20170516112017051612  バルザックの作品はすべて連作の世界だといいます。私は「谷間の百合」しか読んでいないから分かりませんが。それで以下紹介する作品も長大な連作のなかのひとつの作品です。

書 名 死了
著 者 兵頭正俊
発行所 鋒刃社

この作品は作者の「全共闘記」とされる連作の世界の第5作目にあたります。

<全共闘記>は、近代の総体を否定するという動機のもとに、方法
としての創作思想の転移を、対象的現実との格闘のうちに文学的
に形象化するというもんだい意識につらぬかれた連作の作品世界
である。(「死了魁廚△箸き)

以下の作品群がこの「全共闘記」です。

1.助け舟
2.霙の降る風景
3.二十歳
4.猶予の四日間
5.死了
6.三月の乾き
7.
8.狼煙
9.鏡の国の政治家
10.明日に
11.希望

11041502 第7作は、現在書かれているのか、筆をおいたままなのか分かりません。また6作目の「三月の乾き」も未だ単行本としては出版されていません。私は出版されているものはすべて読み、さらにこの著者の評論もすべて読んできました。2.3.4.5.6は69、70年の立命館闘争にその舞台をおいて作品が展開されます。その中で、この「死了魁廚一番迫力があり、また量的にも一番長い小説でもあります。

この小説は、左翼の運動の中でのある党派の査問殺人事件を描いています。この左翼運動とは立命館闘争の中で展開されています。そしてそれが単なる左翼運動の思い出を書いているかと思うと、まったく別なことが事件の深層にあることに驚くことになります。それは作者自身は自分のことを「新」左翼潮流のひとりではないといっていることに関係あるのでしょう。
そしてこの作品の質をさらに濃くしているのは、この物語の展開と同じに、源実朝の暗殺事件が進行描かれていきます。実は私にはこの実朝の話のほうが興味深く読めたのです。
それは私にとってこの作品が、小林秀雄「実朝」、太宰治「右大臣実朝」、吉本隆明「源実朝」の次に読んだ実朝に関するものだったのです。これを読み終ったあと、またほかの「実朝」を読み返し、やっと「実朝」が分かった気がしました。

物いわぬ四方の獣すらだにも哀れなるかな親の子を思う
いとおしや見るに涙もとどまらず親もなき子の母を尋ぬる
箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波の寄るみゆ
大海の磯もとどろによする波われてくだけて裂けて散るかも

いったいどうしてこれらの歌を正岡子規は万葉調の力強い歌といったのでしょうか。さびしげな実朝の姿が浮かんでくるだけではないのでしょうか。私には沖の小島が母政子であり、寄る波が実朝であり、それがわれてくだけるさまがみえてきます。
尼姿の政子がこれらの歌を読みながら「それでもわたしには、夫頼朝のつくったこの幕府が大事なのだ」とつぶやいている姿がうかんでくる気がします。鎌倉幕府ってのは、最初から最後まで暗く暗く、そして生真面目なんですね。 この小説の最後に実朝暗殺の模様を北条義時と暗殺者(この小説では、公暁に似た冠者)が語るところがあります。

「それで将軍は逆らわれたか」
「いえ。将軍はあくまでも冷やかに、太刀を抜かれることもなく
……ああ、おもいだすのも怖ろしい」
冠者は、まるでそうすれば先の暗殺の光景を忘れることができる
というかのように両掌で耳を被う。
「なす術もなく一太刀受けたというのじゃな」
「そうではなかったのでございます。……怖ろしい……。将軍は
わたくしの姿をお認めになるとまるで叱るように近づいてこられ
―」
そこまでいうと、どのような恐怖が蘇ってきたのだろう、冠者
の土いろの唇がぶるぶると顫え始める。
「叱るように?」
「御意。叱るようにお近づきになり、……ああ、怖ろしい……」
冠者はふたたび両掌で耳を被うと、何かを振り切ろうとするかの
ように激しく頭を振った。「将軍はこう仰せられたのでございま
す。公暁殿、ナゼ、ソナタハワタシヲ刺シタノカ」
なぜ刺したのか? 刺したのかといういい方は妙だと思いなが
ら、義時は冠者の顔を凝視した。
「刺されてから実朝がそう叫けんだというのか」
「……それが刺される前に、まるでお叱りになるように……」

私も実朝の最後はこうだったのではないかと思うのです。

この実朝をめぐる政治の流れが、私たちの時代の左翼の運動の中にあったことと同じだというのが作者のいいたいことなのでしょうか。
ただ、私には、私たちが実際に携わった三派全学連・全共闘の時代というのは、たんなる反戦闘争とか学園闘争というのではなく、実に「血みどろの政治」であったかと思います。この小説での査問殺人事件と、実際の私たちの時代にあった「死」とはまったく同じ匂いがするのです。私たちの手もまた血に染まっていたのかなと思ったものでした。(1998.11.01)

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