将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:高橋克彦

11032716 ある税理士の先生とお話して感じたことであり、また思い出したことです。
 組織の中で、どういうリーダーを育てていくかという問題です。これは簡単にはいえないことですが、ちょうど現在読みました高橋克彦「火怨 北の燿星アテルイ」に、ちょうど私の思うところと同じことが出てきましたので、以下引用します。
 若きアテルイが蝦夷の指導者として、各軍団を指揮できる将を選ぼうとするときに、アテルイよりも軍事の判っている年上の母礼(彼は軍事というよりも「政治」こそが判っているなと私には思えます)がいうことです。蝦夷の各地の部族が大同団結して闘かえる組織を作ろうというときです。

「おなじ仲間うちから選んでいては戦さの下知に馴れや甘えが生じ
  る。なんのための連合と思っている? 百や二百の兵を率いて喧
  嘩をするなれば気心の知れた者同士でもよかろうが、四千が呼応
  しての大戦さとなると、間違いなく命令が下まで届くことこそ大
  事。それには馴れ合いこそが大敵と心得ねばなるまい。もし胆沢
  の将に胆沢の兵ばかりの兵団があったとき、そなたは他の隊と同
  様に下知ができるかと思うか? いや、そなたのことだ。きっと
  他の隊よりもきつい戦場に送り込もうな」
  それには阿弖流為(アテルイ)は小さく頷いた。
 「胆沢の兵たちはそなたのために喜んで命を捨ててくれようが…
  ……それではまずい。四千の兵すべてを同等に見做してこそ策が
  施せる。すべての兵の命を守り、すべての兵を死地に追いやるこ
  とはできぬでは将にはなれぬ」
  うーむ、と阿弖流為は唸った。

 私はここを読んで、もうこの著者のファンになってしまいました。まったくこの通りです。
 大きな組織で闘おうというときには、仲間うちばかりのグループを作っては駄目なのです。そして自分の一番信頼する仲間こそを何ごとにも最初に考えがちですが、それでは闘えないのです。自分の信頼する部隊だけなら、「死地」に向かわせることができるというのでは、小さな組織の長でしかありません。
 ただしまた、こうした資質まで備えているリーダーというのは、なかなか見いだせるものではありません。「すべての兵を死地に追いやる」とまでやりうる将というのは、歴史の上でもなかなかいないものです。いや、一人の人間でもそれができるときはいいのですが、あるときはそうした決断が実行できない人間になりがちです。
 翻って、各会社や各組織の長はいかがでしょうか。「すべての兵を死地に追いやる」ということは、「すべての兵を生かす」ことだと、判っている人はどのくらいいるのでしょうか。(2003.03.03)

07081901古代東北まつろわぬ者の系譜
書 名 古代東北
    まつろわぬ者の系譜
著 者 武光誠
発行所 毎日新聞社
定 価 1,524円+税
発行日 1994年2月20日発行
読了日 2007年8月19日

 この本ではやはり阿弖流為(アテルイ)のことが一番気になります。私は、高橋克彦著「火怨」にて、この蝦夷(えみし)の英雄の実像が判った気になっています。でもこの本では阿弖流為の姿が全面に出てくるわけではありません。
 ただ古代日本の朝廷軍のほうも、蝦夷を同じ日本人だと見做していたことは、大切なことだと思います。古代日本は中国に対して、自分の国にも中国の北辺や西域での異民族がいるのだということを強調したかったのです。だが、このことが北海道のアイヌを蝦夷(えぞ)と呼んでしまうことにつながりました。
 私としては、もっと私自身がこの時代のこの地域のことを知らないとならないなあ、ということをおおいに感じました。

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