将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:阪神・淡路大震災

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 12月13日に、かにた婦人の村と「噫従軍慰安婦」(1998.04.27)に、nogaさんから以下のトラックバックがありました。

1. Posted by noga   2011年12月13日 05:48
日本人の歴史の勉強のテーマは、沖縄戦と南京虐殺と従軍慰安婦にテーマが絞られている感がある。その内容は、学校で詳しく教えられているのであろうか。その勉強は、我々の日常生活に役立っているのか。日本人の哲学と関係があるのであろうか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

 いえ、少なくとも私は中学でも高校でもこれらはまったくなかったと記憶しています。ただ、私はこの「かにた婦人の村」を訪れたことは、実に良かったなあと思っています。 私の娘二人が、阪神・淡路大震災(1995年(平成7年)1月17日(火))にそのあと行きましたものでした。実にいい経験だったと思います。
「フーテンの寅」でも、寅さんが、この震災の跡地で、ボランティアをしている姿があったものでした。
 忘れてはならないことが、この日本にもいくつもあり、それは文書なり、写真なりで、歴史の上でとどめて置くべきです。
 そして歴史なり、いわゆる社会科で繰り返し教えるべきだと思っています。

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 私の今住むマンションに毎月「月刊ウェンディ」という新聞が無料配付されています。それの第236号(2009年1月15日)の一面と二面が女優藤原紀香さんのインタビュー記事がありました。

 私はこの女優さんには、さほどの興味はなかったのですが、この記事を読んで、とても感心していました。
 とくに、彼女が「阪神・淡路大震災」について書いているところです。

 そんなときに起こったのが、阪神・淡路大震災でした。その日、ちょうど仕事先のハワイから帰国したら、モニターに震災のニュースが流れていて…。パニックで頭の中は真っ白。すぐに実家に向かいましたが、電車の途中までしか動いていなかったので、後は線路づたいに歩き続け、ようやくたどりつきました。幸い、家族は無事でしたが、自分が生き残っていることが不思儀に感じました。被災地を歩いて、私が目にした地獄のような惨状は、一生忘れることはできないと思います。

 実は私の義父の故郷も神戸です。それであの地震のときには、義父は私の長女と次女を連れて自分の故郷へ連れて行ってくれていました。
 あの凄まじい惨状を目の前にした娘二人には、とても大切な思い出を義父が与えてくれたのだと思っています。藤原紀香さんは、この大地震で女優になる気持になったようです。
 またそのあとに、2001年に起きたアメリカの同時多発テロです。これで、彼女は、自分にも何かできることはないか、という思いで、アフガニスタンに行くことになったようです。

 これを読んで、私も彼女のファンになっていこうと思ったものでした。

 あ、それから、この新聞を始めて少し読みまして、これは広島の「合人社」という会社が出している新聞なんですね。なんだか、「あ、そうなんだ」と驚いたものでした。私は「合人社」という会社は、信頼しております。

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