将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:陳舜臣

11090509   Sunday, December 05, 2004 9:27 PM
ついに師走に突入しましたね。
 日本人の読む中国の漢文は詩、歴史書、などが多いわけですが、いずれもエリートが書いたものでいわば人類共通の人間のもっとも純粋で上質な部分しかあらわしていないという面があるのではないでしょうか。日本人はそれを読んで中国の精神性の高さに感じ入り、あこがれたわけです。文学でも紅楼夢の様な下世話なものはごく近代になるまで出現しなかったと思います。
 ところが大多数の民衆のもつ古代の人身供儀にまでつながるような土俗性や暗い負の部分はまったく目に触れなかったわけです。これが実際の中国と日本人が漠然と抱く中国との差の原因ではないでしょうか。門外漢が的外れなことをいっているかもしれませんが。文革のころの体験談や、日本人の戦中、戦後の体験談などを読むと、実際の中国というものが少しわかるような気がします。 陳舜臣は戦前の日本の教育で育った人のようですからかなり日本人と同じ感覚になっているとも考えられます。日本人が書いたと思えば問題はないのではありませんか。
 宮城谷三国志の第一巻を手に取って帯を読みましたがものすごくくわしくかいてあるようですねー。全部刊行が終わるまで文庫にはならないだろうと思うとどうしたものか悩ましいところです。
 蒼穹の昴は読み終わりましたがちょっと期待はずれでした。乾隆帝の霊や都合のよすぎる西大后の孫娘などの道具立てでややファンタジーの趣に流れ、期待した骨太な歴史物語という感じではなかったように思います。この人の作品は以前に数作読んでいますが、それらもややファンタジーめいたところが多かれ少なかれあったのですが、壬生義士伝だけはその傾向がほとんどなく、あるいはあっても死際の幻ということなどでリアリティを損なわず、すごくいいできだったので期待したのですが、ちょっと残念です。
 西大后も本文に何度も形容しているほど魅力的な女性とはどうしても感じられません。もっと正攻法で滅びゆく大清帝国を支えようとする女帝をかいて欲しかった。
 ところでほぼ毎夜のように飲んでいらっしゃっていったいいつ本を読まれるのですか。不思議でたまりません。林望さんが人生の貴重な時間を無駄にするからお酒は飲まないとかいていましたよ。まあちょっとこれは極端でしょうけど。
 先週毎日新聞の読書欄で噂の真相の休刊を知りました。買ったことは二、三度しかないんですけど。それで、もしかしたら岡留さんともお友達だったりしてと思い浮かびました。だいぶ前に本の雑誌で編集長対談という企画があって、椎名さんと対談していましたが、その時には部数は順調ということだったんですが、どうしたんでしょうね。

   Wednesday, December 22, 2004 4:21 PM
返事がこんなに遅くなりごめんなさい

 日本人の読む中国の漢文は詩、歴史書、などが多いわけですが、いずれもエリートが書いたものでいわば人類共通の人間のもっとも純粋で上質な部分しかあらわしていないという面があるのではないでしょうか。日本人はそれを読んで中国の精神性の高さに感じ入り、あこがれたわけです。

 これを読みまして、私はその通りだよなと思いました。

 文学でも紅楼夢の様な下世話なものはごく近代になるまで出現しなかったと思います。

 前に、私の「周の掲示板」の中でも書いたのですが、この曹雪芹「紅楼夢」に関しましては、私たちの思うところと、現在の中国人の思いはかなり乖離があるように思います。ものすごく親しくなりました中国のペキンの女性がいるのですが、彼女と最初に会ったとき(たしか1988年頃です)、私より15歳ほど若い彼女が、この「紅楼夢」が愛読書だったことに、私は驚愕を受けたものでした。どうみても、私には「紅楼夢」は少しも面白い小説とは思えなかったたのです。ただ思い当たったのは、中国というのは、日本が江戸文学から、明治期の坪内逍遥や二葉亭四迷たちが必死になって乗り越えていった(たとえば言文一致)ような、いわば近代化をしていないわけなんです。だから、いわばあんな男女の愛を描く世界を魅力あるものとして感じてしますのでしょう。
 さらに私はこの女性を通じて、中国の文学の学界には、この「紅楼夢」派と「金瓶梅」派があって、それが激しい論争をしているなどというのを、聞きまして(これはその彼女の彼氏から聞きました。その彼は日本にいる中国人の大学の先生方に、そうした話を詳しく聞かされたようです)、なんだか、また呆れました。「金瓶梅」なんて、いわばルネサンスの「デカメロン」や「サン・ヌヴェール・ヴェール」よりも、もうずっと遅れた昔の物語がなんで、それがなんで今の問題なんだと、今の中国に呆れたものなのです。

