将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:9月26日

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 昨日9月26日で、いくつもの台風を思い出しました。ここの画像では、その事故に遭う前の洞爺丸をあげました。このときは、秋田市で父と同じ職場だった渡辺さんという女性が札幌の我が家に来てくれていて、帰るはずだったのですが、なぜか兄弟3人ではものわかりのいい私がそのときだけはむちゃくちゃな無理(私はとにかく「今日は帰るな」とだけ言ったのでした)を言って、彼女はどこかで電話を借りて当日乗る予約の汽車をキャンセルしました。その汽車が乗るのが洞爺丸だったのです。これは実に大変なことでした。これは昭和29年のことでした。2016081705
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 そしてまた昭和34年の同じ9月26日私の家族5人は名古屋市北区大曽根で「伊勢湾台風」に遭ったのです。もうものすごい台風でした。私はもう忘れられません。私の家は窓ガラスがすべて割れました。なにかが当たって割れるのではないのです。強い風で割れるのです。
こうした台風の恐ろしさを忘れることはないでしょうね。

11092607  今はリビングに来ました。どうしてもテレビを見ますね。今日は9月26日ですから、洞爺丸台風、狩野川台風、伊勢湾台風の日でしたね。この3つとも私は実によく覚えています。
  どの台風も実に思い出があります。ただ私の家族が大きな被害を受けたのは、昭和34年の伊勢湾台風です。いくつも思い出すことがあります。
  この3つの台風のことを思い出して詳しく書いておこうかなあ。

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 あのときから、もう50年も経ったのだと驚いてしまいます。私はちょうど名古屋市北区大曽根に住んでいました。この記事で、松原さんが語られています。

 南区出身で、中学3年の時に伊勢湾台風を経験した女優の松原智恵子さんは、「『水が来た』という父の声がした直後、水が押し寄せてきた。真っ暗で、家族とじっとしていることしかできなかった」と当時の体験を語った。

 この日は、私たちは、何もしないで、ただテレビを見ていたものでした。ただ、外の犬小屋で飼っていた秋田犬の剣光号がこの日だけは、私たちの家の中に入りたがり、2Fへ上がってきていました。そのとき、雌犬の秀峰姫と、コッカスパニュールのベアとケリという犬は、庭の自分の小屋に入れていました。思えば怖かったことでしょうね。
 そのうちに、すごい風が来て、窓の大きなガラスは割れ、でもまだ父は、その窓を何かで防ごうとしていました。そのときに、横浜の叔父が電話してきたのを覚えています。父が、「今台風で大変なんだ」と叫んでいたのを覚えています。そのうちに、灯りも消え、電気も一切使えなくなります。そして私たち5人家族は1Fの台所と食事する部屋に逃げ込みました。私は犬の剣光号と抱き合って眠ったのを覚えています。
 剣光号という犬は、よくできた犬で、人間の部屋に上がり込んだり絶対にしない犬でしたが、この日は特別でした。だって外では風がうなりをあげていて、もうすべてが壊れる凄まじい音がしていました。
 思えば、剣光号以外の犬たちは、もう怖くてたまらなかったでしょうね。今になって思えば、みんな部屋の中に入れてあげればよかった。要するに、あの頃の私たちには、台風への知識なんかなかったし、テレビも新聞もたいした報道はしなかったのです。
 でもでもその2年前の昭和33年には狩野川台風が、昭和29年には洞爺丸台風が、この同じ9月26日に来ているのですね。そして私たちは、昭和29年の洞爺丸台風には札幌で実に恐怖感を味わっていたのでした。
 この台風では、1851人の方が犠牲になっていたのですね。今強く手を合わせ合掌しました。(佐藤隆家)

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