将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:項羽本紀

11021715 ここの「愛した女」ということで、第2回から4回まで日本の戦国時代の3人の英雄とその3人が愛した女性をあげてきました。
 だが、ただ英雄たちが愛したのは間違いないとしても、その愛した女性たちはどうしてか、けっして幸せとは言えないものでした。それでまだ日本の武将たちを考えていたのでしたが、今回は海外の人を扱いたく思いました。

 項羽は、秦を打ち破って次の時代を作った人なのですが、でも歴史の上では、秦のあとは項羽を滅ぼした劉邦の漢の国になっています。項羽の楚は時代を築けなかったのです。ただ、司馬遷の『史記』では、「始皇本記第六」と「高祖(これは漢の劉邦)本紀第八」の間に、何故か「項羽本紀第七」があります。何故か司馬遷が加えていたのですね。
 このことは驚くべきことだと私は思います。
 そして、その『史記』の「項羽本紀」には、次の歌も載っています。もちろん、この詩は項羽ではなく、司馬遷が項羽の歌として作詩したものでしょうが、『史記』には載っていないようです(私の読んだ『史記』(小竹文夫・武夫訳)には載っていましたが)。
 項羽は劉邦との戦いで、勝利を続けるのですが、次第に追い込まれて行きます。そして彼の周りでは敵軍の漢軍に祖国の楚國の兵士の歌がきこえるのです(四面楚歌)。
 もうこのときに、項羽は愛している虞美人を前に次の歌を詠います。

    垓下歌     項羽
  力拔山兮氣蓋世 力は山を抜き 気世を蓋う
  時不利兮騅不逝 時利あらず 騅逝かず
  騅不逝兮可如何 騅の逝かざる 奈何すべき
  虞兮虞兮汝若何 虞や虞や 若を奈何せん

 おそらくこの詩は司馬遷が作ったのでしょうが、彼は自分の書物には載せませんでした。でも今も私たちには伝わってきます。もう名馬である騅も走ることができないのです。
 この歌にあわせて虞美人が歌を返します。ただし、これも歴史書には載っていません。かつ虞美人は性も名前も判っていません。だから、項羽の詩のある虞を姓とし、姫を名としました。

   返歌    虞姫
  漢兵已略地 漢兵已に地を略し
  四方楚歌聲 四方楚歌の声
  大王意氣盡 大王意気尽きぬ
  賤妾何樂生 賤妾何ぞ生を楽しまん

 これで虞美人は、自ら首を断ちます。そのあと項羽は漢軍に最後の攻撃にいきます。(2011.02.18)

10122110 司馬遷の書いた史記には、最初から、五帝本紀、夏本紀、殷本紀、周本紀、秦本紀となっていて、そのあとは秦始皇本紀となっています。始皇帝は一つの国と同じように大きな存在だと司馬遷は見たものでしょう。
 でも時代は、その秦のあとは漢という国の歴史になるわけですが、司馬遷はその前に「項羽本紀」を置いています。このことが私には、実に司馬遷が偉大な歴史家だと思うところです。
 項羽は実に戦に強い人間でした。それに最終的には勝利したはずの劉邦も何度も何度も戦に破れています。だが個々の戦争には強いはずの項羽でしたが、実に最終的には破れてしまします。「四面楚歌」の故事にあるように、項羽の国であるはずの楚国の多くの兵士も項羽を打とうと項羽を包囲します。
 史記はやはり、後半の列伝が実に面白いわけで、最初の「本紀」などは、どうしても面白いとは思えません。でも、この項羽本紀だけは実に読んでいていいのです。乱暴でただただ戦争に強いだけの項羽にも、実にいいシーンがたくさんあります。やはり、「垓下の歌」には、涙を流してしまいます。

   垓下歌     項羽
 力拔山兮氣蓋世 力は山を抜き 気は世を蓋(おお)う
 時不利兮騅不逝 時利あらず 騅逝(ゆか)ず
 騅不逝兮可奈何 騅の逝ざるを 奈何(いかん)すべき
 虞兮虞兮奈若何 虞や虞や若(なんじ)を奈何せん

 もちろん、項羽には詩が作れるわけがなく、これは司馬遷が作ったものでしょうが、どうしても項羽と虞美人のことを思ってしまうのです。
 そして項羽は私にも忘れられない英雄です。(2010.09.27)

10091809 なんだか時間が足りない感じですね。

2010/09/24 07:42朝の食事は終わりました。こうしてきょうも「ゲゲゲの女房」を見ます。さてその時間が近づいてきます。
 やはり部屋の中だと暑いですね。たまらないですね。私は昔から暑がりなのですね。
2010/09/24 09:48「読書さとう」で、『史記』の『頂羽本紀』のことを書くつもりでしたが、いろんなことをやっていて、時間がなく、「藤沢周平『秘太刀馬の骨』」を書いてしまいました。また今度別に書きましょう。
 吉本(吉本隆明)さんの本の書評も書こうと思いながら、なかなかやっていられませんでした。でも、今後書いていくめどがたちました。いえ、書く場を考えたのです。これはいいです。やっていけます。
 いや今頂羽のことを考えていたら、突如黥布のことも思い出しました(彼は本来英布という名ですが、通称を「黥布」といいます)、彼のことも書かなくちゃな。いや彼の顔が思い浮かぶのです。刺青の入った彼の顔が。『史記』には彼の列伝もあります。
2010/09/24 10:07「ちい散歩」で横浜の弘明寺です。ここは私が高校のときから行きたいと思っていて、でも果たせなかったところですね。私は横浜にも3年半ほど住んでいたのですが、それほど知らないのですね。
2010/09/24 10:19いや今も思い出した。やらなくちゃいけないことがありますね。忘れずにやりましょう。

 さて、これで「周のポメラ」をUPします。これで前日何をやっていたかを思い出します。

10091805 昨日は大変な雨でしたね。少し歩くだけで雨に濡れてしまいました。
「読書さとう」は何を書こうかな。「司馬遷『史記』」の『項羽本紀』のことを書こうかなあ。高校1年のときに読みましたが、実に内容を覚えているものです。司馬遷は私の大好きな歴史家ー人間です。
 昨日は『千一夜物語』を語ったと言われるシェヘラザードのことを書きました。私はあの物語をマルドリュス版で読んで、実に6年かかったものでした。
 写真は、9月18日の午後12時57分の谷中の街の中の通りです。この路の光景を見て、私は鎌倉の小町通りの一本裏の通りを思い出します。(09/24)

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