将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:高倉健

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題名 あ・うん
封切 1989年11月3日
監督 降旗康男
原作 向田邦子
製作会社 東宝
キャスト
 門倉修造  高倉健
水田たみ 富司純子
水田仙吉 板東英二
水田さと子 富田靖子
 まり奴   山口美江
門倉君子 宮本信子
石川義彦 真木蔵人
旅館の番頭 大滝秀治
見知らぬ男 三木のり平

 私はこの映画を最初どこで見たのかなあ、と思い出そうとしましたが、どうにも無理でした。テレビで見たのかもしれないなあ。14121338
 この映画で板東英二は第13回日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞、ブルーリボン賞で助演男優賞を受賞しました。ただ俳優としては私はそんなに好きになれない人です。
 以下少し「あらすじ」を書きましょう。時は昭和12年の春です。門倉修造は水田仙吉の親友と言っていい存在です。でも娘さと子は「だって、門倉さんはお母さんのこと好きだから」といいます。母たみはそれを否定しますが、実はそれを嬉しいとも思う気持をどうしようかと思うところなのです
 さと子は君子の紹介で帝大生・石川義彦と見合いをするが、断ります。だが石川は堀口大学訳「ヴエルレエヌ詩集」を渡します。いい詩集ですね。私も高校三年の4月に読んでいます。
 でもさと子は石川と付き合います。そして「修善寺」とメモを残していなくなります。そこへ仙吉とたみが出かけていくのです。
 ここの最初のポスターがこの修善寺温泉です。ここで三人が写っている橋が修善寺に架かっている橋です。私は何度かこの橋を渡りました。最後に行きました時は娘おはぎとブルータスとばあばでこの橋の上で写真を撮ったものです。「岡本綺堂『修善寺物語』」も思い出していました。
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 門倉が嫌われるために、わざと仙吉に喧嘩を売りその時には嫌になるくらい私のほおにも涙があふれました。
 さと子は「みんな本当のことを言わないで生きている」「巷に雨の降るごとく」というと門倉は「わが心にも涙ふる」(みなヴエルレエヌの詩です)と答えます。
 仙吉がジャワ支店長として転勤することになり、門倉は最後の別れを言いに水田家を訪れます。仙吉は「入れるな」というのですが、このときはたみが中に入れます。この時だけはどうしてたみはあんなに積極的になれたのだろうか。何かを感じられたのだろうな。 そこに石川義彦が来ます。門倉はさと子に雪の中を去る義彦を追わせます。14121345
 でもいい映画です。私はいつものことですが、涙ばかりになりながら実にいっぱいのことを思い出していました。私はこれで富田靖子が大好きな女優になりました。
 そしてもちろん高倉健と富司純子のことが任侠映画を見ていた頃より好きになったのは、いうまでもありません。
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この最後の画像ですが、実に富司純子さんが可愛くてとってもいいわけなのですが、インターネット上でいくら探しても、画像はこれしか手にはいらなかったのです。


12120608 私の浅田次郎「黒書院の六兵衛」(195)へT.Nさんから、以下のコメントがありました。

1. Posted by T.N   2012年12月06日 12:48
はじめまして。日経の愛読者で、勿論連載小説は毎回読んでいるんですが、何とも摩訶不思議な浅田ワールドに引き込まれているようなものです。出来事としては些細なこと、それもほとんど創作話であろうに、かくも本当らしく、さも天下大事の重要事であるかのように延々と話を進めていく筆致は流石というか、呆れるほどです。そう思いながら次はどうなるか気になりますね。それからこれを映画にでもするとしたら、六兵衛役は若き日の高倉健さんしか思い当たらない。今の俳優では無理だろうなあ・・

 うーん、そうすると前の六兵衛役は田中邦衛さんかなあ。納得もするのですが、健さんねえ。
 健さんが、新的矢六兵衛ねえ。でも健さんがワイロなんか出せるのでしょうか。秋山伊左衛門は新的矢六兵衛からワイロを受け、その金で妾を囲っているのですよ。健さんができるかなあ。
 私は健さんの映画はすべて見ています。好きになれないのは、「内田吐夢『宮本武蔵』」の佐々木小次郎役くらいかなあ。
 それで、映画の的矢六兵衛役を私も考えてみます。でもはっきりいいますと、私はこの新的矢六兵衛はどうしても好きにはなれないのです。
12120609 江戸幕府が終わった、旗本も実態はひどいみじめなものだったいうのは誰が演技に向いているのかなあ。
 私もまた今後考えて行きます。
 でもこの浅田次郎の小説は実にいいですね。

12112312  私は映画を見るときは、いつもプログラムも手に入れるようにしています。これは45歳くらいの時からです。そしてそのプログラムを読みながら、この「周の映画演劇館」に私の見た感想を書くようにしています。
 私はこれを書き終わったときに、始めてその映画を見たと言えると思っています。これは本を読んだときに私は「雑読」と称して、もう随分多く書いているのですが、それよりもこの映画のほうが多く感じるものです。
 ただこの映画は、王子シネマで、このプログラムを求めたときに、「もうすべて売れきれました」と言われてものすごく落ち込んだものでした。
 だから、これは、私がインターネットの情報を見て私の記憶を思い出しながら書いたものなのです。

12112311題名  あなたへ
封切 2012年10月5日
監督 降旗康男
配給会社 東宝
上映時間 111分
キャスト
 倉島英二  高倉 健
 倉島洋子  田中裕子
 南原慎一  佐藤浩市
 田宮裕司  草  剛
 濱崎多恵子 余貴美子
 濱崎奈緒子 綾瀬はるか
 大浦卓也  三浦貴大
 大浦吾郎  大滝秀治
 塚本和夫  長塚京三
 塚本久美子 原田美枝子
 杉野輝夫  ビートたけし
       浅野忠信
       岡村隆史