陳舜臣は戦前の日本の教育で育った人のようですからかなり日本人と同じ感覚になっているとも考えられます。日本人が書いたと思えば問題はないのではありませんか。

 まあ、私は日本人が書いたと思ってはいますが、そうだ思ってもまだ読めない感じですね。でも今後彼の小説を読んでいきます。
 それで、実は以下に書きましたように、

 陳舜臣「青玉獅子香炉」

これからこの著者の作品を読んでまいります。

宮城谷三国志の第一巻を手に取って帯を読みましたがものすごくくわしくかいてあるようですねー。

 今第3巻を読み始めたところです。第2巻の中ごろで曹操も、孫堅も、劉備も、まだ「生まれた」といわれるだけなのですね。でも宮城谷さんの三国志の切り口、とらえ方には、私はただただ感心しています。

蒼穹の昴は読み終わりましたがちょっと期待はずれでした。

 私も同じ思いですね。読み終わったときに、私は浅田さんが、「一体何を書きたかったのかな?」という思いを強く感じました。
 読み終わりましたのが、電車の中だったのですが、しばらく西太后のことを考えました。
 私は女性の政治家で歴史の上の人物というと、マリアテレサとエカテリナ2世を思い浮かべ、「思えば、みな可愛い女性でもあったのだろうけれど」というところで、また日本の北条政子と日野富子を思い受かベました。これまた本当は可愛い女性だったこともあったのでしょうね。「でも、いや中国の女性を考え比較しないといけないな」というところで、則天武后を思いだし、さらにすぐ、漢の高祖の呂太后を思い浮かべました。だが、これは到底「可愛い」なんてところが少しも私の気持に湧いてきません。それどころか、考えることにすら怖くなってきました。西太后も、どうしてもそのようなイメージなのですね。ただ、呂太号の恐ろしさとは違うかな、なんていう思いもしました。

ところでほぼ毎夜のように飲んでいらっしゃっていったいいつ本を読まれるのですか。不思議でたまりません。

 ホントに自分でも呆れるほど飲んでいますね。とくにやはり、暮はどうしても、その場が多くなります。外で飲まないときは、ちゃんと帰宅しますが、家でも晩酌します。ただ晩酌の場合は、さほど飲まないのですが、何故か早く眠くなって、午後11時台にベッドに入ってしまいます。そして午前3時台か、4時台には目が覚めるのですが、このところは、なんだか疲れすぎているのか5時台にならないと目が覚めません。ただ、本日は4時半に目が覚めました。昨日午前は毎週の、石岩先生の日ですから、

  日中康復治療院

身体が少し回復したのでしょう。でもいつも石先生には、「身体が疲れすぎ、眠りが少ない、飲み過ぎ」と言われています。
 それで読書は、いつも電車の中です。夜ベツドに入るときに、本を持って行きますが、2分くらいで眠ってしまいますから、3ページくらいしか読めません。とにかく、通勤と、クライアント等々に行くときに、電車の中で読むのが一番の読書の場ですね。それと、私は割と、本を読む速度は早いのだと思います。

林望さんが人生の貴重な時間を無駄にするからお酒は飲まないとかいていましたよ。

 私はこんなのは、まったく認めません。まあ、その人の勝手ですが。そもそも私は「酒を飲むために生きている」というようなところがあります。そもそも私の「周の酒飲み話」のバナーsake

