将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:金融サスペンス

11022307書  名  ゼロクーポンを買い戻せ
著  者  ポール・アードマン
訳  者  森英明
発行所  新潮文庫
1994年6月1日発行

  これはどういう種類の小説といったらいいのでしょうか。現代アメリカの金融サスペンスとでもいえばいいのでしょうが、我が日本には同じような作品を見たことはありません。ただ読み始めるや、あっという間に最後のページまでに至ってしまったという感じでした。どうしてか主人公の数々の動きに身を入れてしまうのです。

  主人公ウィリアム・サクソンは80年代末期に株価の不正操作ということで、6年の刑をいいわたされ、冒頭のシーンは、その刑務所から3年め(減刑された)に出所してくるところから始まります。いわばバルフ最盛期のときには天才的な金融コンサルタントとして活躍していた彼は、バブルの崩壊期には投獄されていたわけです。しかしその中にいる間、彼はまったく違うことを学んでいます。もう出獄しても、同じ仕事には法的につくことができませんから、彼はなんらかの方法を講じていかなければ生きていけないのです。もうおとなしくひっそり生きていくのか、それとも、もう一度人生に勝負をかけるのかといった瀬戸際です。彼はもう私と同じ46歳です。

  私が思うのには、この40代に3年も(しかも刑は本来6年だった、結果として3年になっただけ)投獄されていると、かなり人生に消耗感をもつだろうなと思います。この日本だったら、刑務所の中でせいぜい宗教書ならびに日本の古典を読破でもして、その面では俺は充実したなと思い込むことくらいしかできないでしょう。だが、この主人公はその刑務所の中で、新しい図書館を作り、そこでさまざまなことを学んできます。やってくる友人たちの面会をすべて断ってしまうほど、何かを必死に学んでいたのです。出獄したら、その知識をフルに活かして動き始めようというのです。こんな主人公に、私はどうしても身を入れてしまうのです。「頑張れ、負けるな負けるな」と。

  彼は規制と監視だらけになってしまった金融界で、いわば新しい「情報」収集操作といったようなものでやっていこうとします。作品の中では、現実のアップル社やマイクロソフト社の名前が出てきます。そうした世界で活躍しているのは、主人公よりはるかに若い、そしてかなり違う人生観をもった若者たちなのです。この主人公はいわば、これら若い世代の生き方働き方、価値観を認めています。これらの若い世代と、現代未来のコンピュータシステムと、自分の経験、人脈等々を活用することにより、きっと路は開けると思っています。

  そして彼が考え出したのが、題名にもなっているゼロクーポンなのです。これの説明を見てみましょう。

  定期的な利子の支払いがないかわりに、発行時に額面を大幅に
  割り引いた価格で売り出される割引債券のことであるが、米国で
  は、償還期限25年以上の長期のものをゼロクーポン債と呼んで
  いる。たとえば額面が100ドルの債券を50ドルで売り出し、
  償還時に額面金額を払い戻せば、最終的には100パーセントの
  利息がついたことになる。定期的な利払いが行われる利付債(クー
  ポン債)には、利子受け取りの際の引替券となる利札(クーポン)
  が本券についているが、この種の債券にはクーポンがついていな
  いことからゼロクーポン債と呼ばれる。

 このゼロクーポン債の発行を彼は考えていきます。ある確実な地方自治体発行の債券です。これで彼は資金を得ます。ただし、彼のやるこの債券の発行売買はいわば詐欺、有価証券偽造行為なのです。でも何故か私は彼のやることを責める気になれません。むしろなんだかうまく行ってほしいななんてはらはらしてしまいます。彼はどうせばれるとしても、それはいわば自分たちの人生の25年後のことで、70代の年寄を長期投獄するなんてないだろうと仲間に説明したりします。しかしとにかく、この方法も、それ以外のやり方でも、痛快なほどうまく行って、ではもう言わば犯罪である「ゼロークーポン」は買い戻して、犯罪のあとを消してしまおうというのです。

