将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:黒書院の六兵衛

13040205 このポメラで人の名前を書くのが一番大変です。でも「孝允」も「利通」もポメラで登録しました。

2013/04/03 01:45今リビングで打っています。
2013/04/03 05:38もう「黒書院の六兵衛」はUPしました。木戸孝允と西郷隆盛、大久保利通を思いました。その三人の性格も思い浮かべました。
 そうですね。あの幕末明治初期は大変な時代でしたね。そして上にあげた三人も、西南の役の終了の頃、その後、相次いで亡くなるのです。思えば昭和まで生きていたのは山県有朋くらいかなあ。この山県を一番の敵としていたのが、我が北一輝でした。そして私はその北一輝を一番尊敬崇拝しています。
2013/04/03 06:00今はデジカメを電池を変えて時刻を合わせました。
 いつもこの時間帯で電池を換えていますね。

 デジカメの電池を換えるのもけっこう面倒な作業です。時刻を合わせるのが面倒なのです。

13031811 朝はいつもこのポメラを書くことを考えています。

2013/03/21 05:34さて、まだ日経新聞がこないので、いらいらしてしまいます。いやなんといいましても「黒書院の六兵衛」がどうするのか、どうなるのかというのが最大の関心事であるのです。六兵衛の妻、二人の子どもも大変に気になります。いや、六兵衛の下の臣たちも気になるものです。こんな新聞小説があったものかなあ。おそらく漱石の『吾が輩は猫である』以来ひさしぶりのことじゃないかなあ。
2013/03/21 12:49もうこの時間帯なのですね。いつも私はそう言って焦っています。そんなに焦ることはないのですね。

 このポメラを書くことをこそ焦るべきだなあ。

13021704 いつもこのポメラで打つと、実に楽な思いです。テレビを見ながら打てますしね。

2013/02/17 06:12今「黒書院の六兵衛」を書いたのですが、的矢六兵衛のことをしばし考えてしまいました。この人物は小説の中の人間というだけではなく、あの江戸時代の幕末・明治維新の時代に実在した人物ではないのかなあ。そんなことを思わせてくれる今日の内容です。
2013/02/17 06:30今「はやく起きた朝は」を見始めました。
 今日は三匹に会いに行きたいなあ。
2013/02/17 07:13今は、「ボクらの時代」の斉木しげる、きたろう、大竹まこと(シティボーイズ)を聞いています。きたろうさんの「神田川」の歌詞の解釈を聞きました。「あなたの優しさが怖かった」の解釈をを聞きましたが、私はその通りだと思います。
 しかし、やっぱりIS01より、このポメラの方が打ちやすいのだなあ。電車の中で立ちながら親指で打つのはいいのですが、座っていたら、このキーボードやパソコンのほうがいいです。

 この「神田川」のことを私もちゃんと書こうと思いました。

2017012313

13021205 私の浅田次郎「黒書院の六兵衛」(263)にmatoyaさんから次のコメントがありました。

1. Posted by matoya   2013年02月07日 20:43
  周さんこんばんは、いつも楽しくブログ見てます。淀屋辰五郎(本編の辰平とは別人物)に私は思いがあります、淀屋の話の前に、お稲荷さんの話ですが、我が家からほど近いところに土佐稲荷神社があります、元土佐藩邸で維新後の版籍奉還、藩営事業廃止令によって、岩崎弥太郎が藩営事業を屋敷ごと買い入れ、その後に三菱の創業の地となり、屋敷内の鎮座していたお稲荷さんを神社として建立、現在は三菱グループの守護神社となってます(神社紋はスリーダイヤ)。そこから北へ15分ほど行くと土佐堀川沿いに薩摩藩邸跡があります。坂本龍馬が勝海舟の紹介で、西郷隆盛に初めて会ったといわれてます。その並びにある長州藩邸跡を見ながら15分ほど土佐堀を遡ると淀屋橋のたもとにつきます。淀屋辰五郎が、屋敷と川向の米市場との往来の為寄進したものです、淀屋の初代・常安は大坂の陣で徳川方につき、戦場に棄てられた武具類の回収をして大儲け。その財力で淀川を改修、中之島を開発。2代目の言当はに米市を開く。財を成した淀屋は大名貸付を始め、4代目の重當の時代には貸付額が20億両(現在のお金で120兆円とも200兆円とも)。5代目の淀屋辰五郎の時代、突然米商の免許取消、家財没収、大坂をところ払いに。表向きは、贅沢な生活の幕府よりのお咎め。実は大名の借金を踏み倒し。4代目重當13021206は闕所(けっしょ:財産没収刑)を予想していたのか、現在の鳥取県倉吉に牧田仁右衛門にのれん分け。そこで米屋を開かせた。牧田家はその後、大坂へ淀屋清兵衛という名で店を出し、淀屋橋を買い戻します。そして、幕末突然大坂と倉吉の両方の店を閉鎖売却、全財産を倒幕資金として朝廷に献金、忽然と姿を消す。160年前の淀屋本家の辰五郎の幕府への仇討かと思うのは私だけでしょうか。

  まずこうして、せっかくコメントをいただいたのに、それへのレスがこうして遅くなり、申し訳ありません。
  私は今回義母の一周忌で三ノ宮のお墓へ行っていました。その行くときにIS01でのUPの今はこうして乗っていますと。ものすごくいっぱいのことを思い出しますに

ああそうだ、私のブログで書かれたコメントにレスを書かなくちゃいけないんだ。

と書きましたのは、このコメントへのレスだったのです。
 岩崎弥太郎、坂本龍馬、勝海舟、西郷隆盛と言いますと、幕末明治維新を大きく感じますね。長州藩は木戸孝允しか残らない感じで多くの志士たちが亡くなっていますね。そういうことでは土佐勤皇党も同じです。そして薩摩も、比較的残っていたはずなのですが、西南戦争で多くの志士たちが亡くなりました。
13021207 そして、江戸幕府も実に多くの方が亡くなりました。思えば、維新のときからずっと生きていたのは山縣有朋くらいかな。そんなことを思います(私はこの人物が大嫌いですが)。
 そういう思いの私には、この今の的矢六兵衛にはいささか不思儀な思いになります。そして小説の中の淀屋辰平にも、なんだかいつも「この人物は何を考えているのだろう」という思いを抱いていますが、でもこのmatoyaさんの書かれたコメントを読んで、「え、モデルがいたのか」(多分モデルと言えるのじゃないかな)と思ったものです。
 しかし、武士というのは、どうしても多くの血を流しながらも、ずっと自らの階級を守っていくのですね。フランス革命やドイツ革命等とは大きく違いを感じます。ロシア革命や中国革命とも違います。アメリカ独立革命ともイギリスのいくつもの革命とも違います。
 そこに日本の特殊なことを感じ、でもそれが今思うと、よかったのかなあ。北一輝も懸命にこの日本の違いを考えたことだと思います。銃殺されたときに、何を考えたのかなあといつも思います。おそらく昭和天皇を否定した思いだったでしょうね。彼は「天皇万歳」とは叫ばなかっ13021208たはずです。
 でもこのmatoyaさんのコメントで淀屋本家の辰五郎のことも大きく知りました。ありがとうございます。
 まだまだ知らないことばかりがあるのですね。

13010417 日曜日はけっこう書くことがありますね。

2013/01/06 06:34今は「はやく起きた朝は・・・」を見ています。毎週日曜の朝は同じです。ただ今朝は目が覚めるのが5時55分と遅くなりました。昨日はけっこう歩いたから、少し疲れたのでしょうか。こんな時間まで眠ったのは久しぶりです。
「日経23plus+」がいいのですが、あとで書きます。
 やっぱりこの三人は面白いなあ。もう私は今いっぱい笑っています。
 こんな面白い娘たちが他にいるのかなあ。
2013/01/06 09:01インターネット検索で「東日本大震災 江頭 阿部寛」と入れてみました。このニュースはまたあとで引用してUPしてみます。あ、江頭とは「江頭2:50」のことですよ。

 さて、今日はまだ「黒書院の六兵衛」をUPしていないのですね。このあとすぐやります。

12122704 今日で1Fのゴミ置き場の扉が閉じられます。急いでいっぱいのことをやらなくちゃあな。

2012/12/28 06:07今日も寒いですね。「黒書院の六兵衛」ももっと早く終わるのかと思っていましたが、そうはならないようで、今から145年前の出来事なのです。でもすっかり日本も変わりましたね。江戸時代が終わって、そのあと日本は戦争を幾度も繰り返し、先の敗戦で今の時代を迎えます。
2012/12/28 06:30今1Fに資源とごみを出してきました。明日の午前10時でこの置き場の場所が閉じられますので、今日が最後の片づけの日です。今日はいっぱいやらないとなりません。
2012/12/28 07:38今芥川龍之介の年賀状をNHKで見ました。ちょうど100年前のものです。もうそんな時代なのですね。そうねえ、この龍之介のこともあとで書きます。いっぱいの思いがあるのですね。
 いえ、このポメラだと固有名詞を書くのが実に大変なのです。
 今日おはぎの家族5人が帰ってきます。夕方に行っていいかなあ。もう三匹に会いたいです。会って、じゅにのことをお喋りします。私もじゅにに会ってものすごく嬉しかったので、そのことを三匹、ポコ汰、ポニョ、ポポにも話します。
 よくテレビを見ていると、よくいろんなことを思います。
121227052012/12/28 08:35ああ、今NHKテレビを見てしまいました。

