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周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:馬頭琴

12070809  私がいつも拝見していますNoraさんが、「ネット赤ちょうちん」で『スーホーの白い馬』のことを書いてくれました。以下の内容です。(全部コピーするのはまずいのかなあ。でもこうしないとよく分からないのですよ)

モンゴル行き 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月 8日(日)20時51分38秒
  8月4〜8日にモンゴルに行くことにしました。
ほんのちょっとの知り合いの人がモンゴルに学校を開校するからです。首都のウランバートルにあるのですが、40人ずつを受け入れ、数ヶ月くらいで終了し、また次の40人を受け入れていくやり方です。本や衣料品など物資も不足していて、わたしらももう使わない衣料品や本などを寄付しました。
 学校へ行ったら、1時間授業させてくれるそうです。自分の得意なことをやって欲しいそうで、わたしは素語りや絵本の読み聞かせをやろうと思います。モンゴルというと『スーホーの白い馬』ですが、ありふれているかなと思ったら、「ぜひそれをやってほしい」ということなので、その絵本も持っていこうと思います。

 私はこの絵本について、以下のように書いています。

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」
   http://shomon.livedoor.biz/archives/50988081.html

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」へのコメント
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51004045.html

  周の雑読備忘録「『スーホの白い馬』」
   http://shomon.livedoor.biz/archives/51645136.html

 なんだ、私はこれしか書いていないのですね。
 でもこの絵本はいくらでも思い出が甦ります。私も孫たちに読んであげなくてはと真剣に思いました。私自身の二人の娘には何度も読んであげたものでしたね。でも悲しくてたまらない物語です。
 モンゴルって、こういう物語があって、私たちにはどうしても親しい思いになりますね。
 私は以下のように書いています。

  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
12070810最後の見返しのページに「5−1」とクラス名が書いてあり、そのあとにおはぎの氏名が書いてあります。おそらく、おはぎはこの絵本を自分のクラスへ持っていきまして、みんなに見せてあげていたのですね。次女のブルータスも好きな絵本だったかと思います。

 また今も涙を流した話です。その一番涙の出てしまったページが以下です。

 かなしさとくやしさで、スーホはいくばんも、ねむれませんでした。
 でも、やっとあるばん、とろとろとねむりこんだとき、スーホは白馬のゆめを見ました。スーホが、なでてやると、白馬はからだをすりよせました。そしてやさしくスーホに、話かけました。
「そんなにかなしまないでくださ。それより、わたしのほねや、かわや、すじやけを使って、がっきを作ってください。そうすれば、わたしはいつまでも、あなたのそばにいられます。あなたを、なぐさめてあげられます」

 もう私の顔は涙ばかりになってしまいます。スーホはこの夢から覚めて、この楽器を作ります。これが、今でもモンゴルにある「馬頭琴」という楽器です。
  ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 またとろい私は涙になっています。私の四人の孫のうち三番目までは読んであげても、よく分かるかなあ(4番目のじゅにはまだ小さい子だからです)。
 また読んであげようという気になっています。

スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ)
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書 名 スーホの白い馬
再 話 大塚勇三
画   赤松末吉
発行所 福音館書店
定 価 980円
発行日 1967年10月1日発行
読了日 2007年5月27日

 きのう我孫子の自宅で、この本を見つけました。かなり埃にまみれていたのですが、綺麗にして王子の家までもってきました。ポコちゃんにあげるためです。でも裏表紙に「読んであげるなら 4才から じぶんで読むなら 小学校中級むき」とあります。まだポコちゃんには難しいかなあ。
 でもきのう手にしたのですが、中は読みませんでした。電車の中でも読みませんでした。中を読んだら、話は間違いなく涙が出てしまうので、妻の前でも電車の中でも羞しいからです。
 でも今は誰もいない、この部屋で読みましたが、やはり涙で溢れてしまいます。なんと、悔しく悲しい話でしょうか。
 最後の見返しのページに「5−1」とクラス名が書いてあり、そのあとにおはぎの氏名が書いてあります。おそらく、おはぎはこの絵本を自分のクラスへ持っていきまして、みんなに見せてあげていたのですね。次女のブルータスも好きな絵本だったかと思います。

 また今も涙を流した話です。その一番涙の出てしまったページが以下です。

 かなしさとくやしさで、スーホはいくばんも、ねむれませんでした。
 でも、やっとあるばん、とろとろとねむりこんだとき、スーホは白馬のゆめを見ました。スーホが、なでてやると、白馬はからだをすりよせました。そしてやさしくスーホに、話かけました。
「そんなにかなしまないでくださ。それより、わたしのほねや、かわや、すじやけを使って、がっきを作ってください。そうすれば、わたしはいつまでも、あなたのそばにいられます。あなたを、なぐさめてあげられます」

 もう私の顔は涙ばかりになってしまいます。スーホはこの夢から覚めて、この楽器を作ります。これが、今でもモンゴルにある「馬頭琴」という楽器です。
 でもなんだか私は涙ばかりの顔になってしまいました。ポコちゃんに読んであげられるのかなあ。
 でも今私は判りました。
 私の娘二人はいろんなことを知りました。いろんなことを覚えました。でも、今二人とも教員になって、またたくさんの生徒たちにいろんなことを教えているのは、子どものときに、妻と私がこうした絵本を読んであげたことが大きいのかな、ということです。
 こうして、スーホとその白馬の悲しい物語を二人に読んであげたことは、二人に大きなことをもたらしてくれたように思います。
 絵本を小さいときから読んであげたことは実によかったことです。やがて、自分で何度も読むようになって、その物語が二人の娘の心の中に今もひっそりと存在してくれているのです。
 このことが一番嬉しいことかなあ。そしてまたこの絵本を、私の娘が私の孫にも読んであげることになるのでしょう。
 私はただただ嬉しさでいっぱいです。

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