将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:隼人

1304140113041402  もうこの黒書院を六兵衛は去るのです。どうしてもとろい私は涙になってしまいます。もうここに六兵衛は10ケ月の長きに渡っていたのです。もう六兵衛も涙を流すのです。

 御書院番の詰所たる虎の間には、隼人の配下たちが居並んでいた。

 もう次の言葉には、ものすごく感じ入ります。

「これからは横になってお休みなされよ」
「滋養をおつけ下され」
「死んではなりますまいぞ」
「あなた様を、一生忘れませぬ」
「かたじけのうござった」
 ・・・・・・、六兵衛は熨斗目の袖を瞼に当ててククッと咽を鳴らした。

 この挿絵は、六兵衛に御腰物番の老役が預かっていた大小を返す様です。

 肥前忠吉の大小を差して立ち上がった六兵衛の姿に、人々は感嘆の声を惜しまなかった。

 これは実際に見えるような思いになります。

 六兵衛は昏れかかる江戸の空を見渡した。その姿が今しまぼろしのごとく消えそうな気がして、隼人は裸足のまま御玄関から駆け出した。

13041306 このときの加倉井隼人の気持はよく分かります。私も駆け出したい思いです。そして何かを言うのです。言うことができなかったら、手をなりと握りたい、いやそばで見つめるだけでいいのです。
 私はこの作品は今では、漱石の小説も超えたのではと思っています。

1304100113041002  いつの日かは、この的矢六兵衛もこの黒書院を去るときが来るとは思っていました。だがそれが実際の時になると、言いようのない気持になってしまいます。私は涙を流していました。

「どこへ行くのだ、六兵衛」

 もう隼人がこう声を出してしまうのが分かります。そしてそれは隼人だけではないのです。

 ・・・・・・、黒書院をみっしりと囲繞(いにょう)する人々のすべてが、異口同音にそう呟いた。

 私も呟いてしまいます。そこで隼人は分かるのです。

13040909 ここに及んで、隼人はついに悟ったのだ。けっして物言わぬ六兵衛は、流れゆく時と変節せる人心の中にあって、母なる国の花のごとく風のごとく変わらぬ良心そのものであった。

 なにかそれが読んでいる私の心にも伝わるのです。

「もういい、加倉井さん。あんたはよくやった」
 勝安房が隼人を抱きとめた。

 私は勝安房はあまり好きにはなれないのですが、ここはよくやってくれた、よくぞ言ってくれたという思いです。

1303220113032202  いつも何事でも、このパソコンとインターネットは、まずはとにかくパソコンに書くようにしていますので(ポメラでも、IS01でも同じですが)、大事なことです。でも今「何事」は「この語はすでに登録されています」と出てきました。いつも何度でも出てくる私へのパソコンからの警告です。いえ、私という人間は駄目ですが、パソコンは正確なのですね。
 とにかく私の辞書はいっぱい登録されています。

 隼人は縁側に腰をおろしたまま、みごとに色付いた尾張屋敷の御庭を見渡した。女房や奉公人どもが、広い御庭のあちこちで働いている。落葉がていねいに拾われ、草は摘まれ。池の面が網で掻かれている。彼らの表情が愉しげに見えるのは気のせいであろうか。

 この中で隼人の妻しづゑもお勢も元気に愉しげにしているのです。さて、的矢六兵衛はどうなのでしょうか。その中でこんなことがあります。これは大きなことではないのかなあ。しづゑが言うのです。

「お務めに障ってはと思うて黙っておりましたが、先日的矢の御隠居がふいに13031903訪(おとな)われまして」
 紅葉は燃え立つごとく今が盛りである。

 さて、どういうことなのでしょうか。何かこの物語には大きな事柄のように思えてしまいます。

1212280112122802 久しぶりに市谷の尾張屋敷に帰れる隼人です。この挿絵の隼人の妻と赤児の長太郎が家にはいるのですが、あの当時は今のように電話もケータイもあるわけではありません。この私ですら、妻とはケータイメールのやり取りがあります。もちろん、二人の娘にも出しています。昨日は長女の彼に、孫あてのケータイメールを出しました。やがてはじゅににもそのお父さんにもケータイメールするようになるでしょう。
 でもこの時代は、まったくそれがないのです。一月も音沙汰がないと、葬式も考えたと妻はいいます。

 呑気者の女房の取り乱すさまを、隼人は初めて見たように思うた。

 ・・・・・・。・・・・・・。
 ・・・・・・。
「・・・。まあ、よいではないか。しばらく見ぬうちに、長太郎も大きゅうなったの」
「はい。おまえ様は長太郎が大きゅうなるまでご不在でした」
「たった一月じゃ」
「赤児の一月は大人の幾年にございます」