に書いている言葉は、

  酒は飲んでも、飲まれよう

なんです。(ここで書いているバナーは前の将門Webのときのものです。今は違うバナーです。
 本日もまた飲むでしょう。いや、本日は「クリスマスプレゼント」というものについて、少し考えようと思っているのですね。それには、日本酒がないとね。

先週毎日新聞の読書欄で噂の真相の休刊を知りました。買ったことは二、三度しかないんですけど。それで、もしかしたら岡留さんともお友達だったりしてと思い浮かびました。

 申し訳ないのですが、私はこの雑誌は手にしたこともありません。大嫌いです。休刊したのなら、「よかったな」という思いですよ。昔左翼であったことは、それはそれでいいですが、今もその思いをそのままにして続けていたのが、あの雑誌じゃないかな。私は絶対に認めないです。

 たいへんに、こうして遅い返事で、「俺は駄目だな」なんて思っています。なんとなく、この12月は忙しいのです。また明日も出勤になってしまいました。でも午前の打ち合せで、来てくれる女性が素敵な方なので、そのあとどこで昼食しようか、あそこでならビールだけでなく、紹興酒も飲んでいいかな、なんていうよこしまなことを考えています。萩原周二
(第227号 2004.12.20)

11090501   Wednesday, November 03, 2004 9:43 PM
こちらこそ遅くなって申し訳ありません。
 十月は学園祭、運動会、修学旅行、遠足など学校と関係のある人は忙しい季節ですが、普通だともうなんの関係もないはずなのに先生はすべてに関係していらっしゃるんですねー。中でもいまだに母校の学園祭に出店していらっしゃるとはとは驚きました。こんな話は聞いたことがないです。ほかの学校では例がないのではないでしょうか。学校の職員の方も三十年前からずっと顔見知りの方がまだいらっしゃる訳ですか。昔の敵は今日の友とまでではいかなくても、なにやら懐かしいというところでしょうか。また一種の同窓会ともなっているのかもしれません。こういうのは絶対やるぞと強固に主張する人とそれに賛同してくれる人が数人はいないと続かないものですが、椎名誠とその仲間達の関係に似ていますね。その他、娘さんの勤めていらっしゃる学校の運動会やら、卒業なさった学校の父母会やら、なんて忙しそうなんだろうと驚いたりあきれたりしています。

 陳舜臣は検索してみるとものすごく著作が多いのに二作しか読んでいらっしゃらないとはちょっと不思議です。やはりその三国志に何か違和感を覚えられてあのではないでしょうか。その三国志はどうだったのか感想を少し教えてだけますか。三国志といえば宮城谷さんのが出ましたね。もうお読みになりましたか。私は蒼穹の昴が文庫になったので、ずっと以前から狙っていたものですから早速買って読んでいます。
 先生のエロイーズにも話したことのない美術品の売買とは何やらなぞめいていますね。きっとまた驚くようなエピソードがあるのでしょうね。
 私も人間の声というものには興味を持っています。なぜか教養や人格が現れるし、同じような性格の人は同じような声の場合がありますよね。声優や朗読というテーマはすごく興味があります。

   Sunday, November 21, 2004 1:47 PM
Re: こちらこそ遅くなって申し訳ありません。
 埼玉大学の学園祭とはずっと関係を続けてきたわけですが、もう私も56歳ですからね、もういつまでもやるべきじゃないかな、なんていう思いも抱きます。もう何もかも、みんな私の下のずっと年代になってしまいました。