 私はなんと言いましても、高倉健さんの映画はたくさん見てきました。健さんが、佐々木小次郎をやった「内田吐夢『宮本武蔵巌流島の決斗』」を見たのが最初で、そののちいくつの映画も見てきました。ついこのごろでは、「降旗康男『鉄道員(ぽっぽや)』」を見て、私はこの原作の「浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』」もいいのですが、その原作にはない「故江利チエミ『テネシーワルツ』」の音楽が流れるところなんか、原作の浅田次郎さんも感激したのではと思いました。映画って、もっと総合芸術といってもいいようなものなのです。
12112308 その『鉄道員(ぽっぽや)』の時と同じ降旗康男が監督したのがこの作品なのです。

 この作品で出演する草剛、いいですね。彼が「演じられたのは健さんのおかげ」と感謝したのですが、それがよく分かります。この草剛が演ずる田宮裕司と一緒に車で旅をしている南原慎一ですが、これまた良かったです。彼の秘密は田宮裕司には分かっていないですが、倉島英二にはしっかり分かっていて、それを父親の大浦吾郎には言葉ではなく伝えるのです。
 その大浦吾郎の息子大浦卓也はもうすぐ濱崎奈緒子と結婚するのです。その奈緒子の母親が濱崎多恵子なのですが、その夫はもう海で漁のうちに亡くなったといわれ、もう多恵子も娘も娘のその通り思っているのですが、なにしろ遺体があがらないわけで、多恵子はまだ「ひょっとしたら」という思いもあります。
 倉島英二は富山刑務所の刑務官でした。そこで刑務所に慰問に訪れ歌を唄う洋子と知り合い結婚するのです。でも洋子は、そもそも慰問に訪れているのでなく、その刑務所にいる自分の恋人に会いに来ていたのです。
12112307 その恋人が亡くなって、そののち倉島英二は洋子と結婚します。そのあとこの二人が飲み屋で会話しているところなど、ただ私は見ていて嬉しかったものです。
 その洋子が亡くなったときに、遺言で英二は聞くのです。遺言信託というサービスからで、自分の遺骨を「故郷の海に散骨してください」ということとあともう一通は洋子の生まれ故郷の長崎県平戸市の郵便局にあと10日以内留め置きになっていというのです。
 それで、英二は、本当なら洋子と一緒に乗るはずだったダイニング付きワゴン車で長崎まで移動するのです。その移動の途中で杉野輝夫という元国語教師にも会います。彼は俳人種田山頭火が好きなのですが、どうしてか警察に捕まってしまうような詐欺師なのです。
 でも私は今でも、この杉野輝夫が悪いことをしようとしていたなんて少しも信じられないのです。

 やがて洋子の指定した故郷の平戸の海に着きます。だが最初は海が荒れています。漁師の大浦吾郎もいい顔をしません。南原慎一が薦めてくれたのです。
 でもやがて英二は分かるのです。この大浦吾郎の娘濱崎多恵子は、南原慎一の元の妻なのです。南原慎一の死を信じたくない多恵子は届けを出していないのです。
12112305 平戸で古い閉じた写真館に飾られた洋子の古い写真です。若いときの写真を見つめる英二に私はまた涙していました。英二は妻の散骨を済ませ、富山に戻ろうとします。
 でももう一度、英二は平12112306戸へ戻ろうとします。結婚するだろう濱崎奈緒子に父親南原慎一からの写真を届けるのです。

 なおこの映画作品を最後として、大滝秀治さんは亡くなられました。私の好きな俳優さんでした。合掌します。

12072005 Noraさんが「浅田次郎『鉄道員(ぽっぽや)』」を読んでくれて、そしてさらに次のように書いてくれました。

夕映え天使(浅田次郎) 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月19日(木)20時52分39秒  
浅田次郎さんを紹介してくれてありがとう。新聞の広告などでよくみる名前だったのですが、自分からは読む気までしませんでした。図書館にはたくさん浅田さんの著作があったので、少しずつ読んでいきたいです。

映画の「ぽっぽや」もそのうちぜひ見てみたいです。わたしは『テネシーワルツ』が大大好きです。詩はまぬけというか、もともと友人と踊ったくらいで気が変わる恋人など早く別れたほうがよかったよなどと思ったものです。
江利チエミさんよりコニーフランシスとパティ・ペイジの歌が好きでした。しかし、小説の『テネシーワルツ』(林真理子)を読んでから江利チエミさんのも好きになりました

 これを読んで、私の住む東京北区の図書館を検索しましたが、どこにもないのですね。それで他の区を検索して、「借りるのは面倒だなあ」なんて思っていましたが、これは講談社文庫なのですね。「あ、本屋で買えばいいんだ」と思いましたが、でもまたこれが簡単ではないのです。北区王子には本屋がないのです(あることはあるのですが)。
 でも本屋で買いましょう。インターネット上で読んだのですが、読む価値のある大事な本のようです。
 映画の『鉄道員(ぽっぽや)』での高倉健の気持が分かる思いに少しなれました。本日探してみます。読みましたら、当然に読んだ思いをブログに書いてみます。
 でもとにかく、こうして書いていくものですね。新たな発見があるのですね。

12071814 私は、Noraさんが『鉄道員(ぽっぽや)』を読んでくれましたを書いていまして、私はこの「テネシーワルツ」を思い出していました。
 また書いてみます。江利チエミさんのだと、著作権の問題でまずいのかもしれないので、前にも私が書いたものを再録します。
今は「訓読漢詩」ではないわけですが』に書いたものです。

 パティ・ペイジ(1927.11.08〜)の「Tennessee Waltz」ですが、あの歌を聞いていますと、自然にその物語が頭の中に浮かんできます。
 自分の大好きな彼氏を、自分が紹介した親友の女性に奪われてしまうというあの歌は、聞いていると、どうしても涙が湧いてきます。

I was dancin' with my darlin' to the Tennessee Waltz
When an old friend I happened to see
I introduced her to my loved one
And while they were dancin'
My friend stole my sweetheart from me.