 そして、隼人は以下のように考えます。12122708

 この際ゆえ、思慮深い妻に訊いてみようと隼人は思うた。

 的矢六兵衛のことだなと推測しました。もう私も気になって仕方ありません。

1211060712110608 この刀を預かる老役の目はこうした名刀に関しては、たいしたもののようです。隼人が思います。

 あの侍は旗本の株を買うたばかりか、金銭では購えぬ名刀の大小を手に入れ、のみならず殿中勤仕のために脇差を磨り上げるのだ。
 心までがすっかり翳ってしもうた。「的矢六兵衛」と書かれた付箋を紙縒で脇差の鍔に留めながら、隼人はのしかかる闇に肩をすくませた。

 うーん、この新的矢六兵衛はいったい何者なのでしょう。私は刀、日本刀って何の興味もありません。だがこの日本刀に驚くほど詳しく、そして驚くほど執着する方にお会いしたことがあります。12110604今が現代が日本刀、新刀が作られる最盛期のときのようです。もはや、日本刀は武器ではなく、高価(現実に売買されるときは驚くほど安くなる)な美術品のようです。
 この新的矢六兵衛は一体どんな侍なのだろうか。

1211050612110507  新的矢六兵衛から預かった脇差を預ける御腰物部屋に隼人は行きます。そこには刀が収めてあるのです。そこで六兵衛の刀と脇差は一対になります。

 大小を並べてみれば、いよいよみごとな拵(こしら)えである。黒蝋色(くろろいろ)の漆は若く、傷みもない。だとするとこれはやはり、株を買うて俄か旗本となったあの六兵衛が、新調したものだと見るべきであろう。

 それで刀を直接見て確かめます。

「何と鑑(み)る」
 隼人が訊ぬれば、目利きの老役はにべもなく答えた。
「肥前の忠吉。それもこの鉄色(かねいろ)から察するに、後代ではござるまい。いやはや、畏れ入った」12110414

 思えば、江戸時代というのは、実際の武器としても刀というよりも、美術品といったように刀を見られるようになったのでしょうね。
 もう武器としての刀の時代は、もうはるかな昔に終わっていたのです。

12100108 私は携帯電話は1992年の8月から持ちました。最初はドコモでしたが、5年ほどしてKDDIにしました。でも私の周りはいろいろなのです。孤立を思う私です。

2012/10/02 05:44新聞が入ってもなかなか読むことができませんでした。
1210020112100202「黒書院の六兵衛」で、やむをえず計算ばかりしていた(その総指揮をしていた)隼人が、次のように言います。

「帝鑑の間に立ち寄っていこう。六兵衛には心構えをさせておいたほうがよい。どうやらこれは最後の一手などではのうて、六兵衛の真意らしい」

 この挿絵の相手が本多左衛門なのです。私が「2012年8月23日のポメラ」で載せた挿絵の人物です。
 でもこの男ではどうにもならないでしょう。
 だから昨日書きました「源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです」を実行にかかるのです。
 その他、以下の大きなニュースが三面にありました。

 ソフトバンクがイー・アクセス買収

 これをインターネット上で見てみます。

攻めに転じたソフトバンク イー・アクセス買収で手に入れたもの
KDDIに押されるなか繰り出した「必殺技」

12100109 これは大きいことですね。私は前にも書いたことですが、「KDDIをずっと使っています。おはぎとミツ君と妻がソフトバンクで、次女ブルータスとナオキ君がNTTドコモ」です。このあと孫たちもつぎつぎに、親を倣うと、私は独り孤立してしまいます。仕方ないのかなあ。ポコ汰・ポニョ・ポポ・じゅにもひそかに説得しようと思っています。でもまだ小さいからなあ。

 なんとしてもKDDIがいいはずなのに、私一人なのです。さびしいよ。

1209300112093002 どうしても笑ってしまう「黒書院の六兵衛」です。でも隼人も幕府の人たちもただただ困るばかりでしょうね。

2012/09/30 05:01「黒書院の六兵衛」は、読みましても、この回はどうしても笑ってしまいました。

 憤懣というより愚痴のような隼人の話を黙って聞いてから、越前守はたいそう慇懃に言うた。
「・・・」

「あればかりは、御勅使様に訊ねられても返答のしようがござるまい。何とかなされよ」

 これは私が隼人なら、「そりゃあ、そっちが無責任だ」といいたいところです。
 一体いつになったら、六兵衛(あたらしいほうの)はどうするのでしょうか。たぶん、だまって自宅へ帰るのだろうな。「そりゃないよ。なんか言えよ」と私もいいます。
12092816 それと先週より待ちかねたのは、樺山紘一の「欧人異聞 プレイボーイ仏外相タレイラン」です。いや私は前週のメッテルニヒのときに、このタレイランをインターネットで調べていました。ナポレオンの大ファンである私にしてみれば、このタレイランもメッテルニヒと並んで大嫌いな人物でした。でも先週、インターネットでこの人物を調べているときに、なぜか私はこの人物を嫌いとはいえなくなっていたのです。
 今回知りました、「民衆を導く自由の女神」を描くドラクロアはこのタレイランの12092904庶子なのですから。あの絵と、タレイランをものすごく頭の中に思い出したものです。

 思えば、私の頭の中にあったメッテルニヒもタレイランも印象が変わりました。イギリス代表のウェリントンなんか、たださえないだけですものね。

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