その他、娘さんの勤めていらっしゃる学校の運動会やら、卒業なさった学校の父母会やら、なんて忙しそうなんだろうと驚いたりあきれたりしています。

 昨日は、私の次女が大学を出た最初の年に勤めた東京都文京区の小学校の「表現の日」(文化際のようなものです。2年前に私が行きました記録は以下です)がありました。

  ブルータスの学校での「表現の日」

 次女が帰宅してきて、私は知りました。前日私が帰宅できていたら、必ず行っていたのに残念です。前日は、私はもう飲みすぎで、泉岳寺、浅草といろいろ行きまして、もう帰宅できませんでした。
 私は娘二人がみている小学生に会えるのがとても嬉しいのです。もちろん、私は、先生である娘の父親だとばれないようにしますが、とにかく今の子どもたちはいいのですよ。「俺たちの子どものときより、いい子たちだな」なんていつも思えるのです。ただ、また今のほうが嫌なことも多くて、これまた考え込んでしまいます。ニュースでみる悲惨な事件ですが、実はもうどこでも起きる可能性があることのようです。さきほど、次女からは、次女の小学校のそばで子どもたちが、車に引きずり込まされそうになったり(つい2日前のことのようです)、男の生徒が不審者においかけ回されたりということがあったそうです。もう柏市の街の真ん中の学校なんですよ。そして警察は、犯人のただの一人も、捕まえていません。もう、悔しくて、悲しくて、恐ろしくてたまりません。

陳 舜臣は検索してみるとものすごく著作が多いのに二作しか読んでいらっしゃらないとはちょっと不思議です。やはりその三国志に何か違和感を覚えられたのではないでしょうか。

 いえ、陳さんには、特別「違和感」というような思いはないのです。ただ、なんとなく、それほどのめり込めないのですね。なんでかな。
 少し考えますと、以下のように思いました。
 私は、中国の漢詩を読むのが好きで、それも漢文という日本の古代からやって来た読み方で読んでいます。また漢詩だけではなく、たくさんの文章も漢文で読むのが好きです。ただ、これは間違えていけないのは、私自身にも間違えるなよと言い聞かせることは、このことは中国のことをよく理解できるためにやっていることではありません。日本人である私が、日本人の漢文という方法で中国の古典を読んでいるのは、あくまで、日本人の古典ともなってしまった中国の古典を理解するためにやっていることなのです。あくまで、日本の文化を知るためにやっていることなのです。いくら漢文を学んでも、中国のことを理解できるようにはなりません。日本のことを知りたいからだけのことなのです。
 それで中国人が書きました、文学なり、評論なりを、訳文で読んでみますと、かなり、我が日本とは違う国、違う風土、違う歴史の中国を感じます。私たち日本人が思い込んでいる中国とは、本当の中国とは、まったく違うもののようです。私が好きな漢文というのは、あくまで、日本人の抱く「中国」を見せてくれるだけなのです。
 ところが、この陳さんが書かれている小説の中での中国は、私が漢文で知ってしまっている「中国」と同じなのです。「中国の人なのに、なんで、こうなのかな?」というところが、私が彼の小説にのめり込めないところなのかななんて思ってしまいました。

三国志といえば宮城谷さんのが出ましたね。もうお読みになりましたか。

 現在第1巻を読み始めました。たくさん、思うことがあります。やはり、私はおそらく、この宮城谷さんの「三国志」が世界最大、最高の「三国志」になるかと思いました。

私は蒼穹の昴が文庫になったので、ずっと以前から狙っていたものですから早速買って読んでいます。

 現在、第4巻を読んでいます。
 上に書いたことに関係するのですが、この「蒼穹の昴」は私たちが過去読んで来た数々の中国ものの小説とはあきらかに違いますね。私が知ってきた日本の古典である中国の数々の漢文から生まれた小説ではなく、中国の実際の近代の歴史から書かれている小説のような感じを受けます。
 思えば、こうした思いをまたまとめて書いていかなくてはならないな、なんていう思いを今抱きました。

先生のエロイーズにも話したことのない美術品の売買とは何やらなぞめいていますね。きっとまた驚くようなエピソードがあるのでしょうね。

 ええとね、私のエロイーズといえば、ちょうど学生のときからつき合った女性なのですが、この女性には、この府中刑務所での、加藤道子さんのことを話さなかったということです。それで、この美術品の売買のことは、もう私が結婚して子どももいる時期のことなのです。はっきり書かなくて申し訳ありません。ただ、たしかに、この美術品に関しては、驚くべきエピソードはありますよ。とても大変に面白い話なので、また別に書きますね。