 そうだ、今日も三匹に会いに行くのです。いっぱいにお喋りします。

12121603 今日は起きたのが朝6時を過ぎていました。こんなに遅く起きたのはひさしぶりです。

2012/12/16 06:56今ずっと「早く起きた朝は」を見ています。
 今は「ボクらの時代」を見ています。
2012/12/16 17:21もうすぐ「笑点」なので、テレビの前に来ました。
 また日経で「黒書院の六兵衛」を読んでしまいました。やはりか加倉井隼人の言葉は私の胸をうちます。
 でも番組欄を見たら、今日は笑点はないのだなあ。

 そうだ。選挙へ行ったのでした。写真は選挙会場の柳田小学校です。

X12121407 私が浅田次郎「黒書院の六兵衛」(210)で次のように書いたことです。

 私もただ座り続ける的矢六兵衛がどうにも薄気味悪く嫌でしたが、だんだんとシンパシーを感じてきたものです。
 いや私は、サラリーマンだったときの、いくつものことを思い出していたのです。

 私が赤坂の広告の制作会社にいたときです。社長は私のいる会社含めて4つの会社の社長でした。私はそのときに、どこでも会社の現状を鋭く指摘していました。親会社は大きな広告会社です。
 そのときに、親会社の私の好きでない人が(多分私と同じか一歳年上だと思いました)私に忠告してきました。

 あんたのいうことは正しいと思うよ。だけどあの社長も正面きって言うことではなく、本音は自分におべっか使う奴が好きなんだよ。

 これを大阪弁で言いました。私は感謝して礼したものです。
 まさしくこの彼のいう通りでした。このことはいくつも感じています。会社にとって正しいこと、いいことを言い続けるよりも、上司にただただおべっかを使うものがそうした上司、ひいては社長は好きなのです。ただし、こんな会社がどうなるのかは、私の知ったことではありませんが。
X12121409 でもこのことは、いつも思い出しています。そして言われたことには感謝しますが、この彼のことは今でも好きになれません。

X12120911  なんで新聞がこないのだろうと思いましたが、昨日の新聞に書いてありました。今日は新聞の休刊日なのですね。
 もうこの小説を読むことだけ考えていましたから、ものすごくショックです。これもただ私の阿呆なところを確認したようなものです。

X12120416 浅田次郎「黒書院の六兵衛」(197)へ、愛読者さんから、次のコメントがありました。

1. Posted by 愛読者   2012年12月07日 08:31
幕末を経済破綻と捉えているのがおもしろい。
形骸化した財政負担がいかに家臣を困窮させたか克明に調べている。

 今までも、「経済破綻と捉えている」のはあったと思うのです。私なんかは、もはやどうしようもない徳川幕府をいわば、救ってあげたのが明治維新じゃないかと思っているのですね。
 いわばそれほどの租税でもなかったものが地租改正でもっと全国民からむさぼるようになったのがこの明治の時代になったのだと思います。
 でも幕府は何もかも困窮したでしょうね。徳川家康よりも15代慶喜の方が真面目で懸命だったようにも思えますが、もはやそんな武士たちではどうしようもなかったのです。 思い出せば、嫌になるくらい、真面目なのは鎌倉時代の執権たちです。驚くくらい質素な生活をしていますよ。
 でももう世界経済の中で生きていくのは、もう徳川幕府ではどうにもならなかったのだと思っています。
X12120417 そうした私の思いからは、浅田次郎は、よくこの時代をとらえてくれたなと思っています。その時代の中で、うまく振舞えないのが、新も旧も、的矢六兵衛なのだと思うのですね。

12113003  日経新聞は「黒書院の六兵衛」を読みたくて、すぐ手にとります。

2012/11/30 06:43もうこんな時間です。どうしても遅くなりますね。自分に言い聞かせます。「日立と三菱重工の電力事業の」ということが大事ですね。
 今日は三匹のところへは行きます。昨日行くつもりでいたのですが、もうやることがあって無理でした。
2012/11/30 07:39またこれを書いて行くよりもやるべきことがあるなあ。
 いやいくつもやることが出てきますね。
 でもまた「純と愛」の始まる時間になります。早いですね。でも時間が早く達ってしまうと思ってしまうのは仕方ないよね。
2012/11/30 12:50いろいろと「純と愛」をまた見ています。そして私はまた涙ぐんでいます。
 やっぱり桐野富士子さんはいいことをいいますね。

  さて、明日からはここのメインに画像はサンタクロース(でないときもありますが、要するにクリスマスです)をここと周の掲示板にあげていきます。

12112011 江藤淳を思います。吉本隆明さんとの対談集が思い出されます。

2012/11/21 06:04日経新聞の最終面で、もう今日の「黒書院の六兵衛」は私のブログにUPしました。
「交遊抄」で、「森本敏『2人の評論家』」で、村松剛と江藤淳のことが書いてあります。

 村松氏は65歳、江藤氏は66歳で逝かれた。

 そうだったんだ。私は二人とも好きでした。ただ江藤淳の晩年は私にはものすごく残念でした。吉本(吉本隆明)さんと対談していた頃が良かったですね。
 はっきりいいまして、江藤淳さんは吉本隆明さんとの対談以外は少しも面白くはなかった思いがします。そうとしか言えないな。
2012/11/21 06:35今NHKで「フェイスブックでのつきあいには抵抗がある」といういうことがいわれていましたが、よく分かります。私もその思いがありますね。
2012/11/21 07:17食事を終えました。
 昨日は夕方18時10分におはぎの家へ行ったのでしたが、まだみんな帰っていなくて、保育園へ歩いて行くと、その途中でおはぎ家族5人と会いました。ポニョが最後ミツ君の自転車(これはおはぎの自転車でした)から降りました(まだ途中でした)。
12112012 家で三匹といっぱいのことをしました。でもつくづく思いました。ポコ汰はやっぱりお兄ちゃんです。越谷じいじから電話がかかっても、ポポは話している途中で電話を離しました。越谷じいじも驚いちゃうよね。

 こうして昨日の三匹とのことが思い出されます。

12111311 いやいくつものことを思い出すものです。

2012/11/14 04:3111月10日に朝4時に豊島郵便局(本局)に手紙を出しに行きました。すぐそばの郵便局のポストだと収拾されるのが10時35分なのです。
 今日経新聞が来ました。
2012/11/14 05:23もう今日の「黒書院の六兵衛」に関する私の思いは、私のブログにUPしました。いつもこの新聞の挿絵と、この「黒書院の六兵衛」という題字を画像としてUPしています。
 今日の「春秋」で書いてあることで、私は嬉しくなりました。

 2つの国の国歌を作詞・作曲した人がいる。1913年にアジア人として初めてノーベル賞を受賞シタ「タゴールだ。インドとバングラデッシュ。いずれの国も、タゴールが生前に作っていた歌を独立後に国歌とした。とものタゴールの母語、ベンガル語で書かれている。

 そうなのですね。私は嬉しくなりました。

 戦前の日本の軍国主義を批判したタゴールも、笑顔でみているかもしれない。12111312

 私は間違いなく、笑顔になっているタゴールの顔を思い浮かべます。そしてチャンドラボースとともにインドへ行こうとした私の父を思い出します。

 もう私の父が亡くなってものすごい時間が流れたのですね。

12102116 ポメラに書いていると、少しは落ち着くものです。テレビの前ですぐに書けますからね。

2012/10/22 05:15もう「黒書院の六兵衛」に関してもUPしました。この今語っている人物の今の境遇に驚くばかりです。それはみな新的矢六兵衛のおかげなのですね。驚きました。
2012/10/22 05:29私のこの「周のポメラ」も、「黒書院の六兵衛」と「純と愛」をまた別なカテゴリとして、独立させて、少しは落ち着いた気がします。これはのんびりとリビングでポメラを打っているのがいいです。やはり正確に急いで書きますのはパソコンで最初からやったほうがいいです。
「純と愛」もまたテレビをちゃんと見て、そのあとに打つようにしていきます。そうしたほうがちゃんと書けるような思いがします。 
 ああ、今日は三匹のところへ行こう。