I remember the night and the Tennessee Waltz
Now I know just how much I have lost
Yes, I lost my little darlin' the night they were playing
The beautiful Tennessee Waltz.

 江利チエミの唄う「テネシー・ワルツ」も私は大好きですが、どうしても彼女の歌を聞いていると、私は今も彼女の墓の前で座っている高倉健を思い浮かべてしまい、「テネシー・ワルツ」とはまた別の悲しい気持になってしまいます。

 以上で私の将門Webからの引用でした。
 やっぱりいい歌ですね。こうして歌詞もいいですが、歌自体、曲そのものもいいです。 こうして外国の歌も実にいいものですね。

12071801 Noraさんが『鉄道員(ぽっぽや)』を読んでくれました

鉄道員(浅田次郎) 投稿者:Nora  投稿日:2012年 7月18日(水)21時07分30秒
   周さん、さっそく読んでみました。
『鉄道員』は『ラブ・レター・悪魔・角筈にて・伽羅・うらぼんえ・ろくでなしのサンタ・オリオン座からの招待状』の短編集なのですね。わたしは浅田次郎さんの著作は初めてですが、どれも人間の切ない情をみせていて、最後は希望や救いが描かれていてほっとします。作品の底には人間の温かい思いが流れていてファンタジー仕立てで構成されているところも魅力です。読めば読むほど味わいが出てくるのだと思います。

映画の『ぽっぽや』ぜひ観てみたくなりました。小説の方が素朴で想像力をかきたてられるとは思いますが。映画は映画として楽しめるのだと思います。

 嬉しいです。浅田次郎っていいでしょう。漱石とは大きく違うことが分かると思います。もちろん、漱石も偉大で今読んでもものすごいですけれど(そうねえ、私は太宰治にも感じます)、それに比べて昔の作家はひどかったものですね。いえ、今ある作家とその作品名が思い浮かびましたが、その作家名も作品名も書きません。
 それに比べて浅田次郎は実にいいです。
 そしてね、映画「降旗康男『鉄道員(ぽっぽや)』」もいいですよ。例えば、漱石は修善寺で独りで書いているところがあるでしょう(これはある意味で浅田次郎も同じかもしれない)。でも映画は、大勢の人が集団で作り上げている芸術なのです。
12071802 この『鉄道員(ぽっぽや)』でも、映像の背景に、「テネシーワルツ」が流れるところなんか、浅田次郎さんでは、小説の中では表現のしようがないのですよ。
 私は以下のように書きました。

この映画の中で何度も「テネシーワルツ」が流れます。これは故江利チエミ(高倉健の元の夫人です)の代表曲です。この曲が流れるたびに、私たちは江利チエミを思い出しています。これは浅田次郎の原作にはない物語です。でも見ている私たちにはそれが充分に分かっています。「ああ、健さんも江利チエミを思い出すのだろうな」。乙松も亡き妻静枝を思い出しているのでしょう。

 私はそこで始めて「テネシーワルツ」が分かりました。あの恋人を他の女に取られたという歌が何がいいのか、私には分かりませんでした。まして、江利チエミの「テネシーワルツ」はわけが分かりませんでした。でもこの映画の中で流れている、そして健さんが口ずさむ「テネシーワルツ」(ええとこんなシーンは実はないかもしれません)は実にいいのです。
 このところは、小説を読むだけでは至らない映画の素晴らしさだと思うのです。
 そして、私も本を読んだ感想だけではなく、映画のことも書いていける原動力を得られているのです。

12071702 この映画はいつ見たのだろうと思い出そうとするのですが、皆目分からないのです。私のこのブログで見ますと、2001年の3月に本の『鉄道員(ぽっぽや)』を読んでいますね。読みながらどこでも涙を流していたものでした。そしてその自分の涙を流した顔をごまかずのにものすごく大変でした。その後はこの作家の本は人前では決して読まないようにしてきました。
 でもその本の『鉄道員(ぽっぽや)』を読んだあとに、この映画を見たものでした。もう映画でも私は涙ばかりになっていたものでした。
 今その映画のいくつものシーンが甦ります。12071701

題名  鉄道員(ぽっぽや)
封切 1999年6月5日
監督 降旗康男
原作 浅田次郎
音楽  国吉良一
配給会社 東映
キャスト
 佐藤乙松  高倉健
 佐藤静枝  大竹しのぶ
 佐藤雪子  広末涼子
 杉浦仙次  小林稔侍
 吉岡敏行  安藤政信
 杉浦秀男  吉岡秀隆
 加藤ムネ  奈良岡朋子
 吉岡肇   志村けん
 杉浦明子  田中好子
 川口    平田満
 集配人   板東英二

12071714 佐藤乙松は北海道の廃止寸前のローカル線「幌舞線」の終着駅の幌舞駅の駅長です。彼はもう妻静枝に二年前に先立たれて、でももっと前に娘の雪子のことも病気で失っています。もうこのことが分かると、もう見ている私たちは涙になるしかないのです。 彼は孤独な生活を送る中、ただこの駅に勤めるしかないのです。それがたくさんの雪の中でただただ厳しい雪と彼の孤独を感じます。もうこの終着駅もこの路線も廃止されるだけなのでしょう。
12071809 でも乙松が一人で幌舞駅の雪かきをしているときに、「忘れ物をした」という少女が現れます。それがこの物語の奇蹟の始まりだったのです。

 もう乙松には、妻も娘も失っているわけですから、もうこの駅とこのローカル線をただ守るしかないのです。だって彼は妻と娘の死にも立ち会わず、この駅のプラットホームにたち続けただけなのですから。きっと乙松はそんな自分に罰を与えるかのように、極寒のホームに立ち続けるだけなのです。 そこを訪れた少女は「今度一年生になるの!」という少女は時代遅れの人形を抱いています。「この町の子ではないな」と思うだけの乙松です。
12071715 この娘が乙松の亡くなった娘雪子なのです。そしてその雪子が乙松の前でだんだん大きく成長していきます。これは奇蹟の話なのですが、もう乙松も娘や妻のところに行く寸前なのでしょう。

