将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:45歳の誕生日

11071718 先週は、また友人の死の知らせが入ってきました。しかも2人の友人です。お一人は本日お通夜ですので、また彼のことは次回書くことにしまして、メールで、知らせを受け、驚きまして、すぐ返事を書いたのですが、そのメールの内容を以下書きます。

   Thursday, April 18, 2002 9:30 PM
Re: 神田会は25日です
萩原さんこんばんわ Yです
ご連絡ありがとうございました
書き込みもしましたが参加します。
楽しみです。
(中略)
今週は会社の石井さんという飲み友達の先輩(Kさんが面接して入社した方です)が45歳の誕生日に急死され、(結局は脳内出血という結論になりましたが)皆、仕事などなかなか手の着かない、悲しい一週間でした。
萩原さんにも会ったことがあると彼は言ってました。(Kさんの御母堂逝去の折りだと思います)飲むと大変な人でしたけど誰からも愛されてました。
会社が少しつまらなく感じます。でも残った人が頑張らなければ。
楽しい酒を呑みましょう。

   Friday, April 19, 2002 1:27 AM
Re: 神田会は25日です
 自宅へ帰ってきて、それがひさしぶりにけっこう早かったし、なおかつビールを冷やしてなかったので(私はビールはケース買いなのですが、飲んでしまうと、また次のビールを冷蔵庫に入れるのを忘れます。でも忘れることはいいことだなと思っているところもあり、また次の日自宅に帰ったとすると、困るわけです。でもこの「困ったという思い」をまた別な酒を飲む内心の口実にしているので、結局は同じなんです)。とにかく日本酒もすぐ飲んでしまうのですが、今その酒を飲んでいるわけで、いいのです。でも、酒を飲んで、それで「どうせインターネットの関係はどうでもいいや」と思っておりましたので、あなたのメールを内容まで見るのが遅くなりました(私は今毎日150通のメールを受け取っています。もう、どうにかならないかな?)。ただただ驚きました。

今週は会社の石井さんという飲み友達の先輩(Kさんが面接して入社した方です)が45歳の誕生日に急死され、(結局は脳内出血という結論になりまし>たが)皆、仕事などなかなか手の着かない、悲しい一週間でした。

 よく覚えていますよ。彼がKの会社で働いているということはいつも意識していました。「いつでも誘えば飲めるのだろう」という関係だと思い込んでいました。でも思えば私が躊躇していたのがいけないのですね。

萩原さんにも会ったことがあると彼は言ってました。(Kさんの御母堂逝去の折りだと思います)

 あのとき、彼は顔に血がついた状態で、お母さんがつきそいで現れました。雪が不思儀に深い日でした(思えば、このときの雪はよく覚えていまね)。お母さんは、Kにさんざん「申し訳ないです。こんな息子で」というような感じでお話していました。Kがなぜか、彼のことを紹介してくれたのを思い出します。だんだん、思い出すと、あのときのことはすべて鮮明に思い出します。
 そしてそのときに、私が名刺を出したときに、彼は言ったのでした。

  萩原さんでしょう?。前にお会いしたことがありますよ。

 私は当然驚愕し、そして「どこででしたっけ?」といいます。もちろん、ゴールデン街なのでしょう(「ひしょう」らしいです)が、私は当然、まったく覚えがありません。彼はそうした時の私を見て、「これまたひどい人がいるな!」と思ったのかもしれません(ちょっと言い訳いうと、私はその頃も飲んでもいたけれど、パソコン通信で盛んに言い合いもしていたよ)。
 でもとにかく、彼とはいつか、盛んに言い合いをしながら(何を言い合いするのかな、でもいっぱいいうべきことが私にはあるな)、また飲みたかったものです。

飲むと大変な人でしたけど誰からも愛されてました。
会社が少しつまらなく感じます。でも残った人が頑張らなければ。

 彼のことで、いっぱい話しましょう。彼の感じは、いまいっぱい私には感じられます。彼の飲み方、私はたぶん大好きです。だって、私の飲み方そのものですから。

楽しい酒を呑みましょう。

「楽しい飲み方」なんか、どうでもいいです。ただ、結果として「愉しく飲みたい」という思いはします。
 石井さんと、飲む機会をつくりたかったな。ただやだ、そう思います。たぶん、酒くせの悪い、彼と私だけれど、たぶん面白い話で愉しく飲めたと思うよ。

 彼のことを思って、どうしたらいいのか判らないので、私は、本当に珍しく下着を、さきほど白いふんどしに替えました。ホームページを創ってから、赤いふんどししか、したことがありませんが、今はしろいふんどしです。 だってよ、こんなことくらいしかないじゃないの。

 また。神田会で。
(第88号 2002.04.22)