 今日こそ三匹のところへ行こう。お菓子を持っていきます。

12100916 偶然インターネットを見て、この訃報を知りました。

2012/10/09 06:15「黒書院の六兵衛」は別なUPにしまして、なんだかすっきりした気はしています。
2012/10/09 07:59もうすぐ8時になります。「純と愛」が始まりました。 
2012/10/09 18:47今インターネットを見たら、吉本(吉本隆明)さんの奥様の吉本和子さんが亡くなったということです。
 私は「試行」を定期購読していました。いつも支払いのときに、試行の購読料以外に、「○○円をカンパいたします」としてきました。それに対して、いつも私の購読料にプラスしてカンパはわずかしか受け取らないものでした。私は最後の頃は「このままお受け取りください」なんて書いたものでした。
 いつも領収書にその文面が載っていました。あれが和子さんだったのです。どうかゆっくりお休みください。そちらで、吉本さんとはお会いになったことでしょうね。
 合掌しました。
12100917 なんだか、どうしても涙になります。

 あとは、ハルノ宵子さんとよしもとばななさんがいるのですね。できたら、私はこれからもたくさん読んで行きますよ。

12100903 私は思うのですが、「お稲荷さんが、お隣の没落する的屋家をみかねて、手をさしのべている」というようなことは考えられないのです。
 私の今住む王子だけでなく、浅草の北側のあたりも私はよく歩いたのですが、狐という奴は「手をさしのべ」るというような気持はないのではと思うのですね。王子には、不思儀に「たぬき屋」というたぬきに関するところもあって(王子狸屋)、でもこのたぬきは人間には少し優しいような思いがあります。でも狐は人間には冷たいような気がします。
 思い出せば、浅草の北側の老舗の家にも、私はコンサルに行きましたことがあり、かつまた別なことで、そのあたりを歩いたものです。街の方からもお話を聞いたものです(関東大震災の話やその前の話)。
 とにかく、この「黒書院の六兵衛」はまた熱心に読んでいきます(今日はもう読みました)。

12100814 matoyaさんは、次のように言っています。

で正体はお稲荷さんが、お隣の没落する的屋家をみかねて、手をさしのべているとおもいました。

 実は私が現在住む東京都北区王子は(私が住んでいるのは、豊島というところですが、王子のすぐ隣です)、このお稲荷さんがたくさん関係するところです。
 私のブログの将門Webで、これに関したことは次のように書いているか、画像があります。

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51330236.html
   周の雑読備忘録「中村博『王子のきつね』」

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50456623.html
   いったん我孫子に帰宅します

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50456654.html
   今常磐線の千代田線です

  http://shomon.livedoor.biz/archives/50454943.html
   王子装束神社の市

  http://shomon.livedoor.biz/archives/51533338.html
   わが家のおかあさん2008.10.0412100901

 ええともっと私のブログには、書いてあるはずなのですで、画像も私の記憶にはあるのですが、これだけしか見つけられませんでした。
 王子では、毎年12月31日夜に、王子装束神社から王子稲荷神社まで狐の装束をつけた大勢の方が、行進します。昔は実際に狐が集まってみんなで王子稲荷神社まで行ったようですが(江戸時代は)、今はこうして人間が歩きます。それが実に多いのですよ。
 そうして元旦になる頃、王子稲荷に到着します。
12100902 私は昔は三派全学連の時代に、王子野線病院撤去闘争をやりましたから、ちょうどそのデモしたところがここにあたります。
 いや、この王子にはもっとたくさんの思い出のあるところなのですが、今はここまで書いておきます。

12100512 今日から「浅田次郎『黒書院の六兵衛』」は別のカテゴリにしました。もうUPしています。

2012/10/07 07:26いつも6時30分からフジテレビを見るのですが、やっていられませんでした。目が覚めたのが遅いのですね。
 日経新聞の「黒書院の六兵衛」はもう私のブログで別にカテゴリを設けました。だから別に書きます。
 樺山紘一の「欧州異聞」は「チャルトリスキの大亡命」です。私はこの人をまったく知りませんでした。なんとなく自分が恥ずかしいです。

 今日はブルータスとじゅにに会いに行きます。

12100509 私が毎日書いてあります「周のポメラ」ですが、このmatoyaさんのを読みまして、大変に私も考え込みました。

1. Posted by matoya   2012年10月06日 13:39
  私の拙い推理ですが、新的屋六兵衛の正体のことです。45話、104話、113話にお稲荷様がつどつど登場します。稲荷町なのでとうぜんなんですが、大きく引っかかるのは、121話、周さんもご指摘の通り、伏見の下り酒です。有名な灘五郷の下り酒でなく、摂泉十二郷の下り酒でもなく、あえて伏見の下り酒の登場、伏見稲荷は日本全国のお稲荷さんの総本社。で正体はお稲荷さんが、お隣の没落する的屋家をみかねて、手をさしのべているとおもいました。新的屋六兵衛の人間離れしたところ等々、、でも、、たぶんはずれてるでしょうね。

 以下のように書いているところで、私はそれを読み直しました。

45話、104話、113話にお稲荷様がつどつど登場します。稲荷町なのでとうぜんなんですが、大きく引っかかるのは、121話、

 でも私が書いているのはあてにはならないのです。「周のポメラ」の一部として書いているだけですから、何もなりません。
 必死にインターネットで、これをぬきだして読んでみました。
 それで「お稲荷様」がそれぞれに書いてあるのかは、私には分からないのです。

 私が抜き出したところです。

45話
下谷の組屋敷に帰るすがら
104話
「御隠居様、こちらさんは私の父親(てておや)が奉公していた御屋敷の若旦那様でござんしてね。いやァ、会いたかったお人がたまたま通りすがるなんて、お稲荷様の冥加でござんす」
113話
 ご登城の朝なんか、奥様に見送られて御門を出るまでたいそう鯱張っていなさるんだが、そこの稲荷の辻を曲がったとたん、ぼうっと息をついて私らお供に話しかけてきなさる。
121話
伏見の角樽を飲み放題だと言われてごらんな。

 以上なのです。それでまたこのあと、私の長女おはぎの家へいくのです。三人の孫に会うのです。
12100510 そして明日はもう一人の孫に会うのです。今また入院しているのですね。千葉こども病院へです。
 それでまた書きますのは、また別になります。
 ただ今後は、明日からは、この「黒書院の六兵衛」については、また「周のポメラ」とは別に書いてまいります。

12100406 私の「2012年10月5日のポメラ」に次のコメントがありました。

1. Posted by matoya   2012年10月05日 13:09
 いつもブログを面白く拝見させていただいてます。黒書院の六兵衛はいいですねえ。わたくしのつたない今後の展開推理をアップしてもよろしいでしょうか?だめなら、遠慮しときます。

 matoyaさん、書き込みをありがとうございます。

 黒書院の六兵衛はいいですねえ

 私もまったく同じに思えますよ。それでぜひmatoyaさんの展開推理をアップしてください。お願い致します。
 私はただ毎日の「周のポメラ」に漫然と書いてしまっています。実はこれは「ポメラ」という機器にテレビの前で書いていますので、書くこと事態が大変なのです。「黒書院の六兵衛」はけっこう漢字熟語を書いていくのがものすごく苦労しています。パソコンならまだ楽なのですが、このポメラには大変なだけなのです。
 でも仕方ないです。自分でこうしてやってしまっているのですから。
 matoyaさんが書き込んでくれることを楽しみに待っています。

12100404 チラシがたくさんあると楽しいです。

2012/10/05 05:27今日は新聞がとれないのでドアを開けてとりました。新聞の折り込まれているチラシが多すぎるのです。
 真っ先に新聞を読みます、といいたいとこころですが、私はチラシもよく見ますし、ものによってはチラシの中身も熱心に読みます。
 ケーズデンキのチラシを見ます。スマートフォンの内容です。あ、そういえば何でスマートフォンというのかなあ。
 チラシは東武ストアと車のアウディだけで、あとはすべて不動産の販売広告です。そのうち7枚がA全の巻き取り紙で二枚だけがA全の切りおとしです。あと3枚がA3両面印刷です。東武ストアのがA全で2色刷りですが、あとはすべてカラー印刷ですものね。
1210050712100508「黒書院の六兵衛」をよく読みました。実に面白いです。

 そもそも幕府の「幕」とはい幕陣幕の謂(いい)じゃによって、戦場における陣営を指す。「府」は政庁ゆえ、「幕府」は「軍政」そのものの意味になるの。

 ただ、最後が

早い話が、「勝手にいたせ」じゃ。

とあります。これでは六兵衛がそのままになってしまいます。とにかく「勝手にせ12100405よ」といいましても、このことだけ、六兵衛のことだけでも、声をかけていただきたいのです。そうしないと、いつまでも終わらないのです。

