私の 東京南部小包集中局 に 旅人moo00の冒険人生 さんから次のコメントがありました。
1. Posted by moo00 2006年08月07日 01:45
周さん、色々なお話、ありがとうございます。
なんとなく私の入局当時を思い出していました。 土地バブル期です。
当時は主に、社会党系の全逓と、民社党系の全郵政の二つの労組がありました。
どちらも御用組合で、既に腐っていたと思います。
新入職員にはオルグが待っていました。
採用通知を届けた職員が組合に情報を漏らし、家を訪問するなど、個人情報の取り扱いなど実にひどいものでした。
入局してもオルグは続き、帰りには待ち伏せされたり尾行されたり、最後には「入らないと仕事を教えない」ということまで執行委員が堂々と言ってた有り様です。
組合ベッタリの人間ほどひどいイジメをしていました。
20歳前後の新入職員にです。
私の左翼不信、組織不信はこの辺りから始まっているようです。
役人時代はあまりいい思い出はないですね。
お酒はぜひいつか飲みましょう。色々とお話をうかがいたいですよ。
ええとね、私が思うのですが、全逓等々は私たちには、既成労組でしかないから、別に私はもともとそんなところを全然信用していませんよ。そもそも私は公民権停止が長く続きましたから、選挙権すらないし、就職も、そうしたところへは全然関係(公務員には全然なれない)なかったよ。就職といってもね、まったく普通の会社とは関係なかったですよ。でも私はそうした事態にも、別に就職差別だ云々なんて気持は少しもなかったです。
まあね、あちこち就職するときに、ほんのときどき、「あなたはこれだけの経歴があるのだから、無理だよ」と教えてくれる会社がありましたが、私は「あ、そうか」なんて気がついて、でも次の瞬間には忘れていました。
それから、「採用通知を届けた職員が組合に情報を漏らし、家を訪問するなど、個人情報の取り扱いなど実にひどいものでした」やその他書かれていることは、まさしく既成の労組や規制の党派であって、いわゆる本来の左翼とは無縁のものだと思いますよ。
私の知っております、先輩の唐牛健太郎と島成郎も、私たちの時代の大口昭彦も、そういうものとはまったく無縁の人たちです。無縁というよりも、そういう傾向と闘ってきた人たちだと思いますよ。
まあ、私もある会社で労働運動はやったことがあります。実はその思い出をすべて書いておこうという気持はあるのですが、まだできていません。一部その最初のアジビラだけ、書いてあります。
この労働運動は、実に面白かったですよ。組合もなにもない会社でしたが、私のこのアジビラを出したときから、みるみるうちに闘いを組織し、組合を結成して、すぐさま時限スト、無期限ストを貫徹し、そのときの要求をすべて会社にのませました。なにしろ、私はこのスト決議のときにいつも私が一票で負けていました。いつも私は過激なスト提案だったのね(しかもいつも孤立していた)。
そしてね、私たちが一番熱心に仕事をやる人間たちだったから、ストというと、本当に仕事がストップしちゃうのよ。でも一番の過激派である私の本心は、私たち労組がストをやっても、会社側は見事に仕事が貫徹してくれることでした。だからなんとか、仕事もやれるようにと気をくばりましたが、でももう一人の私は過激な奴で、絶対にぶっ壊しにくるから、私は、そのスト貫徹過激派の私と、仕事を貫徹したい強力な私の間で、とても困ったものですよ。
だから、実に面白いことがあったものです。私たち組合は、2度のストに勝利したあと、何故か突如みんなで、伊豆の温泉に行ったのです。もう会社側も、組合の頭の堅い連中もわけがわからなかったでようね。
でもあの温泉でも面白かったな。会社側の意向で、さぐりに来ていた奴ももうわけが判らなかったでしょうね。全然団結するどころか、ただただ酒を飲んで孤立しているのが、私と私がつれていきました仲間だったのですから(仲間というのは、私の埼大出身の活動家仲間)。
でも moo00さん、ぜひ飲もうね。あのね、私たちの仲間は、いわゆる他の左翼の連中とは違うよ。違うというか、もっと馬鹿だしね。私なんかすぐ詩吟を詠いますから、ちょっとどころか、まったくわけが判らないという感じでしょうね。
コメント
コメント一覧 (2)
とはいっても、私は生涯で左翼的な人に接したのは、役人時代の5年弱と、保育園の頃に親の組合集会に連れてかれてシュプレヒコールをしたくらいですね。
大学には行ってないし、バブル期に青春時代だったから、周りにそういう人は居ませんでした。
なので私にとっての左翼は、郵政の巨大労組だけですね。
あ、唐牛健太郎さんはエピソードを知って好きになりましたよ。
運動を退いた後は一切組織に関わらず、ヨットをやったり、飲み屋をやったり、漁師までやったそうですね。
最後はガンで亡くなったとか。
やっぱり思想というより、人柄なんでしょうかね、最後は。
そうですね。たぶん周さんと私の「左翼」の捉え方が違うんでしょうね。
私は周さんは、学生運動はしたけれども、坊主頭だったとか、詩吟が好きだとか、軍歌が好きだとか、褌をしているとか、仁侠映画が好きとか聞いてるので「この人は左翼じゃないんだ」と思っていました。
スタイルだけでなく、生き方もたぶん、私の嫌いな「左翼」とは全く正反対のようです。
私が「左翼」に不信感を抱いたのは、やっぱりあの「党派性」でした。
「思想の正当性は関係の絶対性だ」と批判したのは吉本隆明さんでしたっけ?
私もその言葉に納得し、巨大労組や過激なゲバルトの組織が嫌いでした。
ご都合主義の全逓も当然嫌いでした。
つづく
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