将門Web

周が日々仕事であちこち歩いたり、友人や家族と話した中で感じたことを発信しています。

Tag:netmeeting

11112209 もうすぐ香港が中国に返還されますね。いつも「NetMeeting」をやると、香港の人はいまでも国名が「中華人民共和国」となっています。「中国はインターネットは禁止なのにな……、あ、香港か」なんて気がつきます。さて香港返還で一体どうなるのでしょうか。
 随分前には、この返還で「中国全土が香港化される」かのようなことが言われていました。だがこのごろでは、そうではないような予想が多いようです。今中国は、かなり右傾化保守化しています。つまり、中国共産党が圧政下を強めているようです。非常によくない傾向だと思います。この嫌な波に、香港もそのまま押し流されてしまうのでしょうか。
 私たちがやっている神田会の4月の例会で、このことを聞かれました。

  トウ小平が亡くなっても、何も起きなかったけれど、香港が返
  還されるとどうなるんだろう?

 私は次のように言いました。

  短期的には、香港がいわば中共化するよ。だがそのうち中国全
  土に青天白日旗が翻るよ。うん、中国国民党が復活するんだ。た
  だし、その国民党とは、蒋介石ー孫文の国民党ではなく、我が北
  一輝と宋教仁の国民党だよ。

 誰も、「何を言っているんだ」という顔をしますね。だって、国民党が復活するなんて、想像もしないし、無理に想像するとしても、台湾の国民党のことかなというところですが、私は急に宋教仁を言い出してくるわけです。そして宋教仁の親友であった北一輝まで。
 歴史の上では、宋教仁は袁世凱の差し向けた刺客によって暗殺されてことになっています。だが北一輝は、宋教仁を暗殺したのは孫文であると確信しています。上海にていつも宋教仁の霊と北一輝は対話します。この上海で、北一輝は日本が出した「対華21カ条の要求」に対して激しく抗議している中国民衆の「五四運動」を見ています。
 この「対華21カ条の要求」をやったのは、大隈重信内閣です。大隈は明治維新のときの革命の志士であったはずなのです。外務大臣は加藤高明。彼はまた大正デモクラシーの闘士ではありませんか。祖国である日本が、北の愛する中国の民衆に激しく憎まれているのです。北一輝が頼りたかった日本は、「対華21カ条の要求」にて北の愛する中国民衆を苦しめます。宋教仁の霊と会話するなかで、日本にこそ「魂からの革命」が必要であるとして、北一輝は「日本国家改造法案大綱」を書き上げます。これが2・26の磯辺浅一などに、革命の聖典とされていきます。
 それにしても、中共が今中国全土をさらに圧政化しています。そして、そして実は彼ら共産党員は、いつでも逃げることを考えています。香港経由でカナダに逃げることばかり考えています。そして、それこそ金を持ちだして、それだけを守ろうとしているだけでしょう。中国を心から愛して、中国をよくしようと考えているのは、章炳麟ー宋教仁と流れる革命家たちだと、私は思っています。
 さてさて、あと1カ月で、その契機となるはずの香港返還が実現します。思えば林則徐がイギリスおよび清朝と闘ってから、もう何年がたってしまったのでしょうか。

11020908 私の周の掲示板に、江田明夫さんからの長文の書込がありました。何回かに分けて、ここでレスしていきます。

お久しぶりです。江田です。 投稿者:江田明夫  投稿日:2011年 2月 9日(水)04時38分59秒
   萩原さん、こんばんは。唐突ですが、私はかつて埼玉大学でしばし同じ時間を過ごしたことのある江田明夫です。覚えていますか?
当時教育学部の学生で、1年後輩で、69年の10.21で「ドジ」を踏んで、私も10ヶ月ほど中野で別荘暮らしをしました。と言ったらわかりますよね。
1年浪人をしたので萩原さんより1年後輩だったと思いますが、私は24年の2月17日生まれだから、たぶんほぼ同い年のようです。あなた達の歴史研究会(だったよね?)の部屋にも何度か行ったことがあります。そうだ、歴闘委とか言っていましたよね。当時は理闘委とか育闘委とか呼んでやっていましたね。

