07123102 私の 周の掲示板 に原田直示さんから、次の書込みをいただいていました。

展覧会  投稿者:原田 直示  投稿日:2007年12月28日(金)14時09分13秒
 周さん、ご無沙汰です。ご母堂のご冥福をお祈りいたします。
北浦和西口徒歩3分。元埼大跡地の埼玉県立近代美術館一般展示室で2月5日(火)〜10日(日)「原田文の世界」展(同時開催:父親直示の「巨樹写真」、祖母斎宮美重「水墨画」)次女の油絵、書等を展示。周さんも私も学んだキャンパス跡地。現役だった釜本が夜、そのグランドでドリブルの練習をしていたと、周さんに教えられました。
土日は会場におりますので、もしご都合つきましたらお出でくださいませんか。
次女の文はダウン症ですが、20歳になりましたので、記念に展覧会をと考えました。今までも、2回個展を開いております。人の可能性はだれにもあると、宮城まり子さんや斎藤喜博先生から学んできました。

 ありがとうございます。2月9日の土曜日に行くつもりでおります。
 あの、それで申し訳ないのですが、私は原田直示さんがどうしても思い出せないのです。

現役だった釜本が夜、そのグランドでドリブルの練習をしていた

 このことはよく覚えています。私が1969年8月末のことでした。私は東大闘争で1月19日午後4時代に逮捕され、やがて23日後起訴され府中刑務所に勾留されました。そして8月21日に保釈になりまして、そのあとですから8月22日のことだったかなあ。とにかく、夕方7時くらいに、もう暗くなったキャンバスでサッカーの練習をしている人がいました。私はバリケードの中にいた人に、「こんなところで、サッカーの練習しているなんて……………………」というと、「あれは釜本だよ」というのですが、「釜本って、なんだよ?」というと、その相手は呆れた顔をして、「サッカーの釜本だよ、知らないのか?」と言ってきたものです。
 69年の埼大の文理地区のバリケードのすぐそばで、釜本がサッカーの練習を日々やっていたのです。

 宮城まり子さんや齋藤喜博は、今も私の尊敬します教育家です。私の 周の書評(教育篇)に次の書評を書いています。

   http://shomon.net/kyoiku/bookkyo3.htm#miyagi 宮城まり子「神様にえらばれた子どもたち」

   http://shomon.net/kyoiku/bookkyo1.htm#kihaku 斎藤喜博「教育学のすすめ」

 齋藤喜博さんの本はいくつも読んできました。ただし、私の尊敬する先生ですが、どうしても少しだけ私には違和感があります。いや、これは私の至らないところなのかもしれません。

 宮城まり子さんのことは今でも私は彼女が大好きです。大昔、紅白歌合戦に出ていた彼女を思い出します。あの頃はいつも弟と二人で、テレビに出てくる彼女を楽しい顔で見ていたものでした。

 私は二人の娘が小学校の教員です。今では二人とも結婚して、その結婚した相手も教員です。そして私は二人の勤めた学校へは、何度も行ってきたものです。いつも、そこで会う二人が教えている生徒たちの姿に、私は、齋藤喜博が描いている生徒たち、宮城まり子が描いている子どもたちの姿を見ていました。

 でもねえ、ときどき私は教員の方ともお会いしたときに、齋藤喜博の名前を出しても、読んでいないどころか、「サイトウキハク」の名前する知らない人がいて、もう私は何年も前から、その名前を出すのも止めたものでした。仕方ないですよね。
 2月9日には、できたら、長女と孫も連れて行きたいと考えています。

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