1207171612071717 この映画の中で何度も「テネシーワルツ」が流れます。これは故江利チエミ(高倉健の元の夫人です)の代表曲です。この曲が流れるたびに、私たちは江利チエミを思い出しています。これは浅田次郎の原作にはない物語です。でも見ている私たちにはそれが充分に分かっています。「ああ、健さんも江利チエミを思い出すのだろうな」。乙松も亡き妻静枝を思い出しているのでしょう。
 そして乙松はまた亡くなった娘雪子を思い出すのですが、その雪子が目の前で次第に成長していくのです。
 そんなことはありえないのですが、これは奇蹟の話なのです。そして乙松は最後雪の中で亡くなっていくのです。

 淋しく悲しい映画でした。原作を読むときと同じで、ただただ涙ばかりになります。
 もうまたこの映画も見ることはあるのかな。当然またあるでしょうね。

12052004 ある友人の結婚式で、「……子守唄」を唄うといいだした友人がいました。私たちは、「おッひさしぶりに、『望郷子守唄』か、いいな」なんて言い合いましたが、唄いだしたのを聞いたら、「〜逃げた女房にゃ〜」なんて唄っています。「なんだ、『浪曲子守唄』じゃないか、しょうがねえな」なんていいながら、やっぱり他大学の活動家は駄目だななんてひとしきり話になりました。私たち埼大の活動家なら、当然この歌を唄うのです。

曲名  望郷子守唄
作詞  大 次郎
作曲  深井大輔
補作詞編曲 渡辺岳夫
 唄   高倉 健

一 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  意見無用と 世間をすねた
  バカな男の 身にしみる
  故郷のおっかさんの 子守唄
二 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  おどま おっかさんが あの山おらす
  おらすと思えば 行くごたる
  おらすと思えば 行くごたる
三 オロロン オロロン オロロンバイ
  ネンネン ネンネン ネンネンバイ
  意見無用と 世間をすねた
  バカな男の 身にしみる
  故郷のおっかさんの 子守唄

 高倉健の唄う声は、本当にこの歌にあっている気がします。やくざ映画の一つのテーマは「母」ということがあります。高倉健が藤純子に惚れるのは、その藤純子の手の暖かさのなかに「母」を感じるからなのです。雨の中藤純子の差し出す傘を受け取るときに、健さんの手が藤純子の手に触れます。そのときに、健さんは「母」の温かい手を感じてしまうのです。
 その「母」とは優しいけどまた厳しい母親なのです。この「望郷子守唄」での母親は浪速千栄子です。故郷九州でボタ山のそばで真っ黒になって働いている浪速千栄子の母親がいます。私はそのことを思うだけで、いつも自然に涙が頬を伝わります。
 浪速千栄子が健さんを怒る声が聞こえても、藤純子が傘を健さんい差し出してもいつも涙が出てしまう私です。(1998.11.01)

12051803  やくざ映画といえば、なんといっても高倉健でしょう。そしてその高倉健が主演した「昭和残侠伝」シリーズで、最後の殴り込みのシーンで必ず流れるのがこの歌でした。

曲名    唐獅子牡丹
作詞    水城一狼
        矢野  亮
作曲    水城一狼
編曲    白石十四男
 唄     高倉  健

一  義理と人情を  秤にかけりゃ
    義理が重たい  男の世界
    幼なじみの  観音様にゃ
    俺の心は  お見通し
    背中で吠えてる  唐獅子牡丹
二  親の意見を  承知ですねて
    曲がりくねった  六区の風を
    つもり重ねた  不孝のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹
三  おぼろ月でも  隅田の水に
    昔ながらの  濁らぬ光
    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹
四  白を黒だと 言わせることも
    しょせん畳じゃ 死ねないことも
    百も承知の  やくざな稼業
    なんで今さら  悔いはない
    ろくでなしよと  夜風が笑う
五  親にもらった  大事な肌を
    すみで汚して  白刃の下で
    つもり重ねた  不幸のかずを
    なんと詫びよか  おふくろに
    背中で泣いてる  唐獅子牡丹

  映画の最後に健さんの花田秀次郎が一人殴りこみに行こうと夜道を歩いていくと、街角で池部良の風間重吉が「ご同行ねがいます」といってとなりに並んで歩きます。健さんは目で挨拶するだけです。私たちは池袋の文芸座で一緒に声を出して歌い出していたものです。
  この歌が一番仁侠の歌としては歌われることが多いのではないでしょうか。私は四番の歌詞を歌う高倉健の声が一番思い出されます。また三番の

    やがて夜明けの  来るそれまでは
    意地でささえる  夢ひとつ
    背中で呼んでる  唐獅子牡丹

は何かのときにいつも心に浮んできました。昔こんなことを書いたことがあります。

    たとえ「あしたのジョー」が「乾物屋のジョー」になったとし
  ても、背中の唐獅子には嘘をつけないから、夢ひとつ意地でささ
  えるのだ。

 ちなみにこれは、漫画の中であしたのジョーは白石葉子に惚れているのだが、現実の世界では紀子(彼女の実家は乾物屋)と一緒になったほうが幸せだろう、だがそうはいかないのだ、ということにあります(漫画では、紀子はマンモス西と一緒になり、ジョーはリングで燃え尽きてしまいます)。
  背中の唐獅子と、夢がいつもいつも問題なのです。(1998.11.01)