 スマートフォンも興味ありますが、「黒書院の六兵衛」も面白いですね。

12100305 山の上ホテルの下水道料金のごまかしのことが実に嫌になるニュースです。

2012/10/04 05:52ケータイをおはぎの家に忘れてきて、困りますね。ケータイは今ベルトのデューロカーゴに入れる前はどうしていたのだろう。一時期首から下げていました。でもその前はどうしていたのだろうか。皆目思い出せないのです。
 そもそもケータイを外に置いてしまうことがいけないのです。今は月々のケータイ料も3千円代なのですね。つまりほぼかけることも、受けることもほとんどないのです。
 IS01もケータイであるわけですが、これで喋べったことは一度もありません。IS01はブログに書くことがもっぱらですし、ケータイもケータイメールの送受信がもっぱらです。送受信ばかりで、書くのはIS01かパソコンでです。
 でも反省して、今後は身から離しません。
1210040112100402「黒書院の六兵衛」を読みました。今日は秋山伊左衛門の述べることが全面に書いてあります。
 この男の妾宅に、隼人と源一郎は行きまして、この秋山伊左衛門の言うことを聞くのです。彼が的矢六兵衛にことを命じないとことは進みません。
 私は昔ルバング島で戦い続けた小野田寛郎さんを思い出しました。上司が命じないと、戦いは終わらないのです。少し嫌になります。
 一面の春秋は神田駿河台の山の上ホテルの下水道料金のごまかしのことが書いてあります。ばあばによりますと、もうこれはよく知られてしまっていること12100306のようですが、私はここで知ったももです。なんか、あのホテルが情けないなあ。私もあのホテルで何度かレストランで酒を飲んだことがあります。
 でもせっかくのいいホテルなのに、これは嫌なニュースですね。

 なんか本当に嫌になりますね。

12100205 日経新聞が遅く入って読むのが遅くなりました。

2012/10/03 05:12今日おはぎの家に行く用事ができて嬉しいです。あるものを届けなくてはいけないのです。それは姪のカナちゃんからの贈られたものをです。
 また孫たちに会えます。ポコ汰、ポニョ、ポポに会えるのが嬉しいです。それに、今度の9日(日)はじゅにの保育園の運動会です。もう会いに行くのが嬉しいです。
 じゅには、こう伝えたいです。私たちじいじばあばの前にどんなにわがままになってもいいよ。私たちはじゅにのじいじとばあばなのだから。
 そして、このことの報告を三匹に教えます。いっぱいじいじは話すよ。じいじはこうして孫たちみんなと会えることが嬉しくてたまらないのですから。
2012/10/03 05:30いつもこの日経を読むのですが、今日は入るのが遅くて少しイライラしました。
1210030112100302「黒書院の六兵衛」はいよいよ新しい局面が開けるように思います。

 隼人は改まった口調で言うた。
「これよりそこもとが上司、御書院番組頭、秋山伊左衛門殿をお迎えに参る。上意下達を旨とする御番士ならば異存はあるまい」
 六兵衛の横顔が、然りと肯いたように思えたが気のせいであろうか。

 これでうまく解決してくれればいいですね。
 昔ここに載っていた時代小説を・・・、ああ、これはまた別に書きましょう。
121002062012/10/03 05:44この日経の一面の春秋ですが、私はいいことを読みました。いや書いてあることは悔しい嫌なことが元なのですが、でもそれを越えて人間というのはいいです。偉大に思えます。「サラエボ・ハガダー」という本を私もちゃんと記憶します。

 とにかく書くべきこともいくつもありますね。

12100108 私は携帯電話は1992年の8月から持ちました。最初はドコモでしたが、5年ほどしてKDDIにしました。でも私の周りはいろいろなのです。孤立を思う私です。

2012/10/02 05:44新聞が入ってもなかなか読むことができませんでした。
1210020112100202「黒書院の六兵衛」で、やむをえず計算ばかりしていた(その総指揮をしていた)隼人が、次のように言います。

「帝鑑の間に立ち寄っていこう。六兵衛には心構えをさせておいたほうがよい。どうやらこれは最後の一手などではのうて、六兵衛の真意らしい」

 この挿絵の相手が本多左衛門なのです。私が「2012年8月23日のポメラ」で載せた挿絵の人物です。
 でもこの男ではどうにもならないでしょう。
 だから昨日書きました「源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです」を実行にかかるのです。
 その他、以下の大きなニュースが三面にありました。

 ソフトバンクがイー・アクセス買収

 これをインターネット上で見てみます。

攻めに転じたソフトバンク イー・アクセス買収で手に入れたもの
KDDIに押されるなか繰り出した「必殺技」

12100109 これは大きいことですね。私は前にも書いたことですが、「KDDIをずっと使っています。おはぎとミツ君と妻がソフトバンクで、次女ブルータスとナオキ君がNTTドコモ」です。このあと孫たちもつぎつぎに、親を倣うと、私は独り孤立してしまいます。仕方ないのかなあ。ポコ汰・ポニョ・ポポ・じゅにもひそかに説得しようと思っています。でもまだ小さいからなあ。

 なんとしてもKDDIがいいはずなのに、私一人なのです。さびしいよ。

12093006 この挿絵を見て、「こんなことがあるのかなあ?」と思いましたが、思わず納得しました。

2012/10/01 05:25「もう10月か」と、このポメラで書き出して思います。今年もあと3ケ月ですが、これからは早く過ぎ去るでしょうね。
「黒書院の六兵衛」をすぐ読みました。この挿絵なのですが、「こんなことがあるかな?」と思いま12100106した。尾張藩の官軍12100107と福地源一郎とはいえ、幕臣がです。
 でも読んでいるうちに何故か納得できてしまうのです。二人は源一郎の考えですが、的矢六兵衛の上司である組頭に六兵衛に下知してもらおうというのです。

・・・
「そりゃあ君、組頭が下知すればいやとは言えまいよ」
「それほど簡単な話とは思えんがの」
「いや、六兵衛はそれを待っているんじゃないのか。・・・。・・・、御組頭なり御番頭なりを連れてこい、筋を通せば下城してやる、と」

12093007 そうか、それでこの組頭を探すわけです。
 これで終わりになれるのかなあ。もう私はこの二人に身を入れていますから、とにかくこの組頭を捕まえて、解決してほしいものです。
 ただ、その組頭を捕まえるのにも一騒動ありそうな気がします。

 とにかく的矢六兵衛のことは大変なのですね。

1209300112093002 どうしても笑ってしまう「黒書院の六兵衛」です。でも隼人も幕府の人たちもただただ困るばかりでしょうね。

2012/09/30 05:01「黒書院の六兵衛」は、読みましても、この回はどうしても笑ってしまいました。

 憤懣というより愚痴のような隼人の話を黙って聞いてから、越前守はたいそう慇懃に言うた。
「・・・」

「あればかりは、御勅使様に訊ねられても返答のしようがござるまい。何とかなされよ」

 これは私が隼人なら、「そりゃあ、そっちが無責任だ」といいたいところです。
 一体いつになったら、六兵衛(あたらしいほうの)はどうするのでしょうか。たぶん、だまって自宅へ帰るのだろうな。「そりゃないよ。なんか言えよ」と私もいいます。
12092816 それと先週より待ちかねたのは、樺山紘一の「欧人異聞 プレイボーイ仏外相タレイラン」です。いや私は前週のメッテルニヒのときに、このタレイランをインターネットで調べていました。ナポレオンの大ファンである私にしてみれば、このタレイランもメッテルニヒと並んで大嫌いな人物でした。でも先週、インターネットでこの人物を調べているときに、なぜか私はこの人物を嫌いとはいえなくなっていたのです。
 今回知りました、「民衆を導く自由の女神」を描くドラクロアはこのタレイランの12092904庶子なのですから。あの絵と、タレイランをものすごく頭の中に思い出したものです。

 思えば、私の頭の中にあったメッテルニヒもタレイランも印象が変わりました。イギリス代表のウェリントンなんか、たださえないだけですものね。

12092810 さてこうして書いてブログにUPするのですが、これは楽でいいです。

2012/09/29 05:32新聞が入ってきて、今日はすぐに取りに行かなかったのですが、今はもう読んでいます。もちろん「黒書院の六兵衛」を読み、その上の「木下恵介監督生誕100年 人間観察の厳しさ再発見」を読みます。
 この中で、吉田喜重が言っています。

「木下映画の力は、あらゆる人間を等距離に見るモラルにある」と語る。
「男も女も、大人も子供も、善人も悪人も、主役や脇役も差別しない」。加えて、構成よりも流れやリズムを重視する。できた作品は、一人ひとりの感情が生々しく、ゆがんでいない。主人公があいまいでも映画としてまろやかに完成する。

 私の好きな高峰秀子の映画に「カルメン純情す」(52年)があるそうです。見てみたい思いです。
1209290112092902 まずは最初に「黒書院の六兵衛」を読むわけですが、この加倉井隼人の怒りはわかります。パソコンもない時代に実に大変だったことでしょう。でもその怒りを勝安房にいっても甲斐ないのです。

