将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:長塚節『土』

12082109「周の掲示板」にnelu(かわふくG)さんの「犬(上)」がありました』に、目森一喜さんからの以下のコメントがありました。

2. Posted by 目森一喜   2012年08月20日 22:18
 読み言葉というと、例えば周さんだったら「土」の文章を読んでいて茨城弁が聞こえて来てしまうというような事も入って来るのでしょうか?
 それだと折り返して自分に帰って来るような表出になってしまいますね。

 いや、この私のいう「読み言葉」というのは、まだ正確に把握できていないのです。吉本(吉本隆明)さんの言われる『「書き言葉」と「話し言葉」』ということから、思いついただけなのです。
 でも「長塚節『土』」のことは、吉本隆明全著作(単行本)「吉本隆明歳時記」に私は次のように書いています。(以下は長塚節の関する吉本さんの文を抜書きし、私の思いも書いています)。

  たとえてみれば米粒のうえにどんな微細な文や図柄を巧みに描
 いても所詮は巧みな<芸>以上のものではない。なぜならば対象の
 選択力に内的な衝迫と必然がなく、ただ珍しいための限定しかな
 いからだ。それと同じことであった。この方法を極限まで追いつ
 めていったのが長塚節であった。そして極限まで追いつめられて
 いってはじめて、子規派の『万葉』の歌の把握に重要な欠陥があ
 ることが露呈されたといってよい。  (「冬の章−長塚節」)

 これを読んで、私には退屈で暗い「土」の作者でしかなかった長塚節が生き返ってきた思いがします。また私にとって苦手だった短歌を読み取ることも少しはできるようになった気もします。忠実な正岡子規の学徒だった節が死の直前にたどりついたものを感じとることができました。

 この吉本さんの文を読むのと、でも私には母の実家の裏で吹いている茨城の冷たい風を思うのです。
それだと折り返して自分に帰って来るような表出になってしまいます」。そうなのですね。私は「長塚節『土』」を読んでも、どうしても上を見てはいないのですね。ただただ、私の本当の故郷の冷たい風を思うばかりです。
12082110 長塚節の短い生涯を思うと、どうしても分からないのです。この小説を読んで面白いと感じられる人がいるのでしょうか。おそらく私は皆無だと思います。いつも私は「漱石がほめちゃったからな」と思っています。
 私は藤沢周平は、実に好きな作家です。でも彼が長塚節を書いた『白い瓶』は、手に入れて手で持ちながらも、結局読まず、古書店に売ってしまいました。
 私の「吉本隆明鈔集」での「読み言葉」はもっともう少し考えていきます。

10121003 前に書きました「ロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』」は、以前に書いて蜘蛛業で載せていたものでした。なんとなく、自分が情けなくなっていることを感じます。
 なんとか今日は、「魯迅『狂人日記』」のことを真面目に書きましょう。私が魯迅では一番苦手な作品です。人間が同じ人間を食うということがあるのでしょうか。そのことが書かれている作品です。でも魯迅自身もこの作品を『吶喊』に入れているとは言えないのです。ほとほと難しい作品だと思います。最後の「人食いをしたことのない子どもはいるのだろうか!子どもを救え!」が心に残ります。
 これからは、電子書籍を読んでいくことを感じています。私は最初に「長塚節『土』」を読むつもりです。
 写真は、これも「EyesPic」の写真です。
 思えば、こういう各カメラマンの写真が使えるのはとてもいいです。(12/11)

101209092010/12/10 11:46またもうすぐニチイの介護サービスの時です。
 今この機会に「青空文庫リーダー」を使ってみようと思ったのでしたが、ここでは駄目でした。パソコンでないといけないのでした。またノートを持ってきて、起動するわけにはいきません。あとで午後一時過ぎたらやってみます。
 そういえば「浅野」にも行きたいのですが、なかなかチャンスがないなあ。夜は無理だから昼食に行くしかないのですね。でもそれも難しいな。
 きょうはシャープの電子書籍リーダーのガラパゴスが来るはずなのですが、いつなのかなあ。
 ちょうど12時5分前にニチイの方が来てくれました。
こうして、ポメラで書いて、IS01も時々書いて(今はこの機器ではまだツイッターしかできないけれど)、電子書籍で小説を読めれば嬉しいです。私は最初に「長塚節『土』」を読むつもりなのですが、さてどうなるでしょうか。私は長塚節と、そして彼の書いた『土』がどうしても深く思い出されるのです。「青空文庫」で読めるのです。思い出せば、中学2年でこの作品は読んだのですが、また読み直すことになるなあ。
 長塚節は、若くして亡くなったのですね。彼の歌集は、母のものがあったのに、我孫子の家を引っ越する前に下北沢の古書店に売ってしまいました。今からあの古書店に行っても見つからないだろうな。
 私が書いている『吉本隆明鈔集』で長塚節の言葉も出してきて、私はそれでの歌はも覚えていますが、あとの歌はなにも記憶に甦りません。
 あ、すぐあとで私の『吉本隆明鈔集』での長塚節に関する隆明鈔の言葉を書きます。
2010/12/10 12:30今日の介護サービスは終わりです。大変なお仕事ですね。実にありがとうございます。

↑このページのトップヘ