将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:魯迅『狂人日記』

12090601 私は、藤田典さんの「ダダさんの掲示板」で、以下のように書きました。

「あれは昭和28年のことです」を書きました 投稿者:周  投稿日:2012年 9月 5日(水)05時04分21秒
 そうですね。私の長女の三人の孫たちの保育園への行きかえりであるく細い路は、私にはいつも子どものときの秋田での保育園・幼稚園(あのときはこれが併用されていたのです)への行き帰りの路が甦ってくるのです。

 私の書くことで、「この男は、保育園と幼稚園の違いを知らないのじゃないか」と思われるかたがいると思います。それで書きます。
 幼稚園は、文部省の管轄でいわば小学校の前段階の教育機関が幼稚園なのです。保育園は厚生省(今は違う名称かな)の管轄です。だから、幼稚園は先生で、保育園は保母さんです(もちろん、子どもたちは「センセイ」と呼んでいるいるでしょうが。かつ今は保父さんもいます)。
 私は、「魯迅『狂人日記』」の最後の「子どもを救え」という言葉で、自分の進む路を決めたことがあります。私は大学を出ても、ずっと公民権停止が続き(あるとき選挙権がないことで気がつきました)、その当時保母の養成をやろうとしまして、「保育総合学園」というところへ入社して、保母養成に関するコピーライターになりました。
 このときに、この保母養成講座の通学コースに通って実際に資格試験に合格したのが私の現在の妻です。
12090602 この頃は、私は実際の講義を私も受けたものです。日曜日に若い女性たちに混じって私も粘土細工等をやったものでした。
 妻は、我孫子市で実際に保母で仕事に就いたものでした。
 思えば、いろいろと懐かしいことがありますね。

10121003 前に書きました「ロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』」は、以前に書いて蜘蛛業で載せていたものでした。なんとなく、自分が情けなくなっていることを感じます。
 なんとか今日は、「魯迅『狂人日記』」のことを真面目に書きましょう。私が魯迅では一番苦手な作品です。人間が同じ人間を食うということがあるのでしょうか。そのことが書かれている作品です。でも魯迅自身もこの作品を『吶喊』に入れているとは言えないのです。ほとほと難しい作品だと思います。最後の「人食いをしたことのない子どもはいるのだろうか!子どもを救え!」が心に残ります。
 これからは、電子書籍を読んでいくことを感じています。私は最初に「長塚節『土』」を読むつもりです。
 写真は、これも「EyesPic」の写真です。
 思えば、こういう各カメラマンの写真が使えるのはとてもいいです。(12/11)

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