 さて今日は、妻と二人でポコ汰のプールでの水泳を見に行きます。もうどこくらい泳げるのかを見るのです。

12092711 前日の「周のポメラ」の「2」を見つけてあわててUPしている私です。

2012/09/28 06:17私が毎日UPしていますときに添付している写真ですが、前もっていくつもの画像をダウンロードしているわけですが、その中のある富士山の写真を見て、私は太宰治の「富岳百景」の「富士には月見草がよく似合ふ」を思い出しました(その写真の花は月見草ではありませんが)。またあとで、UPします。
1209280612092807「黒書院の六兵衛」は六兵衛が思いもよらぬ行動をしてしまい、誰も驚いてしまうのです。「定鑑の間」といわれるところに座ってしまうのです。

 定鑑の間は「古来御譜代」の殿中席として知られる。すなわち三河以来の旧家の御殿様が詰める広敷である。酒井、榊原、堀田、小笠原、松平の諸流等々、いずれも幕閣に参与する「御役筋」の大名が詰めるのであるから、すこぶる格式が高い。

 この日から的矢六兵衛は、帝鑑の間に居座った。

 まだまだ、このまま同じ事態が続くのでしょうか。
2012/09/28 07:58もう太宰治の「富士には月見草がよく似合ふ」のことはUPしました。
 もう「梅ちゃん先生」です。
120928012012/09/28 07:59さて「梅ちゃん先生」を見ます。いいなあ、この家族は。この家族がみな大好です。いや登場人物はみないいですね。
「小吉も吉のうちだよ」というのはいいなあ。
 もうこのドラマを見て、私はまた涙を流しています。

 もう明日で「梅ちゃん先生」も終わりなのですね。

12092610 やはり簡単に出てこない字を漢和辞典で探します。これがけっこう大変ですね。

2012/09/27 05:45もちろん新聞が来て、真っ先にこの「黒書院の六兵衛」を読みます。
 これで的矢六兵衛はここを引いて、自宅へ帰るのかな、とも思いましたが、まだわかりません。でもそうなるんじゃないかなあ。1209270112092702

 ・・・、六兵衛の体から気合が去った。唇をひしゃげて嗤ったようにも思えた。
 六兵衛はふたたび指炬(さしがね)で計ったように横を向いてしもうた。こら、どこへ行く六兵衛。

 これでまた明日になります。
 その上の「文化往来」には、こうあります。

 ・・・・藤原道長の「御堂関白日記」が、訓読文でデータベース化され、・・・、IDとパスワードを取得すれば無料で閲覧できる。

 これは日文研というところです。あとでパソコンで見てみましょう。
 こういうふうに無料で自由に見られるようになることはいいです。もっとこれが12092611どこにでもひろまってほしいものです。

 この日文研のホームページにはすぐ行けましたが、「パスワードを取得」するようなところが分かりません。またあとでやってみます。

 こうして書くのですが、パソコンで出てこない(私が出せない)漢字があってまいっています。

12092601120926022012/09/26 06:17少し眠りすぎたかなあ。
「黒書院の六兵衛」を読みました。

 ・・・、六兵衛は迷う様子もなく三之間の畳を踏んだ。儀式の折には諸侯が列座する大広間の一角に歩みこんだのである。
「無礼ぞ、六兵衛」
「身のほどを弁えよ」
 委細かまわず六兵衛は歩む。軋むような巨躯(きょく)が大股で近付いてくる。隼人と源一郎は思わずにじり下がった。指カネ(さしがね)で計ったように曲がると、六兵衛は上段の間の向き合うてかしこまった。
(躯は違う字です。カネも私では漢字が出せません)

 このあと、どうなるのでしょうか。
12092509 一面の春秋に

 バイオリンに提琴という訳語があてられていた頃にこの楽器を奏し、天才少女、神童とうたわれた諏訪根自子さんの訃報に接する。

 このあとも引用したいのですが、全文引用するわけにもいかず、これだけにします。私はこの人を初めて知ったものです。

 日独の敗色が濃くなっていた翌19年11月、中立国のスイスで開いた幾つかの演奏会は記憶にとどめねばならない。

 私もよく記憶にとどめておきます。
2012/09/26 07:53さて「梅ちゃん先生」です。
 今テレビの画面が小さかったので直しました。なんでこうなっていたのかなあ。
2012/09/26 08:00「梅ちゃん先生」を見始めました。ヒロシ君大丈夫かなあ。とっても心配です。
12092511「生きていればきっといいことがある」。いい言葉ですね。私も頑張らないといけないなあ。
 どうしても涙が出てしまいます。涙ばかりだなあ。

 これでまたUPします。

 今日は日経が来るのが、5時20分くらいでした。もちろん、すぐ受け取りまして、この連載小説を読みます。

12092501120925022012/09/25 05:52「黒書院の六兵衛」を読みました。

 大広間にあるのは隼人と源一郎だけだが、ぐるりをめぐる入側には野次馬が鈴生りであった。

 大広間がほの暗くなっても、六兵衛は湯屋から戻らなかった。かわりに配下の伝令が来た。
「的矢殿はお髪をお洗いになられました由、髪を結うておられます。今しばらくお待ちを」

 さてさて、これでどうなるのかなあ。私の予想は二つ12092416あるのですが、いつもはずれているから、みっともないので書けません。いや私はまたはずれるのですよ。
2012/09/25 06:19けっこう雨が降りましたね。

 雨が降ったのは、昨日もそして今朝もです。

12092403 日曜洋画劇場って、昔は見たものですね。でももう見なくなって私は20年を越えているでしょう。

2012/09/24 05:53日経新聞の最終面の「文化往来」ですが、『「日曜洋画劇場」縮小にのぞく洋画離れ』をうなずいて読んでいました。今はいくつもの洋画が、「あれ、このシーンはあの邦画のシーンの写しじゃないか?」と思うものがいくつもあります。
 昔は「洋画しか見ない」という阿呆な人がいたものでしたが、もういなくなったのかなあ。
1209240612092407「黒書院の六兵衛」を読みました。六兵衛はやはり風呂に入ります。

「久方ぶりの風呂はよほど気持ちよいとみえて、かれこれ小半刻も長湯を使うております。・・・」

 この宏装な御殿に勤仕する千人の人々の中に、的矢六兵衛の味方はひとりもいない。

 この私ですら、この企てがうまくいけばいいなあ、と思うものです。
2012/09/24 06:30この頃、このブログは日経新聞の記事内容しか書いていませんね。これは反省すべきですね。
2012/09/24 09:51今はリビングへ来ました。8時からの「梅ちゃん先生」を見ていませんでした。
12092404 10時から(実際には9時57分くらいから始まる)の「加山雄三『若大将のゆうゆう散歩』」を見たいと思いました。護国寺も椿山荘あたりもけっこう歩いたものです。王子から都電で行けるところなのです。

 また都電で行きまして、歩いてみるかなあ。

12092216 日曜はいつも6時半からフジテレビを見ます。

2012/09/23 06:30今「はやく起きた朝は」を見始めました。いつも毎週この番組を見ることから始まる感じです。もちろん、その前にインターネット上のブログはもうすでにやっています。やっぱり、この三人の女優さんはいいなあ。
1209230712092306「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みます。尾張藩官軍の小源太と隼人の会話です。

「何事じゃ」
「六兵衛がーー」
「ややっ、ついに腹を切ったか」
 両隣の襖がぐいと撓んだ。
「いや、風呂に入り申した」
 襖の撓みが緩んだ。

 さて、これでことが解決していくかなあ。
 樺山紘一の「欧州異聞」の「メッテルニヒ、勢力均衡の保障人」はウィーン会議のことを書いています。メッテルニヒは私は「あんな奴は嫌いだ」と思い、かつ口に出しますが、でも実は割と私は好きなのですね。でもこれも次号が楽しみです。ウィーン会議でメッテルニヒと対峙した相手が誰だったか書いてくれるそうです。
2012/09/23 07:03これを書きながら、いつもテレビを見ています。「ボクらの時代」を見ています。
 ほしのあきって、私はどうにも好きになれない方でしたが、今は何故か好きになってきました。もう私はいつも心の中では「ほしのあきさん」と呼んでいます。
 日経32面の「吉田喜重『ただならぬ異境回想』」ですが、私は『エロス+虐殺』を見たのは、新宿伊勢丹前のアートシアターでした。映画の内容も思い出します。私としては、北一輝の描き方が気に入らなかった思いがあります。でも懐か12092217しいなあ。アートシアターの映画はけっこう見た思いがあります。この吉田喜重の映画のあとやった作品はものすごく下さらなかったです。

 いくつも昔のことを思い出すものです。
 ああ、孫にも会いたいな。

12092107 以下書いたチラシを見て、他にも書くべきことがあったのだなあ、と気がつきました。

2012/09/22 06:08昨日も三匹のところへ行きました。
 チラシに「イトーヨーカドー専門店街の情報誌<プレミアムニュース>」があります。それが印刷も折りも斬新なのですね。
12092206120922072012/09/22 06:26「黒書院の六兵衛」を読みます。今日は午前6時に新聞が入ってきたのですね。