私も人間の声というものには興味を持っています。なぜか教養や人格が現れるし、同じような性格の人は同じような声の場合がありますよね。声優や朗読というテーマはすごく興味があります。

 私も同じです。そういえば、この加藤道子さんの思い出を、私のサイトの中にある「三上治の世界」でも、以下に書いてくれています。

   ある女優のこと

 今では懐かしく思いだす加藤道子さんの声です。萩原周二
(第225号 2004.12.06)

11090108   Saturday, October 16, 2004 12:39 AM
了解しました
 私が思うに情熱は体力に比例するのではないでしょうか。でも先生は少し減ったぐらいでは普通人になった程度に違いありませんよ。
 陳舜臣の草原の覇者の1を読みました。何だか漠然とした書き方です。登場人物の会話でも普通は会話から状況などがわかるように計算して書いてあるもですが、会話も普通の人が話すような、ある質問に対してぴんとはずれな脱線した答えをして、聞いたほうもそれで気にしないというような会話です。説話世界の話のような茫洋とした印象を受けます。この作家はいつでもこうなのでしょうか。以前毎日新聞の連載で天球は翔るという作品を連載していたときはもう少し具体的だったと思うのですが。この作品はわざとこういう味わいにしているのでしょうか。ちょっと2を読むのをためらっています。司馬さんと反対ですね。

   Saturday,October 30, 2004 7:37 AM
Re: 了解しました

私が思うに情熱は体力に比例するのではないでしょうか。でも先生は少し減ったぐらいでは普通人になった程度に違いありませんよ。

 いえ、私はそれほどの人間ではないのですよ。とにかく自分の存在にたいした確信を持てないので、いつも空元気ばかり露出している気がしています。

陳 舜臣の草原の覇者の1を読みました。

 陳舜臣さんは、「琉球の嵐」と彼の書いた三国志しか読んだことはないかと思いました。
 私は彼の作品では、「青玉獅子香炉」に一番思いがあります。以下に書いていますが、
 加藤道子さんのこと

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51891760.html

 私が昔府中刑務所にいたときに、このNHKの「日曜名作座」の森繁久弥さんと加藤道子さんの、ラジオドラマはとても懐かしいのですが、府中刑務所に入ったばかりの最初のドラマが

  福永武彦「風のかたみ」

であり(たしか4、5週で次のドラマになります)、次が、この

  陳舜臣「青玉獅子香炉」
http://shomon.livedoor.biz/archives/51915099.html

でした。
 私は最初夜、このドラマで、「福永武彦」という名前を聞いたときに、実に驚愕と言っていいほど、いや身体全体が震えるほど、驚き感激したものでした。福永武彦には、彼の小説には、私はものすごい思い入れがあったのです。それで、このドラマを聞きながら、「朗読劇というのも、すごい迫力のものなんだな」と思ったものでした。
 この「風のかたみ」が終ったときに、次のドラマもまた興味をもって待っていたものです。そしてまた「青玉獅子香炉」は、実にいいドラマでした。森繁久弥さんと加藤道子さんの、朗読される内容もその声も今もありありと思いだされます。青玉獅子香炉というのは、主人公が作る贋作なのですが、これは本物と比較しても、むしろそれを上回るのじゃないかというほどのできばえでした。本物を奪うために、贋作が作らされたのです。だがまた、この贋作も盗まれます。その贋作の贋作が作られるのです。
 最後自分の作って、そして盗まれた贋作をニューヨークの美術館で、主人公が眺めています。もう彼はその贋作を作るために、精力を使い果たした老人でしかありません。そして、その隣には、加藤道子さんの朗読で演ずる、年老いた妻がいます。
 この物語を聞いていて、のちに私は40代になって、ある美術関係の大きな会社の社長が(そこに私はまたごく親しい女性と彼の美術顧問みたいな人と、美術品を売りにいきました)、

 「贋作だから蒐集しない」なんていうのは、全然美術が判ってい
  ない人のことだよ

と言われた意味が、私には充分すぎるほど判っていました。
 思えば、この思い出を詳しく話したこともありませんでしたね。私の彼女になった子にも、喋りませんでした。あの「日曜名作座」での加藤道子さんの声が今も私に聞えてくるだけです。

