午前中に長女の家に行きました。取りに行くものがあったのです。昨日根津の「海上海」で、どこへ行ったか判らなくなっていた妻のデジカメです。長女が持っていてくれました。その代わりにポコ汰が昨日私の家に忘れていた「うんち」のおもちゃを持っていきました。これは「うんち」の形をしたおもちゃです。
でもでも、もうポコ汰はすっかり忘れていました。もうそれほど欲しいものではなかったようです。それを、ここに掲げました。
それで、帰ってきて、食事をして、そのときにテレビで「坂の上の雲」を見ていました。
広瀬武夫が出てきまして、「あ、アリアーズナ・コバレフスカヤだ」という女性も出てきました。私は 広瀬武夫「正気歌」に以下のように書いています。
私は真面目に生きた広瀬武夫が好きです。彼は相当なロシア通でした。ロシアを深く愛していたと思います。彼は軍人には珍しく、プーシキン、ツルゲーネフ、ゴーゴリなどを原書で読破するほどでした。彼のやった閉塞作戦では、福井丸の船橋にはロシア語による熱い投降の呼びかけが掲げられていました。おそらく広瀬は心の底ではロシアとの平和を願っていたものだと思われます。
彼はロシア滞在のときに、ペテルスブルグでかなりロシアの貴婦人の注目のまとだったようです。実らなかった恋の話もきいています(註13)。その彼がロシアとの戦いで戦死するとは、なんだか悲しいことです。しかも、彼の旅順口閉塞作戦は失敗でした。
(註13)ロシア海軍少将の娘でピアノが得意な瞳の美しい、清楚で気品のある女性だったといわれています。名前はアリアーズナ・コバレフスカヤ。彼女の父を介して2人は知り合い、やがて結婚まで意識するようになりますが、それを知った軍の上層部は広瀬に帰国命令を下します。
私はかなりどこでもこの「広瀬武夫『正気歌』」を詠っています。ただいつもその詠うたびに、「漱石なんか、この詩は評価していなかったのだろうな」なんて思っているものです。
でも仕方ないのよ、と私はいつも漱石に言っているつもりです。
コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。