「さあ、六兵衛。まっさらの褌じゃ。一ッ風呂浴びて着替えるがよい」
 的矢六兵衛の太い眉が、ぴくりと蠢いた。

 その上の「ルソー現代の課題に示唆 生誕300年思想見直し 原発・ポピュ12092108リズム問う支店」ですが、私はどうしてもルソーが苦手なので、読めないのですね。「告白禄」と「エミール」は手にしても読めなかったものでした。
 だからこの新聞の記事も読めなかったものです。

 とにかく、これでまずUPしましょう。

12092004 こうして、ポメラで書いてUPします。

2012/09/21 04:42あ、そうだ。「孫三匹が可愛く大変でした」を書いたのですが、私はそこに義弟のすだちを持って行ったことを言うのを忘れていました。でもでも、すだちは三匹は食べないでしょうが、美味しく食べるだろうサツマイモを持って行くのを忘れていました。あ、3缶のジュースも途中で買って行きましたよ。
12092102120921032012/09/21 04:52「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みました。
 また私の予想ははずれました。六兵衛のことが語られます。

 的矢六兵衛は相も変わらず、武者隠しの中にかしこまっていた。面白くもおかしくもない顔を外に向け、御庭にそぼ降る雨を見つめている。

 なるほどなあ。この回は六兵衛の女房が託された風呂敷を源一郎が六兵衛に渡しに行くのです。挿絵は、平然と座っている六兵衛の前に頭を傾げている勝海舟がいますが、これはこの回にはありません。
120921012012/09/21 05:09その上の「大場俊雄『房総からハリウッドへ 20世紀初頭のスター俳優・早川雪洲の足跡追い40年』」はいい内容です。

雪洲はまだ海外の情報も乏しかった時代、「石にかじりついても成功する」という不退転の決意を持って太平洋を渡った。明治の男らしい気骨の人だったといえる。

 この早川雪洲の「筆者がハリウッドの書店で入手した早川雪洲の写真」を私は勝手に、ここに載せました。もしまずい、著作権でまずいというならご指摘ください。そのときに考え対処します。

 私は「戦場にかける橋」の早川雪洲が大好きです。ただし、あの映画の終わり方はよくないよなあ、といつも思ってきました。ああいう終わり方にしなければならなかった、ならないのでしょうか。私の父も大変に評価し(父は実際に、あ12092005の橋を建設した日本軍に従事していました)、でもあの描き方には、私と同じ思いをもっていたようです。

 やっぱりポメラだけじゃ不満ですね。パソコンとインターネットがあってのみ、インターネットに常時つながったパソコンがありがたいのです。

 こうして新聞を読み、チラシを見ているのはいいですね。

12092001120920022012/09/20 06:07リビングに来ました。
「黒書院の六兵衛」は、今日の奴(やっこ)のいうことで、話は終わったもののように思います。あとは今の的矢六兵衛自身からの話と、前の的矢六兵衛の現状を知りたいと思います。
 まあ、予想はつくのですが、この頃この作品に関しては、ことごとく私の予想ははずれていますからね。
2012/09/20 06:24新聞を読んだあとは、チラシをよく見ます。いや新聞より先に見ることが多いですね。
 それと今日は「NATS」が入っています。あ、このことはまた別に書きましょう。
 考えてみれば、朝は食事の時なのですね。それを忘れてはいけないです。
12091910 フランスでイスラムの予言者(マホメット)の風刺をする漫画が新聞に出たというので、大変に心配です。またイスラム教徒の怒りが怖いのです。

 今日はサミットストアに早く行こうと思っています。

12091902 この新聞が来ると、この小説を真っ先に読みます。

2012/09/19 05:34今少し前に、この新聞を手に取りました。
「黒書院の六兵衛」を読みました。奴の予想も私の予想もはずれていたようです。御隠居はこういいます。

1209190712091908「親は子に苦労をさせねばなぬ。しかし、子が親には苦労はかけてはならぬそうじゃ。わしはその理を理と思うて、厄介になることとした。老い先短い身じゃが、何かと役にも立とう。ご先祖様をお護りもできよう。これより本願寺に参って、御仏様に的矢家の保たれる果報の御礼をいたす」

 うん、これは実にいいこと、いい言葉です。奴はいいます。

「・・・。・・・、いっていその立派な理をどなたがおっしゃったんで」

 これでまた驚きます。

「的矢六兵衛がさよう申した」

 これは、この奴だけでなく、この御隠居自身も、この私も(私は少し予想がで12091903きる気がしますが)驚くのです。
 でもでも、みんな明治維新はぶち壊すのですね。

 さて食事も忘れてしまいました。

12091711 日経も入るなり、すぐ手にしました。

2012/09/18 05:42「黒書院の六兵衛」を読みました。

「そんな馬鹿な話があってたまるか」

 この奴(やっこ)の言うのと、私も同じ思いです。おかねの言葉はこうです。1209180612091807

「・・・。あの御殿様は、淀屋の手蔓で御旗本のお株を買ったに決まっている。だったら的矢六兵衛様にちがいないんだから、あたしらも知らん顔で従前通りのご奉公を続けりゃいい」

 でもこの奴はいいところがあります。この今のではなく、前の的矢六兵衛の両親のことなのです。まだ前の両親がそのままいて、もうすぐ出てしまうことだと予想します。そして、駆け出します。

 ほかの何を知らんぷりしたって、年寄り夫婦が路頭に迷うさまを、見て見ぬふりなぞできるもんか。

 うーん、また明日が待ち遠しいです。
 一面の春秋が佐藤春夫の詩を載せています。

12091801 あわれ/秋かぜよ/情(こころ)あらば伝えてよ
 さんま、さんま/さんま苦いか塩っぱいか

 私も秋刀魚は好きです。ただ「ウナギは昨今の異常な高騰で縁遠くなる一方」とあります。なんだか悲しいな。

 さんまはいつも食していきましょう。

12091606 昨日のことを思い出します。私たちじいじとばあばが帰るときに、玄関まで送ってくれた三人の孫を思い出します。

2012/09/17 05:27昨日の栄町のお祭を思いました。こうして御神輿を担ぐのは2年ごとのようです。だから来年はありません。再来年のようです。そのときはポコ汰は2年生で、ポポもお兄ちゃんになっているだろうな。ポニョは家に帰って暑いのでしょうが、上半身裸になっていましたが、ばあばから「ポニョは女の子だから、上も脱がないのよ」と言われていましたが、なんだか分からないようでした。もう今だけなのでしょうね。
 そんな孫たちが可愛くてたまらないです。
12091705120917062012/09/17 05:45「黒書院の六兵衛」を読みました。いわば女中頭と言ってもいいだろうおかねの言うことです。

 障子を開けて仰天した。ご家族のお席はふだんと同じだが、顔がちがっていた。殿様と奥様。両袖に二人の若様。ちがう。まるでちがう。的矢六兵衛様とそのご家族ではないーー。

 どうしてこのようなことができるのでしょうか。このおかねも気がつかないうちに、家族4人が入れ替わったのです。

 その前に

 御隠居様と大奥様はやはりいつもの通り、八畳間の床の間を背にして、お対の雛のように座っていらした。

とあるのです。これはどういうことなのでしょうか。家族4人が入れ替わり、その上のご両親はもとのまま・・・。そんなことがあるのでしょうか。できるのでしょうか。
 そしてこの事態にも、明治維新になるのです。これは予想もまったくできないことでした。
 また明日を待つのです。
 その上の「ツナ缶世界の味ぎっしり 海外で買い求め100種類収集、食文化の多様生を発見」を読みました。ものすごく興味深12091607いです。著者は山下東子(はるこ)さん、明海大教授ということです。この大学も浦安で見たものでしたが、そのときの「こんな大学があるんだ」という思いが記憶に甦り、この方の名前の読み方にも驚きました。ツナ缶に関しても、いくつものことを知ったものです。

 この朝、私は偶然にもツナ缶で食べました。

12091504 これを書いて、すぐにUPしなくてはと焦っています。

2012/09/16 05:35今リビングに来て、テレビの前に座りました。その前に台所で洗い物はしました。まず東武ストアとサミットストアのチラシを見ます。もう両方ともA全用紙です。ただし、東武は2色刷り、サミットは4色カラーです。もう用紙も昔のコートやアート系とは違うのですね。指で触ると、上質系の感じがします。もちろん名称にはコート系というのがついているのでしょうが。
1209160112091602「黒書院の六兵衛」を真っ先に読みました。

 わかりますかえ、旦那。先(せん)のご一家は、まったくの身ひとつ、着のみ着のままで出て行ったんです。

 明日は、新しい的矢六兵衛のことが語られるはずです。
 その上の早坂暁さんの「生きたくば蝉のよに哭け・・・」は実に読ませてもらいました。この題名は早坂さんが、15歳のときに作った俳句です。たぶん昭和20年の8月の終戦後だと思います。この一句の最後は、「・・・八月は」で終わっています。
 それから昨日は、夕方長女おはぎの家へ行きまして、そのあと保育園へ行ったのですが、そしてそこで12091505もお祭りがあったのですが、「なんか違うんじゃないかな」と思いまして、また家に帰りましたら、ばあばが来まして、家に入りましたら、おはぎ一家5人が帰ってきて、「お祭り」へ行こうとなりまして、本当のお祭へ行きました。もう私はだめなわけの分かっていないじいじのようです。

