将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:長編

10121907 12月19日の19:47に届いていた破茶さんの『独楽吟のススメ』です。

「2010/12/15 【No.2048】わたしの独楽吟(どくらくぎん)」を読んでの周の感想。

たのしみは 高いお山の 頂上を 目指しコツコツ 準備する時

登山は体力もいるしある程度の装備はいるし 今すぐに登ることはできないけど いつかあの山の頂に登ってやるぞ!という初心を忘れず持ち続けていれば いつか必ず登頂できると信じています。がんばりたい!

 山へ登るという気持は、私には少しもありません。山なんて、まったく興味を抱かなかったな。これからも同じでしょう。

たのしみは 暇を見つけて 長編の 小説じりじり 読み込み行く時

「少年老いやすく学成り難し」って言うけれどある一部は当たっています 私の場合 さぁ読もうと思っても持病が痛み出しますし なかなかまとめて読みづらい。それでも、半分は読みましたから あと半分。幸いな事に 時間はたっぷりありますから がんばるぞ!

 本はけっこう大長編もせっせと読んできました。長編と言われるので、読んでいないのは、マルセル・プールスト『失われたる時を求めて』かなあ。

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 でもこの作者は、どんな方なのかなあ。インターネットで「柴木亮 木蓮の詩」のどちらで検索しても出てこないのですね。いえ、もちろん今は私のこのサイトが出てきますが。
 できたら、この小説が普通の本として本屋に並んでいることを私のこの目で見てみたい思いです。
 でも小説としては長すぎるのかなあ。もちろん、もっと長い小説は、いくらでもたくさんあるわけですが、こうした無名の方の小説としては、長編すぎるのでしょうか。
 私はパトリシア・コーンウェルの数々の小説も、ハリー・ポッターの小説も、近年の作品は前の作品にくらべて約2倍の長編なのですが、いつも冗長さを感じています。あれは、半分の長さにできないのかなあ。そうすれば面白く読んでいけるような気がするのです。
 ただし、この『木蓮の詩』はそういうことを感じられません。この長編のままでないと私には困ってしまうように思われます。
 いや、できたら、さらにこの物語は、この先の話もつくれるのではないか、なんて思っています。このあとの時代の話というのではなく、タカシの母親のカヨコのことも、もっと何かを抱えているような気がするのです。そうでないと、なぜタカシがヨンジャと結婚することに同意できないのかということも、実はその訳があるように思うのです。
 いや、思えば、もっと大きな連作の世界が拡げられるように思うのです。そのような連作をもっと拡大して、さらにこの小説を書き続けてほしいと思いました。

 周の雑読備忘録「柴木亮『木蓮の詩』」  へ

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