書 名 地の日天の海（146）2007.01.10
著 者 内田康夫
絵 戸屋勝利
掲載紙 日経新聞夕刊
前回以下のように書きましたが、
でもここが織田信長にとって最大の危機なわけですが、それを最大の成功のチャンスにできると秀吉は考えています。ただし、それば実際に自分の成功のチャンスでもあるのですが、しかし同時にそれは死がすぐとなり合わせなのです。
この「死がすぐとなり合わせ」の危機を、どうやら秀吉は逃れることができました。
三々五々、山中から出てくる敗残の兵を集めたが。三分の二にも達しない。ほとんどが手傷を負い。具足もまともな者は少なかった。
秀吉はしばしの休息を与えてから、隊伍を整えて京都へ入った。
信長は南禅寺に出迎え、家康と秀吉の労をねぎらった。秀吉はあらためて家康に謝辞を述べた。このときの恩義を、秀吉は生涯忘れることなく、折にふれて側近に語っている。
この内田康夫の書くことで、私はなんだか解けてきた気がします。秀吉はやはりどうしても家康という人間のことは、「律儀者」「あの時は家康がいなかったら今の俺は存在しない」という思いが強かったのではないでしょうか。
のちに、秀吉政権は五大老五奉行の制度を置きますが、秀吉らしいのは、本来は五奉行がもっと機能してくれることだったでしょう。でも大きな政治家が連合して支えてくれないと、秀吉政権は日本を統一維持できません。
五大老のうち、秀吉が一番信頼できたのは、小早川隆景でしょう。でもその隆景は早くに亡くなりまして、次は上杉景勝が継ぎます。景勝は容易ならない人物だったと思います。毛利輝元はもうそれほどの采配できる器量はありません。宇喜田秀家は、ただ真面目で若すぎます。そうなると、隆景なきあと、信頼できる人物は、秀吉には家康しかいなかったのではないかな。しかし本当は信用していいものか、大変に問題です。
本当なら、秀吉が一番信頼できたのは、器量も能力も弟の秀長でした。でも秀長は秀吉より先に亡くなります。
やはり、この浅井朝倉軍との敗戦での殿戦で、秀吉には家康に対する大きな恩義を何度も感じていたことでしょうね。しかし、それをこうして指摘してくれたのは、私にはこの内田康夫さんが始めてです。
越前での敗戦は、信長の哲学を変質させた。信じきっていた浅井長政の裏切りに遭って、少なくとも、人を信じることに関して、極めて狭量になったことは確かだろう。これ以降、狷介といってもいい彼の性格は決定的に形作られた。
その中にあって、家康と秀吉に対する信任はあつかった。とりわけ秀吉の豪気と忠誠心は認識を新たにするに十分なものがあった。小牧山の鷹狩りの野で拾い上げた小僧っ子が、よくぞここまで成長した──と、よき茶道具に恵まれたような気分でもあった。
それとは対照的に、長政への憎悪は言いようのないものだった。
私は信長の実にこの日本の歴史において実に実行力のある革命性を持っている数少ない政治家であり、そこは好きなのですが、どうしてもあの憎悪ばかりを漲らせているとしか思えない彼の性格には実についていけません。でもそれは、この時でできてしまったのだなと思うと、それには頷けてしまいました。
しかし、よく描いているなと思います。ますます内田康夫さんに感心するばかりです。
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