将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:関東大震災

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「花子とアン」は関東大震災でした。もういっぱいのことを思い出します。父と母から聴いたいっぱいのことです。
 どうしてかよは今になって、郁弥を思い出すのだ。もう遅いのだよ。また私は涙になります。この関東大震災と大東亜戦争がこの近代現代日本で一番大きなことですね。
 甲府のみんなを私も嬉しくも思いまた涙にもなるのです。
 もう涙が止まりません。
 花子の話すことにまた私は涙です。もちろんかよのいうことにも涙です。
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 このドラマで関東大震災がありましたので、インターネットで検索しますと、この震災のことは次のようにあります。

大正12年(1923年)9月1日に発生した「関東大震災」は、発生時刻がちょうど昼食の時間帯であったことや、台風の影響による強風によって大火災が発生、10万人以上の死者

 不幸なことに、朝鮮の方が虐殺されてしまったこともありました。大杉栄も同じでした。私にも忘れることができない大きな災害ですね。父からも母からも聞いてきたものでした。この災害での写真をここに載せていきます。
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 宮本先生は亡くなったのですね。なんだか私も悲しいです。関東大震災って、大昔のことなのですが、私にはいつも見近に思える震災なのです。また涙になりました。
 なんで私はこうして涙を流すのかなあ。あの震災も遠いことじゃないのです。
 涙ばかりが流れます。遠い話じゃないんだよな。東日本大震災を思い出します。
 宮本先生を思い出すめ以子にどうしても涙が流れます。
「食べ物の力を信じて行こうと思っています」という希子の言葉はいいです。

 次の放送も悠太朗(東出昌大)が出ています。

G13121901 なんとか、ふみ(星野真理)が心を溶いてくれればいいなあ。それだけを希望しています私です。
 良かった。私はものすごく嬉しいです。関東大震災(まだこの時にはこの名称はついていません)か、また私は涙になります。
 室井行斎が戻ってきて嬉しいです。
 ふみの笑顔が嬉しいです。「サンマには勝てなかった」という言葉はいいです。「ありがとうね」というふみの言葉がいいです。
 め以子が思い出す先生の言葉はいいなあ。

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 こうしてまた「ごちそうさん」なのです。こうして毎日見られて嬉しいです。
 関東大震災を思います。大変なことでしたね。母にも父にもリアルな体験として聞いてきたものでした。
 め以子の思いを考えます。おばあさんトラのいうことを思います。酉井捨蔵の思いもよく私も思います。
 また私は涙になっています。
 谷川ふみ(星野真里)の思いも十分に分かります(私がこう言い切れないのかもしれませんが)。どうか立ち直ってほしいです。

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 また「ごちそうさん」です。
 関東大震災は、私は母から父から実体験をよく聞いたものでした。
 大阪では「東京が全滅や」って聞いていたんだ。大杉栄が殺されたときですね。多くの朝鮮人虐殺もありました。
 この悠太朗のいうことに、私はまた涙になります。
 室井のいうことでも、私はまた涙です。もうあのときの東京おはび揺れた関東全体を思い、それを聞いた大阪(だけでなく)日本中を思うのです。私は涙ばかりになっています。「悠太朗さん、ありがとう…」というめ以子のいうのにも私はまた涙を流し続けます。

e01999b5.jpg  王子教会にいます。もう今は前夜式の準備です。
  そもそも私は少しも寒さは感じないのですが、タクヤ君たちは寒いようです。やはり四国の人には東京は寒いのでしょうか。
  思い出せば、前夜式の準備をしていると、思い出したのが、「谷崎潤一郎『細雪』」で、三女の雪子が「東京は寒い」というシーンがありましたが、やっぱり関西人、京都の人には寒く感じるのかなあ。
 でも人形町近くに谷崎潤一郎の誕生の碑がありますが(だから本来は関東人、東京人なのだ)思えば関東大震災で彼は関西に行ったのでしたね。

 なんとなく教会というのは保守的(いい意味でいっています)ですね。

 でもなんでもいいや。

11090204   Saturday, October 23, 2004 12:55 AM
了解了解、
 充分人を唸らせるにたるすごいエピソードばかりですねー。ぽっかり晴れた夜の空を畳や家まで飛んでいくシーンは幻想的ですらあります。もう、へぇーの連続ですよ。でも何の準備もしてなかったのはまずかったですね。ご両親は台風の少ない土地のご出身だったのですか。
 今回の台風は今年最悪のようですね。これは経験しなくてニュースで見ただけでも語りぐさになりますね。

   Saturday, October 30, 2004 7:58 AM
Re: 了解了解、

ぽっかり晴れた夜の空を畳や家まで飛んでいくシーンは幻想的ですらあります。

「幻想的」、たしかにそうだったかもしれないなと今思います。そのときは、たぶん、台風の目に入っていて、実に周りは静かなんです。私たちが外に出ても、何も飛んできたり、雨をかぶってしまうということもありません。ただ、上空を見上げると、たくさんのものがものすごいスピードで飛んでいくのです。
 私はそのときに、

  俺は、この光景を一生忘れないだろうな

なんてことを思っていました。

もう、へぇーの連続ですよ。でも何の準備もしてなかったのはまずかったですね。ご両親は台風の少ない土地のご出身だったのですか。

 あのときは、我が家に限らずどこの家も何も準備していませんでしたよ。それは名古屋でしたから、台風に遇った経験がなかったのかもしれませんが、テレビもラジオも新聞も、何も警戒するようなことも言わなかったと思いました。
 そうですね。ごく近所で、私の家族と仲の良かった長島理髪店というところのご主人が、

  夕方、この台風には大変なことになるんじゃないかと思って、
  急いで入口のドアや窓を防ぐために、板を打ちつけた

と言っていました。あの人は台風の経験があったのかもしれません。
 私の両親は、父が茨城県笠間で、母が茨城県藤代町(母の時代も私が生まれたときも、ただの茨城県佐貫でした。のちに藤代町に入れられました)です。二人とも茨城の田舎の百姓出身で、台風なんてまったく経験がなかったのだと思いますよ。二人の経験といえば、関東大震災に遭ったことと、そして大東亜戦争の経験でしょうか。

今回の台風は今年最悪のようですね。これは経験しなくてニュースで見ただけでも語りぐさになりますね。

 ちょうど、夏に家族で行きました旅行で、歩いてお土産を買いました、修善寺のお土産屋さんが、テレビの画面で、店の中に泥がうずたかく入り込んでいるのを見ました。家族4人で、「これは大変だね」とものすごく驚いていたものです。萩原周二
(第223号 2004.11.22)

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