 これを見て、すぐにあなたの顔を思い浮かべました。ちょうど2月7日に私は北本通りの通路を渡るときに、29歳のときに、あなたと出会ったことを思い出していました。思えば、もう30数年前のことですね。
 そうしたら、こうしてあなたの書込があり、あなたのここにあったアドレスにメールしたら、すぐに返信をもらいました。そしてスカイプで直接お話できたのでしたね。
 でも私は11時すぎに行かねばならないところがありまして、お話も途中になってしまいました。でもあなたもスカイプをやっていて良かった。私はスカイプはひさしぶりのことで、「あれ、どこにあるのかな(前のパソコンには確実に入っていたのでした)?」と焦りました。でも分かりまして無事にスカイプできました。
 いや、私はスカイプはもう10年くらいかな(とにかく最初から)やっているのですが、やれる人がいないよね、いや日本人には向いていないのですよ。もう中国人からのスカイプ(とくに若い女性が多い)が多くて、私はスカイプ名を替えまして、もう一切無視するようになりました。
 いや中国の人は、例えば、李白の『長安一片月~』(『子夜呉歌』です)なんて書きだしても、知らないのですよね。日本の詩人じゃなく、中国の李白だよ。でももっと昔、スカイプではなく、マイクロソフトのnetmeetingをやっても、中国の人も台湾の人も知らなかったなあ。
 あの頃は、タイの人やロシアの人ともやりましたが、いつも私のことを歳を聞いて、「そんなおじいさんが…」と驚かれたものでした。アメリカの若者は危険で、避けたものでした。彼らはすぐにスボンパンツを脱ぎだして、チンチンを見せちゃうのです。その頃松戸自主夜間中学でパソコンの授業を持っていた私には、危険きわまりりないことでした。夜間中学だから若い女の子もいるんだよね。
 今はスカイプの世界はメジャーになったから、少しは大丈夫ですね。

07013103 本日2月1日にオープンしました。サイドバーにこのページのバナーを置きました。
 スカイプはちょうど2年前から使ってきました。でも最初は、あちこちで説明してもなかなか理解してくれませんでした。マイクを二つ持っていきまして、私のノートパソコンとその会社にあるパソコンで電話をしてみせるのですが、大部分の私の年代の人たちは、私が何をやっているのは理解できなかったようです。もちろん、私は丁寧に説明しているのですよ。
 もう私は、この人たちに非常に腹を立てていました。だって、何度も何ヶ月もやってみせても、何がいいのか判らないようなのです。要するに、無料の電話と言っても、東京の同じ事務所内でやっても何がいいのか判らないのでしょう。
 もう私は、40代以上の人たちにかなりな絶望感を抱いたものでした。
 でもしばらくたつと、何人かの方が実際にスカイプを使っていることを知りました。海外にいる自分の子どもとスカイプで会話して、映像で自分の孫の顔を見ています。また実際に、自分の設計した家のその後の問題点をスカイプで話している様子もすぐそばで聞きました。それは、もうかなり離れた地方同士でしたから、映像も見られるスカイプは有効なのです。
 それで私もスカイプをけっこう使うようになりました。ただし会話の相手は、私の友人たちです。そしてそのスカイプを使う友人たちは少しも増えていきません。思えば、私の40代以上の友人たちは、いまパソコンをどうやら使えるようになっただけで、スカイプなんて、何が便利なのか簡単には判らないのですね。

 それで、私はこのSkypecastをオープンしようと考えました。いえ、きのう始めてみて、友人と私の二人の非公開のSkypecastでしたが、「もうやってしまおうか」と思いつきました。もうそれで実は、今朝10時すぐにオープンして、もう10代の方(たぶん18,9歳の方かなあ)とスカイプしました。
 思い出せば、1993年の頃から何度もNetmeetingはやってきました。私が毎月1度授業をやっていました松戸夜間中学でもやりました。ただし、カメラも使ってやるのですが、アメリカ人の子は怖ろしいことがあって、若い男の子がカメラに向かって服を脱いでちんちんを見せたりするので、映像カメラのない国、南米とかロシアとやるのが安全でした。なにしろ若い男の子・女の子のいる授業なのですから。
 中国や台湾、タイの子たちともやったものですが、喋っていて、ときどき彼らが音楽を流してくれて、私のほうがなんだか判らないと、「これはスラムダンクのテーマ曲です」なんて言われても「スラムダンクって何なの?」と言ってしまい、「あなたはいくつなのか?」なんて聞かれていました。私が歳をいうと、相手はただただびっくりしていました。彼等は、そんなおじんとは会話しないようでした。

 とにかく、このページを設けまして、ここでお喋りしましょう。ただし、私がいつこのSkypecastをやるのかは、またここで前もって告知していきます。
 私も ポッドキャスト将門 でも ボイス将門 を過去10回やってきましたが、実に10分の放送でしたが、大変でした。そこで誰かの対談形式のポッドキャストも考えたのですが、実現できませんでした。でも、ここでならそれができるかなあ、なんて思っています。
 それから管理者は私萩原周二です。ハンドル名は周です。この「将門のSkypecast」内では私の指示に従ってください。
 私は58歳のもう初老のおやじです。それで私なんかは、若い人たちが苦手です。Chatもそういう方たちのように素速くは打てません。だからなかなか、こうしたSkypecastを公開するのも実に躊躇がありました。
 でもまずはとにかく、やってみようと思ったわけです。
 ULRは以下の通りです。

   https://skypecasts.skype.com/skypecasts/home

 ここで、「将門のSkypecast」を見つけて入ってみてください。

 今後、このブログのサイドバーで、その日時を告知してまいります。

 バナーは以下の通りです。     

masaskype

 

