私はあまり「軍事」とか「戦争」といってもピンときません。私がこうしたことで思い出すことといったら、次のようなことです。
昔６９年のころから、左翼の間でも（この左翼とは当然新左翼過激派のこと）この「軍事」というようなことが言われはじめました。クラゼヴィッツ「戦争論」、毛沢東「軍事論文」等々が持てはやされました。当時赤軍派が生まれるわけですが、この赤軍の誕生も、すべてこの「軍事」のことが絡んでいます。
１９６７年１０・８羽田闘争以来の角材とヘルメットによる「武装闘争」による展開を中核派などは、常に闘争を「勝利」したと位置ずけてきましたが、ブントは違いました。機動隊の壁を突破できず、明らかに軍事的に敗北していることをどう総括しようかという気がありました。中核派はその事態をより広範になってきていた全共闘運動をとりこもうとすることにより、ごまかしていきました。とくに６８年１１・７の初めての沖縄闘争は、５派（中核派、ブント、ＭＬ派、第４インター、共学同）が組んだ闘争であり、日大闘争ほか華やかなときであったにもかかわらず、霞が関においては、なんら権力機構に迫ることもできず、多くの党派幹部を逮捕され、みじめなくらい完膚なまでに機動隊に粉砕された闘争でした。しかし、次号の中核派機関紙「前進」には、まるで東スポの見出しか、大本営発表のように、「勝利、勝利」の文字が踊っていました。
しかし、ブントは明確にこの闘争を「敗北」と総括していました。そしてではこうした「敗北」をどう克服するのかというときに、ブンドが３分解していきます。すなわち機動隊の厚い壁を突破するのには、党の軍事化が必要である、具体的にはより攻撃性の高い武装軍事化が必要であるという赤軍派と、いやそうではなく、日本の大衆のもっと深いものに迫らなければだめなのだという叛旗派の考えが対立点になりました。この赤軍派と叛旗派との対立はかなりなものを表していたと思います。だがどちらもブントの主流になれず、どちらでもない戦旗連合派というべきような連中がブンド中央を握りました。これが結局は中核派や解放派とその後一緒にやっていくわけですから、もはや７０年安保は最初から敗北していたも同じだといいえたと思っています。
左翼に結集する仲間のうち、やはり叛旗派が考えるように、大衆の奥底にあるものに迫るまでの何かをつかむべきではと考えた人はたくさんいたと思いますが、そうした人たちも現象としては、「軍事、軍事」、「東京戦争、大阪戦争」を豪語していく赤軍派の姿にシンパーシーを感じてしまっていたのが、多くの姿ではなかったのかと思っています。「しゃぼん玉とんだ」という歌の替え歌で、
割れた 割れた
ブントが割れた
並んだ 並んだ
叛旗 戦旗 情況（註１）
赤軍が一番綺麗だな
という歌を叛旗派の活動家が唄うのを聞いたときに、あの当時の左翼の情況を示しているように思ったものです。
（註１）ブントが３分解といっても、この他に「ローテファーネ」
とかいう機関紙を出した「情況派」といわれる党派もあることは
あった。連合戦旗派はその後二つに訣れ、戦旗派と、さらに関西
派・仏（さらぎ）派・神奈川左派の連合三派になった。そして、
その先はもうさらに混迷していて、もう説明できない。そして、
私がその違いを説明できるのかな。ここで上げた党派まではなん
とか少しなら言えるように思う。でも、もうどうでもいいことだ。
でもということは、あの当時の左翼は赤軍のいうことなどを「軍事」などととらえていたわけです。情けない話です。でも、それまでの学生運動が、いわゆる「反戦運動」だったのに、突如「戦争勝利！」（註２）とシュプレヒコールをあげる赤軍派に、高校生をはじめとする多くの若者が憧れついていってしまったのは間違いないことでした。
（註２）もちろん「反戦運動」のときの戦争とは帝国主義戦争で
あり、赤軍派がいうのは革命戦争のことである。だが今言えるこ
となのだが、一体帝国主義戦争と世界革命戦争って、いったいど
う違うというのだろうか。
そして赤軍派が正式に生まれ、自らが地球を廻せるとばかりに余計なことをやり出してしまいました。絶えず「軍事」のことからばかり考えていた党派であったと思います。
そしてこの傾向は赤軍派のみならず、左翼系評論家にも蔓延していたように思います。太田竜、平岡清明、竹中労などが、そうでした。
そんなときに、この３人を「３馬鹿連中」と言っていた、吉本さんが書いた文が私にはまさしく目からうろこが取れるという思いで読んだものでした。
竹中 またまた話題転換、まさに義経だな（笑）。ぼくは台湾に
一番行きたいところは紅頭嶼という、蘭嶼ともいうけれど… 。
平岡 つまり彭湖列島に渡り、これから台湾に走るその橋頭堡に
なるわけですか。
竹中 いや違います、東海岸。ここにヤミ族というのがいるんで
