんだか「全共闘の魂はアラブを駆け巡った」という見出しに違和感しか感じませんでした。「何を言っているのかなあ?」という思いでした。
 でも、この号の(下)だけでなく、(上)も読んでみようと、この2886号から定期購読になりましたので、インターネットで手続きをして、この図書新聞のホームページで、前号を読んでみました。
 そうすると、前号では、重信房子が明治大学に入った時代のことから、明大学費闘争のこともその後のブントの分派闘争の時代も書いてあり、興味深くは読むことができました。思えば、聞き手であり、この文を書いた聞き手である小嵐九八郎さんの文章であるから、よく読んでいくことができたような思いがしました。
 この文の最後に、東京拘置所で「握手の代わりにアクリル板ごしに互いの掌を合わせて別れた。」とあります。おそらくは、今後最高裁でも彼女の刑は変わらないでしょうから、長い刑務所生活にもなるのですね。
 1970年からでも、もう40年になろうとしています。もうこの年代からの刑務所暮しというのは、実に大変なことだろうな、とそんなことばかり思っていました。

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