  なんにしても痛快なマネーゲームといえるでしょうか。そしてその中で、いわば日本の地方にあるソフトハウスのようなパソコン操作部隊を組織して、さまざまな金融情報を手に入れていきます。このところは、マイクロソフトが本気で夢見たことなのかなと思える話もまじえて、たいへんに興味深く面白く読んでいけます。ただし、若い新しい世代で郊外にパソコン部隊を作るところなどはいいのですが、そこで使っているパソコン機器や転送電話システムの話なんかになると、ちょっとばかり著者の情報は古いんじゃないなんて思ってしまいます。パソコンよりも、携帯電話をフルに使ってさまざまに仕事をこなしていくところなんか、臨場感があるのですが、私には、「もうこんな姿は、この日本だって2年前くらいからある場面だよ」と思ってしまいました。せめて、ハイウェイを走る車の中で、パソコンでインターネットに接続して情報を得て、「携帯電話って、こうも使うのか」というシーンでも入れてほしかったものです。
 ただ、私が勘違いしてしまったところもあります。

  リバー・ランチの買い取りをチャンネル諸島の会社を通じて行
  い、これをプレスコット・アンド・クァッケンブッシュの資本傘
  下に置く。一方、プレスコット・アンド・クァッケンブッシュを
  リヒテンシュタインとスイスからコントロールさせる。これがウィ
  リーの考えている段取りである。ウィリーは、不動産購入申し入
  れの文言を新しいマッキントッシュで作成すると、それをプリン
  トアウトしてロンドンの事務弁護士のもとにファックスで送り、
  これを建築家ジャック・ワーネカのもとに月曜日までにファック
  スするように指示した。

 ここを読んで私は、「なんだ、この著者はFAXモデムって知らないのかな」と一瞬思ってしまいました。なんだか、ジコジコとプリントアウトしているのが「ださいな」なんて思ったのです。しかしその一瞬後、気が付きました。これはそうじゃないんですね。アメリカは契約社会であり、日本のように印鑑を使うわけではないから、このファックスの文には、主人公ウィリーの自筆のサインを入れれば、それで正式文書として通ってしまうのですね。私も仕事上で、米国との契約関係のこと思い出しました。なんとなくやっぱり私は印鑑使う方が、安心してしまいますね。

  ともかく大変に痛快な小説です。主人公の回りの人物が40代後半なのも実にいいのです。そんな世代のロマンス含めた活躍に、なんにしろ嬉しくなってきました。
 それと日本の作家でもこうした作品を書いてほしいものです。私たちには、もっと臨場感のある面白い場面が考えられると思うんですがね。(1994.11.01)

11011902書 名  ゼロクーポンを買い戻せ
著 者  ポール・アードマン
訳 者  森英明
発行所  新潮文庫
1994年6月1日発行

  これはどういう種類の小説といったらいいのでしょうか。現代アメリカの金融サスペンスとでもいえばいいのでしょうが、我が日本には同じような作品を見たことはありません。ただ読み始めるや、あっという間に最後のページまでに至ってしまったという感じでした。どうしてか主人公の数々の動きに身を入れてしまうのです。

  主人公ウィリアム・サクソンは80年代末期に株価の不正操作ということで、6年の刑をいいわたされ、冒頭のシーンは、その刑務所から3年め(減刑された)に出所してくるところから始まります。いわばバルフ最盛期のときには天才的な金融コンサルタントとして活躍していた彼は、バブルの崩壊期には投獄されていたわけです。しかしその中にいる間、彼はまったく違うことを学んでいます。もう出獄しても、同じ仕事には法的につくことができませんから、彼はなんらかの方法を講じていかなければ生きていけないのです。もうおとなしくひっそり生きていくのか、それとも、もう一度人生に勝負をかけるのかといった瀬戸際です。彼はもう私と同じ46歳です。

  私が思うのには、この40代に3年も(しかも刑は本来6年だった、結果として3年になっただけ)投獄されていると、かなり人生に消耗感をもつだろうなと思います。この日本だったら、刑務所の中でせいぜい宗教書ならびに日本の古典を読破でもして、その面では俺は充実したなと思い込むことくらいしかできないでしょう。だが、この主人公はその刑務所の中で、新しい図書館を作り、そこでさまざまなことを学んできます。やってくる友人たちの面会をすべて断ってしまうほど、何かを必死に学んでいたのです。出獄したら、その知識をフルに活かして動き始めようというのです。こんな主人公に、私はどうしても身を入れてしまうのです。「頑張れ、負けるな負けるな」と。

