将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:釵頭鳳

12070405 私の「陸游『遊山西村』」にゆっこさんという方から、次のコメントがありました。

4. Posted by ゆっこ   2012年07月02日 21:26
小狸奴?
陸游ってすごいインテリだとは感じてたんですが、こんなに不遇だったって知りませんでした。蘇東坡とか屈原とか・・けんりょくを正しく判断でき、行動して 身を貧しくした賢人!!!今の日本にいてくれたら・・・・・・・・。

 ありがとうございます。私のこの将門Webで陸游の詩はこの他に以下のように扱っています。

   陸游『釵頭鳳』

   陸游『沈園』『口占』

 また、この相手の女性については次を書いています。

   陸游の愛した女、唐婉

 ただし、私が「陸游『沈園』『口占』」で、次のように書いていますが、

(註1)唐婉(とうえん) 唐の名前は婉ではなく、王へんですが、でませんので。

もう仕方ないですね。
 ただいつもこの二人を思うと、この二人の詩を読むと、今も私には涙が溢れます。とくに唐婉からの『釵頭鳳』の、

  難難難

  瞞瞞瞞

の二つの言葉は、どうしても悲しくてなりません。陸游84歳のときに唐婉を偲んで作った詩」の『口占』は、悲しいばかりですが、
 私が以下に書いたように、

この翌年陸游は85歳で亡くなります。

 もし、あの世というものがあるのなら、この二人をぜひ会わせてあげてほしいと心から私は願うものです。

 私は今も強くこのことを願うものです。

 私は今この小説を思い出しました。

   ケン・グリムウッド『リプレイ』

 ここに書いたのですが、

 ………仕事も、友情も、女性との関係も。それらはすべて人生の構成要素であって、価値あるものではあるが、人生を限定したり、コントロールしたりすべきものではない。自分の人生は自分の責任であり、自分だけのものだ。

 このことを今も強く思います。

11040511 陸游は南宋の詩人であり、政治家です。南宋の敵国であった金を絶対に打つべしという強烈な思いのひとでしたが、また同時に哀しい恋の人でもありました。1125年(宣和7)年10月17日〜1210年(嘉定2)12月29日の生涯でした。
 この人は実に多くの詩を作られています。その中のほんの一部を私は次に紹介しています。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/50318981.html
             周の漢詩入門「陸游『遊山西村』」
 http://shomon.livedoor.biz/archives/50320201.html
             周の漢詩入門「陸游『釵頭鳳』」
 http://shomon.livedoor.biz/archives/51303833.html
             周の漢詩入門「陸游『沈園』『口占』」

 陸游は20歳のときに、従兄妹の唐婉と結婚します。二人はとても幸せでしたが、陸游の母親が二人を離婚させてしまいます。だが、実に陸游はこの唐婉を亡くなる85歳のときまで愛し、詩を作っているのです。
 離婚してから10年が経ったある日に偶然に沈園でふたりは出逢います。このときに作詩したのは、上の2番目の詩です。これには、陸游の詩ばかりでなく、唐婉からの返答の詩も載せてあります。
 なんだか悲しくてたまらない二人ですが、この二人はきっとあの世では結ばれたに違いないと思ってしまう私です。(2011.04.07)

0d467386.jpg 妻は4月28日に入院して、私はその翌日から和紙で手紙を書いて持って行きます。
 でも29日30日は遠慮してA42枚でした。ただ30日は1枚の行数を増やしました。でも思えば、私が手で持っていくのだから、切手代も関係ないのです。それで昨日はA4で4枚書きまして、きょうは5枚になりました。
 いえなに、書いているといいましても、私は漢詩の紹介をしているだけです。どうせ私の娘たちは、「そんな手紙もらってもママが可哀想でしょう」というばかりです。
 あのねえ、そんなことないのよ。
 昨日は、「陸游『釵頭鳳』」を紹介しました。きょうは、「曹操『短歌行』」を紹介しました。
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