将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:銀の匙

13081112 私は長年我孫子に住んでいました。JR我孫子駅と手賀沼公園をつなぐ路の手賀沼公園のすぐそばに、この中勘助の下宿していた高嶋邸がありました。
 私は何度かここを訪れて邸内も見たものでした。
 高嶋さんんは、私と同じ詩吟の会に属されていまして、いつも詩吟では長い詩(七言律詩なんていう短いものではありませんでした)をおやりになる方でした。
 よく我孫子北口のところも鎌で雑草刈りをしていて、よくそこでお会いして挨拶したものでした。
 もう亡くなられて、どれくらいになるのでしょうか。
「中勘助『銀の匙』」は、私は「好きな作品だ」といいましたところ、私の義母が「あれはいい作品です」と言ってくれたものでした。もう随分昔の話ですね。
 思い出せば、あれは童話と言ってもいい作品なのかなあ。
 我孫子は、こうしてたくさんの文人たちの大事な街だったのです。

11021701 私は数日前(これを書いたのは、2010.01.21)に新聞の記事下広告で、この本があったことで思い出していました。
 でもでも私には、その物語の内容は思い出せないのです。ただただ懐かしくそしてなんだか切なくて、そしてただだだ遠い遠い景色を見ているような思いになりましたものです。
 私がこの本を岩波文庫で読んだのは中学3年のときでしょうか。そして私は長く住んでいた我孫子で、中勘助がいたという手賀沼湖畔の高島邸を思い出していました。そこのご主人は私と同じ詩吟の流派に属されていた方で、私はお宅に訪れたこともあります。そうしたときには、いつも私はこの物語を思い出していました。
 夏目漱石が絶賛した小説です。おそらく、他にはこうした本は私には見つけることができません。
 主人公が、古い本棚の中から、古い銀の匙を手にとります。それは伯母さんが教えてくれたものでした。この伯母さんが少年にいくつもの物語を話してくれます。でもいつかは、その優しい伯母さんも歳をとっていくのです。そんな誰もが味わってしまうようなことが書かれています。
 私は童話やおとぎ話もよく読んだものでした。でもでも、引越しばかりしていた少年の私には、こうしたおばさんはいませんでした。
 中勘助は、1885年5月22日〜1965年5月3日の生涯でした。私はこの作品しか知りません。
  私の義母が、随分前に私が好きな小説としてこの作品をあげたところ、自分も大変に好きだったことを言ってくれました。あれはもういつのことだったでしょうか。(2011.02.17)

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新聞名 図書新聞第2949号
発行所 図書新聞
定 価 240円
発行日 2010年1月16日
読了日 2010年1月9日

 私はこの新聞は記事だけでなく、広告もよく見ています。どちらかというと、普段とっている新聞(私のところは日経新聞ですが)は記事下の広告や折込チラシの方がよく見ているものですが、この新聞も広告をよく見ています。だが、インターネット上では記事のバックナンバーは見ることはできるのですが、広告面は一切見ることができません。非常に残念です。
 だから新聞では記事よりも広告をよく見ています。
 今回は、秋竜山さんの記事がなくて、かなりがっかりでした。
 2面の記事下の広告にに中勘助の『銀の匙』の字が出ていたのでした。私はそれで蜘蛛業にこの本のことを書いていました。私にもいつまでも忘れられない作品です。
 でも思えば、この広告も実に大切ですね。これで見た本は本屋でも探すようになるものです。

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