す。この島にだけいるんです。このヤミ族の島にはどんなこ
とがあっても渡ります、松田政男のいう、日本人の祖形を求
めて渡るのではありません。あるいはコミューンを求めて渡
るのではありません。ぼくは戦争をみつけにいくんです。つ
まり台湾の山地原住民、あるいは島嶼原住民にとって、戦争
というのは自由のもっとも適切な表現であったということを
見にいくんです。これ以上のことはいえません。ぼくの今度
のアジア幻視行は、ほとんどそのテーマで貫かれているわけ
ですよ。
平岡 吉本隆明にいうことは、戦争を露出してやるからちょっと
待っておれということだ。
竹中 そういうことです。戦争が露出してきた、と吉本隆明はい
うけれど。
平岡 こっちが露出させたんだ。
（竹中労、平岡正明「現代流民考」）
嫌になっちゃうね、この馬鹿たちは。交通公社発行の観光案内
の代りに、河村只雄が昭和十年に出した『南方文化の探求』を一
冊よんで、ヤミ族の島に、観光旅行にいくだけじゃないか。つま
りいま流行の<ディスカバー・ヘンキョウ(辺境)>じゃないか。
<兼高かおる、世界の旅>のほうが、理窟がないだけましである。
それに素っとぼけちゃあいけねえや。<戦争を見つけ>たければ、
わざわざ金をかけて観光旅行などする必要はない。現在、五十歳
以上の、左右を問わない政治的愚物や、まことに変身した平和な
サラリーマンや、商人の一家を、あるいはルポライターを（つま
り、おまえを、ということだよ）、幻視すれば充分である、なに
が流民だ。このバカは。
それにそこまでいっても、この連中のいうことは、通俗小説や
インチキ左翼のかいた通俗テレビの画面を出られないのだ。毛沢
東の思想とおなじで、この連中のいうことを聴いていると、無理
やり立体から平面に閉じこめられたような、なさけない気になる。
「丁度、我々が行儀よい姿で外出しようと思ふとき羽織、袴で出
かけるのと同じ様な意味で、ヤミの人々はかかる場合、さうした
出立ちで外出する。併しながら、ヤミのいかめしい槍も蕃刀もよ
く見ると錆ついた、凡そ時代ものの感を与え、人など殺せさうも
ないものである。それもその筈で、ヤミの蕃刀や槍は決して人を
殺す為のものではなく、単なる儀礼的な魔よけ的のものに過ぎな
いのである。
ヤミ族の最大特長は何であるかと問はれたら、私は敢て、彼
等が未だ曽って首狩をしたことがないことだと答へたい。高砂
族随一の平和族である。言葉は通じないが、彼等は心からの好
意を顔に浮かべて我々を迎へてくれた」
（河村只雄『南方文化の探究』）
この文章は、この三馬鹿連中が露出したがっている<戦争>中に、
ヤミ族について書かれたものだ。
ほんとうに<錆ていない槍>を<幻視>したいのなら、また<戦争>
をみたいのなら、わたしたちのなんの変てつもなさそうな日常の
周辺を視れば充分である。この<平和>な日常性に<戦争>視る方法
をもたないものが、どこで<戦争>を見つけることができよう。か
れらは<戦争>を、銃撃パンパン、斬り込み、ゲリラの槍と、おも
いこんでいるのだ。ようするにチャンバラ小説クラスの想像力し
かないのだ。<戦争>を体験し、今はマイホーム父親になりすまし
ている五十以上の男たちに、<戦争>って何だと訊ねてみるとよい。
<荷物ばかり背負うこと><歩いてばかりいること>……というよう
な平凡で散文的で、きつい応答がはねかえってくるだろう。自衛
隊の幹部軍人などに訊ねてもだめだ。かれらは変身の方法を知ら
ない頓馬な<露出した戦争>野郎であり、軍人として三流以下のハ
リコの虎である。ほんとうに優れた軍人、兵士であったもの、そ
れは、たぶん、無気力なボロカバンを提げて、毎日、近づいた停
年をおそれながら、会社に通勤しているような、中年のサラリー
マンなどに<変身>しているにきまっている。だからこそ、こうい
う人々の無気力さに<畏敬>と<怖ろしい>を視ることのできないも
のは、たぶん永久に<戦争>も<革命>も視えるわけがないのだ。
（「情況への発言−切れ切れの感想−」1973.6「試行」第３８号
に掲載 「詩的乾坤」1974.9.10国文社に収録された）
私にとっては、この吉本さんの文こそが、「軍事」とか「戦争」とかいうものへの最高の見解なように、今も思っています。私たちの年代にとっては、自分の父親の姿に、あるいは焼鳥屋の席の隣や向い側にいるそれらの年代の方々に、そうしたものをみることができなければ、もう「軍事」も「世界革命戦争」も語る資格などないし、どうでもいいことなのだといえるかと思っています。
私はそんなことを思い出しました。
コメント
このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。