将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:高瀬舟

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 京都に行ったときは、いつもこの高瀬川を見ています。「こんな細い川が鴎外の小説の舞台なんだ」といつも思っています。
 ただし、私が読んだのは中学2年のたしか5月のことでした。

 高瀬舟(たかせぶね)は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島(ゑんたう)を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞(いとまごひ)をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されることであつた。それを護送するのは、京都町奉行の配下にゐる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であつた。これは上へ通つた事ではないが、所謂大目に見るのであつた、默許であつた。

 いつも京都では、見慣れてしまっていた細い川で、でも急流です。私はこの川を見ても、なんどもとにかく、そこのあたりで飲んでしまいます。
 でも今度はもっとちゃんと歩いてみようかなあ、という気持になりました。

 いつの頃であつたか。多分江戸で白河樂翁侯が政柄(せいへい)を執つてゐた寛政の頃ででもあつただらう。智恩院(ちおんゐん)の櫻が入相の鐘に散る春の夕に、これまで類のない、珍らしい罪人が高瀬舟に載せられた。
 それは名を喜助と云つて、三十歳ばかりになる、住所不定の男である。固より牢屋敷に呼び出されるやうな親類はないので、舟にも只一人で乘つた。
 護送を命ぜられて、一しよに舟に乘り込んだ同心羽田庄兵衞は、只喜助が弟殺しの罪人だと云ふことだけを聞いてゐた。さて牢屋敷から棧橋まで連れて來る間、この痩肉(やせじし)の、色の蒼白い喜助の樣子を見るに、いかにも神妙に、いかにもおとなしく、自分をば公儀の役人として敬つて、何事につけても逆はぬやうにしてゐる。しかもそれが、罪人の間に往々見受けるやうな、温順を裝つて權勢に媚びる態度ではない。
 庄兵衞は不思議に思つた。そして舟に乘つてからも、單に役目の表で見張つてゐるばかりでなく、絶えず喜助の擧動に、細かい注意をしてゐた。

 思えば、この京都にしても、私が今もときどき歩きます鎌倉にしても、もう少し前もって下調べしてからいこうと考えたものです。
 そしてでも、また最後はどこかで飲んでいるのですね。
 この小説の喜助が、はたして罪悪に値するものなのか否かは、私には、この同心と同じように判断できません。ただ、この喜助が島送りになるのに、明るい顔をしていて、「二百文の鳥目(てうもく)」で、島で何かをやっていこうと考えていることは、私にはとても嬉しい思いになれることです。

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 さきほど、昼にテレビの前で、このポメラを開いていて、耳は鴎外の「高瀬舟」を聞いていました。「高瀬舟」を読んだのは中2のときでしたが、聞いていまして、実にいい作品ですね。

2009/03/10 12:27今はテレビを見ながら森鴎外の「高瀬舟」を聞いています。やっぱりこうしてパソコンに向かっていないときは、こうして音声で文学作品を聞いているのはいいですね。こうして、ポメラで打っているわけですが、時々電子辞書の画面も見ています。
 それで、こうして音声で文学作品が聴けるものがたくさん欲しいという思いです。さきほどインターネットで検索してみて、いくつもあることが判りました。なんとか、それを手に入れまして、この電子辞書に入れてまた聴いてみます。
 やはり、昔読んだ記憶のある作品ばかりですが、でも実に聴いていまして、私のその昔の中学生の頃が蘇るものです。
 こののちには、詩も読んで行こうと思っています。新体詩もいいでしょうね。漢詩も聴いて行きたいものです。
2009/03/10 12:50思えば、この「高瀬舟」もすごい迫力のある作品ですね。そのことを今初めて知ったものでした。
この迫力にただただ私は驚いているだけです。
 文学って、ものすごいものですね。ただただ驚いているばかりです。
 今、このポメラの単四電池を替えました。
 テレビでは、山下清のことをやっています。私の家には、彼の作品が二つありました。父が好きで手に入れていたのでした。今はどこにあるのかなあ?

 このあとテレビのNHKで、「だんだん」の茉奈ちゃんと佳奈ちゃんが出ていたので、それも見ていました。

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