この作家はいつでもこうなのでしょうか。

 ちょっと私には、判りません。私には、上に書いた思い出がずっと私の心に残っている作家なのです。萩原周二
(第222号 2004.11.15)

11032103 先週の16日の朝、通勤の電車の中で読みながら、この「青玉獅子香炉」の最後では泣いてしまいました。私は、いわばこの物語を今回初めて知りました。今まで思い込んでいた「青玉獅子香炉」の話とは少し違う物語なのだなと、始めて私は判ったのです。
 私がこの物語を知ったのは実に36年前のことでした。
「第69回「青玉獅子香炉」」(私のメルマガに書いたものです)にその思い出を書いています。

 (ここに書いています「青玉獅子香炉」の話は、私の思い出の中
  だけで、原作とは少し違っています。登場人物の二人は夫婦には
  なっていません)

 私は1969年1月18、9日のの東大闘争の安田講堂の闘いで逮捕され、やがて起訴されて、2月後半に府中刑務所に移管されました。ここの拘置所の独房にこの年の8月21日に保釈になるまで勾留されていました。当時私にはとても恋している女性がいました。この彼女が、この府中に接見に来てくれたのは、たしか2月の末だと思いました。3月にも面会に来てくれました。彼女はちょうど3月5日が19歳の誕生日の時でした。
 この3月になって、毎週日曜日の夜聞かせてくれるNHKの「日曜名作座」に、この陳舜臣の「青玉獅子香炉」のラジオドラマがありました。このラジオドラマは、森繁久弥さんと加藤道子さんの二人だけでの朗読のドラマです。二人は、何人もの登場人物の声を替えて、すべてドラマが展開されていきます。刑務所での日曜日は、面会も運動もなく食事もものすごく早く配当されまして、何にもない日です。その日の午後8時半から、このドラマは放送されます。
 そして当時は風邪が流行っているとかいう理由で、午後8時には蒲団に入らないとならないのです。仕方ないから蒲団に入っていて、それで聞く二人の朗読劇は、実に心の中まで染みるような思いがしたものでした。
 この物語は、青玉から獅子香炉を作る李同源と、その獅子香炉を作るのに、李のすぐそばでそれを見守っている素英という李同源の師匠の娘の愛の話でもあります。
 青玉であるただの素材を加工していくのには、師匠の王福生は、いつも若い女性にその玉を抱かせてから始めていたのです。

  古めかしい精神主義だったと思っていた師匠のやり方を彼はよ
  うやく理解できるようになった。それは彼が最初思っていたよう
  な、こけおどしのまじないでなかった。
 (師匠は玉を抱かせたり、そばに坐らせる女に惚れていたのだ)
  好きな女がそばにいると、男の心はたかぶる、最も人間的な感
  情なのだ。それを制作に導入すれば、燃焼しつつある人間のぬく
  みが、しぜん作品のなかに表現されるのだろう。
  女人の膚の精を吸うのは、玉そのものではなく、制作者の心な
  のだ。玉はその心をうつし出すのにすぎない。

 師匠の娘素英は、李同源に自分の乳房に触れさせて、「燃えてちょうだい」「まだ燃えないの?」と問いかけながら、彼の玉を加工させます。このことによって、玉のことがどうにか李同源にも判ってきたのです。

  彼は自分の情感が玉のなかに染み込むことがわかった。物心の
  ついたころから、玉は彼の生活のなかにあった。まだ若いとはい
  え、玉とは深い縁を結んでいたつもりだった。だが、素英の乳房
  にふれてから、彼ははじめて玉器のつくり方を知ったという気が
  したのである。