曲名  男の誓い
作詞  矢野  亮
作曲  水城一狼
 唄   高倉  健

一  生まれも育ちも  別々だけど
    死ぬときゃいっしょと  言ったじゃないか
    俺とお前の  握るこの手を
    ふたつに切ろと
    男の誓いは  鉄よりかたい
二  隅田の夜風を  素肌に受けて
    流れに重ねて  写した笑顔
    姿かたちは  変わる浮世に
    やつれちゃいても
    胸にはあの日の  血潮が燃える
三  行く道ァ同じさ  あとへは退かぬ
    生きるか死ぬかは  お天頭まかせ
    極道者でも  一度ぐらいは
    世間のために
    命を張るんだ  男をかけて

12051714 この歌も高倉健の歌として、よく唄ってきました。まさしく健さんの姿にはふさわしい歌だと思います。この「握るこの手」の相手には誰が一番あっているかななんて考えます。鶴田浩二や池部良ではどうしても健さんは手を出せないように思います。
 私にはこの相手は小林念侍なんかが思い浮びます。彼が東映の三下ヤクザ役なんかの時代はとても良かったものです。それが今の彼のいい味を出してくれている源なように思うのです。
 私もある会社に入社したその日、私の歓迎会で私の上司になった人の手を握って唄ったことがあります。みんな驚いたようですね。一体何なのだろうと思ったようでした。(1998.11.01)

歌名    男の裏町
作詞    矢野  亮
作曲    不詳
採譜編曲  八木正生
 唄     高倉  健

一  暗い夜ふけの  窓べにすがり
    星もない空  泣き泣き呼んだ
    村の小径で  遊んだころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
二  こんな冷たい  世間と知らず
    どこをはぐれた  裏町ぐらし
    夢を抱いて  出て来たころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
三  胸を濡らした  あの娘の涙
    好きと素直に  なぜ言えなんだ
    祭り囃子に  浮かれたころは
    十七、八の  まだ俺ァがきだった
四  風にちぎれる  夜汽車の汽笛
    追えば恋しい  故郷が浮かぶ
    飛んで行きたい  あのころあの日
    十七、八の  まだ俺ァがきだった

12051703  この歌もみんなでけっこう唄ってきました。高倉健の声にあったいい歌だと思います。誰もが同じようにもっている思い出があります。何故こんな自分になってしまったのかという思いがこみあげてきます。
  やくざ映画にはいつも、「故郷」と「母」と「あの娘の涙」が出てくるように思います。だから見ている私たちもいつも涙でいっぱいになってしまうのでしょう。新宿昭和館で見ているときに映画が終わって明るくなるときが実に恥ずかしかったものでした。(1998.11.01)

12050104 私がこの映画を見たのはいつのことだったのだろう。いつも思い出している映画なのだが、いつだったのだろうかと思い出してばかりなのだ。でも内容は詳しく思い出せる映画でもあるのだ。

題名  現代任侠史
封切 1973年10月27日
監督 石井輝男
配給会社 東映
キャスト12050101
 島谷良一 高倉健
 仁木克子 梶芽衣子
 松田初治 郷治
  中山      成田三樹夫
  船岡      夏八木勲
  関口功    小池朝雄
  永井辰吉  内田朝雄
  湯浅正一  辰巳柳太郎
  権藤      今井健二
  善さん    田中邦衛
  武志      南利明
  芸者連れの客  笑福亭仁鶴
  よね      三益愛子
  宇野      川谷拓三
  栗田光男  安藤昇 

 いつも思い出すのは、健さんが「私(わたし)は、こんな幸せだったことはほかにありません」という言葉と、健さんが最後殴りこみに行くときに、梶芽衣子が「行かないで」で声をあげることだ。私は任侠ヤクザ映画で、こんなセリフを聞いたことは、始めてのことなのです。
 映画の最初に健さんが、飛行機から降りてくる、このシーンだけで、「なんだ、この映画は?」と思ってしまうのだ。健さんは、日米戦争で激戦だったペリリュー島で、父親の日本刀を手にすることができた。もうヤクザなのだが、すし職人としてもう静かにすごすのかもしれない。
 梶芽衣子の仁木克子はルプライターで、この上の戦争のことを取材しているのだが、このことで、健さんを知ってしまい、恋をしてしまうのでしょう。
12050106 もう二人が愛し合い、結婚を選ぶときに、ものすごく見ている私たちも嬉しくなります。
 二人が、夜のときに歩いているシーンはものすごく私もう嬉しくてたまりません。そのときに、健さんが露天でエロ本(こんな言い方をしてもいいよね)を買うときに、それが克子の目の前なので、彼女も私たちも驚くのですが、それは店の後輩たちのためなのです。
 もうこんな綺麗な克子と一緒になる健さんは、どうみても「幸せだなあ」と思わせてくれます。もう二人は実にいいです。私はこんなヤクザ映画は始めてでした。
 ただやっぱり最後は、健さんは日本刀で殴りこみます。
 そこで克子いや梶芽衣子は、「いかないで」と声を出すのです。もう私には驚くばかりのシーンでした。

  なんで私は、こうして涙を流してしまうのだろう。高倉健さんの記事がありました。

5月13日…来たる「母の日」に寄せて、ある母親の話をご紹介します。

 母の日とは、今年は5月13日(5月の第2週の日曜日)です。インターネットで検索しましたら次のようにありました。wikipediaです。

母の日(ははのひ)は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々であり日付も異なる。例えばスペインでは5月第1日曜日、北欧スウェーデンでは5月の最後の日曜日に当たる。

12042207 この健さんの記事を読んで私はまたひたすら涙を流していたものです。
 でもできたら、この記事すべてを読んでいただきたいと思いました。私では、それを明確には紹介できないのです。
 もう全部がいいのですが、健さんが、自分のお母さんのことを書いているところを一部抜き出します。