10122907 先週(2002年4月18日)は、また友人の死の知らせが入ってきました。しかも2人の友人です。お一人は本日お通夜ですので、また彼のことは次回書くことにしまして、メールで、知らせを受け、驚きまして、すぐ返事を書いたのですが、そのメールの内容を以下書きます。

Sent: Thursday, April 18, 2002 9:30 PM
Subject: Re: 神田会は25日です

萩原さんこんばんわ Yです
ご連絡ありがとうございました
書き込みもしましたが参加します。
楽しみです。
(中略)
今週は会社の石井さんという飲み友達の先輩(Kさんが面接して入社した方です)が45歳の誕生日に急死され、(結局は脳内出血という結論になりましたが)皆、仕事などなかなか手の着かない、悲しい一週間でした。
萩原さんにも会ったことがあると彼は言ってました。(Kさんの御母堂逝去の折りだと思います)
飲むと大変な人でしたけど誰からも愛されてました。
会社が少しつまらなく感じます。でも残った人が頑張らなければ。
楽しい酒を呑みましょう。

Sent: Friday, April 19, 2002 1:27 AM
Subject: Re: 神田会は25日です

 自宅へ帰ってきて、それがひさしぶりにけっこう早かったし、なおかつビールを冷やしてなかったので(私はビールはケース買いなのですが、飲んでしまうと、また次のビールを冷蔵庫に入れるのを忘れます。でも忘れることはいいことだなと思っているところもあり、また次の日自宅に帰ったとすると、困るわけです。でもこの「困ったという思い」をまた別な酒を飲む内心の口実にしているので、結局は同じなんです)。とにかく日本酒もすぐ飲んでしまうのですが、今その酒を飲んでいるわけで、いいのです。でも、酒を飲んで、それで「どうせインターネットの関係はどうでもいいや」と思っておりましたので、あなたのメールを内容まで見るのが遅くなりました(私は今毎日150通のメールを受け取っています。もう、どうにかならないかな?)。ただただ驚きました。

今週は会社の石井さんという飲み友達の先輩(Kさんが面接して入社した方です)が45歳の誕生日に急死され、(結局は脳内出血という結論になりましたが)皆、仕事などなかなか手の着かない、悲しい一週間でした。

 よく覚えていますよ。彼がKの会社で働いているということはいつも意識していました。「いつでも誘えば飲めるのだろう」という関係だと思い込んでいました。でも思えば私が躊躇していたのがいけないのですね。

萩原さんにも会ったことがあると彼は言ってました。(Kさんの御母堂逝去の折りだと思います)

 あのとき、彼は顔に血がついた状態で、お母さんがつきそいで現れました。雪が不思儀に深い日でした(思えば、このときの雪はよく覚えていまね)。お母さんは、Kにさんざん「申し訳ないです。こんな息子で」というような感じでお話していました。Kがなぜか、彼のことを紹介してくれたのを思い出します。だんだん、思い出すと、あのときのことはすべて鮮明に思い出します。
 そしてそのときに、私が名刺を出したときに、彼は言ったのでした。

  萩原さんでしょう?。前にお会いしたことがありますよ。

 私は当然驚愕し、そして「どこででしたっけ?」といいます。もちろん、ゴールデン街なのでしょう(「ひしょう」らしいです)が、私は当然、まったく覚えがありません。彼はそうした時の私を見て、「これまたひどい人がいるな!」と思ったのかもしれません(ちょっと言い訳いうと、私はその頃も飲んでもいたけれど、パソコン通信で盛んに言い合いもしていたよ)。
 でもとにかく、彼とはいつか、盛んに言い合いをしながら(何を言い合いするのかな、でもいっぱいいうべきことが私にはあるな)、また飲みたかったものです。

飲むと大変な人でしたけど誰からも愛されてました。
会社が少しつまらなく感じます。でも残った人が頑張らなければ。

 彼のことで、いっぱい話しましょう。彼の感じは、いまいっぱい私には感じられます。彼の飲み方、私はたぶん大好きです。だって、私の飲み方そのものですから。

楽しい酒を呑みましょう。

「楽しい飲み方」なんか、どうでもいいです。ただ、結果として「愉しく飲みたい」という思いはします。
 石井さんと、飲む機会をつくりたかったな。ただやだ、そう思います。たぶん、酒くせの悪い、彼と私だけれど、たぶん面白い話で愉しく飲めたと思うよ。

 彼のことを思って、どうしたらいいのか判らないので、私は、本当に珍しく下着を、さきほど白いふんどしに替えました。ホームページを創ってから、赤いふんどししか、したことがありませんが、今はしろいふんどしです。
 だってよ、こんなことくらいしかないじゃないの。

 また。神田会で。(2002.04.29)

↑このページのトップヘ