  彼は規制と監視だらけになってしまった金融界で、いわば新しい「情報」収集操作といったようなものでやっていこうとします。作品の中では、現実のアップル社やマイクロソフト社の名前が出てきます。そうした世界で活躍しているのは、主人公よりはるかに若い、そしてかなり違う人生観をもった若者たちなのです。この主人公はいわば、これら若い世代の生き方働き方、価値観を認めています。これらの若い世代と、現代未来のコンピュータシステムと、自分の経験、人脈等々を活用することにより、きっと路は開けると思っています。

  そして彼が考え出したのが、題名にもなっているゼロクーポンなのです。これの説明を見てみましょう。

  定期的な利子の支払いがないかわりに、発行時に額面を大幅に
 割り引いた価格で売り出される割引債券のことであるが、米国で
 は、償還期限25年以上の長期のものをゼロクーポン債と呼んで
 いる。たとえば額面が100ドルの債券を50ドルで売り出し、
 償還時に額面金額を払い戻せば、最終的には100パーセントの
 利息がついたことになる。定期的な利払いが行われる利付債(クー
 ポン債)には、利子受け取りの際の引替券となる利札(クーポン)
 が本券についているが、この種の債券にはクーポンがついていな
 いことからゼロクーポン債と呼ばれる。

 このゼロクーポン債の発行を彼は考えていきます。ある確実な地方自治体発行の債券です。これで彼は資金を得ます。ただし、彼のやるこの債券の発行売買はいわば詐欺、有価証券偽造行為なのです。でも何故か私は彼のやることを責める気になれません。むしろなんだかうまく行ってほしいななんてはらはらしてしまいます。彼はどうせばれるとしても、それはいわば自分たちの人生の25年後のことで、70代の年寄を長期投獄するなんてないだろうと仲間に説明したりします。しかしとにかく、この方法も、それ以外のやり方でも、痛快なほどうまく行って、ではもう言わば犯罪である「ゼロークーポン」は買い戻して、犯罪のあとを消してしまおうというのです。

  なんにしても痛快なマネーゲームといえるでしょうか。そしてその中で、いわば日本の地方にあるソフトハウスのようなパソコン操作部隊を組織して、さまざまな金融情報を手に入れていきます。このところは、マイクロソフトが本気で夢見たことなのかなと思える話もまじえて、たいへんに興味深く面白く読んでいけます。ただし、若い新しい世代で郊外にパソコン部隊を作るところなどはいいのですが、そこで使っているパソコン機器や転送電話システムの話なんかになると、ちょっとばかり著者の情報は古いんじゃないなんて思ってしまいます。パソコンよりも、携帯電話をフルに使ってさまざまに仕事をこなしていくところなんか、臨場感があるのですが、私には、「もうこんな姿は、この日本だって2年前くらいからある場面だよ」と思ってしまいました。せめて、ハイウェイを走る車の中で、パソコンでインターネットに接続して情報を得て、「携帯電話って、こうも使うのか」というシーンでも入れてほしかったものです。
 ただ、私が勘違いしてしまったところもあります。

  リバー・ランチの買い取りをチャンネル諸島の会社を通じて行
 い、これをプレスコット・アンド・クァッケンブッシュの資本傘
 下に置く。一方、プレスコット・アンド・クァッケンブッシュを
 リヒテンシュタインとスイスからコントロールさせる。これがウィ
 リーの考えている段取りである。ウィリーは、不動産購入申し入
 れの文言を新しいマッキントッシュで作成すると、それをプリン
 トアウトしてロンドンの事務弁護士のもとにファックスで送り、
 これを建築家ジャック・ワーネカのもとに月曜日までにファック
 スするように指示した。

 ここを読んで私は、「なんだ、この著者はFAXモデムって知らないのかな」と一瞬思ってしまいました。なんだか、ジコジコとプリントアウトしているのが「ださいな」なんて思ったのです。しかしその一瞬後、気が付きました。これはそうじゃないんですね。アメリカは契約社会であり、日本のように印鑑を使うわけではないから、このファックスの文には、主人公ウィリーの自筆のサインを入れれば、それで正式文書として通ってしまうのですね。私も仕事上で、米国との契約関係のこと思い出しました。なんとなくやっぱり私は印鑑使う方が、安心してしまいますね。

  ともかく大変に痛快な小説です。主人公の回りの人物が40代後半なのも実にいいのです。そんな世代のロマンス含めた活躍に、なんにしろ嬉しくなってきました。
 それと日本の作家でもこうした作品を書いてほしいものです。私たちには、もっと臨場感のある面白い場面が考えられると思うんですがね。(1994.11.01)

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