ブラシの部分がすり減って、柄だけになってしまった歯ブラシを最後まで使っていた母。 子どもたちがつけっぱなしにしてしまう家中の電気を「もったいない!」と、消して回っていた母。
 「辛抱ばい」
 私はこの一言に支えられ、南極、北極、灼熱(しゃくねつ)の砂漠から厳寒の冬山を駆け抜けてきました。
 不条理ばかりのこの業界で、道を踏み外さなかったのも間違いなく「おふくろを悲しませたくない」の一心。母は、私にとっての規範であり、法律でした。

 もう読んでいて、涙が流れると同時に、私は自分の母も先月亡くなりました義母も思い出していました。二人とも同じでした。私は母たちが二人とも、いつも電気を消してしまうことが不満でした。でもでも、今は私がそれと同じ気持になり、同じことをやっています。私にも、「私にとっての規範であり、法律でした」。

 最後の健さんの言葉

1989年の東宝映画「あ・うん」の撮影中、母は91歳で逝きました。

 おかあさん…。

で、私はまた大量に涙になりました。

12032504 こうしてポメラで書いても、当然私のブログにUPします。

2012/03/26 06:04少し前に、私は健さんの『「1枚の写真」という記事で』という書き込みをしました。日経電子版でこの記事を見ていたのです。
 思えば高倉健さんは、実に任侠映画は見ていたものです。いや、もう健さんの映画はみな見ていますね。過去任侠映画の前に出演していたものでは見ていないものもあるかと思います。もちろん、『内田吐夢「宮本武蔵」』での佐々木小次郎も思い出します。
 ただ、私がこうして電子判を引用してしまったのは、写真を載せたのはいけないといわれるのかもしれません。日経新聞から指摘されたら、すみやかに写真と記事は削除します。
 でも記事は引用して、私もそれについて書いているからいいのではないかなあ。写真は、提供先が「共同」だということも書いているから、いいのじゃないかなあ。12032604
 私はこれを読んだ最初のときから感動して、でも上に書いたことで、悩みまして、UPするのが今になったものです。
2012/03/26 06:22上に書きましたことを、私のブログの将門Webにも書こうとも思ったのでしたが、やめまして、でもこの「周のポメラ」で書いたものです。でもこうしてUPすれば同じですね。
2012/03/26 06:26このポメラで書くのは、こうして日時が記録されていいですね。IS01もいいのですが、やはりあれは携帯電話です。だから、入院中のじゅにのそばでは書けない(病院の中は携帯電話は使用禁止です)ものでした。その点、このポメラを大変に見直す気持になったものでした。
2012/03/26 07:01これで書いていると、私は実に楽なのですね。このリビングでも打てるから(私はパソコンの前、すなわち私の部屋では、ポメラもIS01も打ちません)、実にいいのです。
 まず外の電車の中や飲み屋ではIS01は打ちますが、このポメラはまず打ちません。ノートで書いたこともありますが、今では鞄の中から出すのが面倒です。このポメラもIS01もいつでも打てます。ただし、ポメラは少し大きいから、私のデューロカーゴから出すのが面倒で、外ではIS01になってしまうものです。
 思い出せば、前にはノートパソコンを鞄に入れるためにリュックサックにしたものでした。当然着て歩く姿もスートではなくなりました。今はもうリュックサックもやめて、デューロカーゴを左右のベルトにとめるようになりました。ここにデジカメも携帯電話も入れています。あとIS01もガラパゴスも、このポメラも、万歩計も印鑑も小銭入れも、時計もそれにIS01とデジカメの予備の電池も入れています。12032605
2012/03/26 07:30あ、今NHKで、「日本一のホームページ」ということをやっています。あとで、このサイトを見てみよう。ここは、一カ月に100くらいのUPがあることもあるらしいです。私のサイトは1カ月300くらいかなあ。と思ったものでしたが、近頃は250くらいかなあ。あとで見てみましょう。
 今はそんなに書いていないのだなあ、そんなことを思いました。
 そうだ、私は手紙を書こうと思っていて、でも書いていませんね。今日こそやりましょう。
2012/03/26 07:57こうして書いていて、あとで「周のポメラ」としてUPするときに、「画像が一つではなく、それより多くするかなあ?」なんて思っています。そうすると、鳥の画像ですね。
 それに私が先にUPしているブログに添付した画像の説明もしなくちゃあいけないなあ。
 もういくつものことを考えます。そして今は「カーネーション」の音楽を聞いています。
 このドラマはいいです。素敵です。「与えるのは受けるよりいい」というのは実に納得です。
120326062012/03/26 08:10私はいつも名刺入れを持っていますが、そこの中に、バンドエイドをいくつか入れているのですが、もういくつもだめになっています。
 いや製品はいいものなのでしょうが、これほど長く入れっぱなしだとバンドエイドそのものはいいのですが、周りがだめになってしまうのです。いや今の製品はもっと考えてあるのでしょうが、昔のはだめなところが出てくるのですね。でも当然なのですが、バンドエイドそのものはいいもののようです。
 こうして、テレビを見ながらも、このポメラは打っているのです。

 この長さだと画像は一つだけではなくしようかなあ。UPしてから考えます。

 もうちょうど10日前に、私の目と心をくぎ付けにした、写真と文章があります。その写真が以下に掲げたものです。12032407

気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年の写真を「あなたへ」の台本の裏表紙に貼りつけた(写真は共同)

 これは、高倉健さんの文章では、

イタリアにお住まいの作家の塩野七生さんが、現地の週刊誌に載っていたと紹介している写真でした。

ということです。
 健さんは、次のように書いています。

 気仙沼の被災地のがれきの中を歩く少年は、避難所で支給されたものでしょうか?

 袖丈の余るジャンパーにピンク色の長靴をはいています。両手には一本ずつ、焼酎の大型プラスチックボトルを握っています。彼は、給水所で水をもらった帰りなのです。その水を待っているのは幼い妹でしょうか?

 年老いた祖父母なのでしょうか?