 

masaskypes

 

 

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「ブロードバンド整備、都道府県別に計画」へのコメント へのコメントanafanさんから以下のコメントをもらいました。

1. Posted by anafan    2006年10月31日 23:06
 周さん こんにちは、anafanです。

私の投稿を記事にしていただき、恐縮しております。ありがとうございます。

12月に中国に赴任するのですが、スカイプのカメラチャットは本当に行けそうですね。

この3連休にカメラを購入して、、接続実験をしてみようと思います。
今後ともよろしくお願いします。

 スカイプでカメラ使うのはいいですよ。最初自分のパソコンに取り付けると、自分の顔が映し出されるので、それはおおいに嫌になります。「あ、俺って、こんなに老けているのか」なんてね。でもここまで見えてしまうと、中国という遠いところに行っている自分の家族や友人のことでも、実に日々愉しい思いになれると思います。
 私は長女は今この東京北区王子のマンションの違う階に住んでいます。
 次女は、私たちの千葉県我孫子のマンションに一人で住んでいますが、来年3月に結婚して、少し遠い千葉県の半島の先にほうに住みます。でもそのときには、このスカイプとカメラをパソコンにつけてもらって毎日会話します。
 いえ、私は昨日自宅へ帰りまして、そして次女のビデオ録画予定を止めてしまって(フジテレビの「ちびまるこちゃん」をぜひ に書いた内容)、次女に怒られていまして、身がすくむ思いのところなのです。
 ビデオは難しいけれど、スカイプなら、私はちゃんとできます。

「3連休」というので、「何のことだ」と思っていましたが、文化の日が迫っている季節なのですね。
 私は一昨年までは、自分のいた埼玉大学の学園祭「むつめ祭」にいつも出かけていました。このむつめ祭期間にだけ開かれる「暴力酒場ひだり」というところに、いつも座って(もちろん、畳のある店です)お酒を飲んでいるのですが、1995年くらいからは、毎回ノートパソコンを持っていっていました。そして98年くらいからは、いつもインターネットに接続していました。
 でもね、学生さんは、実になんだか元気がなくてね、インターネットもよくやらないしというところでした。前には、netmeetingもやったものでしたが、誰もよく判らないようでしたよ。
 ただし、さすが21世紀になると、インターネットという存在は誰も知っているようになりました。ただ知っているだけで、誰も活用しているという感じは少しもなかったものです。

 それでさすがに、もう行くのは昨年から止めました。思えば、学生運動で、パクられている以外はずっと行っていたものでしたが、残念です。でも仕方ないのかな。
 私は今年12月25日に生まれてくる孫と、スカイプでお喋りする日を愉しみにしています。

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 GIGAZINEこのニュース がありました。

今年の6月末の集計によると、中国のネット人口は1億2300万人。前年度の同時期と比較すると19.4%増加しています。中国のネット市場は無視できない規模であることは確かなようです。

では、1億2300万人のうち、いわゆるブロードバンドユーザーはどれぐらいなのでしょう?

  China's online population hits 123 million - Yahoo! News

7700万人がブロードバンドユーザーだそうで。まぁ元々人口が多いのに加え、ネットができるような層はほとんどが内陸部ではなく沿岸部、つまり商業的にも発展している地域に偏っているので、一概に「普及している」とは言えないような気もします。国家体制もまだまだアレなので。(2006.07.21)

 やはり、これはすごいな。どうしてもその人口の数に驚いてしまいます。私の友人の中国人の女性にもよく聞くのですが、実にこうした実態は驚くばかりです。1998年の頃、よくnetmeetingをやっていましたが、中国の若者ともよく話したものでした。若者は実にインターネットは普通にできます。ただし、パソコンそのものの性能はあまりよくないようでした。

 でも今Skypeをやってみますと、もうパソコンハードの性能なんかは、ほぼ関係なく話せます。
 ただこうしたパソコン関連のハードとソフトのことはこちらと変わりはないのですが、もともとのソフト面、文化や生活の面が、こちらとはかなり違うように感じてしまいます。こちらが、50代後半の男性であるということには、彼らは実に驚いています。

 これからもっと中国のインターネット環境は確実によくなっていくでしょう。そうすれば、もっと中国が変わるだろうなあ、と予測し、期待しています。

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