 もう6時30分にはテレビを見たいのです。

12091409 また明日の「黒書院の六兵衛」が待ち遠しいです。

2012/09/15 05:17朝目が醒めて、また眠ろうとしたのですが、眠れないので、起きてパソコンをやっていました。
 12091501でも「黒書院の六兵衛」を12091502読みましたが、なんだかどうしても分からないなあ。この的矢家の奴や女中のおまつ(まだ一三、四歳の小娘だということです)も事態が把握できていないのです。いやここは「変だなあ」と思うところです。事態がいくら不思儀でも、彼らにはその真相は分かるのじゃないかなあ。
 奴(やっこ)が次のように言います。

 いいかね、旦那。武家屋敷の奉公人なんてのはね、主人の胸先三寸でいつだって路頭に迷っちまうんです。だから、のっぴきならねえものに出くわしたときにァ、てめえの口で四の五のと言っちゃあならねえ。知らぬ存ぜぬてえ顔をしなきゃいけねえんです。

 明日は、おかねという古い女中の話が聞けるようです。
 すの上にある「交友抄」が片平なぎさの「純金の指輪」です。山村美砂とその娘の山村紅葉さんのことを書いています。私はいつもこの紅葉さんのでてくるドラマが大好です。

 9月末の放送で30作目の「赤い霊柩車」シリーズは私の代表作にもなった。

  この片平なぎささんのドラマは好きです。思えば私はもう親しい感じで好きになってしまうと、「さん」づけで書いてしまうのですね。
 一面の春秋はシャープのことを書いています。創業者は早川徳次というのですね。

 しゃれたコピーで液晶テレビを宣伝したのは世紀のかわりめだった。101年目に持ってゆくものを峻別するのはつらい作業だろうが、仕事を面白がり、夢中になる心は失わずに、と願う。12091410

  私のここの目の前にあるテレビもシャープのものです。

 いつもテレビを見ているのですが、「シャープなんだなあ」と強く思ったものです。

 とにかく、こうしてポメラだけではなく、パソコンでインターネット上でやっていきます。

12091401120914022012/09/14 06:08今朝真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。どうやら的矢家は、すっかり入れ替わったようです。奴たち(四人いたようです)が酔って眠っているうちに(しかも伏見の下り酒だといいます)、的矢家の的矢六兵衛はじめ、奥様、若様も入れ替わったようです。私はこの酒には眠り薬が入っていたのではなんて思いました。

 ・・・。それも、お武家様のお使い物にしかねえくれいの角樽でござんして、中味は奴(やっこ)の口になんぞ入(へえ)るはずもねえ伏見の下り酒だ。

12091313 灘の酒は、下り酒というのはよく知っていましたが、例えば剣菱や多聞は下り酒の有名なものです。でもあとで、「え、これは秋田の下り酒か」なんていう事態がありました。でも伏見の酒にもあるんだ。まあ、思えば当たり前だなあ。
 ただ、この酒が思いのほかたくさんあって、酔いすぎてしまったこの奴たちが目を醒ますと、事態はすっかり変わっていたのです。また明日が待ち遠しいです。
 一面の「春秋」ですが、以下がよかった。記憶に残すべきだと感じました。

 「散文的」は褒め言葉ではない。ユニークな解釈をする三省堂の新明解国語辞典によれば「単調で、気分の高揚やしみじみとした情感が感じられない」「考え方が即物的で、高い精神性や現実からの飛躍が見られない」・・・。対の言葉の「詩的」と比べると、散々である。
 一方で、作家の広津和郎に「散文精神について」と題した知られる小文がある。「どんな事があってもめげずに、忍耐強く、執念深く、みだりに悲観もせず、楽観もせず、生き通して行く精神」が散文精神なのだという。せっかちに世を謳歌して有頂天になったり、逆にすぐ滅入って音を上げたりすることを、彼は嫌った。

 広津和郎「散文精神について」をインターネットで検索しました。以下のあるページがヒットしました。

  http://homepage2.nifty.com/tizu/
   伊豆利彦のホームページ12091315

 この方は現在85歳だということです。こうして知ることができたのは実に嬉しいです。

 やっぱりポメラだけではなく、インターネットにつながっているパソコンがいいですね。
  でも私はどうしても、軽くて簡単に家の中では持ち運べるこのポメラを使いますね。

 新聞は最終面の連載小説を真っ先に読みます。

12091306120913072012/09/13 05:49日経新聞で真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。

 年も押し詰まった師走二十九日といえば、御屋敷も正月の支度は万端に調(ととの)っておりやす。

 暮れの追灘(ついな)式というのが、「鬼は外、福は内」と殿様と奥様が呼ばわるのですね。これは今は節分でやる呼びかけだなあ。
「パルコ争奪戦」が、昨日は「2」で今日は「3」なのですが、なんか書く気になれないのです。熱心に読む気にもなれないのです。
2012/09/13 06:17新聞の「駐リビア米大使死亡」という見出しのニュースに、ものすごく嫌なものを感じます。日米戦争でもこんなことはありませんでした。昔大学一年のときに、日共民青の反米のスローガンに私はものすごく反発し、言ったことがあります。反帝国主義というのは間違いではありません。でも反米というのは明らかに間違いです。
12091302 そういえば、一昨日私の部屋のブラインドを変える為に私の部屋に入った職人さんが、私の部屋にある大量の缶ビールに驚いたのですが、私は「好きな一升瓶だと、下手をすると際限がないから」というと、「一号瓶で飲むようにすればいい」というのですが、ねえ、ワンカップで酒を飲めませんよ。やっぱり一升瓶ですよ。でもそれじゃ際限がないからなあ。
2012/09/13 09:58リビングへ来ました。加山雄三さんが門前仲町を歩いています。私がここを歩いたんはいつだったかなあ。たしか26歳くらいのときに歩いています。
120913032012/09/13 12:34今日はなんだか身体の具合が悪くなった感じで、上の加山雄三さんのことを書いたあと少し横になりました。

 今日は少し身体が良くなかった思いでした。

*「暮れの追灘(ついな)式」というのが、「追灘」の二つ目の字が人偏なのですが、漢和辞典でも探せましたが、どうやってここに出したらいいのでしょうか。

12091106 どうしてもこのインターネットでUPすると、さらに書くのは、またあとでやります。そうなってしまうのですね。

2012/09/12 07:31今日はまだ「黒書院の六兵衛」のことを書いていないなと思いました。
2012/09/12 07:52もうたくさんのことをやっています。いや要するに台所で洗い物をしたりいろいろです。
1209120112091202 この新聞も真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。いよいよことの真相が分かるのかな。

 ・・・一切合財(いっせえがっせえ)お話いたしやしょう。実のところはこっちだって、他(はた)にしゃべりてえのは山々だったんだ。

 明日からこの奴から真相が話されるようです。
 それを知るのが大変に興味深いし、喜んで読んで行きます。
 今「梅ちゃん先生」を見ていて、どうしても涙になります。どうして私はこうして単純なのかなあ。私はこのドラマが大好です。
2012/09/12 08:19いくつも昔のことが思い出されますね。
2012/09/12 09:32昨日は、ここのブラインドを4部屋直しました。ちょうど今頃から開始したのですね。
12091107 今TBSテレビで戸田恵子さんを見ています。私は彼女のずっとファンですね。この人もブログやっているんだ。あとで見てみよう。

  この戸田恵子さんのブログが以下です。

  http://ameblo.jp/toda-keiko/ 戸田恵子オフィシャルブログ

 私のサイドバーでリンクしました。

12091006  昨日とは違って今日からまたちゃんとやっていきます。

2012/09/11 05:15もう今日はいくつかUPしまして、「周の掲示板」にも「ダダさんの掲示板」にもUPしました。やはり昨日は私にはなんだか勝手が違う日だったのかなあ。
 でもとにかく今日もしっかりやっていきます。
 いつもリビングのテレビのところに置いてある孫の写真を見ますと、もう私は孫たちに会いたくなります。なんでこうなっちゃうのかな。
 思えば、鈴木清順の「けんかえれじい」と「東京流れ者」を一昨日と昨日見たのですが、「鈴木清順の映画はいいなあ」と思うところと、でも「今とは違うな」と思うところが大きくありました。そのことを大きく思います。
2012/09/11 05:45「いくらなんでも日経がこないな」と思出って、歩いて行きましたら、目の前に新聞が入れられました。
1209110112091102 もちろん真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みます。淀屋辰平がきてから、この家は大きく変わりました。最後にこうあります。