 これによって、この青玉獅子香炉は完成します。
 この時代は、ちょうど辛亥革命の頃です。そして中国は清朝が滅びまして、日中戦争になり、そしてそれが終わったら国共内戦が続きます。もともと、この青玉獅子香炉は、清朝の乾隆帝の時代の作品を、ある宦官が盗んで米国人に売り、それがばれないように作らされた贋作でした。だが李同源はその贋作を作るために何もかもをかけたのです。
 この李同源の作った贋作を、彼はあくまで大事な憧れをもって見つめていきます。そして激動の歴史の中で、この獅子香炉はあちこちを展転としていきます。彼にこれを作るのに燃えさせてくれた素英も、別な人の妻となります。李同源にはもはや、この青玉獅子香炉しかありませんでした。
 やがて、やっとこの獅子香炉をやっと台湾に逃れさせたと思ったときに、この獅子香炉を入れた箱を開けると、それはまた別の贋作になっています。彼が作った獅子香炉はまた別な人間に売られてしまったのです。そしてそれは米国の東部に運ばれています。

 最後に、年老いた李同源はこの米国に渡ります。とにかく、あの獅子香炉に会いたいのです。そばには、年老いた素英がついています。その最後、獅子香炉に会える寸前に、李同源は倒れます。そしてそのときに、そばにいる素英の乳房に触れます。

 36年前に独房の中で聞いたラジオドラマでは、この二人の長い時間歴史の中の男女の触れ合いをとても重く感じたものでした。加藤道子さんの、声を今もありありと思い出せます。
 そして私は李同源とは違いますが、私もまた遠くまで来てしまったな、そしてあのときの私の恋した女性とは、李同源と同じように結ばれず、これまた遠くまで来てしまったなという思いばかりです。

 この本をある古書店で見つけて、買いました。だがどうしても本を手にとって読み始められませんでした。あの36年前のラジオでの感動と、府中刑務所の接見室で会う、当時の恋した女性の思い出がわき上がってくることがただただ怖かったものでした。でもやっぱり読んでよかった。36年間がそのまま今やっと繋がった感じがしています。(2004.12.20)

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 昨日長春有情の Re:ウィキペディアで遊んだ を読んで、私もはるかな昔を思い出していました。

あれはいつだったのだろうか
どこでだったのか
偶然
ラジオドラマ『青玉獅子香炉』を聞いた
感動した

 私は以下に、このときあなたも聞かれていたこのドラマを私も聞いていたことを書いています。

   陳舜臣「青玉獅子香炉」

 ちょうど私はこのラジオドラマを、府中刑務所に勾留されていた1969年の、4月あたりに聞いているのです。
 森繁久弥さんと加藤道子さんの二人だけの朗読劇でした。
 懐かしい懐かしい思い出が甦りました。

続きを読む

07060403英雄ありて―中国古典紀行
書 名 英雄ありて
著 者 陳舜臣
発行所 講談社
定 価 1,500円
発行日 昭和58年6月28日第一刷発行
読了日 2007年6月3日

 史記の旅、三国志の旅、唐詩の旅、西遊記の旅、水滸伝の旅という章があります。思えば私は、水滸伝というのが一番知らない世界かなと思いました。水滸伝というのは、歴史ではなく、いわば創作の中の世界なのですね。いや、西遊記も創作の世界ですが、何故か親しんできました。だが、水滸伝に関しては、そもそも水滸伝そのものを読んでいないということがあるのかな。吉川英治の水滸伝もたしか未完だと思いましたね。
 ただし、そういう意味では、三国志(もちろん三国志演義)も西遊記もその物語の終わりが曖昧ですね。正史三国志での最後というか(歴史書だから、終わりという章はないといえます)そういう感じのものも、西遊記の終わりもなんだかはっきりしません。
 この「西遊記の旅」で、筆者が次のように言っています。

   西遊記の三蔵法師一行のなかで、この沙悟浄はいささか気になる人物である。

 このことは私もずっと気になっていたことでした。一番沙悟浄という化け物ははっきりしていません。何か失敗をしでかし、それでも元気に戦うのは、悟空と猪八戒であり、沙悟浄はいつも地味な存在です。なんだか、悟空と猪八戒が言い合いをしながら化けているシーンを、沙悟浄が見つめている雰囲気があります(これはでも中島敦の小説のシーンにあったな。『悟浄出世』『悟浄歎異』だった)。
 そんなことをいくつも思い出していました。

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