将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:釣竿

201810220110120406 曹丕といいますと、どうしても陰険な人間と思ってしまうかもしれません。私がこのごろ読みました北方謙三「三国志」でも、どうしても曹丕の描き方は暗く陰湿な人間に描かれていたかと思います。
でも以下の詩を読んでみてください。そんな姿ではない曹丕が浮かんでくるかと思います。

釣竿 曹丕
東河濟越水 東して河済の水を越ゆるとき
遥望大海涯 遥かに望む大海の涯(ほとり)
釣竿何珊珊 釣竿(ちょうかん)何ぞ珊珊
魚尾何從從 魚尾何ぞ従従(註2)たる
行路之好者 行路の好者(註3)
芳餌欲何爲 芳餌(註4)何か為さんと欲する

(註1)珊珊(さんさん) 釣をする人が腰の帯びている玉のなる音。
(註2)從從(しし) 本当は上に竹へんがついている。魚の尾が濡れた。鳥の羽毛に似ているのを形容した。
(註3)好者(こうしゃ) 愛する女性。
(註4)芳餌(こうじ) 魚を釣るよい餌、愛する女性の歓心を買うための良い贈り物。

東に来て黄河や済水(わいすい)を渡ると
遥か彼方には大海のほとりも見える
そこには魚を釣る人がいて、その人の腰におびた玉はいい音でなり
魚の尾は濡れた鳥の羽のようでつややかに美しい
道を行く綺麗で可愛いお嬢さん!
あなたの心を得るのには私は何をあげればいいのだろうか

これは釣竿(ちょうかん)という題名で、釣り人を詩っているのですが、この釣り人を詩に扱うというのは、漢代から常に男女が相手を求めることを象徴しているものでした。だから漢代からたくさんの詩が作られていたようです。いわば、男女の求愛を詩にした歌謡曲といえるでしょうか。そんな誰もが詠う歌を、こうして曹丕はまた自分で詩にしたわけです。
綺麗な音の出る玉を帯びた男性が、鳥の羽のように綺麗な女性に求愛しているわけです。長年にわたり戦場におり、かつ非情な政治の世界を生きた曹丕ですが、こうした当時も今も誰もが持つ愛の感情を素直に詩にしているのです。(2002.10.14)

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 きょうも手紙を持って行きます。きょうは、曹丕の詩を紹介しました。以下の3つです。

   短歌行   燕歌行   釣竿

 さてさて、きょうは長女おはぎが来てくれます。おはぎは、私には一見厳しいのですが、でも実は大変に優しい娘です。でもでも、いつも私がだらしないから問題なのです。
 でも私の本心は、こんな娘を持つことができて、ただただ嬉しいばかりです。

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 周の漢詩入門「曹丕『善哉行』」へのコメント に私はこの三曹のうち曹丕の詩のことも私は大好きであるということを書いていたわけです。
 それで次の詩も読んでいて、私は実に曹丕の笑顔が見えるような思いになるのです。

   http://shomon.net/kansi/sansou2.htm#021014 曹丕「釣竿」

 この詩は以下のように短い五言詩です。

   釣竿      曹丕
  東河濟越水 東して河済の水を越ゆるとき
  遥望大海涯 遥かに望む大海の涯(ほとり)
  釣竿何珊珊 釣竿(ちょうかん)何ぞ珊珊
  魚尾何從從 魚尾何ぞ従従たる
  行路之好者 行路の好者
  芳餌欲何爲 芳餌何か為さんと欲する

  東に来て黄河や済水(わいすい)を渡ると
  遥か彼方には大海のほとりも見える
  そこには魚を釣る人がいて、その人の腰におびた玉はいい音でなり
  魚の尾は濡れた鳥の羽のようでつややかに美しい
  道を行く綺麗で可愛いお嬢さん!
  あなたの心を得るのには私は何をあげればいいのだろうか

 この曹丕の心はいいでしょう。実に優しい笑顔の曹丕の顔が想像できてしまいます。こんなふうに曹丕は路を行く綺麗なお嬢さんをナンパしていたものなのでしょうね。
 でもでも、こうして作詩していても、いつも「俺の詩なんか、弟曹植に比べれば足もとにも及ばない」と思っていただろう曹丕を思ってしまいます。
 以下を読んでみてください。

   http://homepage3.nifty.com/ten-en/01-novel/01-666/00-666.htm 六百六十六

 これを書いてくれた女性(たしか松竹梅というハンドル名の方でした)は、この詩の訳等を私のホームページから引用してしまうことわりを私にメールしてきました。私は快く了解しました。
 でもこの曹丕と司馬懿仲達のエピソードは、この彼女が創作したものですが、よくこういう風に思ってしまうものだなあ、と感心したものでした。

 ───俺の才など、子建(しけん)の才の足元にも及ばん。

という曹丕の思いが、今の私たちにも伝わってくる気がしてしまうのです。だからこそ、曹丕は政治の世界を必死に闘って行ったのだと、私は思っているのです。

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