 師走の声を聞くと、あちこちから掛け取りがやってくるんだが、あの年ばかりはどいつもこいつも、ほくほくした面で帰って行きやしたからねえ。

 うーん、これでどうなるのでしょうか。もちろん、御殿様も奥様も御隠居様もここにいられなくなるのは当然のことなのでしょうね。それがもうすぐなのでしょう。
2012/09/11 06:07今日の日経の二面の「パルコ争奪戦1」は読んでもよく分からないな。「堤劇場に終幕のベル」というのがそれで私は理解できたような、理解したように思います。

 政投銀(日本政策投資銀行)が突然登場したことで森トラストは怒り、その隙を突くようにイオンが株の買い増しに動き出した。株式の争奪戦を嫌っていた堤だが、皮肉なことに自らが混迷の一因になってしまった。

 これ私はよく分かりません。でも「森トラスト」はイオンより私はまともに思えるのですがね。いや「まとも」というより、私が好きなだけかなあ。しかし、堤清二さんの印象も変わるんだな。12091007

 やはり、こうして日経の朝刊が読めるといいなあ。いや私はもう随分前から日経の書かれている内容を信じていませんよ。でも他の新聞を読むよりはいいでしょう。

12090812 今日も孫にも娘にもミツ君にも会いたくなっている私です。

2012/09/09 06:11昨日おはぎの家で、三人の孫とのことを思い出します(最初はおはぎ以外はいましたが、そのうちにミツ君とポコ汰がプールへ行きまして、ポニョとポポと私たちじいじとばあばになりました)。
 でも昨日は優しいお姉ちゃんのポニョと、それに優しいお兄ちゃんのポコ汰を知りました。昨日はお兄ちゃんのこともたたいているポポを初めて見ました。・・・、ウーン、あれは私の血なのですね。私の悪いところ、私の悪い血がみな出てしまっているのです。
1209090112090902 真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。
 淀屋達平が、この挿絵の人物です。

 これがまた、どこが鬼だと思うぐれいの福相でござんしてな。奴(やっこ)相手にも腰が低いし愛想もいい。

 なんとなく私の過去の体験からも、こういう手合いが一番怖いというのが実によくわかります。
2012/09/09 06:34でも実際にはこの日経の一面の春秋を読んだのでした。

 夏目漱石に「初秋の一日」という小品がある。

というところで、「えっ、俺は読んだかな」と思い出せないのです。もちろん、読ん12090903でいるはずですが、思い出せないのです。漱石が鎌倉の禅寺を訪ねるという話(それほどここでも長い話ではありません)なのですが、私は曹洞宗も道元も好きではありませんが、今では曹洞宗のお寺は好きになりました(今も道元は好きになれません)。(そうねえ、そのうちに、臨済宗のことも黄檗宗のこともまた書きます)。
 漱石が鎌倉の禅寺を訪ねるのも、修善寺の禅寺を訪ねるのも好きにはなれなかったのですが、今ではものすごく分かる気になりました。曹洞宗もそんなに嫌いではなくなりました。
120909042012/09/09 07:45「ボクらの時代」で、この三人はいいですね。スリーアミーゴス(北村総一朗・小野武彦・斉藤暁)の三人です。
「がっちりマンデー」もいいなあ。面白いです。丸勘って会社は面白いな。

 なかなかポメラでは正しい漢字が出てこなくて大変です。

12090615 また以下のこととは違って、私のブログへ書きます。以下の北区王子販売所のことです。

2012/09/07 06:22今日経新聞が何故か東京新聞になっていますので、驚きました。これは配達員が間違えたなと思いましたので、販売店に電話しました。でもその販売店がどこだかも分かりません。インターネットで調べて、でも「日経新聞北区豊島販売所」なんてありません。豊島区のが出てきてしまいます。
「北区王子販売所」で調べてようやく分かりました(マピオン電話帳で)。電話して(この電話も簡単ではありませんでした)、ようやく手にできました。
  あとでこのことを私のブログでも、改めて書きます。
2012/09/07 07:07もう食事を終えました。
1209070612090707「黒書院の六兵衛」を読みました。今回で随分真相がつかめた思いです。

 ・・・、実の妹の奥様だけが、いつものキリッとしたお顔で兄様をお送りした。
「どうぞ、ご随意になされませ」
 奥様は御玄関の式台にかしこまって、頭も下げずにおっしゃいました。
「そうさせていただく。ご縁も金輪際じゃ」

 これでこの小説の大きなことがつかめた気がします。でもたぶん、まだまだあるのでしょうね。
2012/09/07 07:43でも日経の最終面40頁を見ていたら、連載小説の下の広告が「オリックス銀行」のでした。そうかあとでインターネットで見てみましょう。
120906172012/09/07 07:54さて、もうすぐ「梅ちゃん先生」だと思っています。
 今日は夕方おはぎの孫を迎えに行きます。
2012/09/07 08:00「梅ちゃん先生」を見始めました。

 しかし、ここに書いた電話のことは実にやっかいです。

12090603 今は業者さんの来るのを待つだけです。

2012/09/06 06:10「黒書院の六兵衛」を読みました。次第に事態が明らかになるのかなあ、と思っています。時代小説といっても、こういう姿が真実に近いのかなあ、とも思います。
 ただし、こういう話し方はしなかったろうな、なんて思いになります。いや奴という人はこんなには語れなかったろうなあと思うのです。
1209060612090607 的矢六兵衛の家に、奥様の兄がきます。そのお共衆の中で奴の知っている顔に、奴が聞きます。その応えが以下なのです。

 「・・・。返せねえのなら、借金証文を掛け取りに回してしまうほかはねえそうで」

 最後は次の言葉が続きます。

 どうです、旦那。寒(さぶ)い話でがしょう。

 やはり、ますます事態が分かって来た思いです。
 今日は日本間6畳の壁紙を張り替えます。8時半から9時前には業者さんが来るようです。その前にたくさん用意しておかなくちゃな。
120906042012/09/06 08:02「梅ちゃん先生」が始まりました。このおじさんが心配だなあ。
 どうしてこの二人がいさかうのだろう。

 とにかく、壁紙を替える作業の中でも、私はブログを書きUPします。

12090403 いつも日経新聞を手にして読むことから、私の一日が始まる感じがします。

2012/09/05 06:02日経新聞で、真っ先に最終面を読むわけですが、一面の春秋も読みました。最初にこうあります。

 「僕」という一人称は幕末の動乱期に志士たちが使い初め、世に広まったという。

 ああ、そうなのかと思いました。私は23歳くらいまで、「僕」は使いましたが、そのあとは「私(わたし)」を使っています。だが吉本(吉本隆明)さんを読みはじめ(圧倒的に読むようになりましたのは27歳くらいからです)、吉本さんが「僕」という言葉をけっこう頻繁に使われることを知り、焦ったことを覚えています。なんか「俺は間違えたかな」と思ったのですね。
1209050612090507 今日の「黒書院の六兵衛」も真っ先に読みました。なんか読んでいて、的矢六兵衛(これはもともとの六兵衛)の話に切なくなります。

 お子様、ですかい。
 その話はちょいと切ねえなあ。年端(としは)もいかねえ若様とお姫様が、今ごろどうしていなさるかと思いやすとね。

 でも私は真相が知りたいです。
12090508 この連載小説の下の広告に次のようにあります。

  私のスマホが通帳に?

え、前からそうじゃなかったかなあ、と思いましたが、今回初めてできることなのかなあ。

 このスマホのことはまた調べてみましょう。

12090301 私の秋田に住んでいたときのことを思い出しています。55年くらいの昔です。

2012/09/03 05:53今1Fにゴミを出してきました。
 4時59分に新聞が届けられ、真っ先に「黒書院の六兵衛」を読みました。
 奴の話が続きます。江戸時代ってこうだったのでしょうね。1209030612090307

 頂戴する御役料はそのまんまで、物の値段ばかりがどんどんと吊り上がっていくんだから、あたり前(めえ)のこった。

 私は江戸時代というのは、武士というのはもう話にならない存在だとは思っていましたが、幕府を作った家康という人物は何か時代を見通せていたように思っていましたが、いやそうではないんだと思ったものです。
 その上の「石井徹『「遠野物語」身近な口語に 難解な獅子踊りの歌詞も各地を巡り読解』」も読みました。この著者の「全訳遠野物語」(無明舎出版)も王子図書館に注文しましょう。まだないでしょうから、私が最初に読むことになります。もちろん、私はインターネットですべてやるのです。インターネットでできないことは、本を実際に読むことだけです。それはもちろん、私のやることです。
 さきほど1Fにゴミを出しに行きましたときに、ポストを覗くと、「東日本大震災12090302のマンション相談事例」(東北マンション管理組合連合会編集発行)がありました。全45ページなので、あとで読みます。
2012/09/03 08:02「梅ちゃん先生」を見始めました。

 もう今は15時をすぎて、もうすぐ16時なのです。

↑このページのトップヘ