 私の目をくぎ付けにしたのは、うつむき加減の少年のキリリと結ばれた口元でした。左足を一歩踏み出した少年は、全身で私に訴えかけてきます。

 私もこの写真にどうしたらいいか分からないほど、ひきつけられました。これは誰にも見てほしい写真であるわけだし、そして高倉健さんの文章も読んでほしいのです。
 そのときに、すぐに私はこの写真を私のパソコンに保存しました。健さんの文章も何度も読みました。
 でも私は、「これを勝手にコピーして、勝手に私のブログで掲載していいのかなあ?」という思いで困りました。でも、もしもこれがいけないと、日経新聞から指摘されたら、そのときは、もちろん削除いたします。もう私は、私だけが私のパソコンで見ているだけでは不満なのですね。あ、もちろん私の持つガラパゴスでも見られるわけです。
 健さんの文章はいいです。そして私は昔からファンである塩野七美さんにも、ものすごく感謝いたします。

12030403 どうしても保存ができないのは困ったことです。

2012/03/05 05:27どうしても、このポメラを書くのはリビングでと思いまして、ここへ来ました。
2012/03/05 05:45いやどうしてもこのポメラをパソコンのそばで打ち出したのですが、はやりリビングでテレビをつけて、そのそばで書いています。
 そういえば、パソコンでインターネット等に書き込むのはいいのですが(そのほかはメールを書きます)、何故か保存ができないのです。とても困っています。もちろん、書き込みはできるわけですから、ほかから見れば今まで通りなわけですが、私には大変な事態です。
 このところブログ書き込みがあまり活発とはいえないので、少しはりきらなくちゃあな、と思っています。
2012/03/05 06:32今はこのポメラをこうしてリビングで書けるのはいいですが、まだまだやらないといけないなあ。どうしても私はやり切れていないですね。
2012/03/05 07:42もう「周のIS01ブログ」はUPしていますが、このポメラはまだなのです。
2012/03/05 08:00今少しうたたねしまして、そのとき夢をみまして、「唐獅子牡丹」の歌を聞いていました。唄が高倉健さんの声では「少し違うな」と思ったとこで目が醒めました。健さんの唄は私はいつも聞いているのです。たしか5、6年前にiPodに入れていたと思いますね。それで聞いていたのでした。
「カーネーション」が夏木まりですね。彼女は私より二歳年下だと思いました。
 なんか、早く終わってしまったなあ。
2012/03/05 14:06またこうして新しい時間になりました。
 このままで、やっていくことは大変なことなのですね。
 上に書いていた「カーネーション」を昼にも少し見ていました。
 明日は、じゅにに会いに行きます。そのことだけが私には今楽しいこと、嬉しいことです。
2012/03/05 14:58明日じゅにに会いに行くことばかり考えています。じゅにと会って、ブルータスと話したことを、帰りの妻やおはぎのメールに書くことが楽しみです。私もケータイメールは最初は慣れなくて、おはぎに怒られていました(これはおはぎがいけないのではなく、私が非常にケータイメールがひどいものにしか、書けなかったのです)。

 また私はケータイメールをちゃんと書けるようにしていきます。

17947e5d.jpg 昨日ある飲み屋で、渡哲也と高倉健の歌をそこにない歌詞の歌を唄ってたな。そういえば、そこにあった私のボトルは誰が入れたのかなあ。
 写真は昨日の夕方長女の家の近くで撮りました。(04/17)

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 本日また日本映画専門チャンネルで、この映画を見ました。私の好きな張芸謀監督が、長年高倉健の映画を撮りたかったということでしたが、それが実現したものです。私は長年高倉健のファンでもあるのです。

題名 単騎、千里を走る
原題 RIDING ALONE FOR THOUSANDS OF MILES
封切 2005年1月28日
監督 張芸謀(チャン・イーモウ)
日本編監督 降旗康男
配給 東宝 
キャスト
 高田剛一 高倉健
 高田理恵 寺島しのぶ
 高田健一 中井貴一(声だけの出演)
 リー・ジャーミン リー・ジャーミン
 チュー・リン チュー・リン
 ジャン・ウェン ジャン・ウェン
 ヤン・ヤン ヤン・ジェンボー

 高田剛一は、嫁の理恵からのケータイで、息子の健一が癌でもう長いことがないということを知る。だが、何故か二人の間には、確執があり(母のことでのようだ)、長年会っていない。
 この健一は、中国で役者リー・ジャーミンとつき合いがあり、その彼の演ずる関羽の舞を撮影したいという思いがあったということを剛一は知り、何故かすぐに単身中国へ渡ってこのリー・ジャーミンの演ずる姿を撮ろうとする。
 だが、はるばる出かけてみると、そのリー・ジャーミンは、刑務所に収容されていることが判る。でも刑務所へ出かけて撮影を許可させるのは至難のことですが、どうやら、それを許可してもらう。しかし、肝心のリー・ジャーミンが、カメラを向けても踊れない。剛一が息子の健一の思いを聞いたということで、リー・ジャーミンも自分の息子のヤン・ヤンを思いだし、涙を流して踊れないのだ。
 だが、そこで諦めてしまう我が高倉健ではない。彼は、その息子のすんでいる遠い地域まで行くことにする。だが、この息子も父親とは会ったこともないのだ。
 こんな困難の中で、剛一はなんとしてもやり抜いていく。見ている私たちも、ぜひ実現してほしいとばかり思ってしまいます。
 だが、剛一は日本の理恵との連絡はすべてケータイでやるわけだが、そこでやっとケータイで連絡があり、息子健一が亡くなったことが知らされる。
 この剛一と理恵のケータイでの会話には、もう大変に泣かされてしまいます。健一は、自分のために父親が中国まで行ったことを知り、大変に嬉しい思いになったようです。

 私はケータイって、こんな遠くでも話せるのはいいなあ、とは思いながら、でも健さんの持っているケータイの充電はどうするのかなあ、なんてとても心配していました。あと健さんは、しきりにデジカメで撮っています。私と同じなのですが、健さんの年代では他の人は無理でしょうね。

 映画の中での健さんは、私たちが昔から知っている健さんです。セリフを言わなくなってしまう彼なのです。笑顔になかなかならない健さんなのです。でもそういう健さんが、この監督の張芸謀も大好きなのでしょうね。

 私はどうしても中国は好きになれないのですが、この映画で見ている中国人はやはりいいです。張芸謀がいつも映し出している温かい人間たちです。

 それと少年のヤンヤンがものすごく良かったです。剛一と別れるときに、いつまでも剛一の乗っている車を追いかけるヤンヤンの姿には、私はまたも涙してしまっていました。

 私はこの映画で描かれていた、中国と日本での父と息子ということを考えました。どんなに反発していたとしても、息子には父のことが思い出されてくるものなのです。そして、父親にも息子は実に可愛いものなのです。
 私は映画を見ているあいだ、ずっと父を思い出していました。そして娘ではなく、私の膝の上に載せた孫のポコ汰の可愛さを思っていました。すぐに、長女宅へ行って、私の腕に孫を抱きたいと思っていましたが、ポコ汰はパパとあちらのじいじとばあばの家に行ったそうです。

 また、私のポコ汰を抱いて、この映画を思い出しているでしょう。

 それと私は関羽って、どうしてもそれほど好きになれないのですが、もう少し好きになって行こうかなあ。

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書 名 映画俳優池部良
編 者 志村三代子 弓桁あや
発行所 ワイズ出版
定 価 2,800円+税
発行日 2007年2月24日
読了日 2007年3月17日

 ひとことでいいますと、これはいい本です。池部良という方は私も好きな俳優だったのですが、いろいろな面を持っている方ですね。二枚目俳優としての彼を最初に知ったわけですが、でもそのあと東宝映画の俳優から東映の「昭和残侠伝」を始めとするヤクザ映画の中で、実にいい役をしています。いつも高倉健との最後の殴り込みで、必ず池部良は亡くなります。その高倉健と最後の殴り込みに行くときの、その道行きが実に良かったものでした。どうしても、私は映画で歩く二人に合わせて「唐獅子牡丹」を唄っていたものでした。
 だが、池部良はこの東映のヤクザ映画に出演する前に1964年3月封切の松竹映画「乾いた花」でヤクザ役を演じています。監督が篠田正浩です。
 この映画をいつ見たかと思い出そうしますが、思い出せません。ただ、この映画の内容や各シーンは実によく覚えています。加賀まりこも不思儀な美しさを秘めていました。また藤木孝の役も実にいい凄味がありました。
 この映画の演技で、東映プロジューサーの俊藤浩滋が池部良を東映のヤクザ映画で使うことを決意するのです。
 この俊藤浩滋が、以下で私が少し書きました「おそめ」(秀夫人)の夫であり、富司純子の父であるわけです。

 http://shomon.livedoor.biz/archives/50573363.html 欲しい本が手に入らない
 http://shomon.livedoor.biz/archives/50573494.html 「おそめ」は手に入れました

 ちょうど1年前に神戸に義父の納骨に行ったときに、この「おそめ」を行き帰りの新幹線の中で読んでしまったものでした。あの俊藤さんが、池部良を東映仁侠映画に見出したのですね。
 いや、もうこの本ではもっとたくさんのことを知りました。作家・エッセイストという池部良は少しも触れられていませんが、池部良の俳優としての姿をよく見ることができました。

 そして、やはり私には、実際に戦争に行っていた池部良を思います。思えば私の父も同じように戦争に行きました。戦争から帰ってきてくれたから、私が生まれることができたのです。
 そんなことを思い浮かべていました(ただし、そんな池部良の戦争経験のことなどは触れられていません)。

       池部良のことをたくさん思い出しました

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 私の 池部良のことをたくさん思い出しました旅人moo00の冒険人生 のmooさんから次のコメントを頂きました。

1. Posted by moo00    2007年03月16日 17:42
周さん、久しぶりにコメントさせていただきます。
風間重吉はほんとにかっこいいですねえ。
健さんの花田秀次郎は風間重吉が居てこそって感じですね。
先日、池袋の新文芸座で池部さんの映画の特集があり、ご本人も2度ほど講演をされたようですよ。
もう90歳位らしいのですが、とてもそんな歳に見えず、背筋もピシッとしてダンディだと聞きました。
やっぱり映画スターなんですね。
ところで、最近の周さんのブログでは、ポコちゃんに関する品の画像がたくさんアップされていて、とても微笑ましいなと思いながら拝見してます。
なんかいいおじいちゃんになられてるんですね。

 ありがとうございます。
 ただ私はまだこの本を読み終わっていないのです。一昨日秋葉原までの行き帰りと、きのうは王子から町屋までの都電の中だけで読んだだけです。前のようの、我孫子から千代田線を延々乗っているのですと、読書ははかどるのですが、今は実に短い時間しか電車には乗りませんので、その分読書量が激減されてしまいました。

 私たち学生活動家は実に仁侠映画が好きでした。下宿ではいつもヤクザ映画の話ばかりしていたものでした。
 ただね、この池部良ふんする風間重吉のことを、「あれは余計だ」という人もいまして、私はその意見にこそ「余計だ」と感じていたものでした。

 あ、でもこの本はいままた読んでいまして、かなり笑いましたよ(ああ、だから私の読書の場は、電車の他に、こうしてパソコンを打っているときと、テレビを見ている時です)。池部さんという方は実に面白いかたですね。「ハルマヘラ島メモリ」「匂いおこせよ梅の花」等、随分愉しく読んできたものでした。ここらへんが、鶴田浩二さんや高倉健さんとはおおいに違うところですね。

 さきほど、長女が用がありまして来たときに、「あ、パパ!お酒くさい。きのう飲んだな」なんて睨んでいました。

     周の雑読備忘